軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アイザック・ロンバール

くじというものは運命に似ている。

「わたくしとペアになるのはあなたね」

差し出された白いくじに7という番号が書いてある。そしてアイザックにも、同じ7の番号がふられたくじがあった。

うわあ、という感情を押し殺しているせいで自分はずいぶん気難しい顔になっているだろう。だが相手はまったく気にした様子はなく、あちらの席で課題に取り掛かりましょうと、さっさと踵を返す。

(アイリーン・ローレン・ドートリシュか、面倒なのにあたった)

セドリック・ジャンヌ・エルメイア皇太子の婚約者。いずれこの国の皇妃になる女だ。

この状況を知れば父親たちからは「お近づきになれ! そのためにお前をバカ高い学費がかかる貴族の学校に入れてるんだ!」と言われるところだろうが、アイザックにその気はない。そもそもアイザックの見立てでは皇族は見た目ほど裕福ではないはずだ。皇室相手に商売をするより諸外国との貿易に力を入れた方がいいと考えているが、アイザックは三男なので、買った爵位も会社も兄が継ぐため出番はない。となるとその役目は、貴族の一員らしくどこぞの由緒正しきご令嬢の元へ婿入りしてロンバール伯爵家の地位を押し上げるくらいしかないのである。

「課題はこの国の貿易赤字について対策を考える問題ね。何か意見はあって?」

まずお前が熱を上げてるあの皇太子様とその一派の再教育、と言いかけた。背後でそのセドリックが「まずは貨幣を多く製造し、一定所得以下の民に補助金として交付し、経済を」とかなんとか演説しているせいだ。

(でもあれで皇太子として結構優秀って話だよな? そうは見えねーけど)

「ちょっとあなた――アイザック・ロンバール。聞いているの?」

強い声に、意識が引き戻された。ああ、と曖昧な相づちを返しておざなりに答える。

「錬金術師探して金作ってもらって、赤字補填したらいいんじゃねーの」

「まず錬金術師を探すことから不可能そうだけれど、仮に可能だったとして、増税と変わらない政策には賛同しかねるわ」

淡々とした回答にぱちりとアイザックはまばたきした。

(……こいつ)

ドートリシュ宰相の娘。確か兄達も優秀だと聞いている。その影響か。

初めて目の前に座る相手――アイリーン・ローレン・ドートリシュを、真正面から見た。

「……じゃあシンプルに赤字を税収でまかなうってのは?」

「根本的解決にならないわ。投資のための借金ならまだしも――エルメイア皇国は戦争には強いけれど、商売に弱いのよ。せっかく結んだ交易も、買うばかりで売れないのだもの」

「……紅茶の習慣はこっちにもあっという間に根付いたからな」

「そうね。茶葉を買うばかりでこちらの綿織物が売れないのが痛いわ。でもこの国は広い。何かあるはずだと思うの。たとえばあちらにはない文化とか」

「大雑把すぎだ。具体案になってない」

批判めいた口調で切り捨ててから焦った。傲慢できつい性格だという噂だ。キレて皇太子にでも告げ口されたら面倒だととっさに思ったのだ。

だがアイリーンは、眉根をよせて頷いた。

「そうなのよ。お兄様たちにもそう言われてるわ」

「……」

「あと、諸外国の文化に対する勉強がまだ進んでいなくて。実際、この国以外でも受け入れられる、この国特有のものがあるはずだと思うのだけど」

「……技術、だ」

気づいたら本音をアイザックは口にしていた。

「戦争で強いだけあってこの国はいろんな技術を持ってる。軍事機密だって出し惜しみするんじゃなく、それをいかすんだ」

「武器を売れということ?」

「違う。技術をいかして庶民よりの物を開発するんだ。たとえば通信。鉄道。色々あるだろ。庶民に普及させれば、必ず生活必需品や新しい文化が出てくる。誰よりも先にそれを取って、輸出する。造船技術だって上がれば、海を越えた国にも商売ができる」

アイザックの話にアイリーンは目を丸くした。

「夢みたいな話ね」

「でもそれをやるのが国の仕事だ。何年も先を見据えて」

「……そうね」

長い睫を伏せるように、アイリーンがうつむいた。その顔からふとアイザックは思う。

目の前のこの女はいずれ、皇妃になる。夢みたいな話を実現させる側の女なのだ。

そして、この女はちゃんと自覚している。

俄然、興味がわいた。

(ひょっとしてセドリック皇太子の功績ってほぼこの女がやってるんじゃないか?)

