軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪役令嬢の逆転

支柱で囲まれた白亜の祭壇の前に、黒髪の魔王が舞い降りる。

ここはかつて、聖剣の乙女がこの国の建国を宣言し、聖剣を掲げた場所。

そしてかつて、彼が皇位継承権を放棄した場所でもあった。

「――クロード・ジャンヌ・エルメイア。貴殿を皇太子に定める」

祭壇の前で署名された書状を確認し、皇帝代理である宰相ルドルフ・ローレン・ドートリシュが宣言した。

「アイリーン・ローレン・ドートリシュ」

「はい」

優雅な足取りでアイリーンは中央へと進み出る。クロードが少し振り向いた。

「皇太子妃候補として、クロード皇太子との婚約を認める」

「謹んでお受け致します」

膝を折り、完璧な淑女の礼をもってこたえる。わっと祝福の拍手と花弁が撒かれた。もちろん、その思惑は様々だ。ここは人間の世界なのだから。

だからこそ自分が必要だと、クロードの元へ寄り添うべく花弁の舞う花道を進もうとしていたアイリーンは、横道で参列しているセドリック達を見つけた。

遠慮なく、優雅に微笑む。

「あら、セドリック第二皇子。お祝いにきてくださいましたの?」

返事はなかったが、ただの第二皇子になってしまったセドリックの顔がはっきりと引きつった。その横に立つリリアは顔を上げないし、付き従っているマークスはほとんど殺意をこめてこちらをにらんでいる。とても祝いにきた顔ではない。欠席したかったのが本音だろう。

だが、彼らはクロードが皇位継承権を取り戻すこの立太子儀に何食わぬ顔で出席し、祝わなければならなかった。それが何もなかったことにする条件だからだ。

「クロード様は長く政務から離れていらっしゃった方です。どうか、臣下として支えてあげてくださいませね。わたくしもいずれ皇妃になる者として、精一杯頑張りますから」

やはり返事がない。ただの負け犬のようだ。ふふとアイリーンは勝者の笑みを浮かべる。

「アイリーン」

いつまでもやってこないことに焦れたのか、クロードの方が近寄ってきた。ぐいと腰を引き寄せられ、アイリーンはクロードの胸に落ちる。

「何をしてる。帰るぞ」

「あら、もうですか?」

「魔物達が心配する。それに、見世物になる気はない」

ふわりと足が宙に浮いた。宙に浮く本日の主役達に周囲はどよめくが、アイリーンは気にせず優雅に微笑み、横抱きにしてくれたクロードの首に腕を回す。

夜空を駆ける馬車も素敵だが、こうして空に浮かんで人々を見下ろすのもいい。

「では、皆様ご機嫌よう」

ばちんと音を立ててアイリーン達はその場から消える。

魔王を皇太子にするなんてというセドリックの熱弁と聖剣を失った経緯を涙ながらに語るリリアとその二人を守るマークスが大変惨めで面白かったと、ルドルフが後で教えてくれた。

