作品タイトル不明
狂い獣《1》
「グルゥッ!!」
リルの雷魔法が発動する。
瞬間、視界の全てを閃光が染め上げるが――。
「ハァ、ハァ……リルッ、避けろッ!!」
俺の言葉を聞くや否や、リルは自身の周囲を確認するよりも先に、固有スキル『神速』を発動してその場から大きく逃げる。
刹那、先程までリルがいた場所に、黒いモヤモヤした何かが殺到し、一瞬にして半径三十メートル程が腐り落ちた。
恐らく、ちょっと前に戦った 不死王(ノーライフキング) の魔王も使っていた『闇魔法』だろうが、魔法の作用範囲が桁違い過ぎる。
直接攻撃を食らわなくとも、あの空間内にいたらもうアウトだろう。
そして、リルの雷魔法は……直撃したが、ダメージ無しと。
「ったく、メチャクチャなヤツだな……ッ!!」
俺は、思わずそう悪態を吐いていた。
――俺達を追い掛けるのは、怪物という言葉がピッタリ来る魔物である。
数十個の眼玉に、おかしなくらい大きく裂けた口のある頭部。
そしてその頭部から、鬣や髭などの代わりに太い触手が何本も無造作に生えており、とても気持ち悪い。魔物というか、もはやただのクリーチャーだ。
四足歩行の狼や豹などを思わせる猛獣系統の身体は、当たり前のように大きく、リルより一回りデカい程。
だが、リルなんかとは圧倒的に違っているのが、その肉体に 皮膚が(・・・) 存在しないことである(・・・・・・・・・・) 。
皮膚が存在せず、筋繊維がそのまま露出して人体模型みたいになっており、すごくグロい。内臓とか普通に見えている。
皮膚って、身体を守る重要な器官だと思うのだが、いったいどういう進化をしたらあんなことになるのだろうか。
SAN値直葬の、本当に見ているだけで気分が悪くなる敵だ。
クトゥルフの邪神の一体とか言われても、全然納得出来るぞ。
種族:パラサイト・リオン
クラス:狂獣
レベル:?10
久しぶりの、俺の分析スキルですらその能力値を見通すことが出来ない圧倒的強者。
レベルも、桁がわからない。三百か、四百か、それとも五百か。
二百台は俺のスキルで見ることが出来るため、それ以上なのは確定だ。
何かに侵食されてあんな風になっているらしいが、果たしてその情報が、俺達にどれだけ有利に働くのか。
いつもならば、見た瞬間ダンジョン帰還装置を使って逃げるような敵なのだが……コイツを放ってそうするのは、かなり不味い。
コイツは、どういう訳か西エリアから出て、南エリアにまで侵入して来ているのだ。
このまま放っておくと、一番近くにある人間の街、アルフィーロにまで行く可能性が高い。
そうなってしまえば、人間達にコイツを倒すことはまず無理で、あの街は確実に崩壊。
すると人間達は、ヤツを放置すれば更なる被害が生まれることは間違いないため、討伐隊を結成して派遣するだろう。
そうして派遣されるのは――十中八九、ネルである。
コイツは、ネルが相手を出来るレベルを遥かに凌駕している。
人間どもは、ぶっちゃけどうでもいい。
何人死のうが、数人いる知り合いの人間が死のうが、可哀想だなとは思えど、それが理由で俺よりも圧倒的な強者を相手に挑もうとは到底思えない。
だが――ネルにまで被害が及ぶ危険性があるならば、話は別だ。
コイツは、絶対に見逃すことの出来ない敵となる。
――魔境の森の魔物は、俺が大雑把に分けている東西南北のエリアから基本的に出ることがない。
それは、そのエリアごとの魔素の濃度が関係している。
理由はわからないが、魔物は魔素が豊富な場所を好み、逆に魔素が薄い場所を嫌うのだ。
そして、魔境の森で魔素が豊富なエリアとは、西エリアである。
ここからは俺の想像なのだが、ということはつまり、魔境の森の魔物達は非常に濃い魔素に釣られ、まず最初に西エリアへと集結したのだと思うのだ。
だが、西エリアでは生き抜くことが難しい魔物は、生きるためにやむなく移動し、西エリアの次に魔素が濃い東エリアへと向かう。
そして、そこでも生きていくことが出来ない魔物が最後に、最も魔素が薄い南エリアへと向かう訳だ。
