軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第852話 首都アヴァロン解放戦(2)

「なっ、何が起きている……一体、何がどうなっているというのだぁ!?」

続々と舞い込んでくる甚大な被害報告に、王宮は絶叫と怒声が飛び交った。

初火の月3日、未明。

突如として首都アヴァロンで、大規模な反乱が起った。

最初に襲われたのは、首都を囲む防壁の外側にある、竜騎士団の航空基地。壁の向こうにあるため、そこが襲撃された情報が届いたのは、基地で奪われたワイバーンに反乱軍の竜騎士が跨り、我が物顔で首都上空を飛び回るようになった頃であった。

そのため、首都において反乱の始まりを告げる合図となったのは、強大な炎の攻撃魔法によって憲兵本部が吹き飛ばされた奇襲である。

王宮に集った多くの者は、首都に轟くおぞましい爆音によって安眠から叩き起こされ、地獄のような黒煙が濛々と吹き上がる光景を見て、途轍もない異変が起こったことを悟った。眠気など大爆音と共に吹き飛んでおり、転がるように王宮へと主だった面子が集合する。

現在、王宮は臨時の司令部となり、速やかな鎮圧行動の指揮をとっている……つもりだ。

「第三防壁は、すでに西側半分を反乱軍に占拠されております」

「首都を囲う防壁全てが反乱軍に制圧されるのは時間の問題です!」

「憲兵隊は何をしておる! 素人同然のレジスタンス共なんぞ、さっさと止めんかぁ!」

「本部が吹き飛んだんだぞ、誰が憲兵隊を指揮しているんだ!?」

「北部支部に集めろ。あそこは二番目に大きい憲兵支部だ、立て直しはすぐにでも」

「そこもとっくに吹き飛んでます。目ぼしい支部は軒並み、すでに炎上しております」

「埒が明かん、防衛隊を全力出撃させて————」

「だから第三防壁がもう襲われているって言ってんだろ! 元精鋭のスパーダ奴隷共が大挙して来て、奴らを抑えるだけで精一杯だ!」

「早く救援を出せ、防壁を抑えられれば包囲されたも同然だぞ」

「おい、近衛は出すんじゃない! 王城の守りは絶対に緩めるんじゃあないぞ!」

「……北大門、陥落しました」

「街道からレジスタンスと思しき武装集団が。開け放たれた大門から、首都へと入るようです」

「なんだと、首都の外にも反乱軍が!?」

「だ、第二防壁の東詰所から救援要請!」

「そんな、もう第二防壁まで敵が迫って来ているのか!?」

「……南門から応答がありません。恐らく、すでに制圧されたかと」

「王城から兵を出せ! 早くしないと手遅れになるぞ!」

「せめて第二防壁のラインまでは守り切らねば」

「いやもう手遅れだ! それより王城の守りを固めるべきだろう。ここに万が一のことがあれば、全てが終わりなのだぞ!」

「さらに救援要請……各地のアリア修道会がレジスタンスに襲われ、炎上。信徒に対する虐殺が起こっていると」

「この状況下でこれ以上、兵を割けるか!」

「そうだ、どうせ下層区の教会であろう。尊い犠牲として、捨て置けばよい」

「そんなことより、もっと王城の守りを固めろ! 頭の上には敵の竜騎士が飛び回っているんだぞ!!」

「落ち着け、王城は『 聖堂結界(サンクチュアリ) 』で囲われている。防備は万全だ」

「過信は禁物ですぞ。近衛は手元に置くとしても、王城から救援に出せる兵力にも限度というものが————」

「報告! 救援部隊が第二防壁南門付近で敵と交戦中! 激しい抵抗に遭い、突破が困難とのこと。至急増援を!」

「まったく、救援に向かうこともままならんとは……おい、敵の数は?」

「て、敵は一人の模様……」

「舐めてるのか貴様ぁ!? おい、情報が錯綜しすぎている、すぐに正確な状況を把握せよ!」

「貴族街にてアンデッドの群れが出現!」

「そんなの出るわけないだろうが!? 早くまともな情報を寄越せ!」

「えー、ネル王女殿下より、ペットの羽猫が失踪したので、近衛を総動員して捜索させろとのご要望が……」

「————黙れぇえええ!!」

ドンッ!! と卓が強烈に叩かれ、司令部は一瞬でシンと静まり返った。

「貴様ら、なんと無様な有様か。たかが奴隷と魔族の反乱如きに、情けなく右往左往をしおって。聖王ネロ陛下に仕える臣下として、この体たらく、恥を知れぃ!!」

そう一喝するのは、アークライト公爵に代わり王城を任されている、アズラエル侯爵だ。

ヘウンリー・ロッソ・アズラエルは十二貴族として、特にアークライト公爵とはよく反目するライバル関係にあった……とされているのは表向きの姿であり、彼自身も公爵同様に敬虔な隠れ十字教徒である。

