軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第853話 NTR作戦

アヴァロン解放作戦を決定した、その日の晩のことである。

「————私がマリアベルと戦った時、念のために保険をかけておいたわ」

と、リリィはそう切り出した。

カーラマーラへ向かう最中、嵐と共にやって来たミサとマリアベル。その時、俺はミサとサシで、リリィ達三人はマリアベルとそれぞれ戦うこととなった。

勿論その時の戦いは、俺の記憶が無事に戻ってカーラマーラを手にした後に聞いている。しかし、リリィは三体の霊獣を操るマリアベルと正面切って戦った以外にも、何かをしていたようだ。

「保険って?」

「サリエルよ」

なんでも、第十二使徒マリアベルはサリエルに惚れていると。

サリエル本人は気づくどころか、全く気にもかけていなかったようだが……ともかく、まだ使徒に目覚めていないマリアベル少年との出会いから、パンドラ遠征に赴くまでの間にあった出来事を聞けば、リリィの言うことに納得は示せた。

故郷が異教徒によって壊滅的な被害に遭い、絶望のどん底で颯爽と現れた、美しく可憐な第七使徒サリエル。

その獅子奮迅の活躍により、強大な異教徒の軍勢を退け、故郷を取り戻した。その奇跡の戦いを間近で見てきたのがマリアベルである。

当時は14歳かそこら、思春期真っ只中の中学生なお年頃。そんな時期にサリエルのようなアルビノ美少女が、これでもかと大活躍する姿を見せつけられたら————ああ、これ絶対好きになるやつ。

マリアベル少年がただの十字教徒であれば、サリエルを崇める敬虔な信者の一人として終わっただろう。しかし、正に神の悪戯とでも言うべきか、彼もまた使徒に選ばれた。

そう、普通ならばあまりの格差に隣に立つことすらも許されない第七使徒サリエルと、肩を並べて戦うことができる使徒となったのだ。

うん、これ絶対イケると思うよね。

「ミサと違って、純情な子で良かったわね。折角、使徒になれたというのに、大したアプローチはできなかったみたい」

「アプローチ、と呼ばれるような行動をされた覚えは、特にない」

「ほら、このザマよ」

憐憫の表情を浮かべるリリィと、いつもの無表情で淡々と言い放つサリエル。

流石の俺も、この点に関してはマリアベルにちょっと同情する。憧れの愛しい相手に、自分の好意のこの字も届いていなかったと。

「それで、マリアベルはサリエルのことが好きだから、戦う時に手加減するのがアドバンテージになる、ということだろ?」

実際、リリィは即座に彼の好意を見抜いたことで、サリエルを矢面に立たせてマリアベル自身の攻勢を防いだという。挙句の果てには人質にとって動きを止める。

悪魔の所業、もとい見事な采配と言わざるを得ない。精神攻撃は基本、を地で行くリリィらしい……と言ったら、ヘソを曲げそうだが。

「それだけじゃないわ」

ここからが本題、とばかりにリリィは話を続ける。

「マリアベルには幾つか嘘を吐いてきたわ」

「それが保険ってやつか」

「ええ。例えば、サリエルは淫魔の神『淫魔女王プリムヴェール』の力で洗脳されてる、とか」

「え、その淫魔の加護って誰が使ったことになってんの」

「クロノ」

「そ、そんなの絶対すぐ嘘だってバレるじゃん……」

嘘だよね? 嘘だと思ってくれるよね、こんな酷い濡れ衣。

「バレないわよ。だって、それが一番あの子にとって都合がいい解釈だもの」

マリアベルはサリエルが好き。だから、何としても取り戻したい。

でもサリエルが十字教を、白き神を裏切っているのなら、取り戻すのは難しい。

けど、サリエルが淫魔神の力によって卑劣にも洗脳されただけだったなら……?

