軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レフィの想い

最初、勇者の少女が突如として玉座の間に現れた時は、驚いたものだ。

服はボロボロで、身体中泥や砂塗れ。

さらに、血らしい液体のせいでそれらが固まり、見るも無残な姿になっている。

率直に言って、一見しただけでは、生きているとは思えないような酷い恰好だった。

突然の事態に一瞬だけ呆けてしまってから、すぐに近くで遊んでいた童女どもに汚れを拭う為の濡れタオルと水の入った桶を用意するように言い、ぎこちない手付きながらも家事を行っていたリューに救急箱を持って来させ、自身は回復魔法の発動準備をし――と、そこでようやく、一つおかしなことに気が付く。

分析のスキルで見た少女の体力が、満タンとは言わずとも、ボロボロの外見に反してほとんど減っていなかったのだ。

とりあえず命に危険は無さそうだと安堵し、近くに寄って容態を確認する。

呼吸はしっかりとしており、どこか腫れていたり、折れていたりしている様子もない。

というより……彼女の身体には、ボロボロの服と違って、どういう訳か傷が一つも見当たらない。

――なるほど。

――彼奴が、何かの手段を用いてこちらに送って来たのじゃな。

傷が無いのは、いつも常備しているポーションでも飲ませたのだろう。

どうやってここまで送って来たのかはわからないが……まあ、あの男ならば、これぐらいのことはするだろう。

「……ネルおねえちゃん、大丈夫……?」

「あぁ。どうやらただ眠っているだけのようじゃ。向こうでユキが、処置をした後らしい」

不安そうな表情を浮かべる金髪の童女の頭をわしわしと撫でながら、そう言う。

――向こうは、大丈夫だろうか。

童女達が不安がるので口には出せないが……少し、心配だ。

あの男の身の危険が、とかではない。

あの男の、 心が(・・) 、だ。

自分の旦那は、基本的にはしっかりしているものの、しかし少しだけ、精神的に脆いところがある。

周囲を大事に思うあまり、無茶な行動に走りがちになるのだ。

誰かが、近くで見ていてやった方がいいのだ、あの男は。

一応、レイラとエンが伴として付いて行ったので、レイラはともかくエンがいる限り、あまり突っ走ったことはしないと思うが……自分が付いて行かなかったことに、今更ながら、一抹の後悔が過ぎる。

――まあいい、こればかりは、今言っても詮無きこと。

それを悩むのは、後だ。

とにかく今は、この少女の身体の汚れを拭いてやって、床ではなくちゃんとしたところに寝かせてやるとしよう――。

* * *

それから、少女が目覚めたのは、数時間が過ぎた後。

「…………んぅ…………」

「ぬ、目覚めたか」

そう声を掛けると、勇者の少女、ネルは、布団の中に入ったまま、緩慢な動作で周囲を見渡す。

「……あれ?ここは……」

「ここはダンジョンじゃ。ユキのな」

自分の旦那の名前を口に出した瞬間、ネルは瞳孔を大きく開き、慌てて身体を起こす。

「――お、おにーさん!!」

「落ち着け、ここにユキはおらん。お主だけじゃ」

そう言うと彼女は、すぐに状況を理解したらしく、小さく言葉を漏らす。

「……あ……そっか……僕は、おにーさんに助けられたのか。――って、レフィ?え、ちょっと待って、ここ、ダンジョンって言った?魔境の森の?」

……いや、状況を理解した訳ではなく、単に頭の認識が追い付いていなかっただけのようだ。

ちなみに、他の者達はすでに寝た。

いつもゴロゴロしている自分が起きているのは、いつもこの時間帯に旦那と遊戯板を使って二人きりで過ごしているため、眠くならなくなってしまったためだ。

……自分と同じぐらい夜遅く起きているくせに、昼間もバリバリ活動しているあの男は、少しおかしいと思う。

「うむ、そうじゃ。――身体の具合は?見たところ、悪そうなところは無かったが……」

そう問い掛けると、彼女はふと自身の身体を見下ろし、そして自身の身体の容態に不思議そうに首を傾げる。

「……あれ?傷が」

「あぁ、それは恐らくユキがポーションで治したのじゃろう。ここにお主が現れた時には、お主の身体に外傷は全く無かったからな」

「……え、でも、古傷とか、全部無くなってるよ?」

僕の身体、訓練でかなり傷だらけだったのに……と呟く少女に、肩を竦めて答える。

「彼奴の持っているポーションはとりわけ効き目が良いのでな。それぐらいは治すじゃろう。――まあ、具合が大丈夫なのであれば良い。とりあえず、これでも食え。その様子じゃと、腹も減っとるじゃろ」