長きに渡る悲願が叶い、ついに真の信仰がパンドラに取り戻される日が来たとあり、ネロを王として仰ぎ、あれほど対立ばかりしていた公爵とも、嘘のように良好な協力関係を築いていた。

ヴィッセンドルフ辺境伯が反乱軍を結成し決起したため、これを討つためにアークライト公爵直々に討伐軍を率い決戦へと向かった。

その間の王城を任されたのが、名実共にネオ・アヴァロンにおいてナンバーツーの地位を誇るアズラエル侯爵となったのは半ば必然の人選であろう。

そんな彼は今、突如として発生した首都の大反乱に、何ら有効な手を打てずに後手に回り続ける無様な状況に、撫でつけられた髪と自慢の整った髭を怒気で逆立たせるほどに、怒り狂っていた。

「……だが、これほど大規模な反乱を全く予見できず、あまりに速やかな反乱軍の動きを、完全に抑え込むのも無理がある話であろう」

卓を叩き、立ち上がったヘウンリーの武人らしい大柄な体から、怒りのあまりに魔力のオーラも漂うが、それでも強靭な理性で不利な現実を受け入れた。

「恐らく反乱軍の本命は、この首都での動乱よ。ヴィッセンドルフめの決起は、出来る限り首都の防備を削るための陽動だったのだ」

額に青筋を浮かべながらも、努めて冷静に自身の状況分析を語って聞かせる。

「ルーンの艦隊がセレーネに現れたのも、その一環。薄汚いハーピィ共を引き入れたのも、全てこのため。全く、腸が煮えくり返る思いだが、これほど大規模かつ綿密な計画を進めた反乱軍の動きを、何一つとして事が起こる今日まで捉えることができなかったことが、最大の失態である」

今目の前で起こっている反乱は、あまりにもスムーズに過ぎる。

全体的な戦力としては、方々に兵を割いてもまだネオ・アヴァロンが有利のはずだったのだが、全く予期せぬタイミングでの奇襲というアドバンテージを最大限に活かし、こちらを翻弄した。

初手で憲兵の指揮系統を潰され、竜騎士団の航空基地を奪われ、そして素人が武器を持っただけのようなレジスタンスの集団さえも、無駄なく各地の戦闘に投入されている。

完全に十字教の支配が行き届いている首都にあって、一体どうすればここまで完璧な連携をとって動けるのか、ヘウンリーとしてもそのタネまでは分からなかったが、決して侮れる相手ではないと悟るには十分すぎる現状だ。

「このままでは、いたずらに兵を消耗するのみ。即刻、全軍を王城まで引き上げさせろ!」

「よ、よろしいのですか、侯爵閣下。それでは、首都全域は反乱軍の手に……」

「構わぬ! 決戦に必要な戦力を保持したまま、ここで籠城をするのだ」

首都で大暴れをする反乱軍の手は、方々に伸びている。

第三防壁はほぼ全てが制圧され、防衛隊は撤退。憲兵隊も指揮系統が回復せず壊滅状態。さらには貴族街を守る第二防壁にまで敵の手がかかりつつあり、向こうの切り札と思しき最精鋭戦力を配置して、王城からの増援も遮断されている。

すでに制圧された、あるいは現在戦闘中の各所を全て救う手段は最早ない。今回の反乱は、相手側は最初から完璧な布陣を整えた上で開始されている。こちらは平時の防衛体制のみで、首都内部で突発的に発生した大反乱を抑え込む準備などまるで整っていない。

総合的な戦力では上回っていようとも、適切に戦力が配置されていなければ、多少数で劣る程度の相手に押されることも、ありえない話ではない。少なくとも、これほどの不利をひっくり返せるほどの圧倒的な戦力は、今の王城にはなかった。

