軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第775話 新しい国

「き、きっ、キタぁーーーーーーっ!!」

麗らかな木漏れ日が差し込む、深緑の旧都、ファーレンのモリガン。

精霊を祀る黒き森の神官、その長の孫娘であるブリギットは、巫女にあるまじき絶叫を実家たるモリガン神殿に響かせていた。

「なんじゃい、朝から騒々しい」

孫娘の奇声に、うんざりしたような顔をしながら、祖父である神官長アグノアは、一枚の紙きれ片手にクルクル回っている姿を見た。

「やったぜジジィ! クロノ様から手紙きたぞザマーミロ!!」

「ブリギット、口を慎みなさい」

「————コホン、大変失礼いたしました、お爺様。久しぶりにクロノ様より便りが届いたもので、嬉しさのあまり」

酒を飲んで剣闘観戦しているような興奮ぶりから一転、ブリギットはそのダークエルフ美女のお手本のような麗しさをもって静まった。

「うむ、それは何よりじゃな」

「ええ、ロックウェルで出されて以降、ぱったりと止まってしまい、心配しておりました。私、クロノ様に何かあったのではと、胸が張り裂けそうで————」

悲劇のヒロインが如く語るブリギットだが、決して大袈裟な表現とは言えない。

手紙出すから、と別れ際に言っていたクロノだが、当初、ブリギットもその言葉をあまり信じてはいなかった。往々にして、そういった便りは一度も来ないものなのだ。

しかし、クロノは律儀な男で、定期的に手紙をブリギットの元へと送り、最果ての欲望都市カーラマーラへと向かう旅の模様を伝えてくれた。

行く先々でトラブルとバトルの連続で、実は盛っているのでは、と思えるような内容だったが、彼の性格と、実際に『バグズ・ブリゲード』を討伐したことから、嘘ではないと確信できた。流石はランク5冒険者、といったところだろうか。

