作品タイトル不明
121.最後の悪魔
少し考えたが、率直に聞くことにした。
「レイフさんからなんでも作れるって返事はもう聞いてるんだよね」
「うん」
「だったらどうして、僕に死刑囚の話を持ってきたの?」
「……はあ」
イシュタルは深い深いため息をついた。
なんでそこまで……と、ちょっとびっくりするくらいの深さだった。
「あれは能力のある男だ。天才というのも間違いない」
「うん」
「あれに人並みの良識が――いや、人並みの十分の一でもいいから良識さえあればとおもったよ、以前に話を聞いたときにな」
「えっと……なる、ほど」
俺は苦笑いした。
イシュタルがいいたいことは何となくわかった。
俺もレイフとちょっとしか関わったことはないが、有能だけど良識に欠けた男だというのは短いやり取りだけでなんとなく分かった。
「あれに頼るくらいなら、死刑囚から調達した方がましに思えてな」
イシュタルの言葉を聞いて、俺はますます苦笑いをするしかなかった。
俺は「何となく分かった」レベルだが、イシュタルの口ぶりを聞いていると、俺以上に「痛感」しているような感じだ。
「死刑囚から調達した方がまし」――。
たぶん……それは深く掘り下げない方がいいんだろうな、と思った。
「えっと、やめた方がいいかな、レイフさんにお願いするの」
「……いや」
イシュタルは静かに首を振った。
短い返事の中には小さくない決意が込められているように感じた。
「話を聞くくらいならいいだろう。何より私が話を持っていったときに比べて、マテオは更に能力の条件を解き明かしたのだろう?」
「うん」
俺は小さく、しかしはっきりと頷いた。
それはイシュタルのいうとおりだった。
「親はもういない死体」という条件だけでもかなり大きな追加情報だ。
それ以外もいろいろあるし、最初の頃、イシュタルに伝えた物よりもかなり多く、そして深く掘り下げれてるのは間違いない所だ。
「あの手の人間は与えた情報に応じて返す物を変える。いまもう一度話を聞いてみてもいいだろう」
一度そこで言葉を切ったが、イシュタルはまたため息をつきそうな顔をして「――と思う」と続けた。
本当に気が進まないんだろうな、とはっきりと分かった。
そこまで気が進まないのなら無視してあわなくても――と、思ったのだが。
ドアがコンコンとノックされて、メイドのローラが入ってきた。
「失礼致します、お坊ちゃま、お客さまがお見えです」
「お客さん?」
「はい。マートン様でございます」
「――むっ?」
ローラの言葉にイシュタルが小さく呻いた。
なぜ向こうから? ――と。
おそらくイシュタルは思い、俺も同じ気持ちになった。
☆
応接間にやってくると、ソファーの上でしゃがんで、ティーカップの取っ手を「摘まんで」持って、口をつけているレイフ・マートンの姿があった。
俺が部屋にはいっても、レイフはティーカップの取っ手をつまんだまますすっていた。
ちなみにイシュタルはこなかった。
何か考えがあるみたいで、とりあえずは聞き耳を立ててる、っていったから俺だけがレイフに会いに来た。
「お久しぶりです、レイフさん」
「皇帝から聞いたよ。なにやら面白い事をしているみたいだね」
「えっと、うん、面白い……って、言っていいのかな」
俺は苦笑いした。
イシュタルの事を敬称なしの「皇帝」呼ばわりするのも、初期の段階とはいえエクリプス由来のちからを聞いて「面白い」と言い切ってしまうのも。
前にあったレイフのイメージそのまま、そしてイシュタルが二の足を踏む理由そのままないいようだった。
俺は苦笑いしたまま、レイフの向かいのソファーに腰を下ろした。
「レイフさんはそのために来てくれたの?」
「皇帝から聞いた話が実に興味深かったからね」
「イシュ――じゃなくて、陛下に言われたから協力してくれるってこと?」
「ただではだめだよ」
「え? あ、うん。えっと、もちろん謝礼はちゃんと用意するつもりだよ」
「だったら、さしあたっては君の解剖をさせてよ」
