作品タイトル不明
護衛達の婚約(24)
放った銃弾は軽々とよけられた。魔香でどこまで人間の運動能力が飛躍するかは個人差が大きいが、三階から着地して無傷な頑丈さ、銃弾をよける速度、諸々換算するにルヴァンシュ伯爵は相当魔香との相性がよかったのだろう。
実際、ウォルトとカイルのふたりがかりの攻撃も難なくよけている。
「いやあ、伯爵より名もなき司祭のほうが適性あったんじゃない?」
「適性もあるだろうが、大きな原因はルヴァンシュ伯爵家が所持する魔香が従来の魔香より強力だからだ」
「そりゃ初耳。ヴィオラちゃんはそっち方面の才能があるってことかぁ――っと」
ルヴァンシュ伯爵が庭にあった木を引き抜いて投げてきた。ひょいとそれをよけると、忌々しそうに舌打ちされる。
「ヴィオラは、私の、ものだ」
体は二倍にふくれあがっているが、まだ会話できる思考能力も知性も残っている。
(普通こうなったら、奇声をあげてるだけなんだけどねえ)
「あれは、私の、妻になる女だ」
ルヴァンシュ伯爵の顔には、にたにたと下卑た笑みまで浮かんでいる。
「リラも、私の、ものだ。毎晩、かわるがわる、かわいがってやった。しつけてやった」
挑発しているつもりらしい。なるほど、新種の魔香はなかなかおそろしい。横にいるカイルに忠告する。
「キレるなよ」
「どこに怒る要素がある」
完全に目が据わっているうえに、冷気を帯びた口調でよく言う。かく言う自分も、おそろしく頭が冷えて殺意のみで動く兵器になれそうだが。
「うらやましいか。ねたましいか。私の姪は、美人だからなあ! 一晩くらいなら、かしてやるのに!」
「ただの中年男の憐れな妄言だ。貸す耳などない」
まったくもって相棒の言う通りだ。
ふたりで同時に地面を蹴った。まっすぐ向かってくるふたりを嘲笑うように、質量からかけはなれた跳躍力で飛んだルヴァンシュ伯爵は、燃えさかる屋敷の壁に手をかける。そのあとをウォルトの銃弾が追いかけたが、手で受け止められてしまった。
「聞いたことがあるぞ、魔王の護衛。名もなき司祭。だが今や、私の相手ではない!」
ルヴァンシュ伯爵の手からつぶされた銃弾がこぼれ落ちる。魔銃はきかない。ルヴァンシュ伯爵が高笑いする。
「旧式が、私に勝てるとでも!?」
言ってくれる。静かに笑みを浮かべたウォルトはもう一度魔銃をかまえなおした。
「あまり調子にのるもんじゃないよ」
「何を」
ルヴァンシュ伯爵の笑みに影がかかった。上空からルヴァンシュ伯爵の腕をつかんだカイルが、軽々とその腕をありえない方向にねじってまげ、引きちぎる。飛んでいった自分の腕にルヴァンシュ伯爵が悲鳴をあげた。
「わ、わた、私の腕!」
「腕がちぎれたくらいで動揺するな。痛覚は遮断できるだろう」
冷徹に言い放ったカイルが、そのまま回し蹴りをルヴァンシュ伯爵の首に叩き込む。
「自分で拾いに行け」
「新人教育かよ」
笑ったウォルトは、まっすぐ自分のほうへとんできたルヴァンシュ伯爵の残った腕をつかみ、引きちぎるついででそのまま地面に叩きつけた。
両腕を失って仰向けのまま、起き上がることもできないルヴァンシュ伯爵の胸を踏んづけ、銃口を口に突っこむ。
「大丈夫、痛くない痛くない」
「ひゃめ、はめ」
「まあ死ぬけどね。――ばん!」
引き金を引くふりをすると、そのまま白目をむいてルヴァンシュ伯爵が気絶した。
銃口から唾液を振り落とし、ウォルトは立ちあがった。その横にカイルが戻ってきて吐き捨てる。
「気絶か。あっけない」
「素人さんにプロがふたりがかりだよ。評価が手厳しすぎるでしょ」
「魔王とも戦えると豪語した相手にか? 再生能力くらいそなえてから言え」
手厳しい評価をしておきながら、カイルはきびすを返すなりヴィオラの視線に気づいて固まった。
いい悪い以前の問題として、世間知らずのご令嬢のふたりには刺激が強すぎただろう。
