作品タイトル不明
閑話:リューの思い
――早朝。
「ふあ……」
ゆっくりと身体を起こしたリューは、片手を口に当て、欠伸を漏らす。
それから大きく伸びをし、彼女はベッドを抜け出した。
「スー……スー……」
と、聞こえてきたその寝息の方向に顔を向けると、そこにいるのは。隣のベッドで可愛らしい寝顔を見せて眠っているレイラ。
「ふふ……可愛い寝顔っすねぇ」
この同僚は、寝起きがあまり良くない。
いつもにこやかで、何でもできる最強メイドの彼女だが、寝起きはボーっとしており頭が働き始めるまで少し時間が掛かるのだ。
この寝顔の可愛らしさが、彼女の大きな弱点と言えるだろう。
クスっと笑ってリューは、寝間着から仕事着のメイド服に着替え、軽く身支度を整え、部屋を出た。
――そうして、いつもの生活空間である居間に出ると、布団の敷かれた場所から離れた場所で、毛布一枚だけを羽織って、すごい恰好で眠っている自身の未来の旦那さんと、彼の嫁の一人である銀髪の少女がまず視界に映る。
彼の腹部の上に少女の頭が乗っかっており、彼が微妙に寝苦しそうに表情を歪めているのが、ちょっと面白い。
隣にボードゲームの盤が置いてあるのを見る限り、恐らく昨日も夜遅くまで言い合いをしながら、遊んでいたのだろう。
「この二人は、相変わらずっすねぇ……」
苦笑を溢してリューは、彼の傍に膝を突き、その髪をそっと撫で――しかし、内心で少し、彼女は不安を感じていた。
隣で眠っているこの銀髪の少女は、神々しいという言葉がピッタリ来るような整った容姿をしており、さらにその身には、何者が相手であろうと無条件で彼を守ることが出来るだけの、隔絶した力を有している。
もう一人の彼の嫁である、つい先日仕事で出て行った勇者の少女もまた文句なく美少女と言って良い見た目をしており、大体のことをそつなく 熟(こな) す上に気立てがとても良く、男の人が好む奥ゆかしい女性そのものといった性格をしている。
あの二人と比べると、自分は大分、色んな面で劣っているような気がするのだ。
彼女ら程自分の顔立ちが整っているとはとても思えないし、胸も貧相で、スタイルも特筆して良い訳ではない。
しかも自分は、それに加えて不器用で、ロクに家事も出来ない始末だ。遊び相手ですら、銀髪の少女がいる限り、自分は特に求められないだろう。
彼女らと比べ、劣っている点は数あれど、優れているものなどどれだけあるだろうか。
考え付くものとしては……耳と尻尾か。
いや、銀髪の少女も尻尾はあるので、実質アドバンテージは耳だけだ。
この人は、何故かわからないが人間にはない部位を好む傾向がある。
ウォーウルフ族が持つこの耳と尻尾もよく触ろうとしてくるので、いつも時間を掛けて手入れを行っているのだが、これからはもっと念入りにやるか。
レイラ辺りに、良い手入れの方法を相談することにしよう。
まあ、この人自身に言えば、何かしらの手入れ用アイテムをポンと出してくれるような気もするのだが……それはちょっと、嫌だ。
女の化粧というものは、男の人が見ていないところでするものだ。
彼に好かれたくて、裏で努力をしているというところを見られるのは、少し、いや大分恥ずかしい。
「獣人族に生まれたことを、まさかこんな理由で感謝する日が来るとは思わなかったっすねぇ……」
「何に……感謝するって?」
「うひゃあ!?」
急に話し掛けられ、ビックリしてヘンな声を漏らすリュー。
「ご、ご主人……起きてらしたんすか?」
「ん、いや……今起きた……」
寝ころんで半目のまま、ゆっくりした口調でそう答える彼女の主人。
この様子を見るに、本当に寝起きのようだ。
「あぁ、なら、起こしちゃったっすか。申し訳ないっすよ」
「……おぉ、そうだ。責任を取ってもらわんとな」
小さくニヤリと笑うと、彼はリューの手を引き、自身の方に引き込む。
「あっ、ご、ご主人……」
「お前は温かくて、いい布団だなぁ……」
「う、ウチはお布団じゃないっすよぉ……」
片腕で掻き抱かれ、顔を赤くするリュー。
彼の身体が発する熱に、心がほんのりと温められる。
