作品タイトル不明
125.ゴブリンの離乳食
岩のような卵がパカッと割れた後に出てきたのは、青い肌の子供だった。
見た目は人間の子供っぽくて、目鼻立ちはぬいぐるみとかそういう感じで愛くるしい。
その一方で、人間の子供に比べて手が二倍ほど長く、直立状態でも手が地面につくくらいに長かった。
それでいて第一印象でパッと目に入ってきたように、肌が空のように青かったので。
「ブルー、ゴブリン」
爺さんから聞いたその名称が思わず口をついて出た。
「そうじゃ――おっと」
「なんだロックウェル卿、ソファーの影に隠れたりなどと」
「小童もさっさと隠れるのじゃ。あれはレッドドラゴンと同じ、たまごから孵った直後に初めてみた者を親だと思うじゃ」
「むっ! そうか!」
イシュタルははっとして、さっきまで意地を張り合っていた爺さんと仲良くソファーの後ろに隠れた。
そうやって、ブルーゴブリンが俺しか見えないという状況をつくった。
ブルーゴブリンはちょっともたもたして、それからすっくと立ち上がった。
生まれた直後に立ち上がる事ができるのは人間ではないと改めておもった。
「あー、うー」
ブルーゴブリンはエヴァの時と同じで、卵から出てきた瞬間に見えた俺に視線をガッチリ固定した。
そして長い両手を俺の方に伸ばしてくる。
それが何かを求めるという仕草だったから、俺は近づき、ゆっくりと抱き上げた。
俺の腕の中に収まったブルーゴブリンは嬉しそうにきゃっきゃと笑った。
「勝ったのじゃ!」
「負けたッッ」
ソファーの後ろで、顔だけ出して俺とブルーゴブリンの様子をうかがっていた二人。
爺さんはガッツポーズして、イシュタルはがっくりと両手両膝を床につけてうなだれた。
勝った方の爺さんはともかく、イシュタルも言うほど「負けた」訳じゃないし、慰めようと思って声をかけようとしたが。
「――だがっ!」
イシュタルはなんともせわしない感じで、独りでに立ち直って、何か決意した様子で部屋から飛び出した。
どういう事だ? と思っている今度は。
「むっ、やらせんのじゃ!」
爺さんはなにか気づいたかのように、イシュタルを追いかけて同じように部屋から飛び出していった。
「なんだなんだ?」という気持ちと、「仲良しだなあ」という二つの気持ちを同時にもった。
そんなこんなしているうちに、腕の中に抱いているブルーゴブリンが泣き出した。
その泣き声は人間の赤ん坊とすごくよく似ている。
だから俺も赤ん坊をあやそうとしてみたが、一向に泣き止まず。
それでどうしたもんかと困り果てていると。
ぎゅるるるる――と、腹の虫らしき音が盛大になった。
最初は自分のものだとも思ったが、意識を腹に向けてみるが腹が減ったという感覚はまったくない、ということは――。
「腹をすかしてるのか?」
言葉にしてつぶやくと、また腹の虫がなった。
今度は意識を向けている事もあって、それがブルーゴブリンの腹からなったのがはっきりと分かった。
「ローラさん、いる?」
手が離せないから、大声を呼びかけた。すぐにドアが開いて、メイドのローラがはいってきた。
「お呼びでしょうか、お坊――」
部屋に入ってきたローラは目の前の光景に驚き、うごきがとまった。
そりゃあ……巨大な卵のかけらと青い肌の赤ん坊みたいなのがいればびっくりしてこうもなる。
「えっとね、赤ちゃん? が、たぶんお腹すかしてるみたい……だから。なんか食べられそうな物を作ってくれる?」
「か、かしこまりました。少々お待ちを」
驚きはしたが、俺に頼まれて我に返ったローラは、命令を受け取って部屋から出て行った。
俺はしばらくそのまま、ブルーゴブリンの子供をあやした。
マテオに転生する前の人生では子供をあやした経験もそこそこあったから、その時の経験から色々とやってみたが、ブルーゴブリンの子供は一向に泣き止まなかった。
その間ももう一度腹を鳴らされたので、完全にお腹をすかしてて、何かを食べさせないと泣き止まないだろうなと確信した。
しばらくして、ローラがワゴンを押して部屋に戻ってきた。
「お待たせ致しました」
「ありがとう。どんなものを作ってくれたの?」
「ミルクと、簡単な離乳食がわりになるものです。その……人間ではないようでしたので、小さく切り分けた野菜に肉も念の為にごよういしました」
「ありがとう。さすがローラさん気が利くね」
「恐れ入ります」
ローラにお礼をいいつつ、ワゴンに近づいていく。
ワゴンの上にはローラが言ったような食べ物が何種類もあった。
