作品タイトル不明
護衛達の婚約(23)
ウォルト・リザニス。それが本当の彼の名前だ。
やっと知ることができた名前を、リラは胸に刻み込む。同時に、その立場も呑みこんだ。
(皇帝陛下の寵臣じゃないの……!)
オベロン商会の調査員どころではない。考えようによっては皇后陛下の腹心と名高いアイザック・ロンバールよりも大物ではないか。
屋敷からほとんど出られなかったリラだが、今代の皇帝陛下が魔王であること、かつて廃嫡された経緯から臣下を厳選していることは聞いている。特に自分の身辺につく護衛に至っては、ドートリシュ宰相の進言であっても取り付く島もないそうだ。
魔王の護衛。彼らがそう名乗るのは、あくまでクロード・ジャンヌ・エルメイア個人に忠誠を誓っているからだと聞く。貴族でさえない彼らだが、その発言も行動も無視できない。彼らが皇帝の目であり、耳であり、手であり、足であるからだ。
「さ、あなたがたはこちらに」
柔和そうな顔立ちをした淡い金髪の青年にうながされた。はっとそれでリラは我に返る。
「あの、でも、大丈夫なんですか……!?」
かつての背丈の二倍に膨れ上がった叔父はもはや人間とは思えない。ヴィオラの作った魔香の力だろう。ヴィオラも青ざめた顔で、青年に訴える。
「あれは強力な魔香です。持続性も段違いですし……解毒剤も燃えてしまって……」
「あのふたりを心配してる場合ですか? あなたがたは容疑者ですよ。今なら相手は俺ひとりです。逃げようとは考えないんですか?」
いたずらっぽく尋ねる瞳の奥に糾弾を感じ取って、リラは叫ぶ。
「逆よ! さっさと私を捕まえにきたら、こんなことにならなかったのよ! 魔香に気づいてたのに私を無駄に泳がせてたってことでしょ!?」
「いいえ、リラよりも叔父の目的は魔香を作れる私です! 私を叔父に差し出してください。そうすれば策や兵を用意できる時間があるはずです」
「なるほど」
呑気に相づちを打つ青年から、笑みが消えた。
「つまりあなたがたは、我らが皇帝陛下がたかが小娘ふたりに踊らされるような愚かな御方だとそう言いたいわけですか」
リラとヴィオラは、冷たい眼差しに背筋を震わせる。だがそれは一瞬のことで、青年はすぐに優しい笑みを顔に張りつけた。
「心配ならここで見てます? 俺が守ってれば怒られないでしょうし」
「い……いいん、ですか」
どう考えても自分達が邪魔なのはわかっている。おずおず確認するリラに、青年が頷いた。
「ええ、どうぞ。強いですよ、魔王の護衛は。ただ、ちょっと刺激的だと思いますけど」
「どういう意味――」
尋ねる前に目の前にちぎれた腕が落ちてきた。叔父の腕だ。切り口の神経なのか筋肉なのかわからない部分がうごめいている。
声にならない悲鳴をあげてリラはつい姉に抱きつく。抱きつかれたヴィオラも、息を止めて真っ青になっていた。
そんなふたりをにこやかに眺めながら、青年が嘲笑うように言う。
「お嬢さんがた。魔王の手から逃げるなら、今のうちですよ」
「に、逃げないわよ!」
反射で答えたリラは唇を噛む。ヴィオラもリラの手を握り返して、真正面の戦いから目をそらさず、震える唇を動かした。
「わ、わた、私達が、しでかしたことですから……!」
それは頼もしいと、性格の悪い青年は挑発的に笑った。