作品タイトル不明
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一拍遅れて、ルシェルが顔をあげた。アイリーンはにこりと笑う。
「だって、素敵ではないですか。世界を滅ぼしてでも、ただ会いたいと追いかけてくる――ほだされますわよ、それ」
「そ……そういうもの?」
「ですから、ちゃんとお義母さまと再会して、半殺しにされればいいと思いますの」
「それ、ほだされてなくない!?」
「それとこれは別問題です」
何がなんだかわからないという顔で、ルシェルが眉間にしわをよせている。それが妙におかしくて笑ってしまった。そうするとルシェルの眉間がますますよる。
「からかってない?」
「まさか。――クロード様を助けて、許してもらいましょう? わたくしもかばってさしあげます。それにね、お義父さま。神だからって全部あなたのせいだなんて、傲慢ですわよ」
ルシェルが赤い瞳を見開いた。
逆にアイリーンはうつむいて、自分に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉にする。
「クロード様がああなったのは確かに、お義父さまのせいもあるでしょう。でも、自爆を選んだのはクロード様です。だから、クロード様がああなったのは、クロード様の責任でもあるんです」
「そんなこと……!」
「そうやってわたくしの夫を侮辱しないでくださいませ」
凛と顔をあげたアイリーンに、ルシェルが息をのんだ。
「クロード様はご自分の選択から逃げるような、そんなやわな方ではありません。ご自分の言動に責任をもてる大人です。――戻ると、おっしゃったんです」
アイリーンは震える手をにぎりしめて、前を向く。
「わたくしは信じます。クロード様は戻ってこられます、わたくしのもとに」
「……でも、クロードは、もう」
「お義母さまだってそうでしょう。あなたのもとに帰ると、そうおっしゃったのでは? ハウゼル女王国にひとりで出かけた、そのときに」
魔物と人間が暮らせる新しい国を作る。
本当にグレイスはそれを実行した。魔王を皇帝にしようと――いや、してしまったのだ。だが、聖剣の乙女の呼び名があっても簡単には認められなかった。ハウゼル女王であるアメリアが聖剣の乙女になったこともあって、魔王に洗脳されたのでは、あの聖剣はアメリアから奪ったもので実は魔剣の乙女なのでは――そんなふうに中傷され、邪魔をされ続けた。
そこへハウゼルの女王となったアメリアが手を差し伸べる。
ハウゼル女王国の承認があれば、色々なことがうまくいく。グレイスは感謝して、その招待に応じた。
正しい運命を知ってしまった双子の妹がすべて裏で糸を引いていて、その仕上げをしようとしていたことにも気づかずに。
(……お義父さまは、知らなくていい。気づかないままでいい)
信頼していた義妹がどうして妻を首だけにしたのか、どうしてそこまでこじれたのか、その理由なんて今更理解しても、誰も幸せにならない。アメリア本人だって望まない。
(だってあそこまでしても、お義父さまは復讐よりもお義母さまに会うことだけを願っているのだもの――)
なんて残酷で、行き場も救いようもない愛だろう。
同情はする。けれど認めるわけにはいかない。
アイリーンにはアイリーンの、ルシェルにはルシェルの、それぞれ譲れない愛が等しくあるからだ。
「お義母さまは、きっとどこかにいらっしゃいます」
「な……なにを、根拠に」
「信じなさい、自分が選んだ妻の言葉でしょう。――クロード様は戻ってらっしゃるわ、絶対に。だって、帰るっておっしゃったもの!」
信じてくれ。帰ってくる。そう、愛する人が告げたのなら。
「他でもないわたくしやお義父さまがそれを信じなくて、どうするのですか!」
ルシェルの赤い瞳がゆれて、涙に濡れた長い睫が上下に動く。また泣き出しそうな顔になっていた。
「あ……あんな、死に方を、しても?」
「ええ」
「く、首だけに、なって。信じてた妹に殺されて、それでも?」
「それでもです」
「――僕と出会ったことを、……」
怖くて聞けないのだろう。つまってしまったその続きを、アイリーンは口にする。
「後悔なんてなさってません。そんな方ではないことは、お義父さまのほうがよくご存じでしょう?」
ついにルシェルの顔がしわくちゃにゆがんだ。子どもみたいだ。
そのまま膝をつき、声をあげて泣く神を、そっと抱き締める。
会いたい。
一途なその愛が今度こそみんなを救う、優しい魔法になるように願いながら。