軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

104.水と影

「……ふむ」

水弾が目の前に迫ったノワールは平然としたまま姿をけした。

消えたように見えたそれは、直前に溶けるようにして、自分の足元にある影の中に吸い込まれていった。

影は本来本体がなければ存在しえないが、影だけで動いた。

その場からすっ――と大きく移動して、水弾が本体にも影にも当らず、地面に突撃してはじけ飛んだ。

「だったら影だけでも!」

海神ボディが手をかざして、更に連続した水弾を打ち込んだ。影はすばしっこく地面を這うように移動して、次々と水弾をかわした。

「――だったら」

三度海神ボディが水弾を放つ、ノワールの影がそれをよける。

避けられる前提で、マテオボディを先回りさせていた。

「オーバードライブ!」

マテオボディが剣を抜き放ち、力を込めた。

瞬間、魔力光を反射した刀身が溶けてなくなり、形のない刃へと変わる。

オーバードライブした無形剣を振り下ろし、牧羊犬の如く追い込んだ影を斬りつけた。

無形剣は地面を這う影を斬った。

手応え――あった。

地面の手応えじゃなくて、生物の柔らかい肉を裂いたときの手応えだった。

「浅い!」

影がスルッと抜け出し、俺は悔しさに叫んだ。

その間大きく距離をとった影、海神ボディからもマテオボディからも大きく距離をとってから、ノワールは這い出るようにして影から姿を見せた。

執事のような服の、脇腹あたりが切り裂かれている。

そこからは鮮血ではなく、黒いもやのようなものがにじみでていた。

「やりますね、すこし見くびっていました」

「じゃあもう、このまま帰ってくれる?」

「いえいえ、もう少しお付き合い下さい」

相変わらず穏やかな声色と、底冷えする冷たく禍々しい瞳がちぐはぐだった。

ノワールは腰を折って、恭しく一礼した。

急に何を――と思った瞬間。

腰を折って一礼したノワールの足が半分溶けていることに気付いた。

溶けている部分が影の中に入って――次の瞬間!

海神ボディの背後から蹴られたような衝撃が全身にはしった。

背中をしたたかに蹴りつけられて、つんのめって倒れそうになった。

とっさに一歩踏み出し、踏みとどまる。

「まだまだ――おや?」

ノワールの顔がまた驚きの色に染まった。

海神ボディが蹴られた瞬間、マテオボディが水間ワープで背後に飛んだ。

ワープで飛んで、海神とマテオが背中合わせの格好になった。

そうしたマテオボティの視界に飛び込んできたのは、もやのような黒い小さな雲のようなものから、ノワールの足が飛び出している光景だった。

海神ボディが見えているのは立っているノワールで、片足がなくてもやになって足元の影に繋がっている。

理屈はわからないけど、現象はみてすぐに理解できた。

だから俺は突進した。

海神ボディとマテオボディが背中合わせの格好のまま、ノワールに向かって突進していった。

「あれなら――距離は意味がない」

「これはこれは反応が素早くて素晴らしいですね」

「はあああ!」

正面を向く海神ボディが手を振った。

突進の勢いのまま、更に水弾を放って、攻防一体の突進をした。

それを、ノワールは地面を蹴って、大きく後ろに跳躍する形で避けた。

「何度放たれようと、それは当りませんよ」

「それ同じ――距離は意味がないよ!」

ノワールが飛んだ瞬間、マテオボディが剣をふった。

無形剣を振りつつ、切っ先だけ水間ワープで飛ばす。

飛ばした無形の刃が、距離を無視してノワールの右腕を切り飛ばした。

「なんと!」

驚愕するノワール。

空中にいたまま、後ろに下がった勢いの中で驚愕した。

一秒ほどで着地して、数秒遅れて放物線を描いた腕が地面におちた。

「やりますね、ここまでとはおもいもしなかった」

「まだまだ余裕なの?」

「ええ、致命傷には程遠いですし、なにより――」

ノワールはそう言って、今度は自分の左腕だけをワープさせた。

攻撃してくる!? と思ってとっさに身構えたがそうではなかった。

ノワールは腕だけワープさせて、ガイコツの一体から右手をもぎ取った。

部分ワープをつかって「取り寄せた」骨だけの右手を、自分の斬られた右手の断面にくっつける。

次の瞬間、ノワールが度々見せていた黒いもやがガイコツの手を包み込んだ。

それはたちまち実体となり、ガイコツの手がノワールの手になった。

斬られる前とまったく変わらない、服装――袖まで再生した。

ガイコツの骨を取り込んで再生したのだ!

「こうやって回復できるのですよ」

「……そっちの方が死者を玩んでいない?」

「おや、これは心外。これは治療、広義的な生存のための行動なのです。冒涜といわれるのはまったくの心外ですね」

「むっ……」

それはそうかもしれないと思った。

大けがの治療のために使う――というのは玩ぶとは言えないと思ってしまった。

「ただ」

「え?」

ただなに? とおもっていると、ノワールは何を思ったのか、自分の左手を引きちぎった。

引きちぎった瞬間、黒目しかない目が細められ、恍惚の表情をうかべだした。

その表情のまま今度は右手で別の骸骨の骨を取り寄せて、ちぎった手の代わりにしてまた復元させた。

「大きな損傷からの修復に、えもいわれぬ快楽があるのは否定しませんよ」

「そっちこそ死者を冒涜してるよね」

「いえいえ、これはあくまでついでに過ぎません」

「……」

ちょっと気分が悪くなった。

慇懃無礼な男だと思っていたが、それを上回る不愉快な感じを見せつけられた格好だ。

その不快感と元凶のこの男をどうしようか――と、思っていると。

「とはいえ、今夜はここまでに致しましょう」

「……」

「どうやら考えなしでどうにか出来る相手ではなさそうですので、今夜はひとまず退散します」

「……まっ――」

一瞬の迷い。

放置すると今後またちょっかいを出されそうなのは分かったけど、ノワールには恨みもないしなにかしなければならないという関わりがそもそもない。

それで一瞬どうするかと悩んでいる間に、ノワールは体ごと影に溶け込んで、その影も消えてしまう。

場がシーンと静まりかえる。

しばらく警戒したが、何も起きなかった。

とりあえずは追い払ったけど――。

「一体、なんだったんだ……?」

と、疑問だけが残ってしまった。