軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第40話 ラモンの落日

「おのれあの女! 甘やかしていたら、増長しやがって」

ルキウスは声を荒げ、怒りを露わにした。

「ジルに伝えろ! 今すぐ態度を改めなければ、契約違反によるギルドからの除名及び罰金、さらには冒険者としての資格も停止して、この街で活動できないようにするとな!」

「待って。ダメよ、ルキウス」

ディアンナが慌てて止めた。

「今、彼女に強硬な態度で当たるのは得策じゃないわ」

「なんだと?」

「セバスタの件を忘れたの? 彼女が街から逃げ出したらどうするの? 今、ジルにいなくなられては大損よ」

「ぐっ……」

ジルは出資者達が『金色の鷹』に投資する最大の理由だった。

彼女がSクラス冒険者になりさえすれば、どんな値段でも他のギルドに売ることができるし、街の外から新たな投資を呼び込むことも可能だった。

ルキウスがジルを側近にして、ギルドの看板にしていたのもそのためだ。

「ここは彼女を懐柔しましょう」

「しかし、それでは組織の紐帯が……」

「やむを得ないわ。ただでさえ面倒事が起こってギルド全体が動揺してる。セバスタが居なくなって、これ以上実力のある冒険者が居なくなったら目も当てられない」

「……」

「今だけの辛抱よ。『魔法樹の守人』のAクラス冒険者をヘッドハンティングする手はずは整ったのでしょう?」

「ああ、その通りだ」

「だったら、大丈夫よ。『魔法樹の守人』さえ潰せばこの街の大手冒険者ギルドはただ一つ。そうなればどんな冒険者も私達に逆らえやしないわ」

「……致し方ないか。ジルを懐柔する方向で打開策を探ろう」

「ジルさん、こっちです。早く来てください!」

「ああ、すぐ行くから。そんなに急かさないでくれ」

チアルがジルの腕を引っ張って、『精霊の工廠』の一室に連れて行く。

ジルはロランの指導を受けるため、『精霊の工廠』を訪れていた。

あいにくロランは『魔法樹の守人』の方に出向いているということで、仕方なく待っていたら、チアルに捕まったのだ。

「ジルさん、見てください。これが私とドーウィンさんで開発した新素材ですよ」

「へぇ。これが……」

ジルはチアルの示す新素材を手に取ってみる。

「む、確かに重いな」

そう言いつつもジルは新素材を片手で持ち上げてみせる。

「そうでしょう? ですが、硬さは折り紙つきですよ!」

「確かに。これなら相当強力な装備が作れるだろうな」

「そうなんですよ。ただ開発費が高くって……」

「ほう。いくらだ?」

「……大体2000万ゴールドです」

チアルは言いにくそうに言った。

「……そうか。それは確かにちょっと高いな」

「ジルさん!」

チアルはジルの足に縋り付いた。

「お願いです。この子を買ってあげてください。ジルさんが買ってくれないとこの子はお蔵入りしてしまいます」

「いや、そんなこと言われてもだな……」

「ねぇ。お願いですよぅ。買って買って買って買ってくださいぃ」

「あ、アハハ。困ったな」

「こら、何、ダダこねてんだ」

ランジュが顔をしかめながら部屋に入ってくる。

「げっ。ランジュさん」

「あっ、チアル、お前、まだその新素材諦めてなかったのか」

「だってぇ」

「採算が取れないって話だっただろ。ジルさんを困らせるんじゃない。さ、仕事に戻れ。今日はまだ設計図一枚と銀細工一個の製作が残ってんだろ」

「うう、はぁい」

チアルはしょんぼりとしながら部屋を出て行った。

「すみません。ジルさん。ご迷惑をおかけして」

「いや、いいんだ。どの道ロランさんが来るまでヒマだったしね。勉強になった」

二人が談笑していると、表からバタバタと騒がしい音とけたたましい馬の嘶きが聞こえてきた。

「なんだ?」

ジルは怪訝な顔をする。

ランジュも眉をしかめた。

「馬車? おかしいですね。今日は貴族や資産家の来店予定なんて無いはずなのに」

二人が喋っていると、店の中にズカズカと武装した男達が入り込んできた。

「なんだあんたら! 『金色の鷹』?」

ランジュが彼らの身に着けている紋章を見て言った。

男達はジルの姿を見るなり詰め寄ってくる。

「ジル・アーウィンだな? 我々に同行してもらおう」

「……嫌だと言ったら?」

ジルが鋭く睨むと男達は躊躇するように顔を見合わせる。

「やっぱりここに居たのねジル」

男達の後ろから、ディアンナがスルリと踊り出てくる。

