作品タイトル不明
96.太陽の恩返し
次の日の昼、俺が庭で空を見上げていると、オノドリムがやってきて、話しかけてきた。
「ねえ、何してるの?」
「空をみてるんだ」
「それは分かるけど、ずっと見てる意味なんてあるの? 夕方の時だけ見てればいいじゃん?」
「僕は最初はそう思ってたけど」
空にある二つの太陽――魔力の切り替えで交互に観察している二つの太陽から視線をオノドリムに向けて、答えた。
「でも、昼間の様子もちゃんと見た方がいいかなっておもったんだ」
「それはなんでなの?」
「オノドリムも知ってる、ダガーさんの事を思い出したんだ」
「あの医者の人?」
オノドリムは不思議そうに首をかしげ、俺ははっきりと頷いた。
「うん。ダガーさん、睡眠の研究をしてたじゃない?」
「してたね」
「あの人がいうには、普段の睡眠が健康に影響を及ぼしているらしいんだ。寿命とかって、普段の生活が巡り巡って寿命の長さに返ってくるんだって」
「そっか、それで昼間の空も見上げてるんだ」
「うん、昼間にも何か原因があるんじゃないか、ってね」
「そっか。すごいね君、まったく関係ない所からそういう発想を持ってこれるなんて」
「あはは」
「で、何か分かったの?」
「うん……そうだね」
俺は少し眉をひそめて、再び空を見上げた。
「なんか、昼の太陽も元気がなさそうに見えてしまうんだ」
「そうなの!?」
オノドリムは驚き、俺と同じように空を見上げた。
「気のせいかも知れないけど、そう見えちゃうんだ」
「もうひとつの方は?」
「そっちはいつも通り……と言っていいのかな。悪くなってはないみたいなんだけど」
「そっかー」
オノドリムはそういい、空をじっと見つめた。
昼の太陽じゃなくて、「一見して何もない」所を見つめているから。
「オノドリムも夜の太陽を見てるの?」
「うん、君が見つけたあの方法でね」
「オノドリムもできるんだ……精霊だもんね」
「まね」
オノドリムはにこりと微笑んだ。
夜の太陽を見えるようにするには、体内の魔力を全て白の魔力にしなければならない。
そのための魔力の変換はさほどむずかしい事じゃない、人間の魔法使いも普通にやっていることで、ましてや大地の精霊たるオノドリムだ。
そして自分が持つ魔力とは全くの正反対に全て変えてしまうのは体に毒だが、それも大地の精霊にはあまり関係ないことのようだ。
そんな風に、オノドリムは夜の太陽を見つめているようだ。
なにかそれでわかったのかな、と俺が彼女の感想が気になっている。
しばらくの間、俺はオノドリムと肩を並べるようにして、空をみあげた。
急かさずにいつまでも待とう、そう思って俺も空をみあげた。
待つこと一時間、オノドリムが普段の彼女らしからぬ、神妙な顔と口調で口をひらいた。
「……なんか」
「え?」
「なんか、懐かしい気がする」
「懐かしい?」
「うん……あ、懐かしいっていい方もちょっと違うかな。えっと……」
オノドリムは視線を空から地面に。
腕組みした、思案顔で斜め下に視線を向けながらうんうんうなった。
本人の中で何かはっきりと感じているがうまく言葉に出来ない。という、典型的な振る舞いになった。
オノドリムがそこまで「確信」しているのはなんだろう、と、それがものすごく気になった。
「えっとね、無理に説明しようとしなくてもいいよ。思った事を頭で整理とかしなくてもいいから、とにかく聞かせてくれる?」
「それなら、あたしっぽいなって思ったの」
「オノドリムっぽい?」
「うん。君の所にくるちょっと前のあたし」
「僕の所にくるちょっとまえ……帝国の契約が果たされてなかった頃の事?」
「そうそれ!」
オノドリムはびしっ! と俺を指さした。
その直後に、またハッとした。
「そうそう、あの時のあたしだ。えっとね、だれからも忘れられてしまって、それがすっごくつらいって感じてる時のあたしだ」
「だれからも忘れられてる……」
俺は小さくうなずいた。
確かにオノドリムはそうだった。
