作品タイトル不明
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アイザックはそっぽを向いたままだった。レイチェルがおずおずと切り出す。
『あの』
「――ちょうどいいや、お前。アイリーンのこと止めるの手伝え」
え、とまばたいたレイチェルに、アイザックは視線をそらしたままたたみかける。
「勝つ見込みなんてほとんどゼロだ。なのにきかねーんだよ、こいつ。心配しなくても、お前も一緒にアシュメイルに亡命するよう手はずしてる。交渉がうまくいけば、そこから全員出られるようには考える」
『え、あの、待ってください。い、今はそんな話じゃなくて……』
「それ以外、話なんてないだろ。それとも、なんだよ。――俺に、謝って欲しいことでもあんのか」
「そうじゃないでしょ、あんたいい加減ぶん殴るわよ!」
「セレナ、やめろって! き、気持ちはわかるけどここはおとなしく」
「レイチェル! あんたもあんたよ! いつまでこんな馬鹿男――」
『――言いたいことは、それだけですか』
腹の底に響くようなレイチェルの声に、騒がしくなった会議室が一瞬で静まり返った。
『言いたいことは、それだけですね?』
完全に据わった目になったレイチェルが、繰り返し確認する。
いつもと違う雰囲気を感じ取ったのか、アイザックが引け腰になった。
「……お、俺は別に、言いたいことなんか、そもそもねーけど」
『そうですか。なら私が話をしますから黙ってください。勝つ見込みはほとんどゼロなだけでゼロじゃないですよね? だったらなんとかしてください、今すぐに。やってください』
「な、なんだよ。なんでお前が、そんなえらそうに」
『好きな人に二度も同じ後悔をさせたくないからですよ!』
両眼をいっぱいに開いたアイザックに、馬鹿ですかとレイチェルが涙声で叫んだ。
『そ、そうやっていっつも、私が、まるでなんにもわかってないみたいに』
「……別に、そういうわけじゃ……」
『だったらなんで、私のために裏切ったなんて馬鹿なこと言ったんですか! 私がそれを信じるとでも!? 信じるわけがないでしょう!』
「そ、そこは信じろよ、少しくらい……」
『なんでですか!? 私のことが好きだからですか!?』
直球の質問に、アイザックがついに口をつぐんだ。
だがレイチェルは険しい顔をして、黙らない。
『またどうごまかそうか考えてますよね! でも私はだまされませんから! だってあのときアイザックさん、私にだけお別れを言いにきたんじゃないですか。私だけには、ちゃんと嫌われておこうとして、そんな、馬鹿な、ことを、どうして……っ私のためだっていうのは、精一杯の告白だったくせに!』
「……」
『わかっちゃったじゃないですか、私が、特別だったんだって……!』
顔を覆ってレイチェルが声をつまらせ、泣き出す。
アイザックは視線を床に落としたまま、ふと柔らかい笑みを浮かべた。
「……それでも、俺は、協力しない」
「あんたこの期におよんでまだ……っ!」
「セレナやめろって!」
「勝率が五分もない戦いに、好きな女を放りこむ男は馬鹿だ」
椅子にあったクッションをつかんで持ちあげていたセレナが、やりきれないようにクッションを床にたたきつけた。
それをオーギュストがひろい、ほこりを払ってから――顔をあげる。
「だったら、俺が神剣であの女を止めるって。ゼームスと」
ばっと顔をあげたセレナにではなく、アイザックへ向けてオーギュストが笑う。
「あの将軍が持ってた神剣と、セレナが持ってた神剣がこっちに残ってる。俺とゼームスと組めば、そう簡単にやられないって。少なくとも足止めはできるよ。あの将軍が持ってた神剣は、セレナに力を貸してもらえば聖剣並に強いみたいだし」
「……ちょ……あんた」
「……空から降ってくる神剣の攻撃は、少なくともこの間の物量ではもうこないだろう。それはアイザック、お前のほうがわかっていそうだが」
アイザックはオーギュストとゼームスを見たあとで、静かに答える。
「それでも、魔王様はそれよりも強いだろ」
「クロードは僕がなんとかしてあげるよ。この護衛達と。ね?」
スプーンを左右に振ったルシェルに、ウォルトとカイルがそれぞれ反応する。
「やっぱそうなるよねぇ、この流れ……うわーめっちゃ死亡率高そう」
「今更だ。それに、クロード様がいなくなれば、俺達の体はもってあと三、四年。死に方を選べるだけましだろう」
そりゃそうね、とウォルトが肩をすくめた。
アイリーンは一歩、前に出た。
「アイザック。これで残るはひとつ、空中宮殿よ」
「……情報がなさすぎる」
『あっ僕、建物の構造とか建築技術から全体の大きさとか質量、計算しましたよ!』
突然レイチェルの横から入ってきたドニが言う。
ほんの少し顔をのぞかせて、ジャスパーが笑った。
『オジサンはどういう移動経路たどってるか、地図にしといたぜ。ベルゼビュートとアーモンドが鬼畜魔道士様に魔石くくりつけられて空飛ぶ偵察頑張ってくれたからな』
『俺サマ、頑張ッタ! 偵察機! 頭ブツカッタ!』
『俺は太陽の向きから方角がわかるようになったぞ! すごいだろう!』
それぞれが口々に言い立てながら画面にわりこんでくるので、レイチェルを中心に何がなんだかわからない状態になっている。
にぎやかな画面をアイザックと一緒に眺めていたクォーツが、静かに尋ねた。
「……これで、お前がいれば、五分では?」
「ですよね。それとも、他にやる気が出て死ぬかもしれない興奮剤とか必要です?」
「――やる気を出させるなら、薬じゃなくて適任がいるでしょ」
まばたくリュックからセレナが画面に視線を向けた。アイリーンも同じ人物を見る。
それに気づいたレイチェルが、とたんにうろたえだした。
『えっわた、わた……私、ですか? アイリーン様じゃ、なくて……』
「何を言ってるの、レイチェル。あなた以外いないわ」
「……馬鹿じゃねーの。できねーよ、そいつにそんなこと」
アイザックが鼻で笑う。だがアイリーンも、セレナも、口出ししない。
レイチェルがきっと顔をあげた。
『――なら私、アイザックさんが助けてくれないなら、エレファスさんと結婚します!』
「は!?」