「愛しい彼女を、悪い男の魔の手から救い出すヒーローになれるというワケ。男の子って好きでしょ、そういうの」

「……つまり、マリアベルに都合いい感じで希望を持たせたことで、精神的な隙を作っておいた、ということか」

少年の純情を逆手にとって弄ぶ、リリィ怖い。なんて酷いことを。

だがしかし、相手は使徒。一切の油断なく、あらゆる手を尽くして挑まなければならない、最大の敵だ。

あんな土壇場で、よくもここまで口先一つで、心を惑わすようなことを言ったものだ。

「見事な策だと思うけれど、俺にはちょっと、それを上手く利用できそうもないな」

「そんなことないわ。これは、クロノが一番上手く利用するための嘘だもの」

にっこり笑顔で言うリリィに、嫌な予感が過る。

「俺に何させるつもりだ?」

「マリアベルの冷静さを失わせる手段を一つ、教えてあげる————」

その教えを実行する時が、ついに来てしまった。

「我が名はクロノ! 古の魔王ミア・エルロードより加護を授かった、新たなる魔王クロノである!!」

すでにして慣れてきた口上を、拡声魔法付きで叫ぶ。

アヴァロン王城の真正面。固く閉ざされた正門からは、貴族街を真っ直ぐに縦断する大通りが伸びる。

俺はこの大通りのど真ん中に誂えた、突貫工事で仮組した大きな木製の土台の上で声を張り上げる。

増幅された声は、風にのって王城全体へと届けられる。マリアベルが王城のどこに居るのかまでは知らないが、オリジナルモノリスのある地下深くにでもいない限りは、聞こえているはずだ。

頼むから聞いとけよ。これで聞こえませんでしたじゃあ、折角のリリィの策と、俺の覚悟が台無しになるんだからな。

「第十二使徒マリアベル、そこにいるのだろう? サリエルが、お前に話がしたいという」

と、サリエルを俺の前に立たせる。

その身に纏うのは、忌まわしい純白の法衣。

聖天法衣、と言うらしい使徒専用の装束であり、あの実験施設で初めてサリエルと出会った時にも着ていた、俺にとっては割とトラウマ衣装だ。

使徒専用装備なので、それはもう大層な高級素材に魔法のエンチャントもてんこ盛りなのだが、本物の聖天法衣はガラハド戦争の際にズタボロになって破れ去っている。

当然、サリエルが着用しているコレは、デザインだけソックリに似せて作らせた偽物である。安いコスプレ衣装のようにテカテカした妙な布地ではなく、最高品質の絹をつぎ込んで作らせてあるので、見た目だけは本物に見劣りはしないだろう。

この衣装を纏ったサリエルは、正に在りし日の第七使徒そのもの。神の加護の証である白銀の魔力オーラなどなくたって、マリアベルの目には、憧れ、恋焦がれた彼女の姿として映るに違いない。