魔境の森の魔物達が、その強さごとによって明確に住み分けをしているのは、これが理由だと思っている。
レイラに聞いた話だが、世界に幾つかあるらしい『秘境』と呼ばれる魔素の濃い地域に住む魔物は、滅多にそこから出ないという話だから、大体その予想で当たりだろう。
ヒト種の者達も、その習性を利用して魔素の薄い地域に人里を形成するそうだしな。
故に、西エリアに棲息するアホ程強い魔物は、わざわざ別エリアへと移動する理由がなく、基本的にその中でのみ生態系を作り上げているのだが……いるのだ。時々。
コイツのような、他エリアへと向かおうとするヤツが。
余程空腹なのか――もしくは、 殺戮が(・・・) 楽しく(・・・) なっちゃったか(・・・・・・・) 。
理由が何にせよ、今の俺達にとっちゃ厄ダネ以外の何ものでもない。
さっさと元の住処に戻って、西エリアの魔物ども相手に無双してくれ。
「オロチ、ヤタ、俺達の撤退ルート上の魔物を排除しろッ!! ビャク、セイミ、こっちはいいからソイツらの援護をしてやれッ!!」
俺はダンジョンの『遠話』機能で、半ば怒鳴るようにしてペット達に指示を出す。
強くなったとは言え、ウチのペットどもじゃ、まだコイツ相手は無理だ。
まず間違いなく、コイツの一撃だけで死ぬだろう。
実際、この気色悪いヤツの一度の魔法で、西エリアの別の魔物が一瞬で絶命したのをこの目で見ている。
俺も、さっさと逃げ出したいんだがなぁ……本当にヤバくなったら、プライドは投げ捨て、ダンジョンまで逃げ帰ってレフィに協力を頼むつもりだ。
と言っても、すでに大分ヤバヤバで、一度あの腐食に飲み込まれかけて右足首から先が腐り落ち、慌てて上級ポーションで回復したりとかはしているんだけども。
魔境の森の魔物との戦闘は、大体そんなもんだ。
敵の攻撃の全てが必殺の威力を持っており、如何にそれを回避してこちらの攻撃を当てるか。
なので、自然と相手の攻撃を回避する力、『視る力』が勝手に伸びて行く訳だが……。
――そう、今のところ俺は、まだ致命傷に至るような傷を一度も受けていない。
クソ龍と戦った頃と比べ、俺も強くなったとは言えど、ステータスを確認出来ないようなヤツを相手に、だ。
そうだ。ここまでの戦闘でわかるが、コイツは俺達のことが、眼中にない。
鬱陶しそうに、纏わりつく蚊でも払うかのように、アホ威力の攻撃を放ちはしているが、積極的に殺しには来ていない。
おかげで攻撃が雑なため、攻撃モーションに入るのを察知することができ、一発で大ダメージ必至な攻撃から死ぬ気で逃げることで、俺もリルも回避することに成功している。
……コイツにとって俺達は、羽虫と同等、か。
ここでこうしてチマチマ嫌がらせをしていたところで、決定打がこちらにない以上時間稼ぎにしかならない。
……よし、一度引こう。
他の魔物ならばそうは行かないだろうが、コイツに関しては俺達が眼中にない。恐らく簡単に逃げられるはずだ。
「来い、『ガーゴイル』、『クラーケン』!! ヤツに向かって、距離を取りつつ遠距離攻撃、当たらなくてもいいからとにかく嫌がらせして時間を稼げ!! 近付かれたら速攻で逃げるんだ!!」
俺は足止めに適した土精霊と水精霊に魔力を渡し、精霊魔法で自動攻撃してくれる疑似生命体を数匹ずつ生み出す。
彼らは俺の言葉に従い、すぐに周囲へと散開。
次に俺は、上級マナポーションを飲み干して精霊達に渡した魔力を回復しながら、隣で戦っているリルへと指示を出す。
「リルッ、作戦変更だ!! 攻撃するな(・・・・・) 、俺達はいったん引くぞ!!」
「グルゥッ!?」
コイツを放っておくのですか!? とでも言いたげな我がペットに、余裕のない俺は声を荒らげて答える。
「あぁ、考えがあるから従え!! オロチ、ヤタ、悪いがさっきの指示は取り消し、道中の魔物は攻撃せずにシカトだ!! オロチ、ビャク、セイミは俺が指示する場所に移動、ヤタは空からこの気持ち悪いヤツの動きを監視、何かあれば逐一報告しろ!!」
そして俺とリルは、邪神野郎を放置し、一番近くに設置してあるワープ出来る扉へと向かったのだった。