「ディアンナ……一体、何のつもりだこれは!」

「ジル。ギルド長からの招集命令よ。来てちょうだい」

「ギルド長? ギルド長が私に一体何の用だ?」

「ギルド長はあなたに妥協案を示してくださるそうよ」

「妥協案?」

「ええ。そう。もし、それすら受けられないとなれば、本当にギルドからの除名、及び懲戒ということになるわ。どう言う意味か分かるわよね?」

「……」

「ルキウスの下まで来てくれるわね、ジル?」

「やあ。来たか」

ルキウスは以前とは打って変わってニコニコした表情で、ジルを迎えた。

「……何か御用とのことですが?」

ジルはあくまでよそよそしい態度を崩さずに言った。

「まあそう固くならずに。ジル、喜びたまえ。昇進だよ」

「昇進?」

「ああ、君を部隊長に任命することが決定したんだ」

「良かったわねジル。これでお給料もアップするわよ」

ジルは無言で二人の顔を見た。

二人ともニコニコして、すっかりジルを篭絡した気分でいるようだった。

(はーあ。分かってないなこの二人は。私が求めているのはそういうのじゃないんだよ)

ジルはルキウスのことを哀れみの目で見た。

(ルキウス、結局お前は最後まで私の望むものを理解することができなかったようだな)

「分かりました。その辞令謹んで受けましょう」

「おお、やってくれるか」

ルキウスが身を乗り出す。

「よく言ったわジル」

ディアンナが調子を合わせるように言った。

「ただし!」

ジルが身を乗り出してくる二人を制止するように目の前に手のひらを広げた。

「条件があります」

「条件?」

「はい。まず、錬金術師ドーウィンを私の部隊に所属させること」

「何だそんなことか。お安い御用だ」

「さらに2000万ゴールドを特別予算として計上していただきたい」

「2000万ゴールド……」

ルキウスは苦い顔をした。

ダンジョンを二つも取られて、収入の激減した『金色の鷹』の台所事情は、依然として厳しかった。

「無理だと言うのなら、結構。この話はなかったことにさせていただきます」

「待て。分かった。2000万ゴールドどうにか用意しよう。その代わり、今、騒いでいる『ジル派』と名乗っている一派、彼らを確実に解散させてくれ」

「分かりました。彼らを解散させるために尽力いたしましょう」

こうしてジルは部隊長となり、ルキウスとの対立解消を宣言した。

このことで『ジル派』として、ルキウス降ろしを画策していた人々は、ジルがルキウスに与したとして失望し、ルキウス降ろしの機運は急速に冷え込んだ。

ジルは手に入れた2000万ゴールドで『精霊の工廠』に新しい武器を発注した。

(マズイ。このままでは。……もうすぐ新しいダンジョンが出現してしまう)

ルキウスがジルの対応に追われている頃、ラモンもまた焦っていた。

ロランとの関係は冷え切ったままだった。

モニカ達を『金色の鷹』に売って資金を手に入れる算段のはずが、ロランとの関係は一向に改善する兆しがない。

(今だからこそ、モニカ達は高値で売れるんだ。次の月になっても商品に同じ値札が付いている保証なんてどこにもないぞ)

やむなくラモンは『臨時幹部会議』を招集することにした。

『臨時幹部会議』は『魔法樹の守人』の要職のみ参加できる会議だった。

ギルドのメンバーはこの会議で決定されたことに従わなければならない。

いかなる理由があれども拒否してはならない。

ラモンは会議の席で結束の必要性を強調し、熱弁した。

「今はギルドの未来のためにギルド内で身内争いしている場合ではない! 即刻、全員で協力して資金を捻出するべきだ」

ラモンはロランとリリアンヌに協力を求めた。

しかしロランとリリアンヌは拒否した。

それどころかラモンの退任を要求した。

「ギルドの財政がここまで傾いたのはギルド長の度重なる失策のためです。私はここでラモンの不信任を表明します」

リリアンヌがそう宣言したことで、その場で不信任の決議が行われた。

ギルド長の不信任議決の要件は、会議に幹部の三分の二が出席していること、四分の三以上が賛成することだった。

多数決の結果、全会一致でラモンの退任が決定した。

会議に参加した何人かにはラモンの息がかかっている者もいたが、リリアンヌ・ロラン派の方が優勢なのを見て取り、土壇場で裏切った。

かつては『魔法樹の守人』のAクラス冒険者として多大な貢献を果たしたラモンだったが、ギルド長としてはパッとせず、最後は追い出されるようにしてギルドを去ることとなった。