ともかく、様々な障害に阻まれながらも、それを力づくで解決しながら『エレメントマスター』の旅は順調に進んでいた。

だがしかし、アトラス大砂漠の玄関口、ロックウェルから送られた手紙を最後にぷっつりと途切れてしまった。

「これからカーラマーラへ向かう」というのが、ブリギットの知る最後の情報だ。

「それで、何と書いておる? まさか訃報ではあるまいな」

「縁起でもねぇこと言うなやクソジジィ」

笑顔のまま罵倒しつつ、ブリギットは紙面に目を走らせる。

送られた手紙は十通もないが、クロノの文字の癖はとっくに覚えている。それだけで、彼が無事に生きている何よりの証だと理解できた。

手紙の文章は、まず遅れたことのお詫びから入り、自分達の無事を語る旨が書かれている。

そして、そこから本題が綴られているのだが……その内容に、ブリギットは息を呑んだ。

「どうした、ブリギット」

「それは私の口から語るよりも、ご自分で読んだ方がよろしいでしょう、お爺様」

恭しく差し出された手紙を受け取り、アグノアもさっと手紙を読む。

そして、ブリギットと同じく驚愕の感情に、一瞬その身をこわばらせた。

「カーラマーラという一国を丸ごと手に入れる、とは真でしょうか」

「かの迷宮都市は、生きた古代遺跡を利用することで繁栄を築いていると聞いておる。オリジナルモノリスを完全に掌握したとするならば……ありえぬ話ではない」

だが、そうやって国を手に入れた者は、いまだかつて一人もいない。

古代遺跡の力を利用する国家は数あれど、それはあくまで防衛兵器の一種に過ぎない。遺跡の力そのもので国を支配するなど、聞いたことはない。

「それほどの力が、モノリスに?」

「砂漠というのは、この黒き森と違い、あらゆる恵みが枯れた過酷な土地よ。渇きを癒す水ですら、手に入れるには容易ではない」

「生きるための糧を、全て古代遺跡に依存しているのがカーラマーラ、ということですか」

「うむ。ならば、その古代遺跡の力を握れば、そこに住む民の生殺を握るも同然……これほど支配するに容易な場所はなかろう」

これがただの噂話であれば、そんな馬鹿なことあるはずがないと一笑に付したであろう。

しかし、これを成したのはモリガンを『バグズ・ブリゲード』の脅威から救ったほどの実力者であり、実際に黒き森にあるオリジナルモノリスを操ってみせた。

そして何より、魔王の加護を得たクロノの血を対価にしようと、堂々と交渉してみせた狡猾な妖精リリィがいる。

古代遺跡を利用して一国を支配する。それができると思えるほどの力が彼らにはあった。

「如何いたしましょう、お爺様」

「これよりは我らだけの縁談話に留まらん。すぐに王都ネヴァンへ出向き、サンドラ王にお伝えせねばならんな」

リリィとの取引だけであれば、ただクロノとブリギットの間に子供を作るだけで済む話。

強い血を取り込み、一族の役割を果たすだけに過ぎない。

だが、クロノがカーラマーラの王になり、ファーレンとの友好を望むのであれば、それは最早、国同士の外交関係となる。

「深い森にある我が国と、南の果てにあるカーラマーラが、本当に結ばれるでしょうか?」

「真に古代遺跡の力を蘇らせたなら、大規模な転移も可能となるであろう————」

スパーダ王城のとある一室で、第二王子ウィルハルトと、密かに婚約話が進むアヴァロン第一王女ネルの二人が、今日も今日とて密会を重ねていた。

「見よ、ついにクロノより帰還の報が届いた!」

「早く帰って来てぇー、私のクロノくぅーん!!」

二人は実に盛り上がっている。

恋愛的な意味ではなく、テンション的な意味で。

それもそのはず、二人としても待ちに待った朗報が届いたからである。

「まぁ、まずはじっくりと読むがよい」

「はい!」

期待に満ちた目で、ウィルハルトより手紙を受け取る。

まずは、長らく手紙を出せなかったことで、心配をかけたとの謝罪から入り、続けて、無事に目的をカーラマーラで果たしたので、これからスパーダへと帰る、という旨が書かれていた。

「ああ、良かったです、ようやくクロノくんが帰って————」

帰ってくる、と喜ぶのもつかの間。

さらに続く文面には、俄かには信じがたい内容が綴られていた。

「あの……もしかしなくてもこれ、新しい国できてません?」

「うむ」

と、重々しくウィルハルトは頷く。

曰く、カーラマーラで古代遺跡の機能を司るオリジナルモノリスを掌握したことで、国の支配権を手に入れたこと。

リリィに任せて、ここで十字軍に備えるための国家を樹立させること。

そして、このカーラマーラに変わる新国家と、パンドラの各国とこれから外交を結びたいと考えているということ。

「カーラマーラって、大陸の南の端っこですよね」

「最果ての欲望都市と呼ばれる、パンドラ最南端の都市国家であるな」

「流石に距離が離れすぎていて、国交を結ぶことはできないのでは?」

「それについては、もう少し読み進めるとよい」

続きの文章に目を滑らせれば、そこに出てくるのは、

「転移、って……そんなの、古代魔法じゃないですか」

「だから、古代遺跡の力を操れるのであろう」

これまで巡ってきた各地のオリジナルモノリス。その間を自在に転移することで、遥かな距離をも無視した国交を結ぼうという内容であった。

無論、まだ開通はしておらず、いきなり他国に直通の転移を通すわけにもいかない。

「それを実現させるための、交渉の席を設けるところから始めたいと、そういうワケだな」

「俄かには信じがたいですね……」

転移の魔法は、古代魔法の代表的存在だ。

古の魔王ミアの時代は、大陸各地を結ぶ超巨大な転移魔法陣が稼働しており、それによって大陸のどこにでも瞬時に人も物も移動できたという伝説が残っている。

その古代の超技術を証明するように、古代遺跡系のダンジョンで、転移によって強制的に別な場所へ飛ばされる罠などが今でも残っている。

しかし、転移の魔法を自在に操った者はいない。まして、現在の都市間を転移魔法で繋げることができるというなら、それはまさしく伝説の時代の再来であろう。

「本当ならば国家間の一大事であるが……しかし、これは我らにとっては好機と見るべきであろう」

「こ、好機、ですか?」

「うむ、なぜならば、クロノがカーラマーラ王と名乗りを上げ、一国の君主として君臨し、さらには転移で各国と繋がる唯一の国であるならば、アヴァロンとてその存在は無視できん」

