作品タイトル不明
57.金と黒
「すぐに調べなさい、大至急で、なにを差し置いてもすぐに」
「は、はい!!」
ヘカテーがそばにいる部下に命令を下した。
最優先の命令で、男は慌てて外に飛び出していった。
それを見送ってから、ヘカテーは改めておれの方を向いて、聞いてきた。
「その、オーバードライブというのはどういう物なのでしょうか」
「知らないの?」
「寡聞にして……」
ヘカテーは車椅子に座ったまま、申し訳ない感じでうつむいてしまった。
「僕も、レイフ・マートンさんという人から聞いたんだけど。昔聖魔戦争? の時に天使が使ってた技なんだって」
「あれなのですか!?」
「それは知ってるの?」
「はい。エンジェルハイロゥ……という名前で」
「そっか、名前が違うんだ」
俺は驚かなかった。
同じ事象でも、違う名前がついてる事なんて世の中にごまんとある。
「天使の輪が形を変えて武装になった、ということなのですが」
「うん、じゃあそれだね」
俺は腰の剣を抜いた。
あまり使うことはないが、皇帝からもらった物とともに、オーバードライブ出来る物は常に持ち歩くようにしている。
抜いた剣に力を込めると、刀身が溶けてきえた。
オーバードライブ――無形剣。
「な、なんと」
「これで普通に切れるんだ」
そう言いながら、髪の毛を一本引き抜いて、見えない刀身の上におとした。
ひらりひらりと滑り落ちる髪の毛は、見えない刀身に触れた途端ズバッと切れてしまった。
「ああっ!」
それをみたヘカテーが驚きの声を上げる。
「こんな感じだね。見えないけど刃はあって、たぶん――普通の刃より切れ味がいいんじゃないかな」
「たしかに……エンジェルハイロゥとよく似ています」
「そうだね。なんでもこうなれるんじゃなくて、作りが良いもの――極めての業物しかこうならないみたいなんだ」
「写本の作りが良い……敬虔な信心を持った者……?」
「うん、僕はそう思った」
「そうなのですね……」
大きな驚きが収まってきて、緩やかな、静かなる感嘆に移行したヘカテー。
「……ところで」
「うん、なあに?」
「その写本がオーバードライブして、何か使えますでしょうか」
「使う?」
「はい。神が抜いたその剣は刃が見えなくなって、しかし切れ味があがったとおっしゃっていました。写本はどうなのでしょうか」
「そっか。どうなんだろうね」
俺はオーバードライブ中の写本に意識を向けた。
何か特殊な力はあるのか? と感じ取ってみる。
すると、世界が変わった。
「あっ……」
「どうなさいましたか」
「色が……」
「色?」
色が見えた。
ヘカテーと、そしてまだ残っているヘカテーの部下の「色」が見えた。
体の色が変わったわけじゃない。
背中に何かオーラ的なものを背負っていて、それが見えるというわけじゃない。
感覚的で、抽象的な物だけど、その人の「色」が見えてきた。
「なんの色でございますか?」
「うん、僕もまだよく分からない。なんか見えるんだ、色が。その人の」
「その人の」
「ヘカテーは金色だね」
「金、でございますか」
「そこにいるみんなは青色。この人だけ黒だね」
残った数人のうち、三人が青色で、一人が黒だった。
色がどういう事を表しているのか分からないから、ストレートに見えた物を話して、ヘカテーにも考えてもらう、という形を取った。
「なんか分かるかな」
「……」
ヘカテーは微かにうつむいて考えた後、顔を上げてまっすぐ見つめながら。
「神にご足労いただきたいのですが」
「うん? どっか行くの?」
「はい。ローレンス公爵、あるいはエヴァンジェリンがどのような色なのかを見ていただきたいのです」
「なるほど、ちょっと待ってね」
俺は小さな水筒を取り出して、床に手の平一つ分くらいの水を撒いた。
そこに飛び込んで、水間ワープをつかった。
屋敷に戻ってきた。
水のあるキッチンから廊下に出て、声を出して呼ぶ。
「エヴァ? どこにいるのエヴァ」
「みゅー!」
俺の声が聞こえたエヴァは、鳴き声を上げながらかけてきた。
ちびドラゴンの姿で廊下を疾走して、俺のそばにやってきて、体をスリスリしてきた。
「ごめんねエヴァ、ちょっと顔を見せて」
俺はしゃがんで、ちびドラゴンの顔を両手でつかんで、まっすぐのぞき込んだ。
エヴァはきょとんとしたが、なにもせず俺にされるがままでいた。
「金色、か」
「みゅー?」
「うん、ありがとうエヴァ。詳しい話は分かったら改めて説明する」
「みゅっ!」
見た目はちび、頭はドラゴンなエヴァは、聞き分け良く頷いた。
俺はキッチンに戻って、水間ワープで飛んだ。
今度は海底の神殿、人魚の女王のところだ。
「ああっ。海神様、どうかしましたか?」
「ちょっと顔を見せて」
「はあ……」
女王は不思議がりながらも、言われた通りにした。
「金色……ありがとう。ごめんね、説明はまた今度」
「わかりました」
女王も素直に受け入れてくれた。
その後じいさんと皇帝にあってきて、二人は銀色だった。
一通り見て回ると、水間ワープで図書館に戻ってきた。
戻った俺を見て、ヘカテーは平然としていたが、その部下は水間ワープに驚いていた。
それを無視して、ヘカテーに言う。
「いろいろ見てきた。エヴァと、人魚の女王は金色。おじい様と、陛下は銀色。屋敷のメイド達は金色だったね」
「そうですか」
「何か分かったの?」
「はい。おそらくは……神に向けられる感情なのではないか、と」
「感情」
「おそらくは。エヴァンジェリンと人魚の女王――こちらはあったことはないのですが、神からお聞きした話だとわたくしたちと同じような感じだと思います。屋敷のメイド達もです」
「なるほど」
たしかに、金色に見えている者達は、いわゆる俺に「傅く」人達だ。
じいさんと皇帝は「溺愛」してる人達。
そう考えれば、感情というのはわかりやすい。
「大聖女様!」
男が駆け込んできた。
さっきヘカテーが命令して、それで飛び出していった男だ。
ヘカテーは男に聞いた。
「どうでしたか」
「いました。この街に」
「この街に?」
「神へ捧げる図書館の建造に携わりたいと言うことで、人夫として働いていました」
「そうですか――どうしましょうか?」
「会ってみたいけど、会えるかな」
「どうなのですか?」
「はい、すぐ外に」
「ではここへ」
「はい!」
男はもう一度飛び出した。
しばらくして、一人の女を連れて入ってきた。
女は一目で分かる――
「すごく……まぶしい金色だ……」
エヴァやヘカテーに勝るとも劣らないほどの、黄金色の輝きを放っている。
やっぱり感情なのか、と、俺が納得する一方で。
「……」
ヘカテーは、俺が言った「黒」の男をじっと見つめていた。