作品タイトル不明
103.冒涜にならないたった一つの存在
「悪魔……?」
俺は首をかしげた。
初めて聞く言葉で、ちょっとだけ困惑した。
そんな俺の反応を見て、ノワールは微かに目を見開き、逆転した黒目の部分を大きくしながら驚いた。
「おや、ご存じないのですか?」
「うん……その、悪魔って、なに?」
「そうですね、一言で申し上げますと」
ノワールはそこでいったん言葉を切った。
瞬間、背筋がぞわわわ――と、虫が這いずり回るような悪寒に支配された。
「人間の魂を狩猟対象にしている種族、ですよ」
「――っ!」
俺はパッとノワールの手を振りほどいて。
今まで握手したままの手を振りほどいて、エクリプスを背中で押しながら一緒に飛びのいた。
「おや、反応が素早いですね」
ノワールは驚いた顔を感心した様な顔に変えて、いった。
俺が振りほどき、向こうが突き出したままの手から、黒いもやのようなものがにじみでていた。
それはゆっくりと拡大して、近くにあったガイコツの一体に触れた。
触れた瞬間、ガイコツが「消えた」。
砂場に書いた絵が、そこだけ綺麗にならされたかのように消えた。
残った部分が人の形を維持出来なくなって、パラパラと崩れ落ちた。
「いきなり何をするの!?」
「これは失礼。昔から口と手が 同時に(、、、) でてしまう性分でして。どうかご容赦を」
「どうしてこんなことをするの!?」
「おや、これは不思議な事をおっしゃるのですね」
「え?」
「死者を玩ぶようなような行為に怒りを覚えることはそんなに不思議ですか」
「うっ……」
俺は言葉に詰まった。
もちろんそういうつもりじゃないし、これからもそんな事はしない。
だけど、戦場跡までやってきて、地中に埋まっている ガイコツ(遺体) を呼び出して操る事を「死者を玩ぶ行為」って言われると返す言葉はない。
「違うんだ、これは――」
「素直ですね」
「え?」
瞬間、正面にいるノワールの姿が消えた。
ふっ、と消えて見失った直後、背後から声が聞こえてきた。
「人間の美徳ですね、好ましく思いますよ」
ノワールの優しげで、丁寧な言葉使い。
しかしそれは さっき(、、、) と同じように、背筋に悪寒を走らせる恐ろしい響きの言葉だった。
パッと振り向いた。
ぐるっと回る視界の 隅っこ(、、、) でノワールの手がこっちに向かって突き出されているのが見えた。
その手はさっきと同じように黒いもやが纏っていた。
「――っ!」
息を飲んで――歯を食いしばって。
更に払うように手を振り抜いた。
振り抜いた手とともに水柱が上がって、ノワールの手を弾いた。
水柱はさっきのガイコツと同じようにもやに「消された」が、水だからほとんど影響はなかった。
返す刀で更に手を振って、水の固まりを飛ばした。
ノワールはひょいひょいと水の固まりを避けて、俺から距離をとった。
「じつはこれ、私の弱点なのですよ」
「え?」
「どうにも殺気を抑えられないのですね、いえ、これは本当に困っています」
一旦言葉を切って、「なぜなら」とまた「黒目」を大きくしながら、いった。
「それで中途半端に苦しませてしまう事が多くて、その度に悪いと思ってしまうのです」
慇懃無礼、という言葉が脳裏に浮かんできた。
「本当の目的は何?」
「はい?」
「死者を玩ぶ行為に怒りを覚える……あなたみたいなタイプが本気でそう思うとは思えない。本当の目的は何?」
「おやおや」
ノワールは笑顔のままため息をつき、両手の手の平を上向きにして、肩をすくめた。
「本当に、怒りを覚えているのですよ」
「……」
俺は返事しなかった。
やっぱり嘘っぽいなと感じたからだ。
「本当ですよ。だって――」
ノワールはにやり、と笑った。
「黒目」の部分がより一層黒く――全ての光を吸い込むくらいの漆黒になった。
「――死者の魂を集めるのにじゃまなのですから」
なるほど、と思った。
具体的なことは何も分からないけど、なるほどこれは本音なんだなと直感で悟った。
だから俺は、字義から拾える表面的な意味でまず言い返してみた。
「そっちの方が死者を冒涜してるように見えるよね」