「えっ、それじゃあもしかして!?」

「クロノは自ずから、アヴァロン第一王女たるネル、汝に釣り合う地位を手に入れたと言うことよ」

「きゃぁーっ! そんな、クロノくん、私のためにそこまで!?」

絶対そんなわけねーが、こういう時のネルに水を差すようなことを言うと痛烈な一撃が飛んでくる危険性があるので、ウィルハルトは都合のよい解釈に任せるがままにする。

ネルの脳裏ではバラ色どころか桃色の妄想が展開されているだろうことを察しながらも、あながち単なる妄想ではない状況だとも思っている。

クロノが影響力を持つ国の王となった。

そして、その国は転移で繋がったせいで、突如として出現したに等しい存在。少なくとも、スパーダやアヴァロンの属する中部都市国家群には、どことも繋がりのなかった新国家の誕生だ。

だが、国同士の繋がりはなくとも、王であるクロノ個人と、ネルには面識がある。顔見知り、という以上に親密な関係をすでに築けているのだ。

「これは、我らが何もせずとも、勝手にミリアルド王がクロノとの婚姻を進める可能性も出てくるな」

「ああ、お父様、私、幸せになります……」

幸せな妄想に浸りきっているネルに、ウィルハルトは鋭い視線を向ける。

「ネル姫よ、油断するのはまだ早いぞ」

「はっ!」

「クロノが王となったなら、縁談話はその内に山ほど舞い込むであろう。カーラマーラは巨大な迷宮によって潤う、財力のある都市国家よ。辺境の地でひっそりと独立宣言をしたのとは、ワケが違う」

「確かに、カーラマーラの産物はアヴァロンにも持ち込まれ、貴重品として高値で取引されています」

現実に意識が戻ってきて、急にキリリと王女殿下に相応しい表情をとるネル。

ここだけ見ると、本当にアヴァロン女子憧れのお姫様であるが、ここ最近、妄想に妄想を重ねただらしない顔を見慣れてきたウィルハルトとしては、悪い意味でのギャップを感じさせてならない。

「つまり、他の国もクロノくんに取り入ろうとするワケですね」

「然り、これよりはまだ見ぬライバルも増えることであろう————だが!」

トレードマークのモノクルをクイっと上げて、ウィルハルトは自信満々に拳を振り上げ、叫ぶ。

「ネル姫よ、汝が鍛えし魅了魅惑の技でもって、今こそクロノを虜にするのだ!」

「はい、絶対にクロノくんに、えっ、もしかしてネル、俺のこと好きなんじゃ……と思わせて、ドキドキさせちゃいます!」

「その意気や良し! 『プリムの誘惑』全巻読破を成し遂げた今の汝に、教えることは最早なにもない。自信をもってクロノ攻略戦へ挑むがよい!」

「ふふふ、クロノくん、早く帰ってきてぇ……私、待ってるから……」

アヴァロン十二貴族、その筆頭とも呼べるアークライト公爵家。

王城近隣の貴族街の一等地に建つ巨大な公爵の屋敷には、当然、地下室の一つや二つはある。しかし、当主をはじめとしたごく一部の者にしか知らされることはない、隠された最深部に、ソレはあった。

