作品タイトル不明
149.変わらぬ溺愛
あくる日の昼下がり、部屋の中で、ノワールの給仕でアフターヌーンティーの時間をすごした。
相変わらず仕事っぷりは完璧なノワール。
ここ最近、ノワールについての情報が断片的に増えてきた。
それでどうするのかを考えていた。
なんというか、今のノワールは喉に引っかかった魚の骨みたいなものだ。
最初は命を狙われた。
今も命は狙われているけど、寿命まで待つといわれた。
仕事っぷりは完璧だが、命を狙われている以上、「寿命まで待つ」というのを鵜呑みにするのもなんだか違うと思う。
とは言え、今が「安定」しているのは間違いない。
完全に脅威を取り除くというのは勝負にでるという事でもある。
今の状況で、手にしている情報で勝負に出ていいのかが分からない。
それを考えていた。
まだちょっと、いや大分足りないだろうなと思った。
情報の量もそうだし、質もそうだ。
どっちかが多めにあればいいだけど、今の所どっちも足りない。
勝負にでるのはまだまだ早い――。
「マテオ!」
「わっ!」
目の前にいきなりオノドリムが現われて、のけぞるほどびっくりした。
俺はそこまで集中していない。
集中しすぎるとノワールに「何かを考えている」事を気づかれると思ったから、ぼんやりと考えている程度に留めておいた。
だから部屋のなかの様子は完全に目に入っていたが、それでもオノドリムはいきなり現われた。
「び、びっくりした。どうしたのオノドリム」
「勉強してきたの! それを早くマテオに教えてあげたくて!」
「勉強? オノドリムが?」
「うん! あのね、タカーチの事を知ってる?」
「タカーチ?」
俺は首をかしげた。
初めて聞く言葉で、知識の中にはない。
「公爵領内にある鉱山の名前でございます」
そんな俺の心境を読み取ったのか、ずっと黙々と執事の本分を守っていたノワールが口を開いた。
「鉱山?」
「はい、30年前に鉱脈が枯渇し、今ではまわりの街ごと放棄された鉱山の名前です」
「そうなんだ」
なるほどと思った。
鉱山が掘り尽くされて、それでまわりの街ごと廃れるのは知識として知っている。
そして30年前に放棄された鉱山なら、俺の知識にはないのも納得した。
「ありがとうノワール」
「恐縮です」
「そのタカーチ鉱山がどうしたの?」
「あのね、あそこにはまだあるんだよ、鉱石」
「まだある? どういう事なの?」
「この前、あたしがマテオのお願いをきいて、すっごいふっかいところから石をとってきたじゃん?」
「うん、ナイフのためのヤツだね」
「そそ。あたしって、土地の中のどこに何があるのか分かるのね。なんでも」
オノドリムはさらっと「なんでも」といった。
大地の精霊で、地中の「全て」を把握しているらしい。
それはものすごい事で、彼女がさらっと言ってのける事も含めてものすごい事だ。
「でね、勉強したの。人間がいらなくなった鉱山のこと。そしたらタカーチって所のちょっと下に、人間でも掘れるくらいの所にまだ大量にあるってわかったの」
「そうなの?」
「あそこ断層になっててね。ない所を人間が頑張って掘ってたみたいだけど、次のまとまった鉱脈のほとんど手前までいってたんだ」
「えっと……つまり……」
俺は頭の中でオノドリムの情報をまとめた。
「昔、もうちょっと掘ってればそのまま鉱山が使えてたってこと?」
「うん! もう9割5分くらい掘り進めてた」
「本当にもうちょっとだった!」
思わず声をあげて突っ込んだ。
「もったいなかったね」
「それは致し方のないことかと」
横からノワールがまた行ってきた。
「どういう事なのノワール?」
「人間は希望もなしに継続する事は極めて困難です。今、ご主人様はオノドリム様の情報で『もう少し』だとしりましたが、それが分からない当時の人間は無限につづく、先の見えない苦行だと感じたことかと」
「あー……」
成るほど、と思った。
現実って、必ずしもゴールがあるとは限らないもんな。
