作品タイトル不明
123.ヤバイヤツとそれだけのヤツ
夜、屋敷の玄関で。
俺はレイフを見送っていた。
レイフはあれこれ俺と一緒に実験をして、一通り「持ってきた死体」の確認が終わると帰ると言いだしたのだ。
それで今、玄関まで来て見送っている――が。
「レイフさん、やっぱりもう遅いし、とまっていかないですか?」
「それはただの時間の無駄遣いだよ。新しくやりたい事が山ほど出来たんだ、泊まってる暇なんてないよ」
「やりたい事?」
「そうだ。近いうちにまた何種類か『作って』持ってくるよ」
「……レイフさん、すっかりやる気なんだね」
俺はちょっと迷ったが、ストレートに疑問をぶつけることにした。
レイフが俺の能力検証に来てくれたのは今までのと同じで、権力者に依頼されたからだ。
つまりいやいややっているはずだったのだが、今のやり取りではレイフがノリノリで、前のめりでやっているようにしか聞こえない。
そうなるにいたった心境とか理由とかが知りたくなった。
「君はすごい能力を授かっただけの凡人だね」
「へ?」
いきなり何を言い出すんだ、とびっくりする俺。
確かに凡人かっていわれればその通りだとしか返しようがないけど……なんで?
「わからないのかい? わかってないのだろうね。いいかい、君のその能力で今日いろいろとテストをした」
「うん」
「動かせなかった物は全てわすれていい。動かせたものの記憶だけを思い出してごらん。その動いている時の記憶だ」
「えっと……うん。どれを?」
「全部だ。ほわっとした想像で結構」
「……うん」
「生物基準で『ケガ』をさせても、動きに変化はなかっただろ」
「なかったね」
俺は頷き、即答した。
それはレイフと実験をする前に、既になんとなく分かっていた事だ。
エクリプスの力で動かせる死体はほとんど生前の身体能力そのままを維持出来ている。
レイフがいう「生物基準でケガ」というのも、人間の遺体で、白骨化した物でもほとんど身体能力を維持出来てたのをみてたから、そういうものだと最初から思っていた。
「それがなに?」
聞き返すと、レイフははあと深いため息をついた。
「君がこの唯一の能力の持ち主でなかったら、こんな時間の無駄遣いをしてなかったよ」
「えっと、うん」
「いいかい、端的に表現してあげるよ。君の能力のずば抜けてすごい所は、『損傷による性能低下がほとんど認められない』というところだ」
「損傷……性能低下……あ」
言葉を反芻するようにつぶやいてようやく、レイフが言いたいことが理解できた。
「でもそれは死体だからなんじゃないんですか? 生き物じゃないですし」
「もうひとつ端的に見せてあげるよ」
レイフはそう言い、懐から紙を取り出した。
何かが書かれた紙だ。
レイフはそれをさっさっと折って、紙飛行機にした。
それを俺に突き出してきた。
「いいかい? これは紙飛行機、投げれば飛ぶ」
「うん」
「生き物じゃない」
「そうだね」
レイフはいきなり、紙飛行機の片方をちぎり取った。
「生き物じゃないけど、損傷が生じた」
そう言って、紙飛行機を飛ばした。
片方の翼を失った紙飛行機は変な軌道を描いて、飛ばした直後に真下を向いて一直線に墜落した。
「性能がはっきりと落ちた」
「あぁ……」
「これで分かったね」
「う、うん。すごくよく分かった」
レイフの説明はすごくわかりやすかった。
それを見せられると「確かに」、って思ってしまう。
例え生き物じゃなくても、損傷があれば確かに性能が低下する。
例えばちょっと金持ちの村にあるような水車とかでも、羽が一つでも壊れると途端にダメになってしまう。
なるほどな、と俺はめちゃくちゃ納得した。
「理解できて何より。じゃあ僕はこれで」
レイフはそう言って立ち去った。
玄関を出て、既に準備が調っていた馬車に乗り込んだ。
それを見送ったあと、俺は身を翻して、寝室にでも戻ろうかと思った――。
「パパ!」
「うわっ!」
幼い声とともに、何者かが飛びついてきた。