「良いか、ヴィッセンドルフらの反乱軍は全て陽動。ならば、ハナから討伐軍とぶつかる気はないのだ。首都での反乱を聞けば、アークライト公ならば、すぐに状況を察するであろう」

「なるほど、公爵閣下の討伐軍が戻って来れば」

「一時的に街を占領しただけの反乱軍など、すぐにでも一掃できよう」

そもそも、こちらには充実した戦力が丸ごと残っている。大掛かりな陽動作戦により、あくまで一時的に首都を離れただけのこと。

討伐軍も決戦の地と定めた場所は、そう首都から遠くはない。早ければ数日、どう遅くとも一週間もあれば、必ず首都の危機にアークライト公爵は駆け付けるだろう。

「慌てる必要はない。総合的な戦力は我らネオ・アヴァロンが圧倒的に有利なのだ。敵は陽動により一時的に防備を下げた首都で暴れることで、こちらの混乱を誘い、致命的なまでに戦力を損耗させることを目的としている。我々が敵にいいように翻弄され、万が一にでも敗退すれば、この王城までもが奪われるであろう。完全に首都が反乱軍の手に落ちれば、討伐軍も首都とヴィッセンドルフに挟撃され、一転、窮地に陥る————しかし、逆に言えば、奴らの勝ち筋はこれしかないのだ」

「つまり、戦力を保ったまま王城を守り切りさえすれば、我々の勝利となると」

「流石はヘウンリー侯爵閣下! 伊達に十二貴族随一の武勇を誇ってはおりません!」

「侯爵閣下の御慧眼には、感服いたしました!」

「ええい、見え透いた世辞などいらぬ! 状況を理解したならば、さっさと全軍撤退の指示を出さぬか!!」

明確な指針が打ち出されたことで、混迷を極めた司令部がようやく機能を始めた。

慌ただしく伝令が行き交い、方々に命令が伝わり始めたのを後目に、ヘウンリーは大きく一つ溜息をついてから、自身の後方、さらに一段高い上座へと振り返った。

「誠に遺憾ながら、状況を鑑み、ここは王城での籠城策を取らせていただきます。ですので、第十二使徒マリアベル卿には、このまま王城に留まられるよう、お願い申し上げます」

「本当に僕が出なくてもいいのか? この程度の反乱軍なんて、使徒の力があればすぐにでも鎮圧できるけど」

騒がしい王宮を、どこまでも冷めた目で眺めていたマリアベルは、頭を下げるヘウンリーに言う。

「いえ、この程度だからこそ、使徒のお力添えをいただくほどでもありません」

「これだけいい様にやられておいて、よく言えるね」

「それでも、でございます。アークライト公爵閣下がお戻りになるまでの、僅かな辛抱ですので」

使徒の力に頼るのは簡単だ。反乱軍に振り回されている彼らを嘲笑する気持ちはあるものの、頼まれればマリアベルも素直に力を貸すだろう。

「司令官である君がそう決めたのなら、それでいいさ。僕はミサとは違うからね、よほどの問題が起こらない限りは、大人しく君達の要望には応えるよ」

「ははっ、寛大なご配慮、ありがとうございます!」

「所詮、君らの内輪揉めだ。自分達で始末をつけるといいさ————じゃあ、僕はもう部屋に戻る。戦況報告もいらないから、僕の力が必要になるほど追い詰められたら、その時に呼んでくれ」

後は好きにやってくれ、とばかりにマリアベルは席を立ち、その場を去った。

第二防壁の南門へ続く大通りと、その周辺一角は、地獄絵図と化している。

瓦礫の山となった建物に、燃え盛る炎。目に見えて分かる破壊の跡を背景に、血まみれの死体がアンデッドと化してウロついていた。

ここに響き続ける麗しいソプラノの歌声が、ただの一人も死の淵に眠ることを許さない。

まだまだ新たな亡者を求めて高らかに呪いの旋律を歌い上げているのだが、残念ながら、もうこの場で生きた人間は俺一人になってしまった。

「————もう退いたか。思ったよりも早いな」

王城からのこのこ出てきた増援部隊を、プリム達カタフラ隊の掩護を受けながら、俺が単騎で暴れて邪魔していたのだが、全面的に撤退していった。

これを勝利だ、と喜ぶのは早計というものだろう。恐らく、首都の反乱を食い止めきれないと判断し、王城での籠城作戦に早々に切り替えたと見るべきだ。

俺が相手をしていた増援部隊も、俺に恐れをなして壊走したワケではなく、明確に撤退命令が伝えられた上で退いて行ったように見えた。折角だからもっと削っておきたかったのだが、深追いは禁物だ。俺、総大将だしな。

