軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

54.責任は投げ捨てる物

次の日、俺はヘカテーを連れて、じいさんの屋敷に向かった。

じいさんに会う、ということで、俺は海神ボディじゃなくて、マテオボディに戻った。

海神ボディでも説明したらじいさんはすんなり納得するんじゃないかな――という安心だか不安だかがあった。

ヘカテーと二人で馬車に乗って、ルイザン教の神官達に護衛されての道中。

俺は、ヘカテーに念の為に聞いてみた。

「ヘカテーは、おじい様と会ったことはないの?」

「ございません」

ヘカテーは即答した。

「ローレンス公爵ほどのお方なら、お会いしていれば深くお話をさせていただいてるでしょうから」

あってるけど忘れたと言うこともない、ってことか。

「そうなんだ」

「どういうお方なのでしょうか」

「うーん、難しいね」

俺は苦笑いした。

じいさんがどういう人間なのか、それは立場によって大きく変わる。

「僕が 聞いてる話(、、、、、) だと、すごく厳しくて、怖い人」

「そうなのですね」

「動じないんだね」

「高位の者ともなれば、そう思われてもおかしくはありませんし、そう思われるべき場面が多々ありますので」

「そっか」

俺には分からないけど、そういうものなんだな。

ヘカテーも大聖女という、ルイザン教のトップだから、通じ合うものがあるんだろう。

というか、それが普通に気になったので、ストレートに聞いてみることにした。

「ヘカテーも怖い人って思われてるの?」

「はい、そのように仕向けました」

「そのように仕向けた?」

「教義には厳しく、融通が利かない。神に仇をなすものは絶対に容赦はしない。そういう人間だと思われているはずです」

「そうなんだ」

「今回の扇動者の追放で、ますますそう思われていることでしょう」

俺は「なるほど」と頷いた。

やっぱり通じ合うところがあったんだな、ヘカテーは。

「でね、僕が 感じている物(、、、、、、) だと、普通のおじいちゃん」

「普通の」

「うん、孫にデレッデレで、とことん優しくて甘いおじいちゃん」

「人間味あふれる方なのですね」

「そうなのかな」

そういう表現をされると、自分が思っているのがなんか間違っている様な気がしてくる。

あれって……人間味あふれる、で片付けていいのか?

