作品タイトル不明
56.願いは届く
ヘカテー大図書館。
発起人のヘカテーの名前を冠した図書館は、ものすごい急ピッチで建造が進められている。
大聖女の名において、神に捧げるための文化事業――という事で寄付と人がものすごく集まって、あり得ないスピードで建てられていった。
「……まるで街だね」
俺は目の前に繰り広げられている光景を見て、感嘆した。
あっちこっちで建造がすすめられているのは、図書館というよりは一つの街の開拓光景に見えた。
「規模が大きくなればこうもなります。皇帝の別荘と同じことかと」
俺の横で、大聖女にして第一使徒ヘカテーが答えてくれた。
ヘカテーは車椅子にのって、フードの様なもので顔を隠している。
その車椅子も、高位神官の服飾の男が押している。
大聖女が若返ったことはまだ浸透してなくて、しばらくは人前にはこういう形で出る必要がある、ってさっき聞かされた。
「そっか。でも、こんなに大規模に作る必要があったの?」
「100万冊の本が入る見込みですので、それに合わせて更に余裕もって作らせてます」
「100万冊!?」
俺は盛大にびっくりした。
「100万冊って……あの100万冊!?」
驚きすぎて、自分でもなにを言ってるのかわからない、という有様だ。
「はい」
「すごい……あっでも大丈夫なの? そんなにだとお金が」
「大丈夫です、わたくしの資産を投入してますし、本を持たない信徒達からの寄付も集まってます。それに、皇帝からも」
「陛下からも?」
「はい、かなりの額の寄付が寄せられております」
「そうなんだ……悪いことをしたかな」
また金を使わせて。
いや、皇帝なら喜んで出してるんだろうな、っていうのは容易に想像できるけど。
「それなら大丈夫でしょう。今の皇帝は聡明です」
「どういうこと?」
「ただの寄付なら、誰かの懐に入ることもあるでしょうけど、現状金が入れば入るだけ使われる状況です」
「うん、そうだね」
むしろ足りないくらいだ。
大図書館という名の街開拓。
100万冊の本を作るための紙、インク、その他材料。
そして、それに関わる人間の人件費。
金はいくらあっても足りないくらいだ。
「あの皇帝なら、金が回る事を前提に考えた上で、寄付をしていることでしょう。金が大きく動いている状況であれば、1を投入しただけで4も5もの回り方をしますから」
「そうなんだ」
よく分からないが、そういうものだな。
「まあ、負担になってなきゃそれでいいんだが」
「でも、早く完成したのを見たいな。待ち遠しいよ」
「既に完成している建物をみていかれますか? 本も順次運び込んでいますので」
「見たい!」
それはすごくみたい、今すぐみたい。
「では――こちらへどうぞ」
ヘカテーが先導して進みだした。
車椅子を押されて、すいすい進む。
俺はそのヘカテーについて行く。
大工や職人がせわしなく動き回る中、ヘカテーが進む道は常に相手が避けてくれるから、すんなりと進めた。
皆ヘカテーを尊敬と畏怖の目で見ている。
「すごいね」
「申し訳ありません、御前でありながら、虎の威を借る狐のような形になってしまって」
「気にしないで」
しばらくして、落成したばかりの建物に着いた。
ヘカテーが先に入って、俺は中について行く。
建物に入ってロビーに立つ。
付き人が扉を閉めると、ヘカテーは車椅子から立ち上がって、フードをはずした。
「ふぅ……」
息を吐いて、俺の方を向く。
「こちらが、今完成しているところで。便宜上第一書庫と名付けておりますが、今後ちゃんとした名前に変える予定です」
「そっか」
「本はその扉の向こうです」
ヘカテーが付き人に目をやって、小さく頷いた。
付き人は無言でロビーの奥にある扉にむかって、そこを開く。
すると――。
「わあ!」
俺はダッシュで奥に向かった。
本、本、本!!
本の山だった。
数千冊はあろうかという本が並べられていた。
「すごい! こんなにいっぱいあるんだ」
「お気に召しましたでしょうか」
「うん! ねえ、これを読んでいいの?」
「すべては神に献上するものでございますので、ご随意にどうぞ」
「ありがとう!!」
俺は早速、一番近くにある本棚に飛びついて、本を一冊抜き取って読んだ。
読んだ事の無い本だ。
抜き取った所の周りを見た。
棚の全てが読んだ事の無い本だった。
「すごーい」
別の棚に向かった。
そこも全部読んだ事の無い本だった。
更に別の棚に向かう。
都合数百冊くらいの所で、ようやく、読んだ事のありそうな本があった。
それを手に取る、パラパラめくる。
やはり読んだ事のあるものだ。
「うん、内容は完璧だね」
「内容は、でございますか?」
後ろからヘカテーが聞いてきた。
「うん。内容はね。挿絵があるよねここ。やっぱり絵は難しいのかな、絵はちょっと元々の物と違うかな」
「そうでしたか」
「でも、ちゃんと内容は伝わるから、これはこれで問題ないと思う」
「そうですか。どうなさいますか? これを所蔵からはずすことも」
「ええ!? もったいないからこのままでいいよ」
「わかりました」
絵は微妙だが、内容はちゃんと伝わるし間違ってないから問題ない。
完璧な写本なんてあり得ないから、これはこれでいい。
俺はいくつか抜き取っては、パラパラめくってみた。
こんなにあると目移りしちゃう、なにから読めばいいのか迷う。
異変はその時に起きた。
抜き取った一冊の本、それを棚から完全に取り出して、両手で持った瞬間。
本が――溶けた。
光に溶けて、俺の体に取り憑く。
「ど、どうしたのですかそれは!?」
驚愕するヘカテー。
俺はちょっとだけ驚いたが、ちょっとだけだった。
「オーバードライブ……」
「オーバードライブ?」
「……ヘカテー、今の本、誰が写したのか分かる?」
「ええ、献上したものの素性は全部控えてますので、前後を調べて無くなった物は割り出せます」
「じゃあ調べて」
俺は真顔でヘカテーに言った。
オーバードライブできるほどの本を書き写した人間。
それはきっと、ものすごく敬虔な信心を持った人間。
新たな使徒になれるかもしれない人間だと思った。