軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

42

まさかと目を向けたエレファスに、ベルゼビュートが沈痛な面持ちになる。

「アイリーンも大概だが……グレイス様はその上をいくからな……」

「グレイス様、怖イ。モグモグ、食ベラレル……」

「……。ちょっと待ってください。あの、ご存じなんですか」

ベルゼビュートとアーモンドがそろって首をかしげた。

「当然だろう。前の王の妻だ」

「魔王ノ妻!」

「そ――それを早く言ってくださいよ!!」

迫ったエレファスにぎょっとベルゼビュートが身を引いた。

「は、早く言えと言われても、聞かなかったじゃないか」

「読みましょうよ空気! いやこの際いいです、どんな方だったんですか!?」

「ど、どういう……? 王と同じ、黒髪で」

「マッスグ! ツヤツヤ! 美シイ!」

「今まで俺が会った全存在の中で一番強い。ルシェル様が負けた」

「えっ……」

あまりの証言に興奮が一瞬で冷めた。

ベルゼビュートが気まずそうに、視線を落としてぼそぼそ続ける。

「こう、右ストレートで一撃で。そのあと蹴っ飛ばされて、踏みつけられていた……」

「パパ様、謝ッテタ……俺様タチ、ミンナ、謝ッタ! デナイト、焼キ鳥!」

「……ルシェル様って元は神なんじゃないですっけ」

「ル、ルシェル様が弱いというわけではないんだ。ただ、あの女が、いやグレイス様が異常だっただけで……っ!」

あのベルゼビュートがわざわざ様付けで名前を言い直すあたりが、既に怖い。

ちらちらとアーモンドがベルゼビュートに尋ねる。

「……魔王様ナラ、勝テル?」

「そ、そうだ。お、王なら勝てるかも、しれない、ような……」

「いや無理だろ。話聞いてる限りお嬢様より強いんじゃないの、その奥様……」

ジャスパーの言葉に、ベルゼビュートもアーモンドも沈黙を選ぶ。

レイチェルが真顔でつぶやいた。

「その方がもし見つかった場合、アイリーン様と一騎打ちに……?」

「――考えるのやめましょう! とにかく必要なのは情報ですよ」

「あ、問題を先送りにした」

ドニが痛いところをついてきたが、エレファスは方針を変えるつもりはない。

「いざとなったら口八丁でごまかして味方になってもらえばいいだけですし」

「ごまかすだと? まさかグレイス様をか? 馬鹿かお前、死にたいのか!」

「殺サレル! エレファス、即死!」

「ええそうですよ、俺の人生はいつだって命がけの綱渡りですよ! それにつきあってもらいますからね!」

えええとあがる不満の声を無視して、エレファスは隣の部屋の扉を開く。

出てきたのは廊下だった。細く長い柱に、尖ったアーチに支えられた高い天井。大きな窓からは日の光が差し込んでいる。まるで天国へ続くように荘厳な廊下だ。真っ先にドニが目を輝かせた。

「すごい、ハウゼルの建築様式だ! わー窓の幾何学模様、本当に石でできてる……すごいなあ、誰が作ったんだろう……!」

「すみません、そういうのはあとで。とにかく、誰もいないうちに進まないと」

「でもどこへ向かうんだ?」

「魔力でもさぐれない場所がありました。王宮の警備もすべて止まっているのに、そこだけは隠されてる。つまりそれだけ重要なものがあるってことでしょうから、まずそこへ――」

「作り的にこの奥って玉座ですよね! 早く行きましょう!」

「いやですから目的を忘れずに――」

ドニが開いた扉の先で、ばちりと魔力が走った。咄嗟にエレファスは魔力で目くらましの結界を作る。ごまかせるかどうかはわからないが、それしか手段がない。

「静かに」

エレファスの声に全員が頷く。大きな柱の陰に全員で隠れて、様子をうかがう。

ばちばちと玉座の前で、空間がねじ曲がっていく。転移の前触れだ。スムーズにいかないのは、結界がなくとも聖なる力の強いこの場に魔力でわりこもうとしているからだろう――つまり、ただ者ではない。

「……まったく、わずらわしいことがいくつか残ったな」

「! 王――」

ベルゼビュートの口をドニが塞いでくれた。アーモンドはレイチェルに抱き締められて、首をかしげて黙っている。

それで正解だ。

確かに、現れたのはクロードだ。だがその容姿が一変している。黒かった髪が銀髪に変わっているのだ。

髪と目の色を変えることは、この世界の法則に触れる行為だ。魔王とはいえ、たやすくできることではない。何か異常事態が起こっているに違いない。

(それに、あの女)

花嫁衣装を着た、黒髪の女――白い生地を汚しているあの赤は、他でもない上司の血だ。

そんなものをまとった女と一緒にクロードがいるなんて、尋常ではない。

「わずらわしいこと、と言いますのは?」

「ああ。まず私の分身だな。あれを片付けねば、完全な復活とは言えない」

そう言ってクロードは、当然のようにハウゼル王国の玉座に腰かけた。

「ではなぜ、さきほど見逃されたのです?」

「まだ本調子とは言いがたい。まだ息子の体になじんでいなくてな」

息子の体という言い回しに、エレファスは内心で嘆息する。

(……のっとられたわけか、本格的に)

ジャスパーが小さな声で耳打ちした。

「おい、魔王様は最悪でも封印するだけって話だっただろ? どういうことだよ?」

「もっとややこしいことになったんでしょう。十中八九、クロード様かアイリーン様のせいでしょうね」

「お前、王が悪いとでも」

「皆さん、今は黙ってください。話が聞こえません」

レイチェルにたしなめられて、皆が押し黙った。

「わかりました、私がなんとかしましょう」

「できるのか? あれでも私の分身だ。それこそ、魔王と呼べる程度の力は残っている。神剣もほとんどなくなったのだろう。簡単に始末できるとは思えないが」

「私には聖剣があります」

「聖剣も難しいぞ。あれには、その聖剣を通じて聖なる力の加護が働いている」

「それは……まさか」

「そうだ。私と君との運命を引き裂いた、あの女の加護だ」

そのとき、作り物のような女の目に浮かんだ憎悪を、エレファスは見逃さなかった。

「……あの聖剣、お姉様が力を貸していたのですね」

「だから誓約がうまく働かなかったのだろうな。アメリア・ダルクこそ運命の相手だと、私も息子もすぐにはわからなかった」

女はその憎悪に満ちた目を、クロードにひたと向けていた。まるで疑うように。

「……状況はわかりました。ですがご安心ください、私の切り札は神剣や聖剣だけではありません。この王宮そのものが、いずれ復活する魔王を斃すために作られたハウゼル女王国の技術と叡智の結集ですから」

「ほう? それをどうするつもりだ」

「もちろん、魔王を斃すために使うのです。エルメイア皇国は魔王を飼っている。それだけで世界の理解は得られるでしょう」

「魔王か。私はいいのか?」

からかうようなその言葉に、女は淡々と応じた。

「あなたはいずれ、神になられる存在です」

「なるほど。ではまかせて、私は休む。なじみのない体だからな、疲労が激しい」

「わかりました、では寝室の用意を」

「お前もくるといい、本当の姿でな。その体は誓約が失敗したときの保険だろう?」

そう言ってクロードが手を差し出す。女は驚いた顔をしたあとで、視線をさげた。

「……まだ雑務が残っておりますので……」

「本当のお前をさらすことはできないか?」

「……」

「まあいい。だが私に、死体を抱かせるなどという不敬は許さない」

そう笑ってクロードはふっと姿を消した。からになった玉座をじっと見たあとで、女も姿を消した。