かつて、帝国のエラい人と契約して、帝国の守護精霊となる代わりに祈りを捧げてもらうはずだったが、時代がくだって契約を帝国側、人間側が完全に忘れてしまったせいで、彼女はその存在さえも忘れ去られてしまうような状態になっていた。
「えっと、つまり。夜の太陽もオノドリムと同じ状況だから、弱ってるって事?」
「なんかそれっぽいんだよね」
「……うん、それは、あるかも知れない」
「そうなの?」
オノドリムは驚いた顔を剥けてきた。
「うん。太陽って、感謝されてるから」
「感謝?」
「農作物ってさ、大地の恵みと、お日様の恵みだと思われてるじゃない?」
「あっ、なんかそれ聞いた事ある」
「うん」
俺は小さく頷き、考える。
がちっとした形、宗教って形にならなくても、太陽そのものを信仰する事は各地で普通に行われている。
なんかの本で読んだけど、宗教には無頓着な農家のものが、「強いていえば」で「お天道様は見てる教」という言い回しをしてたのを思い出す。
それくらい太陽は人々に見られ、意識され、感謝されている。
それとは正反対なくらいに、調べてもほとんど出てこないくらい、夜の太陽は人々の意識に無い状態。
もしかしたら大昔、文字とかなくて書物に記録が残らない時代には知られてたかもしれないとちょっとだけおもった。
「なるほど、夜の太陽はそもそも知られてないからオノドリムのあの時と同じ状態。うん、それはそれでなんかわかる……けど」
「けど?」
「なんで今更なんだろ」
俺は首をひねた。
ヘカテー達に頼んで調べさせている無数の書物、その知識と情報。
少なくとも過去千年くらいにわたって夜の太陽は人間から忘れ去られたままだ。
千年くらいたったのになんでいま急に? という疑問が生まれた。
生まれたんだが――。
「ねえ、それでなんとかならないかな」
「え?」
オノドリムの声の質が変った。
声には感情がのるもので、オノドリムの声に込められた感情が変ったのを感じて、驚いて彼女の方をみた。
彼女は深刻そうではないが、なにかを ねだる(、、、) ような顔をしていた。
「あたしに出来る事があったらなんでも協力するから、ねっ!」
「……そうだね」
オノドリムがかなり感情移入しているのが分かった。
人間にとって上位の存在、大地の精霊が人間に頼みごとをして、その上「なんでもする」というのはよほどのことだった。
オノドリムの性格と日常の振る舞いを考えたらその辺ついつい忘れがちだけど、彼女はそれだけすごい存在だ。
「なにかいい方法は――ッッ」
「どうしたの?」
「今、ヘカテーから……」
☆
俺は水ワープでヘカテーの所に飛んだ。
ヘカテーは自分の部屋の中にいて、一冊の本を手にしたまま俺を待っていた。
「ヘカテー……大丈夫?」
時季外れの祈りで俺を呼んだヘカテーの用件が気になってやってきたが、一目見て彼女の体調が心配になった。
「青い血の使徒」になった彼女は300歳から一気に幼い少女の姿に若返った。
その幼い少女に似つかわしくないほど疲労困憊しているようにみえた。
「お目汚し大変失礼致しました、すぐにご報告差し上げたかったので」
「それはいいんだけど、本当に大丈夫? 無理しないでね」
「恐悦至極に存じます」
ヘカテーはそういって頭を下げた。
早く話を聞いて、早く休ませてやろうとおもった。
「それで、何を見つけたの?」
「おそらくは二つの太陽の名前でございます」
「どこから見つけたの?」
「原初の神話でございます。この世にまだ何もなかった頃、まず最初の存在が生まれて、その存在が光と闇を生み出した」
「おお」
なるほど、と俺は頷いた。
神話までさかのぼったのは信憑性としてはすこし弱いけど、でもそれっぽく聞こえる内容だった。
「光と闇はつねに天秤の如くお互いに引き合いながら、均衡を保つ。一方が強くなればもう一方がそれを引き留めバランスを取り合う」
「……昼夜の長さの話かな」
「さすが神。わたくしもそう判断致しました」
「それだけ?」
