作品タイトル不明
240.神の恩返し
翌日。
ヘカテーに屋敷で静かで邪魔が入らない部屋を用意してもらって、その中にいた。
そのヘカテーと二人っきりで向き合っている。
「もう祈りは始まっているの?」
「はい。もっとも近い教会では始まっております。各地に人を走らせて、返事不要即行動を命じていますので、順次開始されるかと」
「そうなんだ。ありがとう、ヘカテー」
「もったいないお言葉」
「じゃあ……はじめよっか」
「私は何を」
「そうだね……」
俺は少し考えた――が、正直分からない。
「正直よく分からない、初めてすることだからね」
それをそのままヘカテーにつげた。
するとヘカテーがちょっと不安そうな顔をした。
「だからヘカテー、側にいてくれる?」
「お側に……?」
「うん、今何かがあったらヘカテーが一番頼りになる人だから」
「ーーっ!」
ヘカテーは目を見開き、驚き、そして喜ぶ。
驚きから喜びまでの感情がグラデーションになって一瞬で彼女の顔を通過していった。
やがてヘカテーは力のはいった、前向き――いや前のめりな表情をした。
「お任せ下さい! 一命に変えましてもあらゆる障害を取り除いてご覧に入れます」
「もう、だめだよヘカテー」
「え?」
「いつもいってるけど、軽々しく命を賭けちゃダメ」
「も、申し訳ございません」
「無理のない範囲で頑張ってくれたらいいから、ね」
「……っ」
ヘカテーは目を見開き、やがてわなわなと震えだした。それが喜びから来るも、寒気の震えだというのは一目で分かった。
「もったいないお言葉! 誓ってその通りに致します!」
まだまだかたいなあ、と思いつつも、それくらいならいっかと思った。
「よし、じゃあはじめるね」
「はい!」
俺は目を閉じて、海神の力を行使した。
記憶の中にある「一番近い教会」に意識をむけ、その中にある偶像――神像とつなげる。
瞬間、人々の思念が流れ込んできた。
俺が頼んで、ヘカテーが命じた神へ捧げる祈りだ。
人間の五感とはまったく違う別の感覚で、強いていえば「声」がどうにか近しいくらいだ。
その思念がたくさん流れてくる。
まるで10人くらい、一気に自分に向かって喋っているかのような感じになった。
それを聞き分けていく。
祈りの思念、声の中から必要な情報を取捨選択していく。
ナナとカナに関係のあること、それを見つけだす作業。
ウォルフ領と離れていることもあって、ほとんどの人の人生はナナカナと接点がなかった。
数十人くらい聞いたところで、ようやく一人から「侯爵の孫が生まれたとき領内にいて、街が一週間にわたる収穫祭レベルの祝い方だった」という情報をえた。
労力はかかったが――このやり方で間違いないと思った。
なぜなら、その祝いを結構知れた。
これはナナカナ本人たちは絶対に見ていないこと。
それを得られたということは、時間さえかければいい。
そう思ったところで、あらかじめつなげておいた別の街からの祈りが届いてきた。
俺はつづけて、一気に数十人レベルになった同時の語りかけを聞き分けていく作業に戻った。
☆
「……ふぅ」
集中の為に閉じていたまぶたをあけて、疲れを肺にたまった空気と一緒に吐き出した。
気づけばもう夕方で、集中してたら半日がたっていた。
「お疲れ様です」
横からヘカテーの声が聞こえる。振り向くと、彼女はタオルを両手でさしだしてきた。
そこで俺は汗でびっしょりになっている事にきづいた。
「ありがとう、ヘカテー」
お礼をいって、タオルを受け取って、軽く汗を拭く。
「いかがでしたか?」
「うん、ちょっとだけ二人の情報を得られたかな」
「ちょっと……ですか?」
「うん、でも予想通りかな。この形だと遠く離れた土地だと集まる情報が少ないのは予想出来てたしね」
「そうでしたか」
ちょっとときいて不安がったヘカテーは、予想通りと聞いてホッとした。
「だからついでに他のこともしておいた」
「他の事ですか?」
「バーネルとリットン、それにホルトって人がヘカテーになんかよくない事をしようとしてるみたいだよ」
「…………やはり」
つぶやくヘカテー、表情も変わっていた。
本人もある程度把握してるみたいだな。
ナナとカナの情報は、ウォルフ侯爵のところ、その地方の信徒がまだはじまっていないからほとんどあつまらなかったが、ヘカテーの情報はものすごく集まった。
大聖女ヘカテー。
信徒の8割から9割くらいが、何かしらの形でヘカテーを見ているか接したことがある。
遠目で一度見ただけ、というのまで入れるのならほぼほぼ10割になる。
そのヘカテーに関する情報を集めていたら、派閥でヘカテーを追い落とそうとする連中がいるというのが分かった。
「フェアさんとクーパーさんって人は話を持ちかけられたけど断ったって」
「……さすが神でございます。こちらがどうしても手に入らなかった曖昧な情報をいともあっさりと」
「どうする? これももっと集めたほうがいいかな」
「いえ、それには及びません。証拠がなくても敵味方さえはっきりすれば、今回はどうとでもなります」
「そうなんだ。すぐに動いた方がいいのならそうしていいよ。僕は今日はもう休むから」
「おお、御心に感謝いたします――では」
ヘカテーはそういい、強ばった顔で部屋から出て行った。
いつも助けられた分のお返しはできた……かな。