作品タイトル不明
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優秀な聖騎士に排除された物陰からの襲撃者の姿に、アイリーンは驚く。女性だったから、というだけではない。
「お前、セレナ……!?」
オーギュストの誰何に相手は答えず、襲撃者は薄い紗で顔を隠し短剣を持ったまま身を翻す。向かう先は白のカーテンが舞うテラスだ。短剣を持つ逆の手に何か書類を持っている。
「彼女を追いなさい、オーギュスト! 何か持ってる――ッ!」
突然壁の中から伸びた手に、口をふさがれた。振り向きざまにオーギュストがアイリーンの体を拘束する相手の喉元めがけて剣先を突き出したが、それはそのまま見えない何かに弾き飛ばされた。
(今の、魔法!?)
黒のフードがアイリーンの頬に触れる。顔は見えない。だが拘束する手の大きさと背中に感じる体格からして、相手は男だとわかった。
「お静かに。騒げば見張りが戻ってきますよ。こんなところにドートリシュ公爵令嬢がいると知られるのは、まずいでしょう」
穏やかな低めの青年の声が耳元をくすぐると同時に、仮面を取られた。
(わたくしを知っている。どこから情報がもれたの? 今夜の潜入を決めたのはつい数時間前なのに――)
「安心してください、俺は味方です。あなたが絨毯を踏むのを止めたかっただけですよ」
「……絨毯?」
いつもの人なつっこさをそぎ落とした鋭い声で、オーギュストが聞き返す。フードの男がうなずき返した。
「左側、一歩分離れた床にある絨毯です。あれは妖精の繭で作られた魔法具。聖剣をお持ちのあなたなら、よく見れば魔力を帯びているとわかるはずです」
口をふさがれたままのアイリーンは、言われたとおりの位置へ視線を動かした。左側、一歩踏み込めば靴先が触れるその場所に、金糸で複雑な紋様を編み込まれた絨毯がある。一見、何の変哲もない絨毯だ。
だが確かに、目をこらすと、薄暗い部屋の中でもわかる濃い色の靄が見えた。
「あの絨毯は魔力を感知すると、この部屋を魔法で封じてしまう。魔力を使って盗みに入った人間を部屋ごと捕獲する罠です。あなたの影は魔力を帯びていますね」
アイリーンの影は、魔物が出入りできる。クロードのかけた魔法だった。
「彼も魔力を帯びた武器を持っている。あの絨毯に魔力を感知されると危険なので、止めに入りました。少々唐突で無礼であったことは、お詫びします」
「……」
「敵ではないとご理解いただけたなら、手を放します。騒がないでいただけますね?」
こくりとアイリーンはうなずく。オーギュストがかまえていた剣を引くと、フードの男は手を放した。そして距離を取ったアイリーンに、跪く。
「改めて、初めてお目にかかります、アイリーン・ローレン・ドートリシュ様」
黒のフードをかぶったまま頭を下げられ、顔が見えない。魔力に詳しいようだが、その頭には角もなければ背中に羽もない。何よりアイリーンの内側にある聖剣が反応しない。
彼は人間だ。ゆっくりと息を吸い込んで、アイリーンは答える。
「わたくしをよくご存じのようね。……あなた、魔道士ね?」
「えっ魔道士って、魔法使いってやつだろ? そんなのいるのか、ほんとに?」
オーギュストが驚くのは無理もない。魔法、すなわち魔力が使える人間はおとぎ話のような存在だ。だが、壁の中から現れたこと、オーギュストの剣先をはじいた力、魔力に対する目、魔法具に対する知識。それらを総合するとこの結論しかあり得ない。
「少なくとも今、わたくし達の目の前にいるようね」
「はい。ぶしつけではありますが、魔王にお目通りを願いたく、参上いたしました」
「クロード様に?」
目を丸くしたアイリーンの耳が、慌ただしい足音を捕らえた。廊下、複数人だ。
それに気づいたフードの男も、立ち上がる。
「どうやらここではゆっくりお話もできないようです」
彼が指先を扉に向けると、扉の鍵が勝手に下りた。そのまま掌を向けると、扉の前に重いタンスやらソファやらが勝手に移動する。オーギュストが感心した。