その中で、ミルクが深い皿と茶碗の間みたいな容器に入ってて、スプーンが添えられているのがちょっときになった。
そんな、俺の視線に気づいたのか。
「申し訳ございませんお坊ちゃま、当面は必要になることはないと、哺乳瓶の用意はありませんでした」
「あはは、そりゃそうだよね」
俺は笑った。言われてみれば確かにそうだ。
ミルクがなんで哺乳瓶にはいっていないんだろうとおもったんだけど、この屋敷の主人はまだ子供の俺だし、他にローラの言うように必要になるような何かもない。
哺乳瓶は必要になるタイミングとそうじゃないタイミングがはっきりと予想つきやすいものだから、なくて当たり前だ。
俺は笑顔のまま、まずはミルクをスプーンで掬って、ブルーゴブリンの口元に近づけた。
ブルーゴブリンはまったく見向きもせずに拒絶した。
ミルクがだめなら離乳食を、その次は肉を、そして野菜を。
ローラが用意してくれたものを順に、ブルーゴブリンの子供の口元に運んでやったが、全て拒絶されて、食べようとするそぶりはまったくない。
その一方で、腹が更に鳴いて更に大泣きした。
「ど、どうしましょう」
状況が見ていたローラにも伝わって、彼女はオロオロしだした。
「困ったね……ブルーゴブリンって何を食べるんだろう」
「僭越ですが」
「うわっ!」
「きゃっ」
俺はのけぞるほどびっくりした、ローラも小さな悲鳴を上げた。
少し離れた所で、部屋の中にいつからいたのか、という感じでノワールの姿が見えた。
ノワールは申し訳ないとも思ってなさそうな顔で小さく頭を下げた。
「失礼致しました。ご主人様がお困りのようでしたので」
「あ、うん。えっと……それはいいけど、もしかして分かるの? 何をたべさせればいいのか?」
「はい」
「本当に? 何を食べるの?」
「あれでございます」
ノワールが指さした先にあったのは――。
「たまご?」
ブルーゴブリンが出てきた、岩のようなたまごのかけらだった。
「はい」
「たまごの殻をたべるの?」
「動物にはさほど珍しい話ではありません。動物――特に草食動物でも胎盤を食しますし、魚などは孵った直後の稚魚が孵っていない卵を食べる事もよくあります」
「そうなんだ」
俺はちょっと驚いた。
「神というのは上手くその辺をつくったようです。生まれた直後に必ずあるもの、卵生ならばそれは卵です。そのためたまごを最初の食事にする様に生き物を作ったのでしょう」
「あー……なるほどね」
俺は頷き、納得した。
生まれた直後に必ずあるもの、というくくり方だと確かにたまごから生まれる生き物にとってはたまごがそうなるのは。
親がいなくても卵はかならずある、たまごに栄養があればそれは最初の食事になり得る。
なるほどなあ……と妙に感心した。
そしてたまごに近づいた。
コンコン、と中指の第二関節でノックするようにたたいた。
岩のようなたまごの殻は、ブルーゴブリンがそれをやぶいて出てきてもやっぱり岩のようなままだった。
「本当にこれを食べるのかな」
「そのようにきいています」
俺は「うん」と頷き、ちょっと力をいれてたまごのかけらを一欠片へし折るようにてにとった。
それをブルーゴブリンの口元に近づけてみると――。
「食べた! ……食べれないの?」
これまでと違って、ブルーゴブリンの子供は拒絶せずに、たまごのかけらをたべようとした。
しかしやはりかけらが堅すぎて、口に入れてみたが、今度は食べられずに、と。
さっきまでとは違う意味で泣き出してしまった。
「えっと……これを離乳食みたいにすればいいのかな」
そう言いながら、ブルーゴブリンの子供からかけらを取り上げて、手でその感触を確かめてみる。
やはり岩だ、って感じた。
これを調理するのは難しそう――いやそもそも出来なさそうだと思った。
「どうしようかな」
そう、思った次の瞬間だった。
何となくかけらをもつ手に力が入った。
乾燥して固まった土の塊を握りつぶすような、そんな感じで力を入れてみた。
それは腕力だけじゃなくて、何の気なしに魔力も込めてしまった。
すると――卵のかけらが溶けてしまった。
「あっ……しまった、オーバードライブしちゃ……った……?」
言葉が途中で止まる。
俺ははっとする。
もうひとつかけらをとってみる、そして同じように力を入れる。
今度は弱めに……弱めに魔力をそそいで、オーバードライブの「度合い」を調整した。
「さすがでございます」
「お坊ちゃますごい!」
感嘆するノワールとローラにみまもられるなか、魔力を帯びた岩のようなからが半ば溶け落ちて。
手の中で、まるで水飴のようにぐにぐに出来るようになったのだった。