軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

冷静キッドは慌てない

船は無事にシャンティのある海域から出ていった。だがそれに安堵したのもつかの間、ミックは甲板に降りた途端に船員達に取り囲まれていた。

「おい、お前、お前魔術師だったのか」

「……」

何を言い出すのだろう。意味がわからずに黙ると、船員が舌打ちした。

「今更だんまりするんじゃない、さっきは怒鳴っていただろう」

「お頭が、あんまり喋るなって」

ミックがなんなのだと思いながら言うと、その声の高さに船員達は顔を見合わせた。その声はどう考えても女の子の声なのだ。

普通は船に乗せない、女の子の声。

高く澄み切った、この世の毒など知らぬと言われても信じたくなる、天上の声に等しいような清らかさを持った声だったのだ。

これで男というのは通用しない。

面倒な事になったとミックは思ったものの、とにかく、無事に出られたのだからほっとしたかった。

「おい、何下っ端いじめてんだよ、よってたかって」

「お頭、あんたは知ってたのか」

「主語を言え、主語を」

「ミックが女だってことをだ」

「当たり前だろ、拾った俺が知らないなんて話が普通に考えてあるわけ無いだろ」

「黙ってたのかよ」

「言う必要があったか?」

別に言わなくても何も問題が今まで起きなかっただろ、とキッドがいけしゃあしゃあと言えば、誰も彼もがそれには黙った、単なる事実に等しかったからだ。実際にミックが男でも女でも、困る事なんて何もなかったのだ、これまでは。

だがしかし。

「女の子を船に載せたりしたら、海神の不興を買うだろう」

「おいおい、今まで海神がミックを乗せていた罪状を俺達に背負わせた事が一度でもあったか?」

「それでもだ、知ってしまった以上、俺達はミックを船の上にはおいておけない」

「あっそう」

ミックはそれを聞いて身構えた。おそらくどこかの港に放り出されるのだ。それが女の子だと知られた自分の運命なのだと思ったのだ。

だがその時だった。

「おいおいそんな、不利益な事は俺はしたかないね」

「ジャスティ」

船で副船長でこそないが、実力は上位であると目される剣士、ジャスティが割って入ってきたのだ。

「考えても見ろよ、遠くを見通す魔道具を扱える、いざとなれば追い風を吹かせて船を走らせる大技も可能な、扱いやすい人間をどうして、船から下ろすんだ?」

「おい」

キッドが剣呑な声で言うが、ジャスティは周囲を納得させるかのようにこういった。

「俺ならそんな便利な下っ端、女だろうと放り出さないね」

「ミックはものじゃねえだろう」

キッドの声にもジャスティは笑顔だ。

「そうかそうか、お頭とはその意見が一致しないか。じゃあ簡単な話だ、ここから先の船長と方針を、投票でこれから決めようじゃないか」

「今か? ジャスティ」

「今さ。だってそうだろ、お頭に対して、ミックのことを黙っていたわけだから信用がなくなっている。信用のない船長なんて居ないほうがマシだ、ちがうか?」

「違わねえなあ」

キッドは余裕そうな調子だ。そもそもキッドがこんな状況を考えた経験がないなんてあり得ないのだから、キッドが冷静なのも頷ける。

「じゃあ、明日だ。明日、投票を行って、これからこの船の船長にふさわしいのが誰なのか、決めちまおうじゃないか」

「違いない。信用できない船長なんか、俺達にいらないからな」

ジャスティの意見になびいた船員達が頷く。キッドは肩をすくめた調子だが、そもそもこの男は実力主義の結果船長の肩書があるだけで、自分から絶対に船長になりたいわけでもないのだろう。数多の船員の命を背負う胆力があった、それだけの話しだ。

「ミックの事に関してもだ。まあ、行く宛なんてないミックを船から叩き出すのは、新しい船長が方針を打ち出すという方向で行こうじゃないか」

「ミックが決めるものだろうそれは」

「とは言っても、世間知らずの記憶喪失の子に、あれを決めろこれを決めろは酷だろう」

味方なのかそうでないのかわからない、そんな調子でジャスティが言い切り、ミックは口を開いた。

「ジャスティ。俺の命の恩人はキッドだ」

「女の子がそんな男みたいな口を聞くのは可愛くないだろう、キッド、教育するならもっときちんと躾けなくちゃだめだ」

「あんたが決めるな。俺はキッドにどこまでだってついていく」

ミックが淡々と告げれば、ジャスティはつまらなさそうな顔をしたものの、他の船員達を納得させる形になったので、その日の争いはこれ以上怒らずに終わったのだった。

「お前はそれでいいのか」

「当たり前だ、俺はどこまでもあんたという命の恩人についていく、それしか恩返しの方法がない」

「そんな事言ったってな、投票で俺を船から叩き出すって方針になるかもしれないぜ」

「その時は一緒に叩き出される事を選ぶさ」

「潔いっていうかなんていうかな。ジャスティはお前を手元に置きたがっている調子だったぜ」

「ジャスティは俺の事を拾った男じゃない。死にかけていた俺を看病したのはあいつじゃなくてお頭だ」

それに、とミックはぼそりと言う。

「扱いやすいってのが気に入らない。道具じゃないんだ、こっちにだって魂がある、思うように動かせるお人形さんじゃないんだ」

ミックの言葉に、キッドは笑い出した。あのミックが、言葉を喋らない時はもっとおどおどした空気さえあったミックが、実はこんなにもきつい性格だった事に笑えたのだ。

記憶がなくてもミックはこんな風だったのかそうじゃなかったのかはわからない、それでも、自分の意志というものを見せ始めるほど回復したミックに、キッドは自分のやってきた事が間違いじゃなかったような気がして、笑えたのだった。