軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32

キースとアレスをかついだエレファスが転移したのは、古城にあるリュックとクォーツの研究室兼診療室だ。

鼻の奥を消毒薬のにおいが刺激するそこへ転移した瞬間、目をまたたいた。

「ど、どうしたんですか? 皆さんそろって」

「あっエレファスさん――ってキースさん! と……」

誰その人、という顔をしたドニを含め、ここにいるリュックもクォーツもアシュメイル王国潜入組ではないので、アレスを知らない。実はエレファスも同じ理由で詳細を知らない。

だがジャスパーは反応してくれた。

「アシュメイル王国の聖将軍か? なんでこんなとこに、まあぼろぼろで」

「俺もよくわかりませんが、重要参考人です。拘束はしてあります。それよりキース様が」

「こちらに」

立ちあがったのは呼ばれたリュックではなく、目を真っ赤にはらしたレイチェルだった。

気にはかかったが、キースの治療が先だ。寝台の上にキースがのせられ、リュックとクォーツがレイチェルが用意した盥で手を洗い、消毒をすませる。

「この人魔王様の片腕でしょう。なんで魔王様が治さないんです」

「それが、クロード様が、その、魔物になってしまわれて」

エレファスが借りていたクロードの魔力も全部消失しているので、あの万能な力を振るうこともできない。口ごもったエレファスに、マスクをつけてリュックが傷口をのぞきこんだ。

「応急処置は完璧ですね。でも縫わないと。クォーツ」

「えっぬ、縫う? 人間をですか」

「……。麻痺させられないか。暴れたら、困る」

自分の魔法を頼まれているのだとわかって、驚きつつエレファスは頷いた。

「それくらいなら。……痛みを感じず動けない、ということでいいですか?」

「半日きけばいいです。そこの人にも同じものを。あとはこっちにまかせて、出てってください。ドニ、ジャスパーさん、頼みましたよ」

キースとアレスに同じ魔法をかけたエレファスは出て行こうとして、もう一度レイチェルを見る。

いつもアイリーンのうしろに控えていて目立たないが、しっかり背筋を伸ばして仕事をこなしている印象が強かったので、気を張りつめたような様子に嫌な予感がする。

そして診療室を出た廊下でその予感は的中した。

「アイザック坊ちゃんがな、これ」

差し出されたしわくちゃの書類を見て、レイチェルの顔を見て、それでも言葉にした。

「裏切ったんですね」

「ってことになるだろうなあ、たぶん。でもアイザック坊ちゃんだろ。わかんなくてさ」

「裏切ったとみて行動すべきです」

一番裏切られたら痛い相手だ。こちらの内情を知り尽くしている。

だからこそ裏切っているかもなんて希望的観測は捨てるべきだと、エレファスは断言した。

「おつらいでしょうが、こういうことはよくあります。魔物達にこのことは」

「一応、知らせたんだけどな。みんな半信半疑で……」

「アイザックさんが気にしてた砦があるんで、そこ偵察にいってもらってます。魔王様の城を攻めるならそこだって、前、言ってたから」

「見つかったらすぐ教えてください。俺が転移して殺します」

全員がこちらを見た。

いたたまれないとは思わない。それが最善だ。他に任せるとうまくごまかされるか、情で手加減するかもしれない。だからこその名乗りだった。

非道だと言われようがかまわない。今更だ。だが、罵倒はこなかった。

「……。お前、苦労したんだなあ……同情するよオジサン」

「……はい?」

「そういえばアイザックさん、エレファスさんほめてましたよね。ひとりであれだけ根回しして魔王様をあそこまで追いつめたのはすごいって。なら、エレファスさんに策を立ててもらうのが一番いいですね!」

「いえ、ほめても容赦しませんが。いいですか、読み合いで彼に勝ろうと思ったら」

「ちなみにお前、アイザック坊ちゃんが一番読み違えるのって何かわかる?」

そんなものあるのか。眉をひそめたエレファスの肩に、ジャスパーが腕を回す。

「女心」

「……はあ」

「そうそう、ほんっとアイザックさん女心だけはだめなんですよ! ボクもジャスパーさんもリュックさんもクォーツさんも全員一致で! 手を打っても裏目に出るのも散々見てきましたし。だから、ね。レイチェルさん。アイザックさん裏切ったと思います?」