だからちゃんと見とけよ。マジで頼むぞおい。

「第十二使徒マリアベル卿。貴方は今、完全に包囲されている。勝ち目はない。大人しく、投降して欲しい」

ドキドキと緊張で胸が高鳴る俺を他所に、サリエルはいつも通りの平坦な口調で、テンプレのような投降を呼びかけ始めた。

これを言われて投降した奴って、果たしているのだろうか。

「……」

一旦、サリエルが間を置く。

王城からは、何の返答もありはしない。

いや落ち着け、まだ始まったばかりだ。慌てるような時間じゃない。

「こちらには、アヴァロン王城を崩す用意がある。このまま戦えば、そちらは必ず負ける————けれど私は、マリアベル、貴方に死んで欲しくはない」

特に抑揚はない、感情の籠らない台詞。

しかしながら、サリエルを知っている者からすれば、十分に彼女の心情が現れた言葉だと思うだろう。

マリアベル、お前は今までずーっと『卿』という余所余所しい事この上ない敬称付きで呼ばれていた。そこを、呼び捨てにしてやっているのだ。

恋する少年ならば、その意味、分からないはずがない。

「魔王クロノは、とても恐ろしく、強力な存在。第七使徒である私も、こうして敗れ去った。貴方では、決して勝つことはできない」

だから投降して欲しい、と彼の身を案じているように見せかけて、お前みたいな軟弱野郎じゃ魔王に勝てねーんだよ、と男のプライドを傷つける台詞である。

こう言われて「第七使徒サリエルでも勝てなかったんだから、僕一人じゃあ逆立ちしても勝てっこないよ、どうか命だけはお助け!」とは絶対にならない。なるワケがない。

使徒の力を授かっているのだ。最強の力を手にしていながら、戦わずに降伏なんて、許されるワケないよな。まして、好きな女の前とくれば。

「大人しく降伏すれば、命は保証する。魔王クロノには、私が必ずそう約束させてみせる」

使徒ほどの大物、タダで降伏できるワケがない。

でもそこを、サリエルが何とかすると言うのだ。

具体的にどうするのか、というのは全く説明していないが、我が身を犠牲にしてでもマリアベルの命を助けてみせる、とそんな風に連想するはず。

まして、リリィから淫魔の力で洗脳、などと噓を吹き込まれているのだ。サリエルの身の犠牲の仕方が、エロ同人的な方向性にしか想像できないだろう。

「今更、穢れてしまった私の身など、どうなっても構わない。けれどマリアベル、貴方の命だけは救いたい————貴方だけが、私を使徒としてではなく、一人の少女として、見てくれたから」

はい、ここで殺し文句。

君の好意にはちゃんと気づいていましたよ、発言である。

いや、そんな特別に思っているんだったら、さっさと気持ちに答えてやれよ。なんでよりによってこのタイミングで言い出すんだ。

と、第三者なら思うだろう。しかし、当事者ならどうだ。

長年、思いを寄せていた純情ボーイのマリアベル君なら、こう言われてどう思う。

「だから、お願い。どうか降伏して」

サリエルにしては、これ以上ないほど感情的な台詞が王城に響き渡った。

さぁ、サリエルの思いは伝えたぞ。

マリアベル、お前はこれにどう答える?

「……」

解答は、相変わらずの沈黙。

だが、確実に言葉は届いている。ようやく、見つけた。

王城の上階層。正面を望む位置にあるバルコニーに、一人の少年の影がある。

目はいいからな。マリアベル、お前の姿が、顔が、はっきり見える。

苦悶の表情、と言うべきか。

今すぐ、サリエルを助けに飛び出したいのだろう。愛する彼女にここまで言われて、男として黙ってられないよな。

けれど、戦況の不利は百も承知。万が一は許されない。俺達には、使徒さえも倒す力があるのだと、お前はアトラスの砂漠で思い知っている。

慎重にもなる。こんなことを言われて、まだ我慢できるのだから、大した自制心だ。ミサも見習うべきだな。

けど、このサリエルの説得がこれ以上なく効いている、と表情に出すのは失敗だったな。

お陰で、俺も思いきりやれる。

サリエルのターンは終わった。ここからは、俺の、邪悪な魔王のターンだ。

「————ふん、やはり言うだけ無駄だったな、サリエル」

思い通りの展開になって余は満足じゃ、とでも言いたげな笑みを作る。

上手く、笑えているはずだ。練習、したからな……

「お願い、もう少しだけ、待って————」

「ならん」

こちらに振り向いたサリエルの懇願を遮り、その白く細い首を俺は掴む。

右腕一本で首を掴み、そのまま持ち上げる。

「んっ……」

苦し気に、けれどどこか艶めかしくサリエルが呻く。

床から足が離れ、爪先は虚しく宙をかく。

首を絞めて持ち上げているのだ。実質、首吊り状態で見るからに苦しい体勢。あくまで、普通の人間ならば。

サリエルは加護がなくたって、その体はホムンクルスの特別性だ。俺が全力で首を絞めでもしない限り何ともない。

「面白い余興になると思ったが、全く、興ざめだな。マリアベル、愛する女に呼びかけられても、応える素振りも見せぬとは、とんだ腑抜けよ。これが十字教最強の使徒か、笑わせてくれる」

