作品タイトル不明
160.貴族のくせにすごい
「例えばベルムラという植物がある。この植物から取れる実をつかって作る睡眠薬が実に優秀でね」
「す、睡眠薬?」
俺はきょとんとなった。
自分が気を失ったのではないか、と思うくらい、何か聞き逃したかのようにダガー先生がさっきとはまったく違う話をし出していた。
「そう、睡眠薬。ベルムラでつくった睡眠薬が実に入眠に良くてね。君はきっと、入眠なら酒でもいいのではないかと聞きたいのだろう?」
「え? ううん、その、僕まだ子供だから」
「酒精ではいけないのだよ。まったくの論外だ」
ダガー先生は俺の言葉をまるで聞いていない様子だった。
マテオはまだ子供、だから酒の事なんてわからない――という、俺の当たり前の返事をダガー先生はまったく聞いていなくて、持論を展開し続けていた。
「睡眠というのはいくつもの段階があるのだよ。便宜上深い睡眠と浅い睡眠に分けているが、身も心も休まるのはこの深い睡眠の方だよ」
「あ、うん。それはきっとそうだよね」
分からないけどとりあえず相づちを打つことにした。
ダガー先生と初めて会ったときの事を思い出す。
彼女は睡眠について、医者と健康の観点から研究をしているらしくて、この話はたぶん彼女の研究の成果なんだろうと察した。
「たしかに酒精には入眠を促す効果がある、しかし心拍数や体温などを記録して比べてみた結果、酒で眠ったときは浅い睡眠止まりで深い睡眠にはまったく到達しないことが分かったのだよ」
「そうなんだ。結構ぐっすりにみえるんだけど」
「それが勘違いの原因だな。もっと言えば酒を飲めば大なり小なり次の日の体調が悪くなる、それもわかっているのだろう?」
「えっと……そう、かな?」
マテオとしてはとりあえず曖昧に濁したが、村人としての記憶がダガー先生の問いかけに同意していた。
二日酔いはもちろん、二日酔いにならない程度の酒でも次の日はそこそこ体がだるいものだ。
「体調の不良は目覚めた瞬間に始めるものか? 違う! 当然だが眠っている間に徐々に悪くなっていってるものだ」
「……それはそうだね」
「つまり、酒をのんでの睡眠はわざわざ不調にしての睡眠だから、体に悪いことこの上ないのだよ」
「あっ……」
その説明は何となく納得出来た。
いや、今までに考えもしなかったことで、目から鱗が落ちる思いだ。
「それに比べてベルムラの実で作った薬は実に優秀だ。なんといっても睡眠の深さを一切変えない。代わりに全ての段階を均等に伸ばすだけ」
「それって……」
「わかりやすくいえば途中覚醒も二度寝もなく睡眠の時間だけをのばせるということだ」
「それはすばらしいね」
特に二度寝についてはそう思った。
二度寝ってのは一回目覚めてそれでも足りないから次寝てしまうというものだけど、それって結構な確率で変に頭が痛くなることがある。
それがなくて最初から体が必要な分を寝続けることが出来れば最高だなと思った。
しかし――。
「ねえねえダガー先生、そのベルムラの実と今回のことでどんな関係があるの?」
「ベルムラは一年草でね、春先に種をまいて、夏になって実をつけ始めるのだが、上手く育てれば一夏中に毎日でも収穫することが出来る」
「そういうタイプなんだ」
俺はなるほどと思った。
ベルムラという植物自体は知らないけど、そういう育ち方の作物はいくつも知っている。
果樹のほとんどがそういうものだ。
「このベルムラは二段階の助走を必要とする植物だ」
「助走?」
「そう、春から夏への、種から成熟しきるまでの成長という助走。そして、毎晩ごと咲いた花がしぼんで休んで、翌朝また成長が始めるまでの助走」
「なるほど」
「一回限りで収穫しきってしまう、そうだな、葉物とかでは大した恩恵はないが、助走をつけて連続して収穫が出来る植物だと助走をいちいち繰り返さなくていいから収穫量がどう軽くみつもっても二倍以上になる」
「そっか……なるほど……」
ダガー先生のいう事に納得した。
村人としての記憶がある分、その話はすんなりと納得出来た。
「で、実際はどうなのだ?」
「え?」
「本当に昼夜とわず生育ができる様にしたのか? 君が」
「えっと……それはどうだろう。そもそも昼夜問わずなのかもまだわかってないんだ」
俺はそうこたえるしかなかった。
もし本当だったら原因がエクリプスだろう、という推測はつけられているのだが、当のエクリプスもよく分かってないみたいだ。
今の所、状況的にそうかもしれない、としかいえない。
――が。
「どうした、私の顔をじっと見て」
「ダガー先生と出会ったときの事を思い出してたんだ」
「私との?」
「うん! ダガー先生みたいに、僕も実験してはっきりさせようかなって」
「それはいい心構えだ。貴族の子供のくせにすごい子だ」
俺は微苦笑した。
貴族のくせに、というのをどういう返事すれば一番いいのかすぐに判断はつかなかった。
「ならば早速やろう、私に手伝える事はないか?」
「大丈夫。先生の意見はすごく参考になると思うから、実験を一緒に見ててくれる?」
「いいだろう」
ダガー先生は前向きに俺の提案に乗ってきた。
やってきた時の剣幕と違って、「貴族なのにすごい」という感じで、前向きに俺の提案に乗ってきた。