軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

仮面をつける夜は、蜜のワイン。

合い言葉を正確にそらんじたアイリーンの前で、石造りの扉が開いた。高いヒールのかかとを鳴らし、甘いにおいがする薄暗い会場の中へと入る。アメジストをはめこんだ仮面の下からうかがえる光景は、予想以上に怪しげだ。テーブルに積まれた金塊、見目のいい奴隷が入った鳥かご。珍しい赤い目だけが浮いた水槽。参加者全員が仮面の下で笑い合っている。

金さえあれば、手に入らぬものはなにもない。

この世の堕落を詰め込んだような、闇の取引場。

「どこへ連れていくのかと思ったら……まさかの闇オークションとはねえ」

護衛としてつれてきた四人の内一人、柔らかい金髪をした一番長身の青年が、黒の仮面の下で愚痴る。

「いったいどこでこんな情報を仕入れてきたの、アイリちゃん」

「アイリーン様だ、ウォルト」

「いやこんな場所で本名の方がまずいでしょ、カイル」

白磁の肌に黒髪という東洋系の出で立ちをした青年がむっと黙り込んだ。こちらは白の仮面をつけさせている。

「それはそうかもしれないが……しかし女性にアイリというのも……」

「男装してきてもよかったわね。でも今回はわたくし、若い男をはべらせる未亡人という設定なの」

「あのさー……その前に聞きたいんだけど、アイリ」

「質問はあとよ、オーギュスト。今夜、ここで非合法な取引が行われる。魔香、魔物の売買もあるらしいわ。クロード様がいらっしゃるこの皇都で、いい根性をしていると思わなくって?」

分厚い黒幕の裏にある一画を見つけたアイリーンは、そこで全員に向き合う。

「オーギュストはいざとなったら聖騎士団として検挙して。外にはアイザック達を待機させているわ。参加している貴族の醜聞をジャスパーにとらせたら今後が楽になる。けが人はリュックとクォーツが対処、わたくしが動けない時の指示はアイザックが出す。何かあったときの脱出先はこの壁よ。ドニが細工して外へ通じるようにしてくれているわ」

「あー……うん、全員参加かぁ……それはいいんだけど、そうじゃなくて」

「説明は以上よ。あなたたちの実力ならまず危険はないと思うけど、油断はしないで」

「魔王は今夜の件を知っているのか」

ずばっと端的に、ゼームスが質問を投げてきた。

笑顔でアイリーンは聞かなかったことにする。

「さあ、早速作戦開始よ」

「魔王は、この件を、知っているのか」

「知ってるわけないよゼームス……俺らを借りる時の説明が『ある夫人のサロンに呼ばれたんですけど、護衛が欲しくて』だったんだから」

「確か『クロード様はつれていけない』とも言っていたな。あれはクロード様をだますための嘘だったわけだ」

「クロード様からあなたたちを借りた時は確証がまだなかったのよ。それにサロンがあるのは本当。お年をめしても精力的なご婦人方で『見目のいい若い男の護衛をつれて遊びにきて欲しい』ってお誘いをうけてるの。ぴしっとした背筋とか鍛えているとわかる胸板や体幹がたまらないそうよ。二人とも名指しで指名されたのだけれど……」

ウォルトとカイルが固まった。ドレスとそろいの赤い扇を開いたアイリーンは、口元を隠して笑う。

「でもあなた達はクロード様の大切な護衛でしょう? だからまだ悩んでいるのよ。社交界では力のあるご婦人ばかりだから、むげにはできないし……」

「いやいやいやいや待って、それどんな目に遭っても文句言えないやつだよね!?」

「放り込まれたくなければ黙って協力しろということか、まさか」

答えずに意味深な視線だけ投げると、ウォルトとカイルが頬を引きつらせた。そちらにやや同情した視線を投げつつ、オーギュストが声をひそめる。

「でも魔王様に黙ってるのはまずいだろ、アイリ。こないだ怒らせたばっかりじゃん」

「あら、なんのことかしら。クロード様はいつだってわたくしに優しいわ」

「馬鹿馬鹿しい。今、クロード様に知らせればすむだけの話だ」

半魔のゼームスは、魔物達ほどではないとはいえ、魔王のクロードと意識を共有することができる。こちらの情報を知らせることなど朝飯前だ。

だがその色素の薄い瞳が魔力を帯びて赤く変わる前に、アイリーンはそっと言い足す。

「ご婦人方はあなたにも興味を持ってらっしゃったわ、ゼームス。あなたのその美貌が屈辱に歪むところが見たいんですって」

「……」

「オーギュストも参加したいかしら? 聖騎士団の新人は注目の的みたいよ。あのくらいの年になると新人という言葉が大好物みたいね。訓練中に見えたお尻がお気に入りだとか」