彼女は、その温もりに励まされるように、心の中のモヤモヤを口にする。
「……ご主人、一つ、聞かせてほしいんす」
「ん? 何だ?」
「……ウチは、ご主人のお嫁さんとして、相応しいのかなって……」
「え、な、何だよ急に」
幾度か口を開けたり閉じたりし、怖がるように躊躇してから、おずおずと言葉を続ける。
「その、ウチは、レフィ様みたいなご主人を守れる力もなければ、ネルみたいな大らかな包容力もないっす。かと言って、家事とか料理とかがよく出来るのかと言えばそんなこともなくて、レイラみたいに何でも出来るしっかり者でもなくて。皆、とっても可愛いのに、ウチだけは、そうでもなくて……」
話している内にだんだん気落ちしてきたリューは、少し涙声になりながら、 訥々(とつとつ) とそう語る。
「だから、ご主人のお嫁さんとしては、ウチは失格なんじゃないかなって、思って……」
彼女の言葉に、少し考える素振りを見せ、ユキは口を開く。
「……ま、確かにお前は、別に強くもなければ、相当に不器用なポンコツメイドではあるな」
「うっ……」
さらに暗い顔をするリューに、しかし彼は、笑って言葉を続ける。
「けど、リュー。そんなこと、 どうでもいいんだぞ(・・・・・・・・・) 」
「どうでもいいってことは、ないと思うっすけど……」
「いいや、どうでもいい。そんなのは、お前はレフィでもなければ、ネルでもなく、レイラでもない。ただそれだけの話だ。アイツらと比べて劣っている点があったとしても、それは個々人の得手不得手が違うってだけのことだろ」
「でもウチ、皆と比べて、優れている点なんて全くないっすよ? 耳ぐらいっす」
「ハハ、まあ、確かにお前の耳は素晴らしいものだがな。それだけなんてことはないさ」
「……じゃあ、ご主人。ご主人はウチのどんなところが好きなんすか?」
自身を間近から見つめてくるリューの瞳から、ユキは決して視線を逸らすことなく、いつものようにふざけることもなく、おだやかな笑みを浮かべて答える。
「まずそうだな、皆に笑って楽しんでほしくて、お前がわざとおかしなことを言ったりふざけたりしているところを見るのは、すごく好きだ。お前がそうしてくれているおかげで、毎日皆、いっぱい笑っていられる。お前がいるだけで、家の雰囲気がすごく良くなるんだ」
「…………」
リューは、顔を赤くしながら、彼の言葉にじっと聞き入る。
「もっと単純なところだと、お前の声も匂いも俺は大好きだし、お前自身が笑っている姿もすごく好きだぞ。そりゃあ勿論、もうちょっと家事とかが出来るようになってくれたら、助かりはするだろうけどな? けど、今後一生お前がポンコツメイドのままでも、俺は一向に構わんぞ。今のままで、一緒にいて俺は幸せだからだ」
「……ご主人」
「あと、そうだリュー、お前は十分可愛いからな。自分は可愛くないなんて、外で言ったら嫌味になるから、あんまり言うなよ」
「ほ、ホントっすか……?」
「あぁ、ホントもホントだ。俺はお前を超可愛いと思っているし、ぞっこんだ。俺には勿体ない嫁さんだと心の底から思っている。むしろ、俺の方がこんないい嫁さんを三人も貰っちゃっていいのかって不安になるくらいにな。俺がそう思っているってだけじゃあ、満足出来ないか?」
「え、えへへ……いや、満足っす。ご主人がそう言ってくれるなら、それでいいっす。とってもとっても嬉しいっす」
「おう、それはよかった。お前の不安は解消されたか?」
「はい……ご主人、ありがとうっす。大好きっす」
ユキは、小さく笑みを浮かべながらリューの頭を優しく撫で、おどけるように言った。
「さて、嫁さんよ。俺はこれから、もうひと眠りだけしようかと思っているところなのだが、どうかね。一緒に寝ないかね?」
「ふふ……わかったっす。お供させてもらうっす」
――そうして、二人が寝息を立て始めた横で、のそりと起き上がる影。
「……全く、 睦言(むつごと) を交わすならば、人がおらんところでやってほしいもんじゃ。全て聞こえてしもうたではないか……」
些かげんなりしたような表情で、そう呟くレフィだった。