「さしあたってでする事じゃないよね!」
いきなりめちゃくちゃいわれて、思わず大声で突っ込んでしまった。
「身持ちが堅いね、嫁入り前の娘っ子じゃあるまいし」
「そういう問題じゃないよ……」
「だったら妥協して、君が使った前後の死体をもらうよ」
「え? 前後、って……」
「こっちが死体を用意する、君が使い終わった後にかえしてもらう。ってこと」
「どうしてそんなことを?」
「君がつかった前と後で比較するのさ。研究の基本だろ?」
「な、なるほど」
レイフのいいように俺は面食らった。
イシュタルから既にある程度は話が伝わっている、夜の太陽エクリプス由来の死者を操る力。
普通はあり得ない力であっても、レイフはまったくのマイペースで「研究」と絡めて話を進めようとしていた。
そのマイペースさは本当にすごいとおもいつつ、イシュタルが最後まで迷っていたのも分かってしまう。
「死体をもってきたけど、この部屋に入れていい?」
「え? あ、ごめんなさい。その前にちょっと説明いいかな」
「なんだい?」
俺はレイフにエクリプスの力の追加説明をした。
ここ数日、いろいろやった上で判別した追加条件を明かした。
レイフはまったく相づちを打たず、しかしまっすぐ俺を見つめたまま話を最後まで聞いた。
「と、いうことなんだ」
「ふーん。何度聞いても理解できない話だね」
「え? ごめんなさい。説明が下手だったかな」
「いや? そっちじゃなくてね」
「えっと……じゃあ?」
「何度聞いても、なんで死体を操る事に尻込みしてるのが理解できないっていみ」
「あー……」
「死体なんてただ肉の塊なのに何をためらっているんだい? 百万歩ゆずって身内の死体なら理屈としてはわかるけど」
「あはは……どうしても、ちょっとね」
「まあ、別にいいよ」
「え? いいの?」
俺はちょっと驚いた。
レイフが予想よりも聞き分けがいいというか、理解をしめしてしてくれるというか。
そういう感じなのがちょっと驚きだった。
「凡人が面倒臭いのは今に始まったことじゃないさ」
「あはは」
「そういうことならキメラを作ればいい」
「キメラ……って?」
「合成魔獣のことさ。例えばライオンの胴体にドラゴンの頭をくっつける、とか」
「そんな事できるんだ……でもどうして?」
「やれやれ、凡人の君によりそったつもりなんだがね。いいかい、君は感情移入出来てしまう生き物の死体を操る事に抵抗がある」
「あ、うん」
「だったら一から感情移入出来ない生き物をつくって、その死体を操る対象にすればいい。理屈はわかるかい?」
「……そっか」
なるほど、と俺は頷いた。
突飛な提案だが、確かに俺の悩みに寄り添ってくれた提案だ。
レイフのまとめ方も上手かった。
確かに俺が二の足を踏んでいるのは「感情移入」してしまうから。
魚とか、虫とか。
そういうのなら操っても心が痛まないのは感情移入していないから。
体がライオンで頭がドラゴンはどういう生き物なのか想像もつかないぶん、確かに感情移入はしなさそうに感じた。
「ホムンクルスの話も聞いたけど、人型はなんだかんだで感情移入するんじゃないのかい?」
「そうかもしれない」
「それにだ、しんでもいいのなら簡単に作れる。合成魔獣にかぎらず、生き物を一から作り出す事の一番の難点は『活かし続ける』こと。はなっから死んでもいいのなら難易度は一つ――いや、三つくらいさがるね」
「そっか。でも、それでも結構むずかしいんじゃないの? 複数の生き物を組み合わせて、って」
「そうでもないよ、その手の研究とか実験は昔からあっちこっちでやってきてた。成功例もごくわずかだけどある」
「成功例もあるんだ」
「ああ」
レイフは頷き、摘まんだままのティーカップの中身をすすりながら、何でも無いことのように続ける。
「有名な成功例だと最後の悪魔とかだね」
「………………え?」
レイフの口から、思いがけない言葉が飛び出して、俺は一瞬思考が止まるほどの驚きをおぼえたのだった。