「あ、う、うん……ありがと」

未だ若干混乱した様子ながらも、少女は礼を言って 粥(かゆ) の入った椀を受け取り、椀の中に入っていたスプーンを口に運んで――そして、動きを止める。

「……レフィ、あの、これ、お塩とお砂糖、間違えてる?」

その言葉に、思わずウッ、と唸りを溢す。

……しまった、またやったか。

しっかりと味見はしていたのだが……どの段階で間違えたのだろうか。

「……あー、その、すまん。レイラもユキも魔界に出払って、我が家に今、料理の得意な者が誰一人おらんでな。ちょっと待っておれ、作り直して来る」

「あ、いや、大丈夫だよ。ちゃんと食べられるから。フフ、ありがと、レフィ」

「…………」

笑顔で再び、調味料を間違えているらしい粥を食べ始めた少女に、何だか少し気恥ずかしい思いのまま、立ち上がろうと浮かせていた腰を、もう一度すとんとその場に下ろす。

――それから流れる、しばし無言の時間。

ただ、小さく粥をすする音と、近くの布団で眠る童女の寝息だけが、聞こえて来る。

「……あのね、レフィ。僕、おにーさんに命を助けてもらったんだ」

そんな空間の中で、ポツリと紡がれる、少女の言葉。

「……そうか。儂の旦那が、役に立ったようで何よりじゃ」

「旦那……旦那か。レフィ、おにーさんと結婚したんだってね?」

「む、う、うむ、そうじゃ。向こうで彼奴に聞いたのか?」

「うん、嬉しそうな顔でそうやって言ってたよ」

ニヤリと笑って言った彼女の言葉に、頬が少しだけ熱くなる。

――と、その時、ふと目の前の少女の笑みが、少し強張った、無理をしたものだということに気が付く。

まるで、内側に潜ませたものを、必死に表に出さないようにと、奥底へと押し止めようとしているような表情。

自分は龍族であるため、あまりヒトの感情に敏感な方ではないが……しかし、これはわかる。

これは――雄や雌が、 番(つがい) として求めた相手を、 諦める(・・・) 時の顔だ(・・・・) 。

「お主……もしかしてユキが好きなのか?」

「なっ、え、あ、いや、ち、ちが……!」

面白いぐらいに狼狽する少女の姿に、苦笑が口から漏れる。

わかりやすい少女だ。

やはり、そういう心根の素直な者が、勇者などという大仰な役を与えられるのだろう。

……いや、そう言えば昔、自分は人間の勇者だ何だと騒いでいた男を焼き殺したことがあったが、あの者は人間の社会など露程も知らない、龍族である自分からしてもどうしようもない小物だったと記憶している。

