軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪役令嬢のハッピーエンドフラグ

「アイリーン様って馬鹿じゃない?」

白いヴェールの下からの憎まれ口に、血管が浮き上がりそうになった。

「そこで私を助けちゃう? しかもそのために聖剣なくしちゃう? せっかく私がゲーム史上最強の聖剣の乙女に育てたのにー!!」

「あなたね、いい加減そういうことを言うのはやめなさい!」

「大丈夫よ、レイチェルもセレナもいるけどだーれもつっこまないでしょ」

「何度も言うけれど、それはあなたのせいよ!?」

叫んだアイリーンの前で、花嫁衣装に身を包んだリリアがわざとらしくため息を吐いた。

「そりゃあ、これぞ王道なのかもしれないけど! つまんないつまんないつまんない、このまま結婚とかつまんなあい! 人生の墓場なんて嫌ー!!」

「諦めなさいよ、いい加減」

わめくリリアの支度をしているのはセレナだ。むっとリリアが唇を尖らせた。

「同意してくれたっていいじゃない、セレナ。セレナだってまだオーギュストと婚約してないんでしょ? それってそういうことでしょ?」

「一緒にしないで。ジルベール家の爵位が戻ったの、先月なのよ。それでいきなり私が婚約なんてしたら、ああそうかって勘ぐられるでしょ。一年は婚約も何もかもなし! あとあいつまだ下っ端だから」

「オーギュスト、昇進が決まったけれどね」

「クロード様の覚えめでたい聖騎士団の顔ですからね。両手で足りないお見合いの釣書が押しよせているとか」

極秘の情報をこっそりつぶやくと、レイチェルが擁護をとばした。

ぴくりとセレナが眉を動かして、レイチェルを見おろす。

「自分が婚約決まったからって上から目線?」

「そんなことはないですよ? ただセレナ様ってつめが甘いじゃないですか、いつも」

「やだ女の戦いってこわあい、アイリーン様ぁ」

「ひっつかないで。あと、あなたが言っても説得力がないから」

「あの、あのお邪魔しますっ」

元気な声と一緒に、勝手に花嫁の控え室の扉があいた。緊張した面持ちで入ってきたのはサーラで、そのうしろでロクサネが額に手を当てている。

「なぜ中からの応答がくる前に扉を開いたのです、今……!」

「えっあっ! あ、ごめんなさいもう一回やり直します!」

「いいですわよ、もう。どうぞお入りになって、ロクサネ様、サーラ様」

無礼をとがめるのも面倒だ。サーラはおずおずと入ってきたが、すぐにリリアの姿を見るなり可愛いだ綺麗だと目を輝かせ始めた。衣装が珍しいのだろう。

ゆっくり入ってきたロクサネが、嘆息と一緒に頭をすこしさげる。

「申し訳ございません、アイリーン様」

「ロクサネ様、お元気そうでよかったですわ。……ええと、先日は、その」

三ヶ月前、ハウゼル女王国という国が事実上瓦解し、バアルが無事アシュメイル王国に戻った直後、今後の対策もかねて秘密裏に行われた会談の話を思い出して、アイリーンは目を泳がせる。

『なるほど、空中宮殿だけではなく神竜まで、たまたま偶然落ちてきたのですね。つまり我が国の最も尊き御方であるバアル様が疲労困憊して倒れたことに、エルメイア皇国にまったく責任はないとそうおっしゃる。よろしいでしょう、話をおうかがいします』

聖石を使って出た画面の向こうで対応したロクサネの圧に、会談をまかされていたゼームスとレスターが降参し、頭をさげて謝罪したらしい。ルドルフはげらげら笑ってそれを眺めていたそうだ。

