軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

護衛達の婚約(19)

階下のクロードの機嫌がどんどん悪くなっていくのを、内心ではらはらしながらカイルは眺めていた。

きらびやかな歌劇場のきらめくシャンデリアさえかすませる美貌の主は、怒っているときがもっとも迫力があるのだ。その隣に立っているアイリーンも、カイルと同じことに気づいているだろうに、皇后の微笑みを絶やさない。その図太さを見習いたい。

とはいえ、カイルもきちっと表面は冷静な護衛の仮面を貼り付けている。仕事中はそういうものだ。クロードの笑みも、何も知らない人物からすれば慈悲深くも見えるだろう。

「では、君はずっと姪のリラ嬢に脅されていたと」

「ええ。姪は魔香を使うことで屋敷の人間を取りこんでいったのです。いずれ皇帝陛下の花嫁になることを狙って……!」

アイリーンが扇を開いて口元を隠す。たぶん、笑いを堪えるためだろう。

劇場の人が行き交うシャンデリアが輝くホール、天鵞絨が敷かれた大階段の踊り場には皇帝夫妻。階段下では跪き、これまでの真相を告白する哀れな伯爵。いい見世物だ。下手をすれば今夜の演目よりも面白いかもしれない。階段上で、ホールで、ひそひそと遠巻きに人々は劇場の中に入って席につく様子もない。

「本当に、申し訳ございません。今まで気づかなかった私にも落ち度はあります。ただ、夢を見ているだけならよいと思ったのです。ですがまさか、姪の魔香売買に気づいたアイザック・ロンバール様まで手にかけるなんて!」

劇的な言い方に、横でエレファスが噴き出すのをこらえるように口元を覆った。

「ア、アイザックさんが手にかけられてる……」

「何がそんなにおかしいんだよ、お前の笑いのツボおかしいだろ」

呆れるアイザックの護衛と周囲への警戒が、カイルとエレファスの本日の任務だ。人混みに紛れて、ルヴァンシュ伯爵の言い分を聞く。

「アイザック様は我が屋敷に囚われております」

「囚われのアイザック・ロンバール……」

「いやだからそれの何がおかしいんだっつーの、陰湿魔道士」

「姪に命じられて、私は本来ここで無実を訴える役でした。姪はもうすぐここへやってきます。約束したアイザック様が迎えにこないと、さぞ心配でもしているように。そのあとひそかにアイザック様を始末するために」

「始末されるアイザック・ロンバール……」

「お前な……もういい」

「なるほど、話はわかった。つまりお前は、姪の魔香売買は自分にはあずかり知らぬことと言うんだな」

深々とルヴァンシュ伯爵が頭を垂れる。

「そのように言い訳する気はございません。兄に続き、姪も止められなかった。私の責任は重い。いかようにも処罰を」

殉教的な姿に、周囲から感嘆の息と同情の声が漏れる。アイザックがぽつりとつぶやいた。

「うまいな。これでルヴァンシュ伯爵を裁けば、無慈悲な皇帝陛下のできあがりだ」

「ですか、まずはアイザック様を救っていただけませんか。アイザック様は私を信じて身の危険を相談してくださったんです。もし戻っていないとすれば、姪の仕業かもしれません」

そして実際、何も知らないままでいればルヴァンシュ伯爵の話は真実として通ったのかもしれない。それくらい、彼の評判は高く、立ち回りは巧妙だった。

「アイザック・ロンバールが、君に相談か。そして囚われている、と」

「はい。早くせねば何が起こるか」

顔をあげたルヴァンシュ伯爵に見せつけるように、クロードが顎に長い指をあて、考えこむ仕草をした。

「それはおかしいな」

「は……?」

「何か勘違いがあるようだ。どうだろうか、アイリーン」

困ったようにかたわらの妻を見る。扇で優雅に口元を覆っていたアイリーンが、ちらとこちらを見た。「いってらっしゃい」と笑いをこらえた顔で、エレファスが盛装したアイザックの背中を押す。アイザックは不機嫌そうにその手を振り払った。

実際、アイザックはこの手の登場の仕方は苦手だろう。

「そうですわね。わたくしの腹心であるアイザック・ロンバールは、今ここにおりますもの」

新妻に「えっ派手に登場するために着飾るんですか、まかせてくださ……でも着飾りすぎたらモテちゃう」とか聞いているだけで腹の立つ苦悩をされながら仕上げられたアイザックが、人混みから抜け出して皇帝夫妻のいる踊り場へ続く階段をおりる。

そしてうやうやしくアイリーンの手を取ってみせた。

「ご機嫌麗しく、皇后陛下」

「ええ、アイザックも。相変わらずね」

なごやかに挨拶を交わす皇后と本物のアイザックの姿に、青ざめたルヴァンシュ伯爵が立ちあがった。

「そ、んな、馬鹿な! じゃああの男は、いったい」

「誰だと思う」

初めてクロードが声色を低くした。そろそろ限界だったのか、踊り場に妻を置いて、ルヴァンシュ伯爵がいる階下へ階段をおりる。

「さてもう一度話を聞こう、ルヴァンシュ伯爵。君はいったい誰から姪のことを、身の危険について相談されたのか」

「な、あ……」

「僕より先にそんなことがあり得るのか、非情に興味深い」

「根に持ってますね、クロード様……」

しみじみ言うエレファスに、カイルも溜め息まじりに頷く。それでも胸の焦りがないわけではない。

(あいつ、無事なんだろうな)

クロードも同じだろう。赤い目が無慈悲にルヴァンシュ伯爵を見据えている。

「わっ私は何も知りません!」

クロードが眉をひそめる。エレファスも瞳を細めた。

「しぶといですね。ぼろを出さない」

カイルも舌打ちしかけて、ふと階下の妙な動きに気づいた。皇帝夫妻とルヴァンシュ伯爵のやり取りに固唾を呑んでいる観衆の中で、合間を縫って移動している人物がいる。目指しているのは皆が注視する真ん中。

ルヴァンシュ伯爵が立っている階段下だ。

(あれは)

両眼を開いた。見間違えたりしない。

「そう――姪に! 姪に聞いてください、どうせ今からくるはずです」

「では、すべて君の姪が仕組んだことだと?」

「そうです! 私は何も知らない」

階下の茶番劇をもうカイルは聞いていなかった。見えるのは彼女だけだ。

ルヴァンシュ伯爵の弁明に皆が注目する中、忍び寄る彼女の口元に浮かぶゆがんだ笑みと、握りしめているものは。

「もしあのアイザック・ロンバールが偽者ならば、彼も魔香売買の一味で、私をだまし――」

「お父様とお母様の仇よ、死ね!」

シャンデリアに反射した刃物が振り下ろされる直前に、ルヴァンシュ伯爵を蹴飛ばし、細い手首をつかみとめた。

月夜の庭で見たのと同じ色の瞳が、見開かれる。そして泣き出しそうにゆがんだ。