軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

138.生き生きする時間

いつもと違って不機嫌なイシュタル、いつもと同じ慇懃なままのノワール。

そんな二人が――というかほぼイシュタルが一方的に作り出す険悪な空気に俺は戸惑った。

少しの間迷ったが、勇気を出して話を変えてみた。

「ねえ、その水? はなに?」

イシュタルの不機嫌の発端(?)になった、床に置かれてるたらいと虹色の水を差して、ノワールに聞いてみた。

「こちら燃える水と呼ばれているものでございます」

「燃える水? エーテルのこと?」

「さすがの博識っぷり、さすがご主人様でございます」

そういい、いつも通り慇懃に腰を折って一礼するノワール。

どうやらあたりだったらしい。

ノワールが教えてくれた「燃える水」という名前、そして俺がたくさんの本を読んだ頭の引き出しから引っ張り出した「エーテル」という名前。

名前はわかったけど、なんでこれが? っていう疑問は解けずにいた。

「これをどうするの?」

「こちらにイシュタル様の毛髪を投入していただければ」

「いれちゃうの?」

「はい?」

「そうなんだ。えっと……いいかな」

「そのために切ったのだ」

問題ないとばかりに、イシュタルははっきりと頷いた。

ノワールの振る舞いの何かに腹を立てたそれとこれは別、という態度だ。

「じゃあ、やるね」

最後にもう一度断って、イシュタルの頷きという答えをもらった。

そうしてから彼女の髪をたらいの中にいれた。

大量の毛髪ということもあって、それはまるでシーツだか布団だかを洗うため川に一度投入した時と同じような感じになった。

パサリとたらいの中にいれた瞬間、はっきりとした変化が起きた。

なんと、虹色の水の虹色の部分が、みるみるうちに髪の毛に吸い込まれていったのだ。

吸い込まれたのは虹色の部分「だけ」。

髪の毛をいれて、わずかに残った水面からは綺麗な水がみえる。

虹色の水もそれはそれで「綺麗」だったが、吸われた後に残ったのは本来の意味の綺麗な水、透き通った水だった。

「これはどういうことだ?」

俺は驚いたが、それはイシュタルも同じようだった。

さっきまでの不機嫌さはどこへやら――という感じで、彼女はノワールに疑問をぶつけた。

「人間の毛髪にはいくつも特性がありますが、その中の一つに油脂を強力に吸収するというものがございます」

「ふむ?」

「しってる、だから髪がベトベトになるんだよね」

イシュタルは不思議そうに首をかしげたが、俺はすぐにピンときた。

しかし俺が言った後もイシュタルはやっぱりピンとこないままのようだ。

「おっしゃる通りでございます」

「ほう……。さすがマテオだな、それも本で覚えた知識だな?」

「あはは」

俺は曖昧に笑って、ごまかした。

いつもはそうだが、これは本から学んだ知識ではない。

俺は前世がただの村人だった、だから毎日髪を洗う習慣なんてなくて、髪が油ぎっていた。

ちなみに前世はそんな事不思議にも思わなかった。

それが転生して、マテオとして貴族の家に拾われて、毎日髪を洗われるようになって、初めて「髪って洗えば油っぽくなくなるんだ」ってわかった。

だから、イシュタルがピンと来ない理由もすぐに分かった。

前世の記憶がある俺とはちがって、俺以上にまわりに身支度を任せっぱなしの皇帝じゃ、髪が脂ぎってしまう状態になんてなりようがない。

だからまったく知らないんだろうなとすぐに分かって納得もした。

「毛髪は油脂を強力に吸い取ってくれるため、貴人の屋敷にはいざの時のために使える、毛髪を編んでつくった布を用意している所もございます」

「うん、今のみて何となく分かるよ。水をのこして油だけをこんなに綺麗に吸ってくれるんなら色々使い道あるよね」

「おっしゃる通りでございます」

「動物の毛ってすごいね。歯ブラシも豚の毛で作られてるし」

俺は純粋に感心した。

貴族になって使うようになった歯ブラシだが、それが豚の毛で作られているって聞かされたときは本当に驚いた。

たぶんしらないだけど、他にも色々毛をつかった何かがあるんだろうなと推測できた。

「ねえ、これをどうするの? どっちをつかうの?」

「エーテルの油脂分を吸った毛髪を使用いたします」

「これをどうするの?」

「一度凍らせたあと、時間をかけて解凍します。そうすることで油脂分の中の不純物がとけ出されます」

「お茶と同じだね」

「そうなのかマテオ?」

「うん。前にお茶を凍らせた事があったんだ。凍ったお茶はお茶の部分が先に溶けて、すっごく濃くなるんだ」

「そうなのか。さすがマテオ、博識――いや、それを連想するのは賢いな」

イシュタルは感心して、更に褒めてきた。

「あれ? でもノワール、それ不純物……っていういい方をしなかった?」

「さすがご主人様」

ノワールはイシュタルに勝るとも劣らない位の勢いで俺を褒めた。

「ご主人様が連想した現象でいえば、溶け出した部分はエーテルのもっとも濃い部分。実際、燃焼に用いるのならそれがもっとも効果的です」

「……でも、今回に使う物じゃない」

「おっしゃる通りでございます。今回に必要なのは毛髪に残った、深く結びついている物質。したがって先に溶け出した部分を不純物とさせていただきました」

「そうなんだね」

「立場を変えれば評価も変わる。何気ない一言から察するとは、さすがだマテオ」

なんかここぞとばかりに、イシュタルは俺を褒め続けてきた。

ここ最近なりをひそめていた「マテオ溺愛」モードにはいった。

「使徒イシュタル」もいいけど、こっちの方が生き生きしているように見えていいかもしれないと思った。