軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

134.皮の話

エクリプスにじゃれつかれたまま、俺は考えた。

自分の抜け殻、自分が脱皮すること。

それをエクリプスから授かった力で操作する。

脱皮した皮を操作できるのはエクリプス本人がなんの疑いもなく普通に出来ていたから、俺がやってもいけるだろうと思った。

それとは別に、俺が自力で判明した「親がいない」という条件は、このマテオボディなら――どうだろうとちょっとおもった。

あの時の記憶は今でも昨日のことのように覚えている。

気がついたら橋の下で赤ん坊になっていて、それを爺さんに拾われた。

だから「マテオ」は親がどこにいるのか分からない。

生きているのか死んでいるのかも分からない。

だから脱皮出来たところで、エクリプスの力で操作できるかは分からない。

「――あっ」

俺ははっとした。

考え方が逆だと思った。

マテオの親が生きているか死んでいるか分からない、だからエクリプスの力で操作できるか分からない。

それはその通りだ、間違いではない。

しかし、逆に考えれば。

操作できるかどうかで、マテオの親が生きているかどうかが分かる、という事でもある。

「……やらなくちゃ、だ」

一瞬にして、意識が変わったのが自分でも分かった。

今まではどこか他人ごとだった。あるいは遊び気分なところがあった。

エクリプスから授かった、ちょっと気乗りしない力だから適当に「流して」という感じでその力と向き合っていたのだが、こうしてマテオの産みの親の事を判別出来るとなれば話は別だ。

今更だけど、マテオの産みの親がどうなのか、というのは実際どうなっているのか知りたいと思う。

もちろん、海神ボディからマテオボディを操作する事は出来た。

だけど、それはある意味イレギュラーだ。

少なくともその形は今のところ俺だけしかできない。魂を移してどうこう――というのは他のにんげんには出来ない事。

そういうイレギュラーな形じゃなくて、力本来の持ち主であるエクリプスがやってるのと同じ形でやれば「確定」できる。

ならば、脱皮する方法を見つけなきゃだが……。

「あるのかな、そんなものが」

「ございますよ」

俺のためらいに反して、なんとなく話を振ったノワールが事もなさげに、という感じで言い放った。

相変わらず俺にじゃれついてくるエクリプスの横で、確執とかそういった物がまるでなかったかのように、慇懃な態度のまま振る舞うノワール。

それはそれでどうかと思ったが、今は脱皮の話の方が優先だとおもった。

「本当にあるの?」

「はい。ご主人様が望まれているのはご自身の皮、という事でよろしかったでしょうか」

「うん」

「でしたら、ございます。ただ」

「ただ?」

「私がしっているその皮には特殊な効果がございますので、果たしてエクリプス様の力が及ぶかは保証いたしかねます」

「特殊な効果があるんだ……それって、どういうもの?」

ノワールがいう特殊な効果というのもきになった。

エクリプスの力が有効なのか、それの判断をするためにもと聞き返してみた。

ノワールはやはり平然としたまま答える。

「それを発明したものは『着れる皮』と表現していました」

「 き(、) れる……皮? どういうこと?」

「着用出来る、という意味でございます」

「あっ、着れる、なんだ」

「はい」

ノワールははっきりと頷いた。

「最初期ははナイフのような道具を用いて、対象から動物の毛皮を はずす(、、、) といった形で皮を作成していました。その特殊なナイフではずした皮は他人が着ぐるみのように着ることができ、その際見た目がまったくの同一人物となります」

「ええ!? 同じ人になるって事?」

「はい、そう見えるようになります」

「それって……かなりすごい事だよね」

「おっしゃる通りでございます。これは一時期、娼館などで大流行しておりました」

「娼館……どうして?」

「美女の皮は量産することができ、誰でも着れて見た目だけは変える事ができる、という理由で娼館の用途と合致していました」

「あー……」

なるほど、と俺はものすごく納得した。

「でも、今はそういうの使っているって聞いたことがないよ?」

前世の記憶でもそういうのはない。

本当にまったく聞いたことがなかった。

ノワールのいう事が本当なら、俺も知識として知ってるはずだ。

なのに知らないのはなんでだろうか? と不思議がった。

「需要がなくなり、その間に技術そのものがきえました」

「需要がなくなったの?」

「はい。経済と文化が全盛になった時代では娼婦には見た目だけではない、付加価値を求めるようになりました。見た目が麗しいだけでは需要がなくなったため、次第につかわれなくなりました。技術そのものが特殊でしたので、使われなくなってあっという間にうしなわれました」

「そうなんだ……にしても、詳しいね、ノワール」

俺は感心しつつ、それをきいた。

聞かれたノワールはにこりと、とてもいい笑顔で答える。

「人間の欲望を満たすためにあれこれしていましたら、自然と性についてくわしくなりました」

「あー……」

これまた納得だった。

ノワールは、悪魔は人間の欲望を満たして、それで魂を奪うということをやっている。

人間の欲望――特に男の欲望は性とは切っても切り離せない、ほとんどセットのようなものだ。

そう考えればノワールが性とかに詳しいのは当たり前過ぎる事だと納得した。

それを納得する一方で、俺は困った。

こまった、が。

「技術は失われたんだよね」

「はい」

「でも、ノワールは覚えている……よね」

「さすがでございます」

ノワールはにこりとわらった。

「お察しの通り、『昔取った杵柄』でまだ覚えています」

「……うん」

そうだろうな、と思った。

社会単位で何かが失われても、長命の存在がそれを覚えているものだ。

最近では禁呪を使おうとしたヘカテーがまさにそういうことだ。

だからノワールは覚えている、やり方をまだ知っているとおもった。

そう思った――が。

その一方で、ノワールに頼んでもいいのかと、俺は迷ってしまうのだった。