軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37

魔竜はなぜか後宮の上空から動こうとしなかった。

とにかく魔竜に対抗できる、あるいは戦える者以外はすべて後宮から出され、逆に兵士達が物々しく並ぶ。だが断続的に赤い目から放たれる光線に、逃げ出す者もあとをたたない。

魔竜が攻撃するたび爆音があちこちで鳴り響き、力がぶつかり合う衝撃波で木が、建物がなぎ倒されていく。

もはや後宮は戦場だ。千人の美姫が微笑み合う、花の園は見る影もない。

「ありったけの聖具を持ち出せ、聖なる力で囲いこむのだ!」

「は、はいっ」

意外にもその場に残ったのは下級妃が多かった。

聖石に力をこめ、何人もで作った結界で聖王の結界を補佐する。魔竜の攻撃で一瞬で蒸発するようなものだが、ないよりましだ。バアルが力尽きればもう盾になるものが何もない。

「このままじゃ消耗戦だわ、神の娘はまだ!?」

「アイリーン様」

駆けてきたレイチェルにメモを差し出される。

その走り書きを見て、呆れた。

アイザックはあくまでこの場をどうやりすごすかだけで、終わらせたくないらしい。

「欲張りすぎじゃないかしら」

「アイザックさんですから」

「レイチェル、あなたは後宮からの避難誘導をお願い。魔竜は後宮以外狙わないはずよ」

ゲームでもそうだった。

背景スチルをケチったのかなんなのか、とにかく今はゲームの展開を信じたい。

だがレイチェルの方が何の疑問もなく頷き返す。

「そうですね。アイリーン様が妃になった後宮をクロード様は許さないでしょうし……」

「……えっ? そこ? クロード様が行動基準!?」

「えっ違うんですか?」

「ちが……わない……気がするわ……」

つまり魔竜が執拗に後宮に攻撃してくるのは、自分のせいか。頬が引きつる。

「サーラ様とアレス様がいらっしゃいました!」

振り返ると、アレスを先頭にした一団がぞろぞろとこちらへ向かってくるところだった。

アレスもその周囲の兵士達もずいぶんご立派な正装だ。サーラに付き従っているリリアもセレナも白い絹の長衣を着て、しずしずと歩いてくる。

中心で守られているサーラに至ってはこの荒れた場に不似合いなほど美しく着飾られていた。顔を隠し、きらびやかな宝石を身につけ、長い裾をひきずってやってくる。

アレスの斜め後ろにいるアイザックとオーギュストに目配せすると、ふたりはそれぞれ小さく頷き返した。

「きたか、サーラ。――いや、神の娘」

「は、はい。あの……」

おどおどとサーラが進み出る。

バアルはいつものようにおどけてではなく、王の顔でサーラに向き合った。

「すまぬ。――結局、お前ひとりに託すしかなくなった」

「バアル様。その前におうかがいしたいのですが――その女がまさか、エルメイア皇太子妃だと言い出さないでしょうね」

先ほどの攻撃で倒れた妃を介抱していたアイリーンは、アレスに指されて立ちあがる。

今着ている衣装は、船の上で会った時に着ていたものと同じ服だ。それがエルメイア皇国の服だとはわからなくても、他国のものであることは一目でわかる。

「ええ、アレス様。わたくしがアイリーン・ジャンヌ・エルメイアですわ」

堂々と名乗ったアイリーンに、アレスがおかしくてたまらないとばかりに笑い出した。

「これは……傑作だ! バアル様、説明していただきたい」

「エルメイア皇国からの助けだ。これでも聖剣の乙女らしい。闘技場で聖具を壊すだけの力があったことも、これで頷ける――」

「あなたはエルメイア皇国の皇太子妃を妃にしていた! それは魔王と通じていたことにほかならない!」

幾人かがこちらを見ている。

言いたくても言えなかったという顔と、それどころではないだろうという視線。反応は様々だ。

アイリーンに向き直ったアレスは、あからさまな嘲笑を浮かべる。

「我が国を助けにきた? 魔竜をけしかけたことをもみ消しにきたのだろう!」

「ではアレス様。サーラ様の背後にいらっしゃる方について説明をいただけるかしら」

「なんのことだ」

「そちらに控えているのは我が国の第二皇子の婚約者。元聖剣の乙女の、リリア・レインワーズ様ですわよ」

アレスだけではなく、サーラも驚いて背後を振り返る。

素直に叫んだのはバアルだ。

「なんだと!? それは聞いておらんぞ。本当か、娘」

サーラの斜めうしろでセレナと一緒に頭をたれて控えているリリアは、ゆっくりと立ち上がり、にこっと笑った。

「やだ、そこは可愛い義妹って紹介してほしいわ。アイリーンおねえさま」

「黙りなさ――い、いえ。他にもそちらにセドリック・ジャンヌ・エルメイア第二皇子本人が滞在しているともおうかがいしております。どういうことなのかおうかがいしても?」

「ど、どういうことというのは……」

アレスの言葉をさえぎって、がっと上空が赤く光った。

バアルが目線を斜め上にあげ、手をかざす。降り注ぐ攻撃にサーラが悲鳴をあげ、頭を抱えた。

周囲が白銀に染まり、結界を維持し切れなかった女達が吹き飛ばされて倒れる。

時間にしてほんの数秒。

だがおそろしく長い時間に感じられた。

「――アレス。悪いが話はあとで聞く」

すさまじい攻撃を目の当たりにして固まっていたアレスが、何拍かあとで我に返る。

「で――ですが、今のこの状況は、あなたに責任が」

「お前はこの状況が見えないのか!」

バアルに怒鳴りつけられ、アレスが息を呑んだ。サーラが脅えてアレスの背に隠れるが、もうバアルは頓着しない。

「死者がまだ出ていないのが奇跡だ。魔竜にああもはりつかれては、民を王都の外に出すこともできん! 余への批判などあとにしろ、一刻も早く神剣が必要なのだ!」

「そ――れは……」

「ですがこの状況では、あなたを信頼して神剣をお預けすることはできません」

横から口をはさんだのはアイザックだった。バアルが舌打ちする。

「将軍が将軍なら部下も部下か。かまわぬ、好きにしろ」

「では修復した神剣はアレス様が使うこととします。よろしいですね? そちらも」

アイザックから嘲るような目配せを受けて、走り書きを思い出す。

(ああ、そういうこと)

「――では、サーラ。お前に神剣を託す」

バアルが両腕を前に出す。何もない空間が金色に輝きながら裂けた。

まず出きたのは柄だ。金色の波紋から引き抜かれるように、そのまま抜き身の剣が――あちこち錆びて、欠けた剣が現れ出る。

(……神剣。自分が持っている、とは言っていたけれど……)

何もない空間に物を出し入れできるなんて、聖王も魔王並になんでもありだ。どうりで気配すら感じなかったわけである。

ぼろぼろの神剣が、サーラの両手にそっと落ちる。

静寂が広まった。ぎゅっと唇を引き結んだサーラの肩を、アレスがうしろから抱く。

「さあサーラ」

しかけるなら、今だ。

アイリーンはゆっくりと周囲を見渡した。

「皆様、少し離れた方がいいかもしれませんわ。――特に魔竜に関して何かしら、心当たりがある方は、ね」