作品タイトル不明
第131話 ユタからの依頼
沖縄のユタから修理依頼……玲子ママ経由ってことは、ほぼ確実に“そっち側”の案件だ。
身バレやら神関係やら、面倒ごとの匂いしかしない。
だけど、ふと気づく。
「……いや待て。これ“出張依頼”の形なら、堂々と沖縄行けるんじゃないか?」
社会人になってからというもの、
“自分の都合だけで旅に出る”なんて一度もしていない。
けれど今回は違う。
修理が目的、観光は“ついで”。
この魔法の言い訳さえあれば、罪悪感ゼロだ。
「修理して、海見て、飯食って……
なにその最高プラン。よし、仕事ついでに沖縄、堪能してくるか」
《太郎さん、それは“ついで”ではなく、ほぼ“本命”になっています》
「いいんだよ、たまには。……大人には言い訳が必要なんだ。それに怖い話ほど、笑って始めたほうが気負わなくていいだろ」
思うんだ。
家族のための旅行はあっても、
“自分だけの旅行”って、いつの間にか置いてきぼりになる。
たまには、自分のためだけに景色を見ても、いいじゃないか。
そんな事を、結婚した上司が昔に言っていた。
今なら、なんとなく分かる気がする。
自宅に戻り、荷物を置いてひと息ついたところで、スマホが鳴った。
《非通知……ではありません。沖縄、那覇市からの発信です》
「……来たか。出るしかねぇな」
いつものように、リクが応対する。
『はじめまして。玲子さんから紹介いただきました、大城舞香と申します』
《こちら、かみはら修理店です。ご依頼内容をお伺いしてもよろしいでしょうか?》
『それが...石板です。古くから祀られているもので……少し、ヒビが入ってきています。
ただし、欠けを埋める修復ではなく“元に戻す”修理を希望しています』
《石板の修復……ですか。詳しい状況は?》
『申し訳ありません。詳しくは、依頼を受けていただけると確定してからで。
石板は沖縄本島にあり、動かすことはできません。
ですので、現地まで来ていただく形になります』
電話の向こう、大城舞香と名乗った女性は落ち着いた声のまま告げた。
『出張費と宿泊費を含め、前金として五十万円、成功報酬として四百五十万円、準備しています』
その数字を聞き、思わず俺は小声でリクに漏らした。
(……いやいや、ゼロ一個……いや、二個多くないか?)
《太郎さん、声が漏れています。お気をつけて》
電話の向こうでは、大城が静かに言葉を続けた。
『金額で測れるものではありませんが……それほど切迫しています。
その石板が欠けたままだと、命に関わる人達がいるんです』
言葉の重みが、部屋の空気を少し変える。
《太郎さん、とりあえず保留にしますか?》
(……ああ、頼む。ちょっと整理する)
リクが通話を保留に切り替えた。
「なぁリク、技術的には……“リペア”で直せるよな?」
《理論上は可能です。ただし、やり方を見られれば、能力の露見に直結します》
「だよな……向こうの事情もただごとじゃなさそうだし、断ったところで別の問題が起きそうだ」
《太郎さん。今回に関しては “受けるか・受けないか” ではなく “受ける前提で、条件を整理するべき” かと推測します》
「……まぁ、俺にできるのは修理だけだ。そこから先には深入りしないようにしよう」
《はい。仕事として整理するなら方法はひとつです。
“修理方法の完全秘匿” を正式に条件として提示すること。》
「そうだな……条件が飲めないなら今回は断らせてもらおう」
《了解しました。保留を解除します》
深呼吸をひとつして、リクが保留を解除した。
《お待たせいたしました。条件について一つだけ、はっきりとお伝えします》
『はい。どうぞ』
《当店では、修理方法......特に技術的な工程や手順は、一切非公開とさせていただきます。
現地での立ち会いもできません。修復の瞬間を見ることもご遠慮いただきます》
短い沈黙。それから、迷いのない声が返ってきた。
『……構いません。それが条件であれば、必ず守ります』
《確認します。修理中、いかなる介入や干渉も行わないという約束でよろしいですか?》
『はい。口外もしません。誓います。
私たちは“直ること”だけを望んでいます』
その声は焦燥ではなく、祈りに近かった。
《では、もう一点。場所は沖縄本島で間違いありませんか?》
『那覇から車で一時間ほどの場所です。空港までお迎えにまいります』
《承知しました。では、正式な依頼としてお受けします。日程を調整し、改めてご連絡いたします》
『ありがとうございます……! 本当に、本当に感謝します』
通話が切れ、部屋に静寂が戻る。
俺はソファに深く沈みながら、ひとこと漏らした。
「……よし。腹くくるか」
《沖縄行き、確定ですね》
「ああ。どうせ行くなら、ちゃんと“仕事のついでに観光”してこようじゃないか」
《太郎さん、それは“観光のついでに仕事”になる未来が見えています》
「いいんだよ。さっきも言ったけど、大人の言い訳ってやつだ」
俺は天井を見上げながら、苦笑した。
こうして、かみはら修理店は海を越えることになった。