「殿方同士の友情とはそういうものだと思っておりますので、その点は諦めております」

「……そう言っていただけると助かりますわ」

「バアル様ももう少し落ち着いてくださればよいのですが。そうですわ、アイリーン様。今度そちらと共同で行うことになった歴史書の編纂なのですが――」

ぬかりなく打ち合わせをするロクサネとは、これからも仲良くつきあっていきたい。

何せお互い夫同士が仲がいいのか悪いのか、突拍子もないことをたくらんだりするし、こういう細かい調整は今後も必要だ。

「ええ、わたくしはそれでかまいません。……グレイス様も望まないでしょうし」

「わかりました。わたくしとしては、本当の歴史を遺したいですが……そうでないことも、いいときがあるとは、思います」

遠い目をしているロクサネに、リリアやセレナと話していたサーラが、はっとした顔で振り向いた。

「すみませんロクサネさん……! ひょっとして気分悪いですか? 大丈夫ですか? 座ったほうがいいんじゃ」

「大丈夫です。ここはいつもの宮殿ではないのです、すぐ騒ぐのはやめなさい」

「でも、私、バアル様に絶対絶対って頼まれてて、ロクサネ様に何かあったら今度こそ処刑だってアレスも真っ青になってて!」

「アイリーン様、もうそろそろお時間です」

ひょっとして、と思ったことを確かめる時間もないまま、レイチェルに耳打ちされた。しかたなくアイリーンは立ちあがる。

「ではわたくしは先に行くわ」

「えーアイリーン様が私の手を引いてくれるんじゃないのー?」

「あなたね、何度言い聞かせたらわかるの。あなたとセドリック様の婚礼は、クロード様のおまけ! 恩赦なのよ!」

つまんなーいと叫ぶリリアもセレナもサーラも、相変わらずだ。

ロクサネだけがきっちりと言祝ぎを贈ってくれる。

「――クロード・ジャンヌ・エルメイア皇帝陛下の御代に、幸多からんことを」

遠く、鐘の音が鳴っている。

新しい皇帝の誕生を告げる鐘だ。

ちょうど二年前のこの日、アイリーン・ローレン・ドートリシュは学園の冬学期修了を祝う夜会で婚約破棄を告げられた。

そしてその二年後になるエルメイア皇暦667年のこの日、クロード・ジャンヌ・エルメイアが第十七代皇帝に即位する。

第二皇子の挙式に、世界中からの賓客を招いた大舞踏会。皇都のあちこちには花とあかりが灯され、街ごと眠る様子はない。

いつもより騒がしい、けれど平和な光景だ。皇帝になったばかりの夫が、寝台で横になってふてくされていなければ。

「聖王に先をこされた……」

「素直にお祝いされたらどうです、クロード様。大人げない」

「あっちだって大人げないぞ。ずっとでれでれ自慢してくるんだ。男の子か女の子かなんて僕が知るわけないだろう。何度蹴っ飛ばしてやろうと思ったか……!」

まったく、と嘆息してアイリーンはふと外を見る。

ちらちらと見える雪にまさかと夫を疑ったが、季節を考えれば当たり前だ。

「なぜだ。僕の何がいけないんだ……あれか。即位式とセドリックが結婚なんてするから忙しくて……!」

ぶつぶつ言っている夫を放置して、ショールを羽織り、バルコニーを開けてみた。

覚悟していたほど寒くはない。

「綺麗……」

新皇帝就任の祝いに一晩中灯される皇都の光に、淡く雪が光って浮かびあがる。まるで星が降ってきているみたいだ。首を巡らせると古城で雷や炎があがっているのが視界の端に入ったが、それも幻想的と言えなくもない。

ゼームスにまかせておけば大丈夫だと信じよう。

「僕を放って、ひどいじゃないか」

もう一枚ショールを広げた夫に背後から抱き締められた。アイリーンは肩をすくめる。

「お義母さまにも適切な放置が大事って教わりましたの」

「……いらないことばかり君に教えたんだな、あの母上は」

「魔王の妻の心得として語り継いで行こうと思います。――お元気かしら」

夜空を見あげてしまったが、魔界の出入り口は古城の下にあるらしい。

そちらを見るべきかもしれないと思ったが、クロードが強く抱き締めるものだから、身動きができない。

「元気だろう。魔界であのうるさいのがおとなしくしているんだから」

「そうですわね。そこでならずっと一緒にいられますものね」

こいつに愛想が尽きたら魔界はきっちりわたしが滅ぼそう、と恐ろしい宣言を遺してルシェルと共に消えたグレイスは、最後までたくましかった。

「そういえばわたくし、歴史書に『聖剣の乙女を打ち斃した魔剣の乙女』『魔王の妻』って記載されることになったんですのよ」

「ああ、歴史書の編纂か。……グレイス・ダルクの名前は魔王の手先ではなく『魔王の妻』だったと訂正するだけで、聖剣の乙女の名前もエルメイア皇国の始祖もアメリア・ダルクのままにするそうだな」