絶対違うと思うけど。

じいさんの溺愛は、そんなレベルじゃない。

じいさんの屋敷についた。

馬車から顔をだすと、門番はすんなりと俺を通した。

門番にくわえ、庭にいた使用人達は、皆恭しく頭を下げて俺を通した。

目の前を通ると使用人達は頭をさげるから、まるで人が波のようで、花道を通っているかのような気分になった。

元々俺は、じいさんに可愛がられていると認識されている。

それに加えて、あのじいさんの誕生日以降、ますます丁重に扱われるようになった。

そのあたりを深く考えると怖いから、考えないようにした。

屋敷の門の所までやってきて、俺達は馬車から降りた。

出迎えてくれたメイドに。

「おじい様、いる?」

と聞いた。

「はい。大旦那様は庭でお待ちです」

「お待ち?」

「マテオ様がいらっしゃることを存じ上げておりました。そのまま庭に通すようにと仰せつかっております」

「そうなんだ」

俺が来ることを知ってたって――こっちの屋敷のメイドから聞いたのかな。

まあ、じいさんならこれくらいのことは普通だと、俺はそう思って、ヘカテーに振り向いて、言った。

「じゃあ、いこっか」

「はい」

「この人達をもてなしてあげてね」

「かしこまりました」

メイドに神官たちの事を頼んでから、ヘカテーを連れて庭に向かう。

庭のあずまやみたいな所にじいさんがいた。

目があうと、座っていたじいさんは両手を広げながらおもむろに立ち上がって。

「おおっ、よく来たなマテオ。さあこっちに来て顔をよく見せてくれ」

「うん」

俺はじいさんに近づいた。

じいさんは文字通り、近づいた俺にしゃがんで、目の高さを合わせて見つめてきた。

「うむ、ますます男前になったのじゃ。そろそろ女どもが放っておかなくなるじゃろうな」

「そんなことないよ」

まだまだ六歳児なんだ。

こんな六歳児を放っておかない女達はむしろ怖い。

「海はどうじゃった?」

「うん、楽しかった。陛下に色々見せてもらって――その他にも色々あって」

「そうかそうか。あの小童もいい仕事をしたのじゃ」

じいさんは相変わらず、皇帝を「こわっぱ」呼ばわりした。

それができる帝国臣民はじいさんたった一人で、ある意味――じゃなくても普通にものすごい話だ。

「そうだ、今日はおじい様に紹介したい人がいるんだ」

「うむ、あそこにいる娘じゃな」

「うん」

「マテオのこれか」

じいさんは小指を立てて俺に聞いてきた。

古典的なジェスチャーで、わかりやすいのはいいけど――六歳児にきく事じゃないだろ。

俺は微苦笑しつつ。

「ううん、違うよ。あの人はヘカテー。えっと……大聖女様なんだ」

「なんじゃ、代替わりしたのか」

じいさんはヘカテーの方をみた。

さっきまでの顔とは違って、ものすごく真剣な表情になった。

なるほど、そう解釈したか。

「わしもまだ掴んでいない情報を、それを更に本人と知り合っているとはな。相変わらずさすがじゃなマテオは」

「えっと、ちょっと違うんだ」

「ほう、何が違う」

今度は興味津々な、って顔で俺を見つめてきた。

「ヘカテーは今の大聖女様なんだ。えっと、この言い方もおかしいや。えっと、314歳のあの大聖女様なんだ」

「……ふぅむ、どういう事じゃ?」

じいさんは再び真顔になって、俺に聞き返してきた。

そこで「そんな馬鹿な」とかそういった問答にならないのは話が早いし、ありがたかった。

俺はじいさんに説明した。

「どうやら僕、神様になっちゃったみたいなんだ」

「思ったよりも早かったのじゃ」

「えーーーー」

俺は思わず声を張り上げてしまった。

「は、早いって。どういう意味なのおじい様」

「言葉通りの意味じゃ。マテオならいずれそうなると思っていたのじゃ」

「うそぉ!?」

「ふっ、冗談じゃ」

じいさんはいたずらっ子のような笑顔をつくった。

「さすがにそこまでは思ってはおらんのじゃ」

「そ、そうだよね。あはは、ちょっと驚いちゃったよ」

俺はすこしほっとした。

こんな与太話に聞こえる様な事を、前々から本気で思われていたらそれはそれで怖い。

「……こわっぱがそのうち帝位を禅譲するだろうとは思っておったがな」

「え? おじい様今なんて?」

「いや、なんでもないのじゃ」

じいさんはすっとぼけた。

明らかにすっとぼけた顔をした。

なんかとんでもない事を言われた気がするけど……無視しよう。

うん、その方がいい。

「それでね、大聖女様に名前をつけたら、大聖女様が使徒になっちゃったんだ?」

「使徒……青い血か」

じいさんはますます真顔になった。

「知ってるの?」

「知識くらいはな……本当か?」