白く輝くモノリス。

遥か古代から、変わらない神々しい白光を、今日も放ち続けている。

だが、白一色に輝くだけのモノリスには、青い光のラインと古代文字とで描かれた魔法陣が一瞬だけ浮かび上がった、その次の瞬間には、明瞭な映像を映し出す。

そこに映るのは、一人の男。

黒い髪に、右目は黒、左目は赤、と色違いの瞳を持つ。凶悪な顔つきの青年だ。その身に纏うのは、悪魔の王が着ているような禍々しい漆黒の古代鎧。

地獄の底からやって来た、とでも言うような姿の青年は、堂々と語り始めた。

「俺はクロノ。ランク5冒険者パーティ『エレメントマスター』のリーダーだ————」

「クロノ……」

忌々し気に、その名をネロは呟いた。

さほど長くもない映像を見届けると、モノリスの鎮座する広間は、しばしの沈黙に包まれる。

「誠に残念ながら、カーラマーラはかの悪魔の手に落ちてしまいました」

台詞こそ神妙なものだが、どこか白々しさを感じさせる声が、沈黙を破った。

「グレゴリウス、お前は最初から、アイツの目的を知っていたのか?」

「可能性の一つとしては予想しておりましたが、確信をもつまでには至りませんでしたよ。実に申し訳ない」

「ふざけんな、本当はお前————」

「ネロ王子殿下、あまりグレゴリウス司祭を責めるのはお止めください。カーラマーラのことを、トバルカイン聖堂騎士団のみに任せたのは、私の判断でもありますので」

今にも腰の刀に手をかけそうなほどの苛立ちを露わにするネロへ、冷静に諫める言葉を発したのは、この屋敷の主、ハイネ・アン・アークライト公爵その人である。

ネロとしても、公爵家当主にして、セリスの父親でもある彼に対しては、邪険に扱うことはしない。

「その聖堂騎士団も、いいようにやられちまったようだな」

モノリスに浮かび上がる映像は、クロノの宣言だけでなく、おおまかな遺産争奪戦の模様も含まれる。

特に、クロノとそのパーティ『エレメントマスター』の戦いぶりは、全てネロ達は確認している。

「面目次第もございません。『 聖痕(スティグマ) 』の力を過信した……とは、一概にも言い切れません。リューリックは、私にとっても古い友人であり、その信仰へのひたむきさはよく知るところ。故に、彼が全身全霊をもって戦い、それでもなお、あえなく敗れ去ったのは————」

「アイツの力は、手がつけられないほどになってきたってことか」

クロノの強さは、分かっているつもりではあった。

しかし、体力の限界まで追い込まれてからも、呪いの鉈を手にした瞬間から聖堂騎士団を殺戮しきった狂気の戦いから、大迷宮最後のボス『デウス神像』をパーティでもってほぼ一方的に倒しきった見事な戦いぶりまで————ネロの見た限りでは、ガラハド戦争の時よりも実力は上がっていると感じられた。

「しかしながら、問題は個人の武勇だけではありません。彼らは明確に、自らの勢力を築くに足る国を得たことになります」

「そう簡単に、国の統治なんてできるものかよ」

「それを可能とするのが、オリジナルモノリスの力なのですよ、ネロ王子殿下」

グレゴリウスの言葉を真に受けるわけではないが、クロノがカーラマーラを完全に支配する予感は、どうしようもなく拭い切れない。

「今、向こうがどうなっているかは、分からないのか」

「すでにカーラマーラのオリジナルモノリスは完全に掌握されております。この映像と共に受けたトバルカイン聖堂騎士団からの報告を最後に、アトラス大砂漠一帯へのアクセスは完全に遮断されました」

パンドラ大陸最南端という物理的な距離に加え、モノリスによる情報収集をも防がれた今、カーラマーラには一切介入する余地を失った。

現地で活動していたトバルカイン聖堂騎士団は壊滅し、代々それを維持してきたシルヴァリアンの一族も悉く討ち果たされたようだ。今やかの一族の生き残りは、このアヴァロンに残された聖堂騎士団長リューリックの一人息子だけであろう。

今やカーラマーラは、十字軍の勢力が一掃された状況にある。

外部から圧力をかけるには、カーラマーラは遠すぎる。たとえ現地に向かったところで、立ちはだかるのは広大なアトラス大砂漠。砂の海は、まさに天然の防壁である。

「クロノ一行はスパーダを立ってより、ファーレン、アダマントリア、ヴァルナ森海、と途上にあるオリジナルモノリスを巡り、大陸の果てカーラマーラでは、ついにソレを自らのものとした。これは、由々しき事態です、殿下」