「ええ。アメリア様は確かに聖剣の乙女でしたし、ルシェル様を封印してエルメイア皇国を建て直したのもアメリア様です。……グレイス様もルシェル様もこだわらないでしょう」

ロクサネは残念がっていたが、暴いて誰かが救われる歴史でもない。

何よりハウゼル女王国の瓦解で世界がゆれている。余計な混乱はこれ以上引き起こすべきではない。

「わたくし、これから先、聖剣がなくてもお義母さまみたいに強くなれるかしら」

「僕としてはあんまりならないで欲しいが……君が泣くところが見れない」

「またそういうことをおっしゃる」

笑おうとしたところで、クロードの吐き出す白い息が頬にかかった。少し首をうしろに向けると、そっと唇が近づいてくる。

それが重なろうとするのを遮るように、古城のほうからものすごい爆音が鳴った。

「……」

なんだか疲れ切ったため息をクロードが吐く。

「な、何が起こりましたの」

「……ドニが作った実験機がエレファスごと爆発したようだな。けが人はいないようだが……ああ、ベルもゼームスも酔い潰れているのか」

そう言ってクロードがするりとアイリーンの肩から腕をほどこうとする。

「少し見てく――」

その腕に、アイリーンは抱きついた。きょとんと見おろすクロードに、アイリーンはちょっと視線をそらして口を動かす。

「……お気づきでないの? クロード様」

「何がだ?」

「……二年前の、今日ですのよ。大体、今頃だったはずです」

セドリックに婚約破棄をされたアイリーンが、ドートリシュ邸を抜け出して、たったひとり、魔王の森を抜けて朽ち果てた城にたどり着いたのは。

「……ああ」

このひとと、出会ったのは。

「そ、そんな日に、妻を放っていくのはどうかと、思いますの」

「……去年は何も言わなかったのに?」

「去年はまだ結婚しておりません! それに……わたくし、皇妃にもなりました。これで夢は叶いましたわ。……婚約破棄で失ったものは、全部取り戻しました」

でも、とアイリーンは小さく続ける。

「……まだ、クロード様を、手に入れてませんわ……」

ちらちらと雪が降るような夜なのに、やけどしそうなほど顔が熱い。全身が燃え上がりそうだ。

だがしかし、全年齢の壁を打ち破るとしたら、今日この日、この夜しかない。

二年前、運命を変えようとしたその瞬間から続く、この夜しか。

この痛いほどの沈黙が早くすぎるよう願っていたら、突然抱きあげられた。

「そうだな。僕はまだ、君を満足させていない」

「そ、その言い方はどうかと思いますが……」

ほっとしたような悔しいような気持ちで、横抱きにするクロードの首に腕を回す。

バルコニーの扉が勝手に閉まって内側から鍵までかかった。

示し合わせたように皇帝夫妻の寝室の灯りが次々落ちていき、天蓋付きの大きな寝台近くに置いた蝋燭だけが、じりじり燃えるだけになる。

「今夜こそ誰よりも、君を優先しよう」

真顔でそう言われて、おかしくなってしまった。

背中から丁寧におろされて、寝台が小さく軋む。ついばむようなキスは冷たかった。触れ合う頬もつないだ手も、冷たい。

「クロード様。わたくし、あなたをたくさんの家族でかこむのが、次の夢です」

「善処しよう」

でもすぐに唇も指先も全部とけて、あたたかくなる。

そしてこの夜があけたら、次の夢が始まるのだ。