「うん。見せてもらったけど、血は本当に青くなってた」

「……すごい話じゃな。いや、もっと詳しく聞かせてくれマテオ。これだけの話、要約で聞かされてはもったいない」

「そ、そうだね。えっと、まずはヘカテーと挨拶とかしてから?」

「おお、そうじゃったな」

声が聞こえるところで待機していたヘカテーは、ここで俺達に近づいてきた。

「お初にお目にかかります、ローレンス公爵」

「むっ」

「どうしたのおじい様」

「初めてではないのじゃがな、と思っただけじゃ」

「そうなの?」

俺は驚き、ヘカテーを見た。

ヘカテーは小首を傾げて、困惑顔をした。

「いいえ、ローレンス公爵とは初めてのはずです」

「わしがまだ公爵になっていない、若いときの話じゃ。その時既にご老人だったがな。ガウレンブルクであったのじゃ」

「あそこにいたのですか」

「うむ」

「そうでしたか……それは大変でしたね」

「すでに風化して、思い出どころか記憶ですらなくなっているのじゃ」

「そう……」

過去の話で通じ合う二人。

ふと、二人の姿がぶれて見えた。

じいさんはたくましく精悍な青年で、ヘカテーは一昨日までそうだった老婆の姿に。

それも一瞬だけのこと。

目を瞬かせると、青年と老婆が逆転して老人と幼女に戻った。

「こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」

もどったが、じいさんはどことなくヘカテーに対して敬意を払って接している。

自らヘカテーを東屋の中に案内し、椅子を払って彼女を座らせた。

俺はそこに入って、三人で向き合って座った。

そして、夏の間の出来事をじいさんに話した。

人魚と出会って、海の女王に気に入られて、海神の体を手に入れて、それがルイザン教の神になった。

一連のことをじいさんに話した。

じいさんは興味津々と聞いていたり、ところどころ相づちを打ったりした。

ヘカテーも海神ボディのくだりはものすごく興味津々に聞いた。ルイザン教的には海神でも自分達の神の別の姿だろうから、隠す必要はないだろうと思って全部話した。

「という訳なんだ」

「ふむ、そうなると、だ」

「え?」

じいさんはにやりとして、言った。

「わしが橋の下で拾ったのは神の子じゃったと言うわけじゃな。誰かが産んで捨てていったのではなく、最初から神が転生・降臨したというわけじゃ」

「そんな」

「おそらくはそのとおりでしょうね。そういう形で降臨なさったことが、教典の中にも頻出してます」

じいさんのいつものオーバーなあれだと思っていたら、ヘカテーがまさかの同意を示した。

「そうなのヘカテー?」

「むしろ神が降臨なさる場合、人間の子として――母の腹から生まれる事の方が稀でございます」

「そうなんだ」

「母の腹から生まれる場合も、全てが処女懐胎でございました」

じいさんとヘカテーは、今までの神の話で盛り上がった。

ヘカテーはもちろんだけど、じいさんもルイザン教の神について知識が結構深く

、二人は俺の知らない話ばかりだ。

ちょっと疎外感を感じたが、盛り上がっている会話を邪魔するほどの物じゃない。

俺は気持ち一歩引いた形で、二人のやり取りを見守っていた。

「して、今日はわしに何の用じゃ?」

しばらくして、じいさんが思い出したかのようにきいてきた。

「そうだった。実はね――」

俺はヘカテーをここまで連れてきた目的をじいさんに話した。

「なるほど、一人のばあさんとしてマテオにどう接するか、じゃな?」

「うん」

じいさんはヘカテーをじっと見つめた。

「ふむ、確かに……そのままでは無理じゃな」

「無理なの?」

「そのままでは、な。簡単なのじゃ、心構え一つだけでできる。しかし今のお前さんには無理じゃ」

「教えて下さい。何をどうすればいいのかを」

「責任を投げ捨てる事じゃ」

「責任を……なげすてる……?」

小首を傾げるヘカテー。

うん? なんか変な話になったぞ?

「老人は何故孫を可愛がれる? それは親とは違って、養育の直接的な責任を負わなくてよいからじゃ、じゃからとことんかわいがれる」

「……なるほどそうでしたか」

なるほどそうでしたかじゃなくて。

いや、まあ。

そりゃそうなんだろうけど。

「じゃから、お前さんも立場と責任を忘れればいい。大聖女とかそういうのをな。一人の老人として、聡明怜悧にして才気煥発、その上狂おしいほど可愛らしい子供が目の前にいた場合、どうしたい?」

「……」

ヘカテーは少し考えて。

「地上全ての権力を与えたい」

ちょっと!?

ヘカテーはとんでもない事を言い出したのだった。