軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第856話 霊獣攻略(3)

「————『黒凪』」

おぞましい力を纏った呪いの刃が振り下ろされる。

対抗するのは、マリアベルの武装聖典『エンジェリックルーラー』。使徒の誇る白色魔力に呼応し、美しい細身の刀身には聖なる力が宿る————しかし、強大な黒色魔力を宿す呪いの刃を相手に真っ向勝負をするには、やや分が悪かった。

「ぐううっ!」

魔王クロノの武技を受け止めることには成功したが、弾き返すどころか、こちらの方が押し込まれてしまった。

いきなり左手を失い、右手一本というハンデがついている。

剣技で勝負をするには、相性もあまり良くはない。マリアベルの 特化能力(イグジスト) は召喚であり、『エンジェリックルーラー』もそれを強化、補助する効果がメインだ。

武装聖典だからこそサーベルとしても最上級の性能を誇るが、近接戦闘における特殊効果や特別な強化能力はない。

故に、マリアベルのクラスは純粋な剣士ではなく、剣も扱える 召喚術士(サモナー) と言うべきだ。

だがしかし、使徒の一人として相性の悪さを言い訳にすることなど許されない。

マリアベルの体は怒りによって手加減なしの全力をすでに発揮している。濃密な白色魔力のオーラが全身から迸り、パワー、スピード、共に人間の限界に近いところまで強化されきっている。

使徒の名に恥じない力の恩恵を受けながらも、事実としてたった一人の男を相手に押されている。

「————『 一穿(スラスト) 』」

さらに悪いことに、相手はその男一人だけではない。

死角から繰り出される刺突の武技を、強引に身を捻って回避する。

直撃こそ避けたが、黒染めとなったサリエルの武装聖典、その十字の穂先が脇腹を掠めていく。

オーラでかなりの威力を減衰させているが、使徒の力を失っても尚、凄まじい槍の使い手たるサリエルの武技は、マリアベルの肌にまで届く。引き裂かれた布地と共に、僅かに鮮血が散った。

「くっ」

鋭い痛みに眉をひそめながらも、一旦、距離を取ろうと足を動かすが、

「逃がしはしない————『 重力結界(グラヴィティフィールド) 』」

セイラムを捕らえた重力の結界がマリアベルの退路を潰す。

アークライトの娘でありながら、何故か十字教を裏切ったセリスという女騎士を忌々し気に睨む。

だが、彼女に何かしらの攻撃をすることはできない。する余裕がない。

邪悪な龍の気配を纏う彼女が、手にした剣の切っ先を向ければ、そこに『 重力結界(グラヴィティフィールド) 』は発生する。円形ではなく、帯状になって広がる黒紫の輝きは、壁のように広がって逃げ場を塞ぐ。

それの範囲に入ったところで、使徒である自分が圧し潰されて死ぬようなことはない。精々が、多少の動きを鈍らされる程度であろう。

だがしかし、クロノとサリエル、この二人を目の前にして僅かとはいえ行動に支障をきたすのは、致命的な隙を晒すことに他ならない。

それをセリスもまた理解しているのだろう。決して自らは接近してマリアベルに攻撃を仕掛けることはなく、『 重力結界(グラヴィティフィールド) 』による牽制に徹している。

「く、そぉ……」

だが、最も警戒しなければならない者は、セリスのさらに向こう側にいる。

やる気の欠片もないような、眠そうな金色の目で、ボンヤリこちらを眺めている魔女。フィオナ、と呼ばれたその魔女の恐ろしさを、マリアベルは忘れていない。

フィオナは杖を構えてはいるものの、攻撃魔法の一つも飛ばさず、ただ見ているだけ。しかし、それは表向きの姿でしかない。

彼女の狙いは、マリアベルを再び煉獄へと閉じ込めることにある。

次元魔法(ワールドディメンション) 『 煉獄結界(インフェルノフォール) 』。灼熱の火山と荒野だけが広がる、文字通り煉獄そのものの世界に囚われれば、使徒の力が弱体化してしまう。