単純に、この少女がそういう性格をしているだけか。

「別に、だからどうしようという訳ではないからそう焦るな。単純に、疑問に思っただけじゃ。で、実際のところ、どうなのじゃ?」

「……うん、そうみたい。僕はおにーさんが、好きみたいだ」

「みたいだ、とは、何とも曖昧な表現じゃの」

「だって……その、初めてだったからさ。こんな想いを抱くのなんて」

……なるほど。

この勇者も、自分と同じ口か。

全く……やはりあの男は、 誑(たら) しの才能がある。

「それに、その……すっごくカッコいい助けられ方をしちゃったし。あれで好きになるなって方が、無理だよ……」

その時のことを思い出したのか、少し顔を赤くしながら少女は、自身に起こった一連の出来事を話し始めた。

「――それはまあ……何とも 計(はか) ったかのような現れ方じゃの」

「本当にね。……まったく、いっつもおにーさんはタイミングがいいんだから。王都に行った時もそうだったんだよ?」

「フフ、わかるぞ。 恍(とぼ) けた顔をして、美味しいところだけ持っていくのじゃろ。彼奴は、そういう男じゃ」

「そう!いっつも、何でもないような顔で、全部一人でいつの間にか終わらせちゃうの。もう、おにーさんのせいでビックリすることに慣れちゃったよ」

クスクスと、二人で小さく笑い声を溢す。

「……でも、もう、おにーさんはレフィの旦那さんなんだよね。あーあ、こんなことなら、どうせ玉砕するのだとしても、もっと早く想いを伝えておけばよかったかなぁ」

やがて、ひとしきり笑ったところで、寂しそうな笑みを浮かべながら、そう言う勇者の少女。

――あぁ……そうか。

わかった。この少女は、自分そのものだ。

彼奴の放つ雰囲気に触れ、その心地良さに魅了されてしまった者。

阿呆で、よくわからない感性をしていて、だが共にいると自然と笑みを浮かべてしまう、あの男に。

……自分だったら、あの優しさを、あの 暖かさ(・・・) を知ってしまって、それでもなお、一匹で生きていけるだろうか?

――無理だ。

そう結論を出した時、自然と自分の口が、勝手に言葉を紡いでいた。

「――なら、お主もここで暮らせばよい」

「…………へっ?」

気の抜けた返事をする少女。

「お主であれば、彼奴も拒むことはせんじゃろう。彼奴は割り方、お主のことは気に入っておるようじゃしの。その後にユキと 縁(えにし) を結ぶことになったとしても、まあ、文句は言わんどいてやろう」

「……で、でも……そうなれたら僕は、勿論その、う、嬉しいけど……レフィはいいの?」

「思うところが無い訳ではないが……お主の気持ちも、痛い程よくわかるでな」

そう、わかってしまうのだ。

自分では耐えられない痛みを、この友人と呼べるであろう少女に負わせる、というのは、あまりにも酷だ。

昔の自分であれば、そんなことは全く気にしなかったかもしれないが……今の自分には、そんなことは出来ない。

誰かとの繋がりという圧倒的な居心地の良さを知ってしまった、今の自分には。

「……それにの。今は、彼奴の嫁は儂だけじゃが、恐らくこの童女どもが大きくなったら、嫁はさらに増えるぞ」

近くの布団と、近くのクッションの上で眠る吸血鬼の童女とスライムの童女の方を見ながら、そう言葉を続ける。

本人は、子供をあやすつもりで「はいはい」と頷いていたのだろうが……まあ、あの様子からすると、恐らく本当に嫁にするハメになるだろう。

もしかしたら、何か出来事があり、女中として働いている二人もまた、彼奴の嫁となることもあるかもしれない。

そんな未来が容易に想像出来るようで、思わず口端から笑みが零れる。

仮に、その未来の 皆(みな) の中に、この心根の優しい少女が一人紛れたとしても、誰も文句は言わないはずだ。

……全く、覇龍として世界から恐れられた自分が、こんな他人に対する気遣いをするようになるとは、我ながら予想外もいいところである。

――自分は、あの男が好きだ。

あの男が好きだが、しかし同時に、このダンジョンで過ごす騒がしい時間もまた、同じように好きだ。

自分の中では、それら全てが等しく万金に値し、何物にも代え難い、いや絶対に代えることの出来ない価値のあるものとして根付いている。

この少女がその中に加わり、共に過ごすようになれば、それはそれで、また別の面白おかしい日々があるのではないか、と思うのだ。

「……とにかく、今は寝ろ。まだ本調子ではないじゃろう。明日になれば、また此奴らも起き出して来る。その時に、皆も交えて詳しく話すとしよう」

「……うん、わかった。――レフィ」

「何じゃ?」

「……ありがと。そういうレフィのとっても優しいところ、僕は大好きだよ」

「……フ、フン。馬鹿を言ってないで、早く寝ろ」

「うん、色々ありがとね。おやすみ、レフィ」

「……あぁ。お休み――」

――そして、夜は更けて行く。