「ええ、悪魔の手に落ちたカーラマーラは正に地獄そのもの。我々、十字教の前に立ちはだかる、忌まわしき魔の巣窟となるのは間違いないでしょう」

「十字教がどうなろうが、俺の知ったことじゃねぇがな」

「クロノはすでに、王となった。ですが、ネロ王子殿下、貴方はいまだ玉座につくことはありません」

「グレゴリウス、てめぇ……」

「無礼は承知の上。ですが、王と王子とでは、国への影響力に雲泥の差があるのは事実でしょう。クロノはカーラマーラを全て己の望むままに造り替えることができる。一方、我らがアヴァロンはいまだ魔王信仰から抜け出せぬまま。こうして地下で活動するだけでは、限度というものがあります」

文字通りに刺殺さんばかりのネロの視線と殺気を真っ向から受けても、グレゴリウスは怯むことなく断言した。

クロノとネロ、今の二人の差を、はっきりと。

「司祭の発言は、王族に対する配慮に欠けた失礼な物言いではありましたが……残念ながら、事実でもあると認めざるを得ません。ネロ王子殿下、このままでは、悪魔の侵攻に手をこまねいているだけとなる危険性があります」

「アイツがこのアヴァロンまで侵略しに来れると? 本気か?」

「勿論でございます。なにせ、オリジナルモノリスには大規模な転移を可能とする機能もありますので。旅路を遡るように、カーラマーラからスパーダまで一挙に侵攻することはそう難しくはないでしょう。そして、スパーダまであの男の手に落ちれば……今のアヴァロンの体制で、どこまで抗えるでしょうかねぇ」

荒唐無稽、とも言い切れない。

グレゴリウスはすでにモノリスによる転移を利用し、パンドラ大陸各地に、十字軍の使者を送り込んでいる。逆に、カーラマーラのトバルカイン聖堂騎士団のような、現地の信者をこちらへ呼び寄せることもできた。

モノリスで通じている地域限定とはいえ、遥かな距離をゼロとする転移の効果は絶大だ。

大軍を転移できるだけの大規模な効果を発動できれば、遠隔地への侵攻も十分に可能となるだろう。

「ネロ王子殿下、今こそ、決断の時やもしれませぬ」

アークライト公爵の声に、ネロは顔を上げる。

考え込んでいる場合ではない。本当は、もう自分でも分かっている。

「準備はとうの昔に、それこそ、アヴァロン建国よりも前から、済ませております。我々はただ、その時を待っていた。そして、今がその時なのだと、私は確信しております」

「俺にお前らの事情は関係ねぇ。だが————」

ネロの脳裏に浮かぶのは、二人の少女の顔だった。

片方は、遥か幼いころのもの。もう片方は、ごく最近のもの。どちらもよく似た、同一人物だとしか思えないが、二人は全くの別人だ。

分かっている、リィンフェルトはリンではない。

だが、それでも、二度と失うくらいならば————

突き抜けるような晴天が、頭上一杯に広がっている。

輝く太陽は燦燦と、というよりギラギラと照り付けており、砂漠の強烈な日差しを放っていた。

「本当に、すっかり大嵐が晴れたんだな」

曙光の月6日。俺達は第五階層からようやく地上へと帰還を果たした。

勿論、人目につかないよう、こっそりと。

戻ってからは、慌ただしい一日を過ごすこととなった。

まずは、リリィ達が世話になっていた、三大ギャングの一角『カオスレギオン』のボスと面会。

ジョセフ・ロドリゲス、というディアボロスの男は、実に凶悪そうな外見だが、リリィが「いい人だから」というからには、見た目通りの性格ではないのだろう。ちょっと親近感が。

