作品タイトル不明
護衛達の婚約(8)
「ってことでー、開発前とかのレアそうな化粧品ちょうだい」
「本人がいるところに予告もなく堂々と押しかけてきて図々しくそう言えるのって、教会の教えなのか? それとも魔王様の方針?」
「両方」
おどけて見せると、オベロン商会本店の最上階、会長室で仕事をしていたアイザックが書類を置いて嘆息した。
非協力的な態度に、ウォルトは肩をすくめる。
「皇帝夫妻にこの案件持ちこんだのはそっちでしょ。協力は当然じゃない?」
「だからっていきなり見合い相手連れてくるか? バレたらどうするんだよ」
「アイザック・ロンバールが皇后陛下から正式にオベロン商会の会長の座を委譲されたのは最近だ。実際、アイザックの顔を知らない従業員も多いだろ? だから『隠れての視察が見破られないよう、普段から顔を知られないように客としてふるまって』と頼んでおけば問題なし。あの年頃の子はそういうの好きだしね」
頬杖をついたアイザックが苦い顔で尋ねる。
「……。調子にのって、ツケとかでうちの店の商品買われたら?」
「それは必要経費でしょ。さっきも言ったけどこっちに案件持ちかけたのそっち」
「いずれケリがついたとき、こじれて俺に会わせろって店に乗りこんでこられたら?」
「うわーアイザック浮気してたんだってーレイチェルちゃん可哀想って慰めるかな。あとは早く離婚しろってセレナちゃんが叫ぶくらい?」
アイザックは眉をかすかにあげる。ウォルトは両手をあげて、おどけた。
「俺だってこんなことしたくないけど、仕事だしね」
「へえ。じゃあ従業員にまかせてターゲットをひとりにしとくのは愚行じゃねーの?」
「意地っ張りな子だからね。俺の婚約者だって名乗れば特別扱いしてくれるよ、って言っておいた。もちろんそんなことするわけないでしょって返ってきたよ。ああいう子はなかなか自分で言い出したことを反故にできないから当分安全」
「全部誘導済みかよ……タチ悪い」
呆れ顔は称賛だと思っておこう。実際、アイザックは机の引き出しから鍵の束を取り出し、立ちあがって部屋の隅にある金庫へと向かった。
有り難くそれを眺めながら、愚痴めいた話を続ける。
「むしろ俺はアイザック・ロンバールの婚約者だ!って暴れてほしいくらいなんだけどねえ。そうなれば話が早いから」
「警戒されてるのか? 意外と大したことないんだな、魔王の護衛の色男ぶりも」
「頭は悪くないよ、あの子」
ウォルトの評価に、金庫をあさっているアイザックが作業の手を止めた。
「聞いてた話だと、とてもそうは思えねーけど」
「アイザックは例の舞踏会いたんだっけ?」
「いるわけねーだろ。その辺で顔合わせてる危険があったら、そもそも名前貸して調査とかできないだろーが。――あーやっぱり大半が古城のほうだな。口紅の試作品くらいしかない」
「発売前の新商品ならそれで十分」
金庫を閉めたアイザックが、手にした二本の口紅を見せる。
「色が違うんだけど、どっち持ってくんだ」
「お前がなんで結婚できたのか謎」
「はあ?」
顔をしかめるアイザックの手から、ひょいと二本とも口紅を取りあげた。
「こういうのは両方持ってって、口紅塗ってあげて、見比べて、どっちがいいかちゃんと考える。彼女が身につけたもの全部が似合うなんて怠慢な回答が許されるのは、顔ですべてが許される魔王様だけでーす」
「……」
「でもこのまんまだと高級感ないな。なんか特別っぽそうに見えるのない?」
「客に見せる用のトレーがあるけど……」
「あーそれだと大袈裟。恋人っぽい雰囲気を作るには、こそっと隅っこでやるみたいなのがいいんだよ。……ああ、このハンカチ貸してくれる?」
オベロン商会で高級品を出す際に使っているのだろう、光沢のある絹のハンカチを目ざとく見つけたウォルトに、アイザックは肩をすくめる。
「どーぞお好きに」
「じゃあもらってく。お邪魔しましたー。あ、他にもなんか買うかもしれないけどお代は俺の主宛で」
「お前、女に刺されても文句言えないよな」
ひらひら手を振って出て行こうとしたウォルトは足を止めて、呆れ顔のアイザックに振り返ってにっこり言い返す。
「アイザックこそ、仕事に夢中で奥さんに愛想尽かされても文句言えな」
「うるせーな出てけ!」