「天秤のどちらかが傾ききってしまうと――光に傾ききってしまうと光の氾濫が起き、闇に傾ききってしまうと闇の氾濫が起きてしまう」
「氾濫が起きたら?」
「なにもない無にもどって、また新たな原初の存在が産み出され、均衡がとれた光と闇が産み出される――と記されておりました」
「治せないなら一度全部ぶっ壊して作り直すって発想だね」
「さようでございます」
「もっと小さいことならそれでいいんだけど、世界全体でそれをされるのはこまるよね」
俺はそういい、部屋の外の空をみあげた。
沈まない太陽、訪れない夜。
それがどっちなのか分からないが、天秤がどっちかに傾いているのははっきりと分かる。
それをなんとかしないといけないと思った。
オノドリムの顔を思い出しながら、ヘカテーに聞く。
「一つ、お願いできるかな」
「なんなりと」
「オノドリムから聞いた、夜の太陽は自分と同じように忘れ去られているのがつらいんだって」
「なるほど」
ヘカテーは否定はしなかった。
彼女からすれば「神が大地の精霊の言葉を伝達してる」という形だから、否定する理由が一つもない。
「そこで試したいことがあるんだ、ルイザン教で出来るだけ、夜の太陽の名前を呼んで、祈りを捧げるって出来ないかな」
「造作もない事でございます」
ヘカテーははっきりと言い放った。
「本当に!?」
「はっ、神のご下知通りにいたします」
「よかった。じゃあお願い、出来ればすぐに」
「かしこまりました……その前に一つだけ」
「なに?」
「このお話、出来れば夜の太陽の名前を呼んだ方が効果的かと存じます」
「うん、そうだよね」
「神話には二つの名前がございます、どっちがどっちなのか……」
「なるほど」
俺は頷いた。
ヘカテーはずっと持っていた、古い書物を俺にさしだした。
書物にはしおりが挟んであって、開いたページにも二カ所小さい紙が挟まれていた。
なるほどこの二つが光と闇の名前か。
どっちかがそうだろう――と思った瞬間だった。
「ニュクス」
頭の中に白い光が突き抜けていった。
「こちらでございます」
「うん。たぶん……ううん、きっと間違いない」
「承知致しました」
ヘカテーはそういい、本を閉じて俺に一礼して部屋から出て行った。
俺が確信もった表情で言ったのが向こうにも伝わったのか、彼女は何も聞かずに、とにかく実行の為にと動き出した。
そして――。
☆
夜、屋敷の庭。
俺は一人で空を見上げていた。
夜、そう夜。
久しぶりに俺が何もしてなくても訪れた夜。
夕方くらいになってスタンバイしていたけど、太陽は何事もなかったかのように西の地平線の向こうに消えていった。
はっきりと見たというわけではないが、ヘカテーは緊急にしてはめちゃくちゃ大規模に、一万人の信徒を集めて「ニュクス」に祈りをささげた。
タイミング的にそれであっていたんだなと、証拠や根拠はあやふやだけど俺は確信してた。
「ニュクスであっていたんだな、それにオノドリムの感じたのであってたんだな」
俺は久しぶりにホッとした。
まだ、しばらくは気が抜けないが、たぶんこれで大丈夫のはずだ。
これでいけるのなら――。
「後はヘカテーが上手くやってくれるだろう」
むこうは大聖女、信仰をとりまとめるプロだ。
ルイザン教を出発点に「ニュクス」を広めていってくれる。
これで一件落着かな、と思った。
「今日は久しぶりにゆっくり休めそう」
俺はそう言い、振り向いて、屋敷の中にもどろうとした。
早めにベットに入って、ゆっくり休もうと思った。
「…………うん?」
思考が止まった。
目の前の光景が信じられずに、自分の目を疑った。
目をゴシゴシと擦った。
もう一度見る、やっぱり自分の目を疑った。
思わず自分のほっぺたをつねるくらい、目の前の光景が信じられなかった。
「痛い」
どうやら夢じゃなかった。
結構強めにつねったから、結構いたかった。
俺は改めて、目の前の光景をみた。
いや、物体をみた。
「……ニュクス?」
なんと目の前に象くらいの大きさの、あの、夜の太陽とそっくりな球体が現われたのだった。