課題をまとめている間に、そんな疑問がわいた。調べればすぐ、答えは分かった。

「お前さあ、もうちょっと立ち回り考えろよ」

「どういうこと?」

課題のあと、何かと話す機会が多くなったアイザックはある日、一人木陰で昼食をとっているアイリーンに声をかけた。

「学園祭の出し物とかさ。勝手に変えちまって」

「あれじゃ間に合わないでしょう。学園祭には皇帝夫妻もお忍びでいらっしゃるのよ」

「げ、マジか。……まさかそれで、成功させなきゃいけないってやつなのか」

彼女は肯定しない。けれど、つぶやくようにアイザックには教えてくれる。

「セドリック様は優しいから、皆が頑張ってるのに『これは無理だ』なんて言い出せないでしょう。だからわたくしが言ったの。それだけのことよ」

「……」

「大丈夫よ。セドリック様は分かってるって仰ってくださったわ」

本当にそうだろうか。

(お前、いいように利用されてるぞ)

そう言いたくなるのを、ぐっとこらえてアイザックは遠くを見る。木陰から遠く離れた噴水では、セドリックが友人達と何やら楽しそうに話していた。未来の騎士団長と言われているマークス・カウエルを含めた、なかなか華々しい面子だ。きっとあれが未来の国政を担う連中になるのだろう。

そして特に気になるのは隣にいる女生徒――リリア・レインワーズ男爵令嬢。

「……なら、いいけどよ。お前、アレ見てもそう言えんのか」

じゃれ合いのつもりなのか、セドリックの口にリリアがサンドイッチを運んでいる。その次にマークスに差し出し、マークスが真っ赤になって首を振っていた。

「リリア様は庶民育ちだから、その目線が新鮮で勉強になるんですって。マークスも、守るべき存在が身近に感じられて剣の稽古に身が入るって」

「……そりゃまあ、いいことだな」

あの男どもの貞操観念などどうでもいいが、アイザックはちらとベンチに腰掛けたままの彼女を一瞥する。

アイリーンは小さな声でつぶやいた。

「……なんでもないって、仰ってたわ」

「……そっか」

「わたくしは信じてるもの」

――信じるな、と喉から出かかった。

だまされてる。お前、知らないのか。お前があの皇太子のためにやったことを、皇太子自身がなんて言いふらしてるか。彼女には僕も困ってる、なんて。彼女は昔からああなんだ、僕からも言ってみるがひとまず我慢してくれないか――そう言う裏でアイリーンに君のことは分かってるなんて甘い言葉で汚い仕事だけを押しつけている。見事な二枚舌だ。けれど、言えなかった。

それより、と切り替えた彼女の強さと笑顔がまぶしくて。

「ジャスパーと連絡はとってる? 私が集めた人材、なかなかでしょう」

「あ、ああ。まあな」

「どう? まとめ役、引き受けてくれる? あなたがいたらこの事業、成功すると思うの!」

その成功も、きっとセドリックがかすめ取っていく。

ぎゅっと拳を握って、アイザックは笑顔を浮かべた。これくらいの腹芸は自分だってできる。

「いーぜ、やってやる。新薬事業、稼ぎ甲斐がありそうだ」

「国のためも考えてちょうだい、少しは」

「ガラじゃねぇし」

そうだ、ガラじゃない。

自分がかかわれば少しくらい、守ってやれるかもなんて。

ふと視線を感じて顔を上げると、セドリックがこちらを見ていた。気のせいかと思うほどほんの一瞬だけ、視線が交差した気がした――それはまるで、嫌悪と執着の交差のように。

『アイリーン・ローレン・ドートリシュ。俺は君との婚約を破棄させてもらう』

――思い切り、テラスの縁に拳をたたきつけた。詰めていた息を吐き出し、夜空を仰ぐ。

『僕に愛されているという君の勘違いにはもう、うんざりだ』

唇を噛んだ。テラスとつながった会場では、皇太子の突然の婚約破棄劇場にざわついでいる。

「そうなるよう仕向けたくせに、よく言う……っ!」

あの勝ち誇った顔、平然と糾弾する傲慢さ。たいした皇太子だ。笑えそうで笑えない。

(ああ、でも馬鹿は俺だ)

気づいてた。こうなることだって予想はついた。だって誰よりもアイリーンの近くにいた。

策を講じてやろうかと思ったこともあった。でもできなかったのだ。アイリーンが婚約者を好きだったから? 違う、そうじゃない。気づいてる。

講じたくなかったのだ。

「くっそ……なんで俺が泣きそうになってんだ、これ……」

――彼女は、泣かなかった。

最後まで凜と、背筋をのばして。みじめな顔など一つも見せずに、優雅に。

無礼講だと配られた果実酒を飲み干して、アイザックは冷たいテラスの縁に額を当てる。

(だめだ、怒りにまかせて動くな。相手は皇太子とカウエル公爵家。簡単に太刀打ちできる相手じゃない)

アイリーンのたちあげた事業は横取りされるだろう。第五層の面子はまず解雇される。顔合わせの際、一瞬だけあの皇太子が見せた侮蔑の表情がその証左だ。自分はどうだろうか。第五層出身ではないが、爵位を買った貴族だ。頼み込めば残ることはできる――それは得策か、下策か。あの男をやり込めてやるためには、どれが一番いい。

(……あっちはこっちをなめてる。アイリーンを馬鹿にするのと同じだ。だったら、馬鹿にさせた方がいい)

冷静に、冷静に、冷静になれ。

彼女は殺されたわけでもなんでもない。ただ傷つけられただけ。

「……ああ、でもほんとに、かわいげねーわ。あいつ」

泣いて、取り乱して、それこそ自分の腕にでもすがってくれたなら。

――そう心の片隅で願って、策を講じなかった罪を今から償おう。

いつか彼女を泣かせるような、そんな男が現れる日まで。