軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27

女の自分が敗北を感じるほど完璧な装いで綺麗なステップを踏むその姿を見つめながら、レイチェルは会場の壁際に立っていた。

「女装も完璧だなんて……アイリ様は本当にすごい……」

ゼームス、オーギュストと、学園内でも人気の男子生徒を相手に一歩も引いていない。むしろ彼らを踏み台にしている。

事実、羨む視線は生徒会の面々に向いている。ゼームス達とではなく、彼女と踊りたいという視線の方が多いのだ。

おかげで、思ったほどレイチェルに視線は集まっていない。

だがそれでも、耳に届く言葉はある。

「――ねえ、聞いた? セレナ様が突き落とされたって……」

「あの子でしょ」

いつの間にか広がった噂話も、覚悟していたほど耳に痛くない――と思ったそのとき、どさりと音を立てて隣の壁に背を預けた男子生徒がいた。

「アイザックさん……」

「飲むか?」

アイザックが、ジュースが入ったグラスを差し出してくる。素直に受け取った。

「有り難うございます」

「なんでお前、ここにいんの。怪我してんだろ、引っ込んでりゃいいのに」

素っ気ない言いように、むっとした。

「引き下がるの、腹が立つじゃないですか。私は何も悪いことしてないのに」

「……ふぅん」

「――やられっぱなしは嫌ですから」

誰にとは言わないが、通じるものはあったらしい。アイザックは相づちを返してくれた。

(どうして私、あんな人をかっこいいと思ったんだろう)

はきはきしていて、人目を惹くから。たったそれだけで憧れた自分に呆れる。

かっこいいというのは、そういう表面的なことではない。

「……アイリ様は、かっこいいですよね」

レイチェルのためだとは言わなかった。けれどあそこにいる姿から、レイチェルは勇気をもらっている。ああいう風になりたいと思う。

「かっこいいかどうかはともかく、あれは白百合姫になるな。助かった」

「……男なのに私より綺麗ですよね……」

「あー……そこは気にしなくてもいいような、よくないような……?」

「でもああいう女性、私の理想ですから。落ち込んでないで、勉強します」

アイザックが頬を指でかいた。

「……ほどほどにな。じゃ、俺は警備隊の仕事してくるわ。あと三人残ってんだ……」

「あ、そうですね。合計五人と踊るんですっけ……」

言いながら、視線が落ちた。レイチェルは六人目になれなかったのだ。

(足もくじいちゃったし……)

最初から勇気を出して誘えばよかった。

そうすれば、たとえ踊れなくてもここまで後悔はしなかっただろう。

「……頑張ってください。アイリ様、アイザックさんを頼りにしてますし」

「そんなに頼られてねーよ、俺は」

ぱちりとまばたいた。するとアイザックは苦笑いを浮かべる。

「昔さ。パートナーがこなくて一人で壁の花になってた女を、俺は誘えなかったんだよ。そいつ今のお前みたいに色々言われてたけど、泣きもしないし全然平気な顔してて、それで逆に萎えたっていうか。ヘタレだろ」

「……え……えっと、あの、どなたの話……」

「俺の話だよ。頭ばっかで、肝心なところで動けないっつー」

「そっ――そんなこと、ありません!」

気づいたら大声を出していた。驚いたようにアイザックが振り向く。

「あ、アイザックさん、私や友達のためにいっぱい動いてくれたじゃないですか! 助けが必要なときに助けが必要な人を、ちゃんと助けられる人です。それってすごく難しいことなんですよ!」

今だって、噂話と視線を遮るためにレイチェルの横に立ってくれているのに、そんな人がヘタレなわけがない。妙に腹立たしくて、レイチェルはアイザックをにらむ。

「その人は、そのとき助けが必要なかっただけです。ちゃんとそれを見極めたっていうだけでしょう? アイザックさんは――」

そんなこと関係なくその人を、助けたかったのかも、しれないけれど。

そう思い至った瞬間、胸が鉛を飲み込んだように重くなった。うつむきそうになった。でもそれがなんだと顔を上げる。多分、それがかっこいいということだ。

「あなたは、ちゃんとかっこいいです! 胸を張ってください!」

「お、おう……」

気圧されたようにアイザックが頷く。ぜいはあと肩で息をしたレイチェルに何度もまばたきしていたが、やがて小さく噴き出すように笑った。

「サンキュ。気が楽になった」

柔らかい微笑みを残して、アイザックが立ち去る。あとから羞恥が頭にのぼってきた。

(わ、私、なんてこと……恥ずかしい……!)

「――あれ、レイチェルさんじゃない。どうしたの、舞踏会なのに制服で」

その声にレイチェルの頭がすっと冴えた。

「……セレナ様」

「あっひょっとしてドレスだめになっちゃったとか? でもちょっとくらいならアレンジでなんとかなるよ、ほら」

そう言ってセレナがひらりと白のドレスを翻してみせる。ちらちらとこちらをうかがう視線を気にして、レイチェルは愛想笑いを浮かべた。

「と、とっても素敵だと思います。……あの、何かご用ですか?」

「だって、制服で壁の花になってるなんて、心配で」

そう言ってセレナが顔をのぞき込んできた。その瞳に、自分の顔が映り込む。

(心配? ――ううん、違う。私が悔しがるのが見たいんだ)

そうしたら勝った気分に浸れるから。

ぐっと拳を握る。笑顔を作った。

「大丈夫ですよ。警備隊の仕事がありますし」

「……ふーん、そう? ま、それもいいかもね。私はもう、外に出ちゃおうと思って」

「え? だって白百合姫の審査がまだ……」

「白百合姫なんてそんなの、あの子でしょ。誰だか知らないけど」

そう顎をしゃくられた先には、薄紅色の花を咲かせるご令嬢がいる。

「誰のコネかな。あんな子いた? あなた知ってる?」

「い、いえ」

「でも私、白百合姫とかよく考えたらガラじゃないんだよねー。クロード様もやっぱりこれないみたいだし。だからなりたい人がなればいいって思って」

「……」

「それにね。私にはもっと大事な仕事があるの。あ、オーギュストはどこかな」

「少し外の空気に当たりたいって、さっき出て行かれたみたいですが……」

困惑しながら教えると、そうと相づちが返ってきた。

「じゃあレイチェルさんは、舞踏会、楽しんで」

制服姿で、足をくじいて壁の花にしかなれないレイチェルに、セレナは笑う。優越感をにじませるその笑みに、レイチェルは息を吸った。

「――白百合姫になれないってみんなの前で言われたら、恥ずかしいですよね」

セレナの笑みが消えた。レイチェルはその目をまっすぐ見て、笑う。

「分かります、その気持ち。私だってセレナさんの立場だったら逃げちゃうかも?」

まさか反撃されると思っていなかったのだろう。自分より下だと思っていた人間に噛みつかれた、そんな怒りに満ちた視線が突き刺さったが、レイチェルをそれを正面から受け止めた。

勝ち逃げなんてさせない。

やがてセレナから、言い捨てるような小さな答えが返ってきた。

「……わかってもらえて嬉しいわ」

セレナが荒々しい足取りで立ち去る。ほっとレイチェルは息を吐き出した。

勝ったか負けたかは分からない。けれど、やられっぱなしでは終わらずにすんだ。

(……うん。がんばった。――今度は、アイザックさんだって、誘えるよね。きっと)

勇気を出すのだ。壇上にいるあの人のように、かっこよく。

「――では、今年の白百合姫の発表に参ります。今年の白百合姫は、エントリー番号七番!」

当たり前みたいに勝つために、あの人だって努力しているはずだから。