軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15

アイリーンは何も考えず、近くにあった茂みに飛び込み、身を隠した。

小枝を持ち、茂みの一部になりすましながら、近づいてくる影に目をこらす。

そこだけ夜空を切り取ったように流れる髪、黄金律をかたどる完璧な体躯。

男女問わず惑わせる魅惑的なかんばせに、物憂げにきらめく赤の瞳。

耳をかたむけずにはいられない、蠱惑的な魔王の声。

おののいたように、あるいは魅入られたように、生徒達が固まっている。

(……クロード様……)

久しぶりに見るその姿に、きゅんと胸がときめいた。

しかし、ときめいている場合ではない。見つかったら強制送還だ。

それをふせぐために男装したうえにアヒルの着ぐるみを着て二重に変装しているのだ。自分でもわけがわからないのだから、クロードもわけがわからないに違いない。

なお、この作戦を知ったアイザックからは「お前、魔王様のことになると頭悪すぎないか?」と馬鹿にされ、リュックからは「恋って怖い」と嘆かれ、クォーツからは「花を飾れば愛らしい」とずれた助言をもらった。

(全員、わたくしの苦労も知らないで……!)

「――広い学園だな。さすが名門校だ」

感心したようにクロードがそう言った。ゼームスに案内され、キースとベルゼビュートもつれている。

「生徒さんの行儀もよろしくて……魔王だって石投げられたらどうしようと思ってました」

「王。もうそろそろ次の会議だ。時間がない」

きっちり軍服を身にまとったベルゼビュートが懐中時計を取り出し、そう言った。あのベルゼビュートがだ。感動でアイリーンは思わず涙ぐみそうになった。

(ちゃんと数字が読めてるわ……!)

しかも懐中時計を使って、クロードのスケジュールを管理している。素晴らしい成長だ。

「案内はここでまだ半分くらいですが、お帰りの時間ですか」

「いや、案内を続けてくれ。学園祭はすぐだろう。構造を把握してしまいたい。――問題はここを攻めるとすればどう襲撃するかだな」

「襲撃などできない。王にかなう魔物などいるわけがないのだから」

「ならば何故、アシュタルトは魔王の僕に刃向かうなどと口にした?」

「それは……」

「思い込みは捨てて、考えるんだベル。お前ならできる」

クロードがベルゼビュートを指導している。

あんなに過保護で、あんなに考えなしだった二人がだ。同じ感動を味わっているのだろう、キースがそっと目頭をもんでいた。

それにしても、クロードの前でゼームスがどんな顔をしているのか見られないのがもどかしい。位置を移動しようかと見回したとき、ふらりとセレナが足を踏み出したのが見えた。

「そういえば、聞きたいことがある。この学園にはアヒルが」

「――ゼームス会長! お昼休み、まだですよね。私、よかったら案内かわります!」

アヒルという単語にぎくっとしたアイリーンだが、元気よく駆けていったセレナにぽかんとしてしまう。

セレナに振り向いたおかげで、ゼームスの横顔が見えた――が、同じようにセレナがそっとクロードの腕に手を置いたのも見えたせいで、もうそれどころではない。

「セレナ・ジルベール。いいのか?」

「はい。あ、でも学園長もお昼、まだですか? でしたら、食堂にご案内します。とってもおいしいメニューがあるんですよ」

そう言ってセレナが赤らんだ頬でクロードを見上げた。

(ちょっ……待って、セレナって聖剣の乙女に憧れてるはずで……っ魔王よ!? 聖剣の乙女の敵よ!? いいの!? オーギュストは!?)

今すぐ胸ぐらを揺さぶってつっこみたい。だができない。

クロードはまじまじとセレナを見つめてから、ふと目を鋭くした。

「ベル、お前は戻れ」

「了解した、王」

「キース、お前も戻って会議を頼む。僕はもう少し彼女と学園を見て回る」

「へっ? まあ、いいですが……」

「頼んだぞ。――では、ジルベール書記?」

「セレナって呼んでください」

元気なセレナの返事に、クロードは頷く。

「ではセレナ。案内をお願いする」

「は、はい。任せてください。こちらへどうぞ……えっと、学園長って代理なんですよね。クロード様って、お名前でお呼びしてもいいですか?」

もじもじしながらセレナが上目遣いでうかがう。思わず持っていた小枝をばきっと折ってしまった。

だがクロードはどこまでも涼しい顔で告げる。

「ああ、かまわない。だがあまり可愛くは呼ばないでくれないか」

「か、かわいくなんて、そんな」

「僕の婚約者は意外と嫉妬深いんだ」

何かを思い出したように、クロードが甘く微笑む。

ぼんとセレナの頭が音を立ててゆであがった。同時にあちこちが悲鳴やらふらりと倒れる女子生徒が続出する。

慣れているはずのアイリーンも、久しぶりだったせいで身悶えてその場に沈んだ。

相変わらずあの顔は凶器だ。紙袋でもかぶせて隠しておいた方がいいかもしれない。それこそアヒルの着ぐるみを贈りたい――それはそれとして。

(いつ! どこで! わたくしが妬いたことがあると……っしまった婚約破棄の書面にサインしたあの夜会! リリア様とクロード様が話したって聞いて……!)

あの反応は嫉妬と思われても仕方がない。悔しくてばんばんと地面を殴る。今度、そんなに器の小さな女でないと、しっかり説明しなければならない。皇妃になるのだ。側室を受け入れる器だってある。いや、あの顔が自分以外に向けられたら複雑だが。

十回くらい深呼吸をしてようやく落ち着いた頃には、クロード達はいなくなっていた。

立ち上がると、唐突に茂みから現れたアヒルに生徒達がぎょっとする。

(……でもあれは誤解させたわよね……まさかとは思うけど……)

ややこしいことにならないといいがと、アイリーンはまたも強引に女子生徒に迫っている男子に跳び蹴りをくらわせるべく、アヒル姿で現場へと急行した。