軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

護衛達の婚約(21)

地下室の炎をすぐ消し止められたのは幸いだった。

だが、使用人は自分達が逃げたあとを閉ざすように炎をまいていったらしい。玄関まで辿り着いたウォルトが見たのものは、燃え上がる玄関ホールだった。

これは自分で消火できる範囲ではない。

「今は風向きのおかげで逆の建物に火がいってるけど、そのうちこっちもくると思う」

「そうじゃないでしょ、あなたなんで戻ってきてるの!? 馬鹿なの、早く逃げなさいよ!」

地下室に戻ったウォルトにリラが怒鳴る。ウォルトはできるだけ冷静に返した。

「ここで君を逃がすわけにはいかない、仕事だ」

「心配しなくても逃げられないわよ。仕事って、死んだら元も子もないでしょ! それにもう全部話したわ、仕事より人命優先しなさいよ!」

「だめだ、君は重要な証人だ」

「そんなのなんとでもなるでしょ、お姉様がいるし証拠ならその辺にあるメモでもなんでも持っていけば――!」

「君を死なせるわけにはいかないって言ってるんだ、わかれよ!」

怒鳴り返すと、リラがびっくりした顔をした。その表情で、ウォルトも我に返る。

「……ごめん」

煤けた頬をこすって、何に対する謝罪かわからないままに言った。でもその手は自然とリラの胸元に伸びた。

リラをとらえる、ブローチをなでる。彼女をここに捕らえる、大切な証拠。

「でもこれだって、大事な証拠なんだよ」

リラがうつむく。泣いているのかもしれない。それを見て、なんだか焦った。

「だ、大丈夫だって。俺、なんだかんだ昔から運がいいし」

「……運って。こんなときにそんなこと言って」

「いやぁ、でもほんとに――」

「リラ!」

飛びこんできた声に、リラが目を見開く。ウォルトも振り向いた。

「お姉様!」

「よかった、無事ね。さあ、交替よ。今ならまだ逃げられる。ブローチを……」

さっと顔色を変えたリラが胸元を隠してウォルトの背に隠れる。

ヴィオラは薄汚れていた。ふわふわの美しい髪が少し焦げてしまっている。火に燃える屋敷の中を走ってきたのだろう。そんな彼女が何をしにここへ戻ってきたかなど、尋ねずとも明白だった。

火の手が回りきる前に妹を逃がす気なのだ――自身は、ここに残って。

困った姉の顔をして、ヴィオラがリラに懇願する。

「早く、時間がないわ。ブローチを私に渡して」

「だめよ、絶対」

「じゃあ、この人を巻き添えにするの?」

はっとリラが自分を見上げたことに、ウォルトは気づかないふりをする。こんな状況下で、答えを今は聞きたくなかった。

だから尋ねることはひとつだけ。

「月夜の庭にいた王子様と会った?」

ヴィオラが目をまたたく。彼女の装いがこの地下室を出て行く前とまったく違うことにウォルトは気づいていた。焦げていて香水の匂いは霧散しているが、赤い豪奢なドレス。はがれかけているがよそ行きのための化粧に、口紅。まるでオペラの観劇にでも向かうような格好だ。

――実際、どこで彼女が何をしてきたのかはわからない。それよりも大事なのは、問いの答えだった。

「何の話かわからないわ」

そしてあからさまに動揺している彼女の答えは明白だ。だからウォルトは肩をすくめる。

「それなら大丈夫だ。持ちこたえれば、全員助かるよ」

「――その他力本願さはどうかと思うがな、ウォルト」

両目をまん丸にしたヴィオラは、追跡に気づいていなかったのだろう。

脅えたようにヴィオラがあとずさり、その分リラが視線を険しくする。

微笑むのはウォルトだけだ。

「よーお迎えご苦労」

「誰がお前を迎えになどくるか。俺は……クロード様の命令で、彼女を追ってきただけだ」

それは結構なことだ。

妖精を追えるようになった相棒に向けて手をあげると、カイルが渋い顔でウォルトの魔銃を投げてよこす。忘れていったことに、カイルが気づかないわけがない。

銃に脅えるふたりには申し訳ないが、説明している時間はない。

無言でウォルトは銃口を構える。そしてリラの足を縛る魔力の鎖めがけて、引き金をひいた。

地下室から一階に出ると、裏口へ続く道は既に火の海で奥が見えなかった。玄関ホールへ続く道も同じだ。それを確認してウォルトは叫ぶ。

「っつーかお前、誰にも知らせず火の中入ってくるとか馬鹿なの!?」

「お前に言われたくない! いくらでも逃げる機会はあっただろう、それを」

「あーうるさいうるさい、これであの外道魔道士に助けられるような事態になってみろ、俺達半年は休みなしだぞ……!」

すごんだウォルトにカイルが胡乱な顔をする。

「お前はもうこの間のミスで休みなしだろうが。――それで、どうする」

「他に出口は?」

先導するふたりの言い争いにぽかんとしていたリラとヴィオラが、互いに身を寄せ合ったまま顔を見合わせる。

「ほ、他にはもう……」

「上にあがる階段は?」

「そ、それならこっちよ。でもどうするの」

「窓から飛び降りる。――ということで、ちょっと失礼」

ぐいっとリラを抱き寄せて、驚いている間にさっさと肩に担ぐ。脱いでおいた上着も忘れず上からかぶせた。

「な、何っ?」

「火の粉よけ。しゃべらないで、このほうが早いから」

目配せするとカイルも慌てて上着を脱ぎ、ヴィオラの頭にかぶせて抱きあげた。ヴィオラは驚きもせずに従っている。

(っつーかあのふたり、一切会話してなくない?)

少し気になったが、後回しだ。

使用人が使っていたのだろう狭い階段を三段跳びで、一気に三階まであがる。辿り着いた場所はちょうど廊下の角になる部分だった。部屋の扉から崩れ落ち炎が噴き出て、行く手を遮っている。だが三部屋分ほどこえれば、庭を見おろすために作られた大きな出窓が見えた。

「突っ切るから、目と耳と口を閉じて、息も止めて。いくよ」

ぎゅっとリラが上着の内側に顔を引っこめたのを見てから、ウォルトは床を蹴る。息は止めたが目を開けたまま、目測通り一気に駆け抜けた。カイルも同じようについてくる。

あとは窓を割って外に出るだけだ。カイルと同時に片手で窓をたたき割り、そして、上から黒い影に覆われた。

「!?」

「カイル!」

ただ、立ち位置だけの差だった。襲いかかってきた腕らしきものを、廊下を蹴ってウォルトはリラを抱いたままよける。だがカイルとヴィオラは振り払われるように窓の外に放り出された。

「お姉様!」

身を乗り出そうとしたリラを押しとどめて背中に庇う。ヴィオラの細い体は、受け止められていた。人間とは思えない太さの腕と手でつかまれて。

「……恩知らずどもが、よくも」

先ほどまでカイルとウォルトがいた場所に異様な形の影が立ちはだかる。ウォルトは唇の端だけを持ち上げた。

「ルヴァンシュ伯爵……」

こちらに振り向いた顔は間違いなくそうだ。だが、右肩から右手まで異常に筋肉が膨れ上がり、醜い異形に変わり果てたルヴァンシュ伯爵が、ヴィオラを捕らえたまま立っていた。