目をサリエルから、バルコニーにいるマリアベルへと向ける。

視線がぶつかる。どこまでも純粋な怒りの眼差し。

行ける。これはリリィの言った通り。あともう一押しだな。

「しかしサリエル、お前も悪い。男を説得しようというのに、コレではなぁ……女なら、色目の一つも使ってみせろ————」

言いながら、首を掴んだサリエルを引き寄せる。

苦し気な演技で僅かに眉をひそめるサリエルの真っ赤な瞳と、目が合う。

ここからが正念場だ。そう覚悟を決めた俺の意志が伝わるように、見つめ返した。

「————『 愛の魔王(オーバーエクスタシー) 』」

ズキュゥウウウン!! と音がしそうな勢いで、サリエルの唇を奪う。

少女の細い首を掴み上げたまま引き寄せる、物でも扱うような乱暴な体勢。そこに、愛など欠片も見当たらないだろう。

けれど、交わすキスは深く。激しく。

舌が絡む。サリエルの小さな舌先が蠢く。

舌が、口が、頭が、溶けていくような錯覚————同時に、思い出す。忘れようとしても忘れられない、強烈な一夜のフラッシュバック。

凍えるような真冬の夜。妖精の森の小屋の中。千切れた手足。血濡れの裸体。純血と加護を奪い、憎悪と正義を失った。

ああ、そうだ。サリエルとキスをするのは、あの夜以来だった。

「————っは」

何秒、キスしてた。

あ、危ねぇ……一瞬、我を忘れていた。加護のせい、なのだろうか。

手足を失った血塗れのサリエルはそこになく、目の前には五体満足で綺麗な法衣を着た彼女がいる。

落ち着け。思い出せ。自分の成すべきことを。

「どうだ、これで少しは伝わったのではないか?」

惚けかけた頭を必死で回して、言うべき台詞を思い起こし、口にする。声が震えそうだ。

「それとも、まだ足りぬか。まだ分からぬか」

言いながら、空いてる左手でサリエルの口元を拭う。

加護の影響のせいか、僅かに上気した顔。キスを終えても、口は半開きで、舌先が覗く。お互いに交じり合ったものに塗れた桜色の唇を指でなぞると、反射のように吸い付かれ、ちょっと焦った。

が、不自然にならないよう、慌てて手を引いたりなどせず、そのまま指先をサリエルの口と戯れるままにしておく。

「ならば、もっと見せてやろう。この俺に身を捧げるというのが、どういうことなのかをなぁ!」

この台詞と共に、挑発は次の段階に移行。

サリエルの口元から離した左手で、襟を掴む。

そして、そのまま一息に法衣を引き裂く。

柔らかな絹の繊維など、何の抵抗もなく俺の力で容易く裂けてゆく。ビリビリと大した音も立てることなく、一瞬のうちに破れさった。

前面を縦一文字に引き裂かれ、ゆったりした法衣がフワリとはためけば、雪のように真っ白いサリエルの肌が露わとなる。

彼女の裸身をこんな衆目に晒すのは心苦しい。だが、背に腹は代えられない。女の裸一つで、敵の戦略兵器を引っ張り出せるなら、こんなに安いものはないだろう。

許せ、サリエル。全裸だけは避けるから。淫魔鎧まではセーフだから。

そういうワケで、神々しい 聖天法衣(コスプレ) を破き、脱ぎ捨てたことで、黒いマイクロビキニ同然の衣装、『 堕落宮の淫魔鎧(パラノイア・プリムメイル) 』を身に纏ったサリエルの体が惜しげもなく晒される。

「マリアベル、そして白き神を信じる愚か者共、見るがいい。これが神の力を授かった第七使徒、かつて十字軍を率いた女の末路よ」

右腕をサリエルの首に回して、後ろから抱くような体勢に変更。バルコニーのマリアベルに、真正面から淫魔鎧姿のサリエルを見せつける。

とはいえ、この姿は砂漠で戦った時には見ているそうだ。ならば、今回はもっと刺激がいるだろう。

これ見よがしに、左手でサリエルの薄い胸元を撫で回してから、慎ましい膨らみを揉む。いや、掴む。

ギリギリと音が奴に聞こえそうなほどに、指を胸に食い込ませる。このまま、心臓を抉り出そうかという迫真の演技。

「んっ……んん……」

悩まし気なサリエルのうめき声が耳をくすぐる。やめろ、台本にない反応は、理性が揺らぐ。

自然な誘惑を振り払うように、俺は声を張り上げる。

「少しは色っぽくなったではないか、サリエル。もう一度呼びかけてやったらどうだ。それとも、乱れた喘ぎ声でも聞かせてやった方が————」

その時、風が吹いた感覚。

確信はない。

だが、反射的に『 愛の魔王(オーバーエクスタシー) 』を解除していた。

「————やぁめぇろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

突風のような、強烈な魔力の気配が吹き付ける。

それをはっきり感じた時には、すでに怒声を轟かせてバルコニーから飛び出すマリアベルの姿があった。

よし、釣れた。