新たなギルド長にはリリアンヌが就任することになった。

こうして新しいリーダーをトップに据えた『魔法樹の守人』であったが、リリアンヌは就任早々難題に直面することになった。

「お金が足りない?」

「ええ、そうなんです」

ロランとリリアンヌはまた個室で話していた。

リリアンヌがギルド長となった後も、二人の関係に変わりはなく、むしろ以前よりも沢山のことをリリアンヌはロランに相談するようになっていた。

「どうもラモンが資金繰りに困っていたのは本当だったようで」

「そうだったんですか」

資金難はモニカ達を売る口実だと思っていたロランは、少し意外な気分だった。

「どうしても今月のお支払いに1000万ゴールドほど足りなくて……」

「不思議なものですね。ダンジョンを二つも取ったっていうのに」

「ダンジョン経営の収益がギルドに入ってくるのには、少しタイムラグがありますからね」

「銀行や資本家からの融資も受けられないの?」

「ええ、いくつか銀行を回ってみたのですけれど、彼らはこの街での冒険者稼業をすでにレッドオーシャンだとみなしているようで」

「なるほど……」

この街では月に三つほどしかダンジョンが出現しなかった。

にもかかわらずAクラス冒険者は乱立し、ダンジョン攻略できる部隊数が増え、ダンジョン攻略の競争は激化する一方だった。

今後もこの傾向が続くようであれば、部隊編成にかかる費用は大きくなる一方で、一つのギルドに入る実入りは少なくなるばかりだろう。

(確かに出資者の側からすればこれ以上出資するメリットはないか)

「それでロランさん、モノは相談なんですけれど、『精霊の工廠』に出資者になってもらうことはできませんか?」

「『精霊の工廠』が出資者に……ですか?」

「ええ。どうにかお願いできませんか?」

「もちろん『魔法樹の守人』を助けたいのは山々だけど……『精霊の工廠』の方で、1000万ゴールドか……。うーん、工面できるかなぁ」

ロランは『精霊の工廠』の財務帳を思い出してそれだけの資金を捻出できるかどうか考えてみた。

詳しくはランジュに聞いてみないとわからないが、ギリギリ足りないような気がした。

「私に考えがあるんです」

「考え?」

「はい。まず『精霊の工廠』の方で銀行に出資してもらうんです。その上で『精霊の工廠』が『魔法樹の守人』に出資する」

「なるほど。銀行と『魔法樹の守人』の間に『精霊の工廠』が入るわけか」

「はい。『精霊の工廠』なら現在銀細工の事業が伸びているところですし、銀行側も出資してくださると思うんですよ」

「なるほど。確かにやってみる価値はあるかもな」

ロランは少し考えた後、リリアンヌの方を向いた。

「分かりました。やってみましょう」

「ありがとうございます」

ロランが銀行に行って、上記の内容の融資を申し出ると、銀行の担当者は意外にもあっさりと首を縦に振った。

「かまいませんよ」

「本当ですか?」

「ええ。『精霊の工廠』は今、街で最も伸び代のあるギルドの一つですからね」

(『精霊の工廠』ならエルセン伯のお墨付きがあるからな。たとえ経営が傾いたとしても、取りっぱぐれることはないだろう)

結局、『精霊の工廠』は銀行から1億ゴールドの出資を受けることになった。

ロランは『魔法樹の守人』の出資者として名を連ね、役員へと就任した。

リリアンヌは『精霊の工廠』というドル箱を手に入れた。

資金というリソースを引っ張ってこれるようになったリリアンヌは『魔法樹の守人』において絶対的な権力を握るようになった。

あらゆる部署の人間は彼女に予算を通してもらうために、何事も彼女にお伺いを立て、おもねる必要があるのであった。

こうして『魔法樹の守人』は、ダンジョン経営、新戦力の補強、ステータス調整、部隊の編成、アイテムと装備、資金の調達まであらゆる面で『金色の鷹』を圧倒した状態で、新たなダンジョンの出現を迎えた。