だが脅えられてもしかたない。これが自分達の仕事で、自分達の力でもある。
カイルよりは幾分か覚悟を決めていたウォルトは、わざと陽気にリラに片手をあげてみせる。
「やあ。無事で何より」
「ぶ、ぶじ……そ、そう。あなたは、ぶじ、なの、ね?」
震えた声で返ってきた言葉は、ウォルトを案じる言葉だった。思いがけない返答に、ウォルトは立ち尽くしてしまう。
真っ青になっているリラの横で、ヴィオラも震えながら何度も頷く。ヴィオラの顔色はもう青を通りこして白だ。
「よかっ……た、よかった……ごぶじ、で……ぶじ……」
ふっと意識を失いかけたヴィオラをリラが慌てて支える。そうしてそっくりの姉妹はそのまま地面にしゃがみ込んで、互いに手を合わせて祈るように身を寄せ合った。
「よかった……」
怖くて立ってもいられないくせに、それでもよかったとウォルトとカイルの無事を喜んでいるのだ。ふたりを背後から見守っていたらしいエレファスが、肩をすくめる。
「おふたりが動かないって言ったものですから。俺は悪くないですよ」
「……わざと見せたな」
にらむカイルに、エレファスが笑い返す。
「俺がまるで性格がとても悪いみたいじゃないですか」
「まるで性格が悪くないみたいに言うな。……ったく……」
ふたりとも完全に腰が抜けている。これは運ばねば移動できまい――と思ったそのときだった。
ちぎれて落ちていたルヴァンシュ伯爵の腕が動いた。ひっとリラたちが震え上がり、さすがのエレファスも瞳を細める。ウォルトとカイルは反射的に銃をかまえて、振り返った。
触手のように腕をつなげたルヴァンシュ伯爵が、ゆらりと起き上がる。腕が折れ曲がったままの奇妙な動きだ。
「お前が再生能力とか教えるから!」
「教えたわけじゃない!」
ぎょろぎょろと動き回った白目が、ぐるんとひっくり返ってウォルトとカイルを見据えた。泡を吹いた口元が、にたりと持ちあがる。
「旧式、が――!」
ただでさえ二倍に膨れ上がっていた体積が、伸びた腕のサイズに合わせるように膨張していく。魔香の効果が暴走し出しているのだ。大きくなっていく影に舌打ちしたウォルトは、背後に向けて叫んだ。
「エレファス、ふたりを連れて行け!」
「周囲を封鎖しろ、俺達が抑える!」
「はあ、いいですけど」
「何を呑気な」
「だってほら」
一瞬八つ当たりしかけたウォルトは、エレファスに顎でしゃくられた先を見て、カイルと一緒に固まった。
膨れ上がっていくルヴァンシュ伯爵の体は屋敷の二階分ほどの大きさになっていた。
だがそのさらに上。ルヴァンシュ伯爵の頭上にある影は。
「殺してやる! 私の邪魔をする者はすべて、たとえ魔王であってもだ!」
「そうか。だがもう僕は飽きた」
ぎょろりとその目が頭上を見たときには、もう勝負はついていた。
魔王の靴先がルヴァンシュ伯爵の頭上に落ちる。その瞬間、ルヴァンシュ伯爵の巨体が沈んだ。マントを翻した瞬間に、その姿までかき消える。どこぞに飛ばしてしまったのだろう。
「時間をかけすぎだ」
何も障害などなく地面に降り立っただけのような顔で、クロードが言う。幻のようにかき消えてしまった恐怖に、リラたちが口をあけて呆けている。本当の恐怖は知覚もできないといういい証拠だ。
はたしてルヴァンシュ伯爵は魔物達のおもちゃにされるのか、どこぞに閉じこめられたのか。
それもこれもすべて魔王の心持ちひとつ。それが恐怖でなくてなんなのか。
もちろん、ウォルトとカイルの処遇を含めたこの場の全員の処遇も、さわやかに笑う魔王の心持ちひとつで決まる。
「それで、僕の可愛いウォルトとカイルをたぶらかした女性はどこに?」
だがそのあたりが限界だったのだろう。美貌の魔王の視線が向けられる前に、悲鳴ひとつあげないまま、リラとヴィオラは気絶していた。