前の戦いでは三人相手で、こちらも霊獣三体をぶつけることができた。弱体化しても十分に対抗できる戦力が残っていた。

しかし今回は霊獣どころか召喚獣の一体も、自分の掩護に回せない。その上、襲い掛かって来るのはサリエルに加え、あのミサを一対一で退けてみせた魔王クロノ。

全力を発揮している今でも押されているのだ。弱体化などされればあっという間に押し切られる。

つまり、煉獄に落とされたその瞬間に勝負は決まる。

「お、押されてる……追い込まれている、この、僕が……」

目の前に立つのは、最も恨むべき魔王。

しかし、自分の背後を虎視眈々と狙い続けるのは最愛のサリエル。

退路を潰すセリスに、一撃で勝負を決する次元魔法を狙う魔女。

勝ち筋が見えない。一対四の数の差が、どう足掻いても覆せない。

誰か一人を狙った瞬間、他の三人に必ず隙を晒すことになる。かといって、このまま戦い続けたところで活路も開けない。

無限の魔力を供給されるマリアベルは、その精神力が持つ限り戦い続けることができるが、相手も無限ではないものの、さほど大きく消耗する戦い方はしていない。

日が暮れたばかりのこの夜が明けるまで戦い続けたとしても、決して攻撃の手を緩めることはないだろう。むしろこの猛攻に晒され続けて、自分が一晩ももつとは思えなかった。

「まずい、このままでは————」

召喚した霊獣は、どれも魔王の手下共の相手で手一杯だ。

エンガルドは最上位の冒険者パーティのような奴らに。ラムデインは竜騎士部隊に。

狼の群れ、牛頭馬頭の鬼、大精霊に天使の騎士。どれも十分な戦闘能力に数を揃えているはずだが、相手をする魔王軍もまた精鋭だった。死に物狂いで召喚獣達に食らいつき、一匹たりとも魔王の下へ通さないという凄まじい気迫を感じた。

その勢いは、どちらがモンスターなのか分からないほどだ。

「余所見すんな、お前の相手は俺だ」

一瞬、霊獣達の方へ視線を向けたのが仇となった。

気が付けば呪いの大鉈を振り上げた魔王が目前に迫っている。

サーベルでガードを————

「————喰らえ」

「ぐあっ!?」

大鉈の振り下ろしをギリギリで間に合わせた『エンジェリックルーラー』の刀身で受け止めた。あまり十分とは言えない体勢。勢いのままに崩される覚悟もしていたが、予想に反して一撃は軽い。

その妙な軽さに違和感を覚える、よりも前に本命の一撃が飛んできていた。

「『極悪食』」

大きな牙の刃だ。どんなモンスターの牙から削りだしたのか、頑丈にして強靭な鋸刃のような刀身。

いつの間にか抜かれていた牙の大剣が、左手に握られ横薙ぎに振るわれていた。

ほとんど反射で回避。胴と腰が分断されるような致命傷は避ける。それだけで限界で、薄い腹筋で覆われた腹部が浅く切り裂かれたのがはっきりと感じられた。

「ぐうっ、なんだコレは、オーラが裂かれて……」

強烈な一撃には違いない。しかし、武技でもない横薙ぎの一閃で、こうもオーラを容易く切り裂き体に届くのはおかしい。

抉れるように裂かれた白銀のオーラは即座に溢れ出る白色魔力によって埋められるが、元に戻らない部分に気づき、ようやく原因を悟った。

「『エリクシル・スライム』がっ!」

失った左腕の傷跡を覆い、急速に治癒を施していた『エリクシル・スライム』がボロボロと崩れ落ちてゆく。

牙の大剣による一閃が命中したのだろう。

しかし、スライムであるが故に、コアが無事ならばそう簡単に死ぬことはない。左肩から覆うように展開させていたスライムのコアは、敵の攻撃が当たりにくいよう肩の後ろ辺りに持って来ている。

つまり、牙の大剣が当たったとしても、左腕を覆っている末端部に過ぎず、それを少しばかり切り裂かれたところで何の影響もないはず。

だが、現実にスライムは全ての力を失ったように、ゼリー状の肉体が泥のような液状となって崩壊を始めている。その身には最早、治癒能力どころか、自身の生命力すら失われていた。

「魔力を、吸収するのか……」

大鉈と大牙、二振りの大剣を携えた魔王を見て、震える小声で答えを呟く。

戦況は悪化している。凄まじいドレイン能力を誇るらしい牙の大剣は、防御をオーラに頼るマリアベルにとってはかなりの脅威だ。

大鉈一本だけでも押され気味だったのだ。あの大剣二刀流の二連撃を捌ききれるのか。

サリエルに背中を狙われ、セリスに妨害され、魔女の煉獄を警戒しながら。

不可能だ。

このままでは、あと幾ばくもしない内に、必ず限界が訪れる。

「ならば、限界を超えるしかない————『 霊獣召喚(スペリオール・サモン) 』っ!」

これ以上は、いくら得意な召喚術でも術式演算で脳が焼き切れそうになってしまうが、それを躊躇している暇はない。魔王とその配下を同時に相手取れば、決して楽には勝てないのだ。