オノドリムがそう言うからにはゴールは絶対にある、しかも近いってわかるけど、そうじゃなければたしかに絶望だ。
99%までいって手前でやめてしまった、なんて事もないわけじゃない。
「ありがとう、オノドリム。その話をおじい様に伝えるよ。きっと喜ぶと思う」
「えー、マテオが使うんじゃないの?」
「これは領地経営の話だからね、おじい様の方が――」
「わしの事を呼んだかの」
「わわっ!」
真横から爺さんが現われた。
オノドリムの時に負けず劣らずびっくりして、のけぞった。
「お、おじい様!? どうしたここに?」
「それよりもマテオ、わしになんかようかの?」
「え、あ、うん。あのね、オノドリムがすごい事を教えてくれたんだ」
「ほう?」
爺さんはオノドリムをみた。
オノドリムは一度俺に視線を向けてきたから、頷いてやった。
そうしてから、オノドリムは爺さんにもさっきの話をした。
タカーチ鉱山のすぐ下に、もうちょっとだけ掘れば鉱脈があるって事を。
それを大地の精霊の名において存在を確約する――という事を爺さんにはなした。
「なんと……まさかあそこにそんな……」
「マテオにあげるつもりだったけど、マテオがおじいちゃんに話してって言うから」
「なんと! さすがマテオ。適材適所ということでわしを使うという事じゃな」
「おじい様! おじい様を使うなんていい方おかしいよ。僕はおじい様の孫なんだからね」
「わっはっは、そうかそうか、それはすまんかった。しかし――精霊よ、その鉱脈はどれほどあるのじゃ?」
「それまでに掘った分のざっくり二倍はあるよ」
「なんと!!」
爺さんはカッと目を見開いた。
「そんなにすごいの?」
「すごいなんてもんじゃないぞマテオ。それだけの埋蔵量があれば……帝国内でも随一の鉱山となる」
「ええ!?」
「ねっ! おじいちゃんが手掛けるのはもうしょうがないけど、せめて名前変えてよ。あたしはマテオに教えたんだから、それ、マテオの名前にしてよ」
「うむ、それが一番じゃ。マテオが鉱山の再開発のキーマンじゃからのう」
「ええっ!?」
俺はびっくりした。
なんだからものすごい話になった。
オノドリムの情報に爺さんの知識、二つが合わさって、帝国最大級の鉱山になるのはほぼほぼ間違いなしだった。
それなのに俺の名前をつけるって。
ちょっと驚いて、まわりを見回した。
オノドリムと爺さんはノリノリだし、ノワールはいつもの慇懃な表情のままニコニコしているだけ。
もう、そういう話で進められるんだな……と、俺は止められる人間がこの場にいないことを覚悟した。
「そういうことなら、わしはそれを進めるために――おっと、その前にじゃ」
爺さんは鉱山再開発のために部屋から立ち去ろうとしたが、何かを思い出して立ち止まった。
そして再び、俺を真っ正面から見つめた。
「マテオや、また、新しい本を集めてきたぞい」
「本当?」
「うむ、二十冊ほどじゃ。ちょいと重かったもんだから、後でメイドに持ってこさせるのじゃ。今日はそのためにきたのじゃ」
「ありがとうおじい様。すごく嬉しいよ」
俺は普通に嬉しいと思った。
めちゃくちゃすごい大地の精霊がめちゃくちゃすごい鉱山の情報を持ってくるよりも、身近なじいさんが何冊か本を持ってきてくれたことのほうが現実味というか、そういう感じで嬉しかった。
大人になっても、久しぶりに帰った実家で両親にアレ食ったかこれ食ったか、とか。そういうのを言われる時の嬉しさに似てる。
「本当にありがとう」
「うんうん、またいろんなご本をもってくるからのう」
「うん!」
爺さんはいつものデレデレした笑顔で俺の頭を撫でて、俺もいつものように笑顔で頷ききかえした。
いつもの光景。
皇帝をはじめ、大地の精霊や大聖女や夜の太陽とか、めちゃくちゃすごい面々がまわりに集まってきても、変わらない形で俺を溺愛する爺さんにほっこりした。
その、真横で。
ノワールの表情が笑顔のままだったが、普段よりもちょっと硬かったのだった。