作品タイトル不明
241.誰も知らないこと
それから三日間、俺はヘカテーの屋敷に滞在して、各地の信徒から情報を集めた。
それは途方もない作業だった。
例えるのならジグソーパズル――のこぎりで切りバラした欠片を組み立てていくパズルを組み立てるようなものだが、それだけではない。
数千数万個のパズルがあって、数百万数千万の欠片が無軌道にまざっていて。
その中から、ナナとカナの人生というパズルの欠片を見つけだして、それを取り分けて更に組み上げていくというたとえの方が感覚として近い。
正直、人間の力では到底無理だっただろう。
海神の力を使えてどうにかなった。
一日目は、一つか二つ程度の欠片しか見つからなくて、全体の1%にも満たない程度の完成度だった。
二日目は祈りを捧げる信徒がそれなりに増えて、祈りが届けられてくる地域も拡大して、十数ピースの、数%くらいにはなった。
三日目になるとルイザン教が布教していく地域のほとんどに広がっていって、祈りで捧げられる情報量が一気に増えて感覚で10%を超えるくらいの進捗になった。
そして四日目。
大量の情報を相手に、海神の力でのより分けになれてきて、一気に全貌が分かる――99%くらいになった。
☆
「ありがとうヘカテー、すごく助かったよ」
四日目の夕方、 目処(、、) がついた俺は、ひとまず情報のより分けを中断して、部屋の中でヘカテーと向き合って、心からのお礼をいった。
「もったいないお言葉」
ヘカテーはものすごく恐縮した。
「ううん、本当に助かったよ。ヘカテーおかげでナナとカナのことがすごく分かったよ」
「全ておわかりになったのですか?」
「全て、っていう言葉とはちょっと違うかな」
「と、もうしますと?」
ヘカテーは首をかしげた。
「えっとね、数字で例えるのなら、その人のことを全て理解したことを100%とするじゃない? あっ、もちろん慣用的な表現としてね」
「はい」
「今回はヘカテーのおかげで100%を超える……そうだね、1000%くらいになったかな」
「ど、どういうことでしょうか?」
理解が1000%と聞かされて、さすがのヘカテーもものすごく驚いた。
「普通の人間って、目の前のことしか見えないのが当たり前だよね」
「はい」
「でも今回やったことだと、本人が見えているものはもちろんのこと、見えていないものもわかったんだ」
「……それは、つまり」
俺の言葉を頭の中で理解しようと試みている様子のヘカテー。
まったくピンとこないようだ。
「例えばね、ヘカテーは今ぼくのことがみえてるじゃない?」
「はい」
「ヘカテーのことだから、たぶんね、僕の表情の全てを覚えてる、とか言いそうだとおもうんだけど」
「はい、記憶しています」
「……え、本当に?」
今度は俺が驚いた。
俺の表情全てを記憶している――なんてのは例え話で、ちょっと大げさに言ってみた話だ。
が、ヘカテーはあっけらかんといいはなった。
まるでそれが当たり前の事のように。
本当にそうなのかと、こっちが逆に驚かされた。
「もちろんでございます」
「そ、そうなんだ。すごいねヘカテー」
「恐縮です」
「それはともかく。えっと……そう、ヘカテーは僕の表情とか全部覚えていると思うけど、数十秒前に、ヘカテーの後ろの窓、その向こうに鳥がよぎっていったのは分からないでしょ」
「はい……申し訳ございません」
「あやまる事じゃないよ、普通人間ってそうだから。目は前にしかついてないからね」
「はい」
「でも今回のは本人が見えていないことも、周りの人間のいわば証言から分かる。極論、人生で実は一回本当に鼻提灯を出した事がある――なんて、本人じゃ知らないこともわかれちゃうのが今回なんだ」
「本人が認識出来る事よりも遙かに多い事……それが1000%という事なのですね」
「うん」
「…………さすが神」
ヘカテーはたっぷりと「溜めて」から、また俺を称えた。
俺はほほ笑みながら、頭の中にまとまったナナとカナの情報、今までの人生を反芻する。
1000%の情報をえたとはいえ、ほとんどは意味のない情報だ。
例えば二人は祖父であるウォルフ侯爵のことを、一年の99%はうっとうしがっているけど、たまにちょっと感謝をしている――なんていう10代の女の子が親とかに抱くような感情は情報として得られても俺にはほとんど意味はない。
その意味のない情報をより分けて、一つだけ、今回のことでやって良かった、知れて良かったという情報を抜き出した。
「本当に、ヘカテーに感謝しているよ」
「……よほど通常では知り得ない情報だったのですか?」
「うん」
さすがヘカテーだと思った。
今は幼い姿に若返ってはいるが、その正体は三百年間生きた大聖女様。
ここぞという時の洞察力はスゴイものがある。
「たぶんだけど、それが二人の魔力の秘密だと思うんだ」
「私がうかがってもいい事でしょうか?」
「誰にも言わないのならね」
「神の名に誓って」
「うん、ありがとう」
ヘカテーは彼女の中でもっとも重い誓いを立てた。
その言葉を信用して、俺は教えた。
「ナナとカナってね、たぶん――エルフのハーフなんだ」