「相変わらず、凄まじい暴れぶりだね」

「セリスか。もうそっちはいいのか?」

「ああ、街の制圧はほとんど完了したよ」

帝国製の黒い鎧兜に身を包んだセリスが、涼しい顔で報告してくれる。

戦場では敬語など不要。煩わしいだけだ。という建前で、できるだけ俺の知人友人くらいは、気軽にお喋りできるようにしておきたいだけなのだが。

ともかく、情報そのものは俺の兜の方にも届けられているから、おおよその状況は把握できている。そのためのテレパシー通信だしな。

「ひとまず、作戦の第一段階は成功といったところだな」

「あまりに上手く行きすぎて、少々、拍子抜けといった感じもするが」

「敵は主力がごっそり抜けているからな。使徒が出張って来ない限りは、これくらい上手く進まなければ困る」

作戦目標は、まず首都全域を制圧することだ。

第一目標は外周の第三防壁から、貴族街を隔てた第二防壁との間に広がる、最も広い下層区域。ここを抑えきれないと、延々と市街戦を続けることになりジリ貧にしかならない。

戦力にも時間的猶予にも乏しい反乱軍は、何事も短期決戦で進めなければ詰んでしまう。

第二目標は貴族街、王城から第二防壁の間にある上層区域となる。

すでに俺達が第二防壁の制圧を完了させてあるので、ここを抑えるのもそれほど苦労はしないだろうが……そもそも敵が王城へ全面撤退をしているので、戦いすら起こらないだろうな、これは。

「夕方には、こちらの主力が王城を包囲できるだろう」

「できれば、陽が沈む前には集結させたい」

「今日の内に攻城戦を仕掛けるのか? 勢いに乗るとしても、流石に無茶が過ぎるのではないかな」

ただでさえ、敵は早々に見切りをつけて籠城の構えをとっている。

首都の混乱に乗じて王城まで乗り込むのと、がっちり防御を整えたところを攻めるのとでは、当たり前だが攻略難度は段違いだ。兵法の常識でいえば、大人しく三倍以上の戦力を用意して城を攻めろと言われてしまう。

そして、我らが反乱軍にはそんな戦力をかき集める余地はどこにもない。セリスが苦い顔をするのも当然だな。

「いや、王城を攻めるのは、マリアベルを殺してからだ」

防衛有利な上に、使徒まで居座っているとなれば、最早それは難攻不落の大要塞に等しい。アヴァロン王城は美しい白亜の城で、割と見た目に振った城郭建築だが、分厚い防壁に深い堀もきちんと張り巡らされており、容易に攻め落とせるほどヤワな造りにはしちゃいない。

正直、使徒がいなくても現有戦力で、正攻法で攻めるのは厳しい。

「しかし……そのマリアベルも、王城に籠ったままではないのか?」

「どうやら、そのようだな」

今のところ、マリアベルが現れたという報告は入っていない。

王城を望める貴族街の屋敷にも、こちら側の協力者がいる。奴が出撃してくれば、すぐにでも分かるはずなのだが、現状では続々と街中から撤退してきた兵士達が収容されている様子しか伝わってきていない。

「これだけド派手に反乱を起こせば、すぐにでも出て来るかと思ったが……」

アテが外れてしまった。

目と鼻の先で戦いが起これば、後先考えずに出張って来るのは、やはりアイかミサくらいのものだろう。サリエルに聞いても、自分だったらすぐに出撃はしない、と言っていたし。

マリアベルは使徒にしては珍しく常識的な性格をしているという。戦いに関してもド素人ではなく、サリエルと共にシンクレアの地方を異教徒からの解放戦争に従事した経験もあるらしい。多少なりとも、兵を指揮する心得もあるそうだ。