「いいえ」

即答だった。

目を真っ赤にはらして、レイチェルが泣き笑いのような顔を浮かべる。

「あの人は、アイリーン様を裏切りません」

「……で、ですが」

「私の家族がどうなってもいいのかって、脅されたそうです。だから手を貸したって、だから裏切ったって。……そんなこと、あるわけないじゃないですか」

拳をにぎって、涙を散らして、レイチェルが顔をあげた。

「あの人が私のためにアイリーン様を裏切るなんて、あり得ない。――私のために裏切ったなんて私がだまされると思ったら、大間違いです!!」

ぜえはあと肩で息をしたあと、レイチェルが毅然と言った。

「ですので、あの人は裏切ってません。裏切っているふりをしてるだけです」

「――えっそれ、あの、アイザック様、本当に裏切ってたら可哀想じゃないですか……? あなたのためにってことなんでしょう?」

「だから、私のためにアイリーン様を裏切ってくれる人じゃないです!」

涙を浮かべるのは、自分より他の女を選んでいると思っているからか。

それはわかったが、エレファスは横で肩を震わせているジャスパーに思わず尋ねる。

「あの、いいんですかこれで……?」

「い、いいんだよ。そういうわけで俺らはレイチェルちゃんの意見を採用することにした」

そんな理論もへったくれもない、と思ったが、いいのかもしれない。

どうせ読み合いに関してはあちらがどうしたって上手なのだ。

(彼が抜けてアイリーン様もクロード様も不在の場合、指示を出すのはゼームス様かキース様だ。キース様が欠けることまで想定済みならゼームス様ひとりになる。でもゼームス様は半魔、クロード様の魔物化は計画通りなんだろうから、いつまで正気かわからない。となると、残るは俺か……そこまでは読まれてるだろうな)

策を立てるのも他人をうまく動かすのもひとりでずっとやってきたことだ。アイザックがそこを失念しているのはまずあり得ない。エレファスがアイザックを始末する方向で策を立てることもお見通しだろう。

ふうっと息を吐き出した。

「わかりました。彼が裏切ってようが裏切ってまいが、彼を出し抜くには俺以外の意見も採用したほうがよさそうです」

「おい、ドニ」

窓硝子を足でたたき割って、ベルゼビュートが現れた。豪快な登場の仕方である。

「砦に人間共がうろうろしていたとモグラが言っている。あいつもいたぞ」

「あの、あなた正気ですか」

直球で尋ねたら、目を丸くされてしまった。言い訳のように、説明を付け足す。

「クロード様が、魔物になってしまわれたので……」

「ああ、今日も我らの王はすばらしい。見ろ、人間」

そう言って誇らしげにベルゼビュートがわった窓を示す。そこに現れたのは――神剣。

ぎょっとしたエレファスの目の前で、それをものすごい魔力がなぎ払っていった。言うまでもない、やったのは魔王様である。

「とてもお元気だ!」

お元気すぎて世界が滅びそうだが、それはまあ人間の事情である。

「……そう、ですね。あなた達にとっては、魔王様は魔王様ですよね……」

「だが、おつらそうだ。……助けて差し上げねばならない」

驚いた。魔物は基本、魔王の意識にのまれる。魔王が怒れば怒るものである。

正直、ここにいる魔物がすべて敵に回ると思っていた。

(まさかアイリーン様の調教の成果……いやいや、俺までそう考えてどうする。――そうか、ルシェル様がまだいるからか)

だとしたらゼームスも正気だ。

まだ、間に合う。そういう気持ちになった。楽観的すぎて、自分でも笑える。

「――確かアイザック様の講義だと、消耗戦をしかけられた場合は、できるだけ早く打ってでろ……でしたよね」

「そうだ。その時は最大火力で燃やしてもいいと言われたぞ!」

「あっあの、ボク、色々預かってますよリュックさんとクォーツさんから! 正気には戻れなくなる薬でしょ、幸せなまま天国にいける薬、あ、これはばらまいたらこの先数十年は草もはえなくなるから使い方には気をつけてって」

「しまってください怖いです。……わかりました、ここは魔王様に守っていただいて、俺達は打って出ましょう。どうせそれしかない」

いいですか、とエレファスは全員を見渡した。

「俺にアイザック様を出し抜く作戦なんて作れません。ですから教えられたとおり忠実に。そのかわり、嫌がらせをしこみましょう。ええもう、嫌がらせ中の嫌がらせを」

「お、いい笑顔になってきたなー」

「そして勝った暁には、アイザック様に魔王様スキスキダンスを習得していただきます」

誰かが外道魔道士とつぶやいたが、にっこり笑って聞き流した。