無理をしなければ、限界を超えて、使徒として更なる高みへ至らなければ、この試練は乗り越えられない。

「————『 黒雷突破(ヴォルテッカー) 』」

左側面からサリエルが、激しく黒い雷撃を散らしながら突進してくる。バックステップで大きく飛び退き、その着地の瞬間をちょうど狙うような絶妙のタイミング。

サーベルは右手に握っており、左側のやや後方に位置する方向から突っ込んでくるサリエルを、刀身で防ぐことは難しい。

故にマリアベルは、二の腕から先が失われた左腕を向けた。

「『フルメタルスライム』」

水銀のような、流体金属の肉体を持つスライムがその場に召喚され、サリエルが繰り出す穂先の前に割り込む。

フルメタルスライムは瞬時に肉体を広げて盾と成し、主人を守る。

50センチほどの厚みでもって、辛うじて槍を受け止め切った。しかし、僅かに穂先が貫通。

貫いた穂先から、黒く閃く雷光がマリアベルへと放出された。

「『 黒喰白蛇(クライムイーター) 』っ!!」

さらに続けて召喚したのは、白い鱗の大蛇。

背中を起点に呼び出した二匹が螺旋を描くように左腕に絡み、その真っ赤な口を開く。

それだけで、マリアベルを焼き焦がす黒き雷撃は雲散霧消する。

「ちっ、その蛇は黒色魔力のドレインに特化してる、気をつけろ」

「はい、マスター」

クロノの声に、サリエルはスライムから槍を引き抜き素早く後退。

効果を一目で見抜かれた。いや、すでに知っているような口ぶり。だが、たとえタネが割れているとしても、この局面では役に立ってくれた。

マリアベルがアヴァロンに残り召喚獣の戦力を蓄えている、と耳聡く聞きつけたグレゴリウスが『白の秘跡』から口利きして取り寄せ、献上したのが『 黒喰白蛇(クライムイーター) 』である。