「すごいな、ほんとに魔法だ……ゼームスとかみせてって言っても物壊すだけだもんなあ」
「全員眠らせてもいいんですが、それだときりがないのでここから逃げましょう」
「だめよ、まだ何も手に入れてないわ」
「招待客のリストでしたらここに」
フードの間から見えた書類に、アイリーンも笑い返す。
「優秀ね。クロード様への口利きと交換ということでいいかしら?」
「助かります。では、アイリーン様。こちらへ」
テラスを開かれ、アイリーンは外へと出る。背後の扉の向こうでは、鍵がかかっている扉に対する不信の声が上がっていた。蹴破られるのも時間の問題だ。そしてテラスの欄干からは、ロープが引っかかっていた。怪しい魔道士の登場で見逃してしまったが、最初に襲ってきたあの女が逃げ出したあとなのだろう。
(本当にセレナだったのかしら。ここ、四階なんだけど……そんな身体能力、どこで)
ふと考え直した。彼女はあのゲームの主人公だ。あり得ないことではない。
「なあ、ぱぱっと瞬間移動できたりしないのか? 魔王様みたいに」
「あれは非常に高度な魔法なので俺には荷が重いです。自分一人だけならともかく、三人ともなると負担が大きくて……緊急事態以外、使えませんね」
「えっ魔王様なんでもないことみたいにやってるけど……」
「かの御方と俺では、魔力の桁も何もかもが比較になりませんよ」
ふぅんとオーギュストが相づちを返す。相変わらず彼は初対面の相手にも屈託がない。
「魔王様ってやっぱり魔王様なんだなー……こないだの夜会でローストビーフがおいしいってローストビーフばっか食べてたけどやっぱり魔王様なんだな……」
「わたくしのクロード様だもの。そんじょそこらの男性と一緒にされては困るわ。それで、どう逃げるの?」
「風を操りますので、テラスから飛び降りてください」
あっさりとすごいことを言われた。
だが部屋の扉は音を立てて揺れ出している。斧を持ってこい、という叫び声が聞こえた。蹴破られるのも時間の問題だ。
「大丈夫です。さ、まず縁に立って」
「わ、わかった。アイリ、ほら、手。ドレス大変だろ。風も強い」
「え、ええ……そうだわ、あなたの名前は?」
オーギュストの手に片手を置いて振り返ると、ひときわ強い風が吹いた。あおられるようにして、黒のフードが頭から落ち、魔道士の顔が月明かりにさらけ出される。
淡く光る月光色の髪。
魔力を持つ証と言われ、不吉の色とされる赤みのかかった瞳。
黒のフードに身を包み、風に吹かれる彼の微笑は、どこか幻想的で、物憂げだ。
だが、アイリーンが息を呑んだのは、そのはかない姿に胸をうたれたからではない。
(み、見覚えが、ある、んだけど、これ、まさかスチル……!)
まさか、またか。
アイリーンをまっすぐ見た彼が、怜悧な眼差しを伏せて、告げる。
「申し遅れました。俺の名前は、エレファス・レヴィ」
間違いない。気が遠くなった。
(1のFDのラスボス!!)
「あっアイリ、あぶな――あ」
ぐらりと後ろ向きに卒倒しそうになったアイリーンを、誰かが支えた。その衝撃で我に返ったアイリーンは、慌てて体勢をととのえようと、抱き留めてくれた相手の胸に手を置く。それから違和感に気づいた。
アイリーンが倒れかけたのは、テラスの向こう。空中だ。
つまりアイリーンを今抱き留めてくれている相手は、空に浮いていることになる。
「夜空を散歩したいのであれば僕に願えばいい」
頭上から聞こえた声に固まる。
これは顔を上げたら死が待っているパターンだ。
「それとも夜空に走る馬車をまた出そうか」
「……ク、クロード、様……」
「その前に聞くべきことがあるな。君はとても賢いから、わかっているだろう」
魔王は容赦しない。
顎に手をかけてアイリーンの顔を無理矢理持ち上げ、その薄い唇にあやしい微笑を浮かべる。
「愛しい僕のアイリーン。僕に黙って、今度は何をしていた?」
背後には1のFDのラスボス。そして目の前には、1のラスボス。
アイリーンの世界は、ラスボスに満ちあふれている。