後ろ向きに尻餅をつきそうになったのを、どうにかして踏ん張ってこらえた。
そして確認する。
飛びつき・抱きついてきたのは少女の姿のエヴァだった。
エヴァは俺に抱きつき、上目遣いで見つめてくる。
「あいつ、もう帰った?」
「レイフさんの事? うん、帰ったよ」
「よかった……今日泊まっていったらどうしようかって思ってたもん」
「レイフさんの事? 嫌いなの?」
「あいつ――怖い……」
エヴァの言葉はめちゃくちゃ尻すぼみで、消え入りそうな声だった。
そのトーンも相まって本当に怖がっているのは分かるけど。
「なんで?」
と思わず聞き返した。
「もう! パパってば! あいつと初めてあった時に言われたこと忘れたの?」
「初めて・・」
「解剖するっていったんだよ。目の前の相手を解剖するような人間だよ」
「ああ……そんな事もいってたっけ」
「あれ……本気の目だよ……」
エヴァは俺の胸板のあたりに顔を押しつけ、強くしがみついてきた。
よほど怖いんだな、と改めて思った。
ちょっと撫でて、落ち着かせてやろうか――と思ったそのときだった。
「ご主人様」
今度はノワールが現われた。
夜になって、薄暗くなった廊下の向こうから、闇から溶け出すかのような感じで現われた。
エヴァといいノワールといい、もっと普通に現われてくれると助かるんだけど。
「どうしたのノワール」
「お客さまがお帰りになられましたが、ご主人様のご食事は如何なさいますか?」
「あっ、レイフさんに付き合ってたべそこねちゃったもんね。準備できる?」
「かしこまりました、直ちに用意します」
ノワールはそう言い、腰を折って頭を深々と下げながら、また廊下の向こうに消えていくようにこの場から立ち去った。
それを見送ったあと、エヴァが俺にしがみついたままな事にきづいた。
「ねえ、エヴァ?」
「なあに、パパ」
「ノワールの事は怖くないの?」
「あいつ?」
「うん」
俺ははっきりと頷いた。
いやはての悪魔ノワール。
危険度で言えばレイフよりも上だと俺はおもっているのだが、エヴァはノワールが現れてから立ち去るまで、反応になにも変化はなかった。
レイフの恐怖から未だに立ち直っていない、ノワールなんて何も気にしてない、という感じの反応だ。
それが不思議で、聞いてみた。
「うん、別に怖くないよ、あんなの」
「そうなの?」
「あれって、ただ強くて意地悪くて陰険なだけだから」
「えっと……『だけ』って言い切るには危ない形容詞がならんでるけど」
「でもそれだけ。いざとなったら全力で戦えるし。負ける つもりない(、、、、、) し」
「そうなんだ」
「でもレイフはやばい」
「うん」
「レイフはやばい」
エヴァは同じ言葉を二度繰り返した。
レイフはヤバイ、と、ものすごく重いトーンで繰り返した。
そんなに怖いのか……と、未だに俺にしがみついてくるエヴァの後ろ頭をポンポンと撫でてやった。
「今日は一緒に寝る?」
「うん! パパと一緒!」
エヴァは顔を上げて、無邪気な笑顔で「わーい」といった。
その直後にポン、と音をたてて、少女の姿から幼いドラゴンの姿になった。
まるで子犬のような幼いドラゴンの姿、自由自在に変化できるのはしっているけど、この姿は久しぶりだなとおもった。
「みゅー」
可愛らしく鳴いて、俺にしがみつく。
それがめちゃくちゃ可愛くて、俺は優しく撫でながら、エヴァを抱っこしたまま歩き出した。
「……エヴァに、弟か妹作ってあげたいね」
「みゅ?」
腕の中はきょとんと首をかしげた。
俺は歩きながら、頭のなかで大型犬と小型犬の両方がいるようなご家庭の光景を想像した。
そういう感じで、エヴァにもうひとつ兄弟姉妹みたいなのを――って思った。
なぜそう思ったのか――は、自分でもちょっと不思議に思ったけどすぐに分かった。
ここしばらく、エクリプスの力で「死体」の話をしすぎて。
ちゃんと生きてる命がちょっと恋しくなったんだと、俺はおもったのだった。