邪悪な魔族の力、すなわち黒色魔力に対する非常に強力なドレイン能力を誇り、それに頼る相手なら出しているだけで完封できるほどの特効があると、得意気に喋っていた。

効果があったのは事実だが、あのうさん臭い狐面の男に感謝する気持ちはあまり湧かなかった。

何より、ここから戦局をひっくり返すのは、自分自身の力で成さねばならないのだから。

「裁きを下す。この目に映る悪を許さず。その瞳は真実を見抜く。刮目せよ、『 審理眼(ジャッジメントゲイザー) 』」

新たな霊獣を呼び出す。

スライムや蛇のように、ただの召喚獣とは違い、より大きな負荷が肉体に、頭にかかる。

マリアベルの鼻から血が噴き出て、一瞬、意識が遠のきかけたが、召喚を成功させた。

霊獣『 審理眼(ジャッジメントゲイザー) 』は、虹色に輝く瞳を持つ大きな目玉に、白い木の根が絡みついたような不気味な姿をしている。

白い根はマリアベルの左肩から生え出し、直径50センチほどの目玉が繋がれた風船のようにフワフワと漂う。

「なんだコイツは————うおっ!」

虹色の光彩がクロノへ向けられると、そこから白熱の光線が射出される。

禍々しい鎧兜から赤い魔力の燐光を吹かしながら、クロノは素早く回避。通り過ぎて行った光線は、石畳を赤熱化させて浅く溶断していた。

「近寄らせるな、薙ぎ払えっ!!」

マリアベルの叫びに呼応して、ギラギラと輝きながら『 審理眼(ジャッジメントゲイザー) 』はさらに光線を放つ。

全方位をグルっと横薙ぎに放たれた光線に、クロノもサリエルも、後衛に位置するセリスとフィオナもそれぞれ回避か防御をとった。

これだけでこの四人を倒せるとは思っていない。素早く精密、それでいて高火力の遠距離攻撃を持つ『 審理眼(ジャッジメントゲイザー) 』は牽制用。

勝負を決める必殺の霊獣は、これからさらに呼び出す。

「天よ裂け、地を割れ。透き通る羽は万物を————うぐぅ!」

詠唱の途中で、血を吐いた。

もう鼻血だけでは済まない。腹の奥からこみあげて来る血の塊を吐き出しながら、視界がジワリと赤く染まっていることに気づいた。

どうやら、血涙まで流れ出しているらしい。

体が、頭が、悲鳴を上げている。これ以上の霊獣の行使は自分自身が耐えられない、明らかな限界点だと本能でも理屈でも理解してしまっている。

だが、決して退かない。退いてはならない。自分は今、絶対に負けられない一世一代の大勝負に臨んでいるのだ。

邪悪な魔王を倒す。愛するサリエルを救い出す。

それを成すのは、この第十二使徒、マリアベル・ユグノーシスだ。

「————万物を切り裂く刃! 魔を断つ剣を我が手に、『霊斬翅・ウスバハバキリ』ぃ!!」

全身から迸る白銀の魔力オーラが、渦を巻きながら四つに分かれてゆく。

前後左右に、小さな竜巻のように渦巻いた輝く白色魔力は、それぞれ薄っすらとした一枚の羽を形成した。

ソレはトンボのような、細長い翅。しかし、その翅は空を飛ぶためのものではなく、切り裂くためのもの。

刀剣そのものな鋭い形状をした翅の刃は、薄っすらと白い輝きを宿すのみで、綺麗に透き通った透明。それは、どんな剣よりも薄く、鋭い。

「はぁ……はぁ……こ、これでぇ……」

これで、準備は整った。

正確無比な光魔法の光線を放つ『 審理眼(ジャッジメントゲイザー) 』と、あらゆる物を容易く切り裂く四枚の翅剣、『霊斬翅・ウスバハバキリ』。

本来ならどちらか片方でも行使するのが難しい霊獣だ。しかし、扱えばその威力は絶大。

勝てる。この絶望的な劣勢を覆すだけの力を、自分は手繰り寄せた。不可能と思っていたこの二体の同時召喚を、この極限の状況下で限界を超えて成し遂げたのだ。

「これで、お前を殺す……僕の霊獣が、魔王を、討つんだ……」

右手の『エンジェリックルーラー』を掲げると、それに連動するように『霊斬翅・ウスバハバキリ』が舞う。

マリアベルが誇る究極の刃を一斉に向けられた魔王は、恐れるでもなく、驚くでもなく、ただその冷徹な眼差しを向けて、口を開いた。

「今だ、フィオナ」

「————『 煉獄結界(インフェルノフォール) 』」

刹那、視界の全てが紅蓮に覆われる。

肌を焼き焦がすかのような熱気が吹く。けれど、体は寒気で凍り付いたように、悪寒が走り抜けていく。

瞬き一つを済ませる内に、周囲の景色は一変。

そこは、見渡す限りの煉獄だった。

「どうやら、そこがお前の限界だったようだな」

違う、自分は限界を超えて力を顕現させた。お前を倒すために、サリエルを救うために、正義の心が成し遂げたのだ。

そう叫びたかったが、喉につかえて言葉となって出てくることはなかった。

「大した召喚術ですね。でも、隙だらけでしたよ」

何のことはない、ただ無防備に足を止め過ぎた。それだけの話であった。

クロノを倒すため、絶望的な劣勢を覆すために、力を振り絞った。脳が焼き切れそうなほどに、血を垂れ流すほど肉体を酷使しながらも。

そうして、確かに限界を超えて切り札である二体の霊獣を召喚させた。

だが、その召喚に集中するあまり、根本的に追い込まれていた状況を忘れていた。マリアベルは、フィオナの煉獄に落とされた時点で、どれだけ霊獣を揃えようと勝ち目など失ってしまうということに。

「あっ、あぁ……僕の、霊獣が……」

赤々と燃え盛る煉獄の空に、白き神の加護は遮られる。

よって、無尽蔵に引き出される白色魔力によって、強引に顕現させていた二体の霊獣『 審理眼(ジャッジメントゲイザー) 』と『霊斬翅・ウスバハバキリ』は、存在のための魔力が足りずに、急速にその姿を崩壊させつつあった。

マリアベルは己の限界を超えた力を発揮した。

だがしかし、そうして超えたところに、その力を抑えられればどうなるか。

無理に無理を重ねてどうにか発現させたモノなど、即座に崩れ去るに決まっている。

「そんな、待てっ、消えるな! 消えるんじゃない!!」

もう、どれだけ力を振り絞っても、二体の霊獣を留めることはできない。

明らかに出力が制限された白色魔力。それだけではない。体が重い。使徒として当たり前に授かる絶大な身体能力強化も、この煉獄の底にあっては鈍らされてしまう。

無駄な足掻きであった。もう、限界には届かない。

ついに白い靄となって、『霊斬翅・ウスバハバキリ』の最後の一枚も無情に消え去って行った。