「おや? そういえばそうですね。ですが問題はないでしょう」
「どういうこと?」
「自分の事を棚上げにするのはあなた達人間もよくなさっていることではありませんか」
まったく悪びれないように話すノワールに、俺はまたゾクッとした。
攻撃されたときにぶつけられた殺気とはまた違う種類の悪寒が背筋を駆け上っていった。
「つまり、僕が邪魔だから消すって事?」
「ええ、いなくなってもらった方がわたし的に助かりますね」
「じゃあ敵って事なんだね」
「そうなりますね」
「分かった――エヴァ、お願い」
俺が名前を呼んだ瞬間、上空からものすごい勢いで「落ちて」きた。
まるで隕石が落ちてきたかの如く、巨大な何かが落ちてきた。
それはエヴァだった。
レッドドラゴンにして、俺の第二使徒エヴァンジェリンだった。
「パパの敵!」
エヴァは前足を突き出した。
ノワールは飛び退いて、前足は地面につっこんで、地震のような揺れを起こした。
「逃がさないよ!」
そのまま口を開いて、炎を吐いた。
離れたところにいても肌が焼けるほどの熱が伝わってくる、灼熱の炎。
それを飛びのいて空中にいるノワールに向かって吐いた。
炎がノワールを包み込んだ。
「このままいなくなっちゃえ!」
エヴァは更に火力をあげるかのように激しく炎を吐いた。
森が一つ丸焼けにできるほどの高火力がノワールを飲み込んだ。
が。
炎が晴れる。
現われたノワールは無傷だった。
「これは驚きですね。まさかレッドドラゴンを飼っていただなんて」
「効いてない!?」
「ですがまだまだ子供のようで。私の前に立つのは百年早いですよ」
ノワールはそう言い、人差し指を突き出した。
指先から豆粒大の黒い玉を放った。
宵闇の中でなおはっきりと見える、豆粒大の黒い玉。
夜であっても更に「闇」を強く主張するほどの漆黒だ。
「こんなもの!」
「いけない! エヴァ避けて!」
「え?」
経験不足だからか、エヴァはきょとんとなって、動きを完全に止めた。
俺はとっさに真横からの水柱を放った。
水柱がエヴァを包み込んだ瞬間――ワープ。
水柱をあてたエヴァを十メートルくらい先に飛ばした。
エヴァがいなくなった空間に黒い玉が通り過ぎていく。
その黒い玉はそのまますすみ、角度から地面におちていった。
そして地面をえぐった。
豆粒大の黒い玉が、巨大な池になるほどの穴を地面にえぐって作り出した。
「な、なにそれ」
「反応が素早いですね」
「あなたは本当に殺気を隠すのが苦手なんだね」
「あはは、私の殺気で危険の度合いを悟りましたか。ええ、そうなんですよ、本当に殺気を隠すのが苦手なんです」
ノワールは軽い調子、しかし本当に困っているような、そんな調子で言った。
たぶん、それは本当の事なんだろうな、とここに来ておもった。
「僕を殺さないで引き下がる事はできないの?」
「よほどの事が無い限りは」
「じゃあ倒してかえってもらうしかないね」
「出来るのですか?」
「わからないけど、やらないとね。僕だって死にたくないから」
「それもそうですね」
「それと、ありがとう」
「おや? なにかお礼を言われるような事はありましたか?」
「死者への冒涜という話を聞いて、唯一、死者の冒涜じゃない形を思いついたんだ」
「へえ、それは面白い。是非聞かせて下さい」
俺は手をかざした。
水管ワープを使って、俺の体を呼び寄せた。
海底に残してきた俺の――マテオの体だ。
まるで眠っているようなマテオの体、それはゆっくりと目を開いて、動き出した。
「これ、『僕の死体』みたいなものなんだ」
俺がいい、ノワールは「どういう意味だ?」と、現われてから初めてとなる、ちょっとだけ困惑したような顔をした。
マテオのボディ、海神ボディ。
これの乗り換えに使っているのは「レイズデッド」という蘇生魔法。
だからある意味、死んだり生き返ったりを繰り返しているみたいなもので、今のマテオボディは「俺の死体」なんだ。
「自分の死体なら死者への冒涜ではないしょう」
そう言って、海神とマテオが同時に手をかざして、ノワールに水弾をはなった。