「つーまーりーあの三馬鹿はこれからじっくりつぶせばいいんだな。任せろ、世界中の笑いものにしてやる」

「……アイザックさんの方が考えてること容赦ないですよね?」

こっそり耳打ちしたドニに、リュックがいつもの穏やかな笑みを浮かべる。

「はは。僕らをまとめてるんだし当たり前じゃないかな」

「……。皇太子位を取り上げられ、聖女の座も失ったんだ。十分、笑いものだと思うが」

「俺もそう思うけどそう平和にはいかねーだろうなぁ。ほら見ろこの記事。魔物コミで禁断の第一皇子につくか、無能でも人間な第二皇子につくか、勢力争いが始まってるだろ」

「あなたたち、何をさぼってるの」

会議室に入ったアイリーンは、六人でテーブルを囲んでだらけている面々に仁王立ちする。

「さくさく働いて頂戴。お父様から借りた土地の購入資金、まだ返しきってないのよ。借りを作るのはごめんだわ。アイザック、どうなの売上げは」

「化粧箱付き販売で売上げは倍増中。でも、店舗持つか考え時かもな」

「ドニ、城の修繕と改装については?」

「ほぼ完了です! ベルゼビュートさんも怪我が治って、よく仕事手伝ってくれますし」

「アイリーン!」

会議室の扉が派手な音を立てて開いたと思ったら、まさに話題になった本人だった。

「お前、まだ仕事か。この本を読んでくれるという約束だろう」

「もう少し待って。時間があるならこの間読んだ本を魔物達に聞かせてあげたらどう? 復習にもなるわ」

最近文字を覚えようとしているベルゼビュートは、素直にこくりと頷き、約束だからなと念押しして出て行く。それを見送ってアイザックが尋ねた。

「……なあ、ドニ。いつの間にあの魔物、アイリーンを名前で呼ぶようになったんだ?」

「え? そう言われたら……いつだろう……」

「彼はどうなんです、アイリーン様。飲みこみは早いですか」

「文字を覚える速度はアーモンドの方が早いわ」

真顔で答えると、全員が微妙な顔をした。

ごほんと咳払いをして、ジャスパーが話題を変える。

「最近姿を見ないけど、あの従者さんはどうした? まさかやめたわけじゃないだろ」

「キース様なら、ものすごい勢いで魔物を買い戻してるわ……クロード様に平気であくどい提案するようになったし、もう手に負えないわね」

「立ち回りすごいですよね。今度、第五層に学校ができるのは彼の手回しだと聞きました」

リュックの情報は初耳だ。クォーツが後を継ぐ。

「……魔王の、出資という形で」

「……。ちょっと待って、その資金はまさかうちから出てるの!? アイザック!」

「慈善事業はこれからの商売に必須でーす。大丈夫、うまくやってやるって」

「だからって――アーモンド!」

影から忍び出て、会議室の棚にあるお菓子を漁ろうとしているカラスの姿を目敏く見つけたアイリーンは、ぎろりと睨みをきかせる。

「行儀が悪いから盗み食いはやめろと何度言わせるのかしら。聖剣で焼かれたいの?」

「魔王様、言イツケル!」

「言っておくけれど、今のわたくしはクロード様も一撃で粉砕できるわ」

「オ前、ダカラ魔剣ノ乙女ッテ呼バレテル……」

「魔王様は人間だから聖剣、きかないですよね」

「色気で粉砕するんじゃねーの」

投げやりなアイザックの回答に、アイリーンはテーブルを叩く。

「いいから、全員、仕事! わたくしはクロード様のところへ行ってくるから」

はーい、と間延びした返事を聞いて、アイリーンは会議室を後にした。

(まったく。慢心するわけにはいかないわ。本当の勝負はここからですもの)

――クロードが魔王として覚醒しかけたあのイベントから一ヶ月。

アイリーンは自分を誘拐し監禁したセドリックを追及しない代わりに、クロードの皇位継承権を戻すよう皇帝にかけあった。アイリーン救出までのわずかな時間の間にアイザック達が集めた情報は言い逃れを許さない完璧さで、かけあったというより脅したという方が正しいかもしれない。実際やり取りしたのはルドルフだが、ほとんど手こずらなかったと聞いた。

肝心のクロードが拒否するのではと懸念していたが、それも杞憂で終わった。聖剣を手に入れた反動か寝込んでしまったアイリーンを見舞いにきた際、ルドルフから「アイリーンは皇帝になる人間の嫁にやる」と言われ「では皇帝になろう」とその場で即答したらしい。

それを聞いて、アイリーンが寝台の上でごろごろ転がって悶えたのは余談である。

皇太子として仕事をするようになったクロードのために、応接間は執務室に改装した。そこへひょっこり顔をのぞかせたアイリーンにクロードが目を上げる。

「少し待ってくれ、もうすぐ終わる」

はい、と頷いてアイリーンは大人しくソファに座る。さらさらと羽ペンを動かして作業を終えたクロードは、ぱちんと指を鳴らして書類を送り届ける場所へと送る。便利だ。

一度、魔物になってしまったクロードだが、結局変わらないまま人間兼魔王として暮らしている。それがアイリーンは誇らしい。

魔王としての幸せも、人間としての幸せも、両方手に入れられるのだから。

「それで、どうした?」

「いい人材を見つけましたの。こちらに引き込めないかと思っているのですけれども、お誘いしてもよろしくて?」

「……まだ集めるのか……」

「当然です。うちは人間の味方が足りなさすぎますわ。いい人は積極的に集めないと」

「そういう意味じゃないんだが。まあ、君は好きにすればいい。いざとなったら僕がなんとかする」

嘆息混じりの言葉に、ぴくりと眉が動いた。

「それはどういう意味ですの? まるでわたくしにクロード様の庇護が必要かのような物言いですけれど?」

「いずれ妻になる女性を庇護して何が悪い?」

今度は笑顔のまま固まってしまった。クロードが頬杖を突いてその様子を見ている。

「愛らしく守られるのも妻の役目だ。僕はその権利を手に入れた。君はそのあたりの自覚が足りないな」

それはその通りだ。だがしかし。

「……。楽しそうに仰いますのね」

「君が悔しいだろうと思うと、楽しくてたまらない」

そこは正直に言わなくていい。ぎりぎりと内心で歯噛みしていると、ふわりとアイリーンの体が浮いた。聖剣の乙女になったアイリーンだが、奪い取った聖剣だからなのか、意識しなければ普通の人間と変わらずクロードの魔法にかかる。

だからぽすんとクロードの膝の上に簡単に落ちてしまう。

「嫌なら逃げることをおすすめするが?」

「逃げる? おかしなことをおっしゃいますわね」

皇太子に戻ってもクロードが魔王であることに変わりはない。魔物に脅える人間達が、必ずセドリックを持ち上げるだろう。リリアが聖剣の乙女であったこともそれに拍車をかける。

クロードが皇帝になるのは決して安易な道ではない。

だが困難を何食わぬ顔でばきばきに踏みつぶしてやるから、人生は楽しいのだ。

――何よりも。

「あなたがわたくしにつかまったんでしょう。逃がしませんわよ」

命も、幸福も、皇妃になる夢も、二度目の恋も。

――かつて、魔王を打ち斃した聖剣の乙女によって建国されたエルメイア皇国。

かの国が聖剣の乙女を打ち斃した魔剣の乙女によって、魔物と人間の共存をかかげ、魔王を皇帝にしようと目論むのは、ここから先の話である。