ならば、自分の立場も鑑みて、軽率な行動はしないだろう。

「マリアベルを討つならば、王城から引きずりださねばならないが。そんな策があるのか?」

「……あるには、ある」

「何故、そんな渋い顔を……?」

策はあるが、あまり良い策ではないのだ。

俺は敵の大軍に単騎で突っ込むのも躊躇しないが、それでも「流石にそれはちょっと……」と尻込みしてしまうことはあるのだ。

「だがマリアベルが籠城を決め込んでいるなら、仕方がない……やりたくはなかったが、リリィ直伝の秘策を使うしかないようだな」

アヴァロン王城は昼過ぎには全ての城門を固く閉ざし、徹底的な防衛体制をとった。街中に散っていた兵はおおよそ収容され、最精鋭である『 近衛騎士団(ロイヤルガード) 』と第一竜騎士団『ドラゴンハート』も無傷で残っており、十分な防衛戦力が確保されている。

首都での反乱鎮圧に失敗し、半ば敗退のような形で籠城にまで追い込まれはしたものの、アークライト公爵率いる討伐軍がすぐにでも戻って来るとの目算があり、兵達の動揺は最低限に抑えられた。

そうして彼らは籠城に徹しながらも、憎き反逆者達へ反撃する時を静かに待つ。

万全の防備が整えられた王城を前に、貴族街を制圧し、包囲を展開する反乱軍も、流石にそのまま突っ込んでくることはなかった。すでに日は傾き始め、両軍が睨み合いを続ける中、夜が訪れようとしていた。

恐らく、今日はもうこれ以上の戦闘はないだろう————そんな予感を誰もが抱いた頃であった。

「我が名はクロノ! 古の魔王ミア・エルロードより加護を授かった、新たなる魔王クロノである!!」

夕暮れで紅に染まり切った空に、高らかに男の名乗りが響き渡る。

その声量は拡声魔法を最大限に行使し、王城どころか首都全てに轟かんばかり。当然、王城のどこにいても聞こえる。

「この声は……まさか、本当にあの男なのか」

アヴァロンの反乱騒ぎなど素知らぬ顔で、部屋に戻り大人しく読書をして暇を潰していたマリアベルは、嫌でも耳に入ったその声に、分厚い娯楽小説から顔を上げた。

クロノ。パンドラ大陸に集っている使徒全員が狙っている、悪魔のような男。

第八使徒アイは歯ごたえのある楽しい遊び相手として。

第十一使徒ミサは、自らの美貌に呪われた傷を刻み込んだ怨敵として。

第十三使徒ネロは、元から因縁があったらしいが、詳しい事情は知らないし、大した興味もない。だが大遠征と称して、わざわざ大陸の果てまで殺しに向かっているのだから、恨みの度合いとしてはミサと同等以上にあるのは間違いない。

だがしかし、第十二使徒マリアベル、自分もまたミサとネロに劣らないほどの恨みを抱いている。大遠征に同行しなかったのは、単にミサやネロと違って、それだけ理性的だから。

「もし本物のクロノが来ているのならば……なるほど、あの男を討つ役目は、僕に与えてくださったというわけか」

これぞ神の導き。

アヴァロンで待機している自分の方に、クロノ自らやって来るなど誰が予想できようか。わざわざ奴を討ちに行ったネロとミサはとんだ無駄足である。

勿論、クロノを騙る偽物であれば、そのまま放置し読書へ戻ればいい。今ちょうど、いいところなのだ。

マリアベルは栞を挟んで本を閉じると、席を立つ。向かう先は、王城の正面を一望できるバルコニー。

魔王クロノを名乗る声は、王城の真正面から響き渡って来る。バルコニーから外を眺めれば、その正体をすぐにでも見極められる。

果たして、叫んでいるのは本物か、偽物か————そんな考えは、直後に消え去った。

「なっ、あれは……まさか……サリエル卿」

そこに、サリエルがいたから。

彼女の白銀の美貌を引き立てるためにデザインされた、美しい純白の聖天法衣、第七使徒としての正装を身に纏ったサリエルの姿が、マリアベルの視界に映った。

「第十二使徒マリアベル、そこにいるのだろう? サリエルが、お前に話がしたいという」

誰よりも憧れ、恋焦がれた天使が如き少女。その背後で、邪悪の権化たる漆黒の男が、歪んだ笑みを浮かべていた。