「よしみんな頑張ろう! 熟女サロンよりこっちの方がましだ!」

オーギュストのかけ声に全員がそろって頷いた。持っていた扇であおぎながら、アイリーンは嘆息する。

「皆様楽しみにしてらっしゃるのに、わたくしどうお詫びをしたらいいかしら……」

「それで何をすればいいんだ」

ゼームスがにらんでくる。アイリーンはぱちんと扇を閉じた。そして通りがかった給仕に声をかける。

「支配人はどこかしら? 商品を出したいの」

ドレスの裏地に隠した宝石をチップとして渡したアイリーンに、心得た顔で仮面の給仕は頷いた。ゼームスが怪訝な顔をする。

「商品? 何かあるのか」

「こういう場所に格好の商品をわたくしは持っているわ」

「へえ、アイリちゃんが?」

「魔香じゃないだろうな」

「教会が作った強化人間二人と半魔一人」

黒と白の対照的な衣装で着飾った教会の“名もなき司祭”の有用性と見目は言うまでもなく、薄い灰色の正装で人間離れした美貌を際立たせた半魔の希少価値も高い。

凍り付いた臣下四人の前で、給仕が差し出した売買契約書にサインをする。そうしてにっこりと微笑み返した。

「いい値段で売れたわ。さあ、しっかり働いてきて?」

覚えてろおぉと叫ぶ臣下たちは、きっと無事に自分の下へ帰ってきてくれる。

ただ一人、アイリーンのそばに残ったオーギュストが呆然とつぶやいた。

「い、いいのか……?」

「いいのよ、あの三人ならうまくやるわ。信頼しているからこその配置よ」

かたや教会に魔物を殺す兵器として育てられた人間、かたやその人間に追われ泥をすすって生き延びた半魔だ。まっとうではない生き方をしてきた彼らだから、安心して任せられる。

「オーギュスト、あなたはわたくしと一緒に行動よ。こういう場所は初めてでしょう? 立ち振る舞いを覚えなさい。聖騎士団で出世するには、おきれいな現場をこなすだけでは駄目」

「ん、わかった。……俺と大してトシ変わんないのに、みんな経験値高いよなぁ」

「気にすることはないわ。こういう場所の経験なんて、上がる時は一晩で上がるもの」

「どうやって?」

純粋な質問に、アイリーンは濃いめの口紅をひいた唇に人差し指を立てて笑う。

「悪い女にだまされればいいの。一晩で男が上がるわよ」

「……それならもうだまされたような……あれ?」

ふと足を止めたオーギュストの視線の先をアイリーンも追う。

「何かあった?」

「……いや、セレナがいた気がして。見間違いだよ、多分」

オーギュストの愛想笑いをかき消すように悲鳴が上がった。

魔物が逃げた、という声にアイリーンは思考を切り替えてつぶやく。

「ゼームス達ね。仕事が早いこと」

「いや、売られたから怒ってるんじゃないか……?」

「この隙に主催者の部屋に忍びこむわよ。招待客のリストでもあればいいんだけど……」

ドレスの裾を持ち上げ、混乱する招待客の間を縫うようにして走る。

オークションの情報を得た時から、内部の構造は把握している。地下はオークション会場だが地上はホテルだ。主催者達が会議室代わりに泊まっている部屋は四階。昇降機など使わなくても階段でなんとかなる。

騒ぎの確認に追われているのか、警備は手薄になっていた。時折身を潜めつつ、迷わずに目的の部屋にたどり着く。

「オーギュスト、廊下を見張っていて」

「わかっ……アイリ!」

アイリーンがその切っ先に気づくのと、オーギュストがそれを弾き返すのはほぼ同時だった。