すでにジョセフとの話はついているらしく、『カオスレギオン』はリリィの統治に全面的に協力するとの姿勢を示している。

ボス以下、幹部も構成員も、全員をひれ伏せさせているリリィは、すでにして女王の貫禄といったところか。

挨拶もそこそこに、俺は一番の目的である孤児院『ハウス・オブ・ザ・ラビット』へと向かった。

「クロノさま、おかえりなさい」

「ああ、ただいま、リリアン」

真っ先に飛び込んできたリリアンを抱えて、子供たちに俺達の無事な姿を見せる。

感動の再会、といった感じでひとしきり喜び合ってから、あらためてレキとウルスラに向き合う。

「……それじゃあ、みんなのことは任せたぞ」

「イエス! レキ達がいれば大丈夫デス!」

「もう私達を狙う人はいないし、万が一の時は第五階層まで逃げられるから、どうとでもなるの」

レキとウルスラは、ここへ残ることに決めた。

子供たちの世話をしつつ、冒険者としての腕も磨いていきたいと。

「寂しくなるな」

一緒にスパーダへ連れていくこともできる。

今のレキとウルスラの実力なら、再びガラハド戦争が起こっても、足手まといになることはないだろうが————それでも、俺はこの二人が戦場に立つことには躊躇を覚える。

「クロノ様の気持ちは、ちゃんと分かってるデス」

「自分で選んだ道だから。私達のことは、気にしなくていいの」

まだ成人もしていない少女二人に、ここまで言われてしまうのが情けなくも感じるな。

だからといって、やはり全員を連れてスパーダへ戻るわけにはいかない。

「転移が開通すれば、いつでもすぐに戻れるようになる。また来るよ」

しばしの別れに、涙も滲むが、それはお互いに見ないふり。

今回は、アルザスで別れた時とは違うから。もうこの場所も、俺が帰るべき場所の一つとなったのだから。

「……結局、エミリアもオルエンも見つからなかったか」

別れを告げたい相手だったが、会えなければどうしようもない。

噂によると、エミリアもオルエンも、カーラマーラを出て行ったらしい。

ちょうど俺達がデウス神像を倒したあたりで、大嵐は止み、翌日には砂漠船が出航し始めていた。

遺産相続レースの結果、カーラマーラが荒れると思い脱出しようと思った人がそれなり以上にいたようで、例年よりも混雑していたとのこと。

エミリアは最も信頼する兄貴の『 黄金の夜明け(ゴールデンドーン) 』が敗れたし、オルエンは結局、俺に鍵を奪われる形となったのだ。身の安全を考えて、早々に逃げ出す選択は間違いではないだろう。

「せめて一言、謝りたかったが……」

こんな状況では、仕方がないだろう。

カーラマーラにさえいるなら、モノリスの力で探し出すことも容易だろうが、外に出られればどうしようもない。

気にはなるものの、俺に人探しをしているほどの余裕は残されていなかった。

「————それじゃあ、スパーダへ帰るか」

「はい、マスター」

「ようやく、お家に帰れるのですね」

帰還するのは、俺とフィオナとサリエル。

リリィには鍵を託し、カーラマーラを全て任せることと決まった。

明日は宣言した通り、遺産配分を決める議会が開かれる。

正直、どういう着地点を目指しているのか、俺も分からない。あの放送は、リリィに言われるがままにやっただけに過ぎないのだから。

一応、こちらが明確に話し合い、それも遺産を分けるという相手に大きなメリットのある議題を提示したことで、いきなり過激な行動に出ることを防ぐ目的はあった。どこまで効果があるのか疑問もあったが、すっかり落ち着いた街の様子を見る限り、レース中に繰り広げられていた小競り合いが終息したのは間違いないので、効果は十分だったと言える。

だがその裏では、議員に名を連ねる有力者達が、遺産を分け合うなどと言い出した甘ちゃんから、どう搾り取ってやろうか権謀術数を張り巡らせていることだろう。

まぁ、リリィならどうとでもなるだろう。テレパシーで心が読めるのだから、二枚舌も腹芸も一切通じない。おまけにカーラマーラに住む人々を生かすライフラインを握っているのだ。

オリジナルモノリスを掌握したことで、もう中央区も完全に操れるそうだ。

心が読める上に生殺与奪を握る相手に、果たして議員連中がどこまで食い下がれるのか……それを見届けることは、俺にはないだろう。

「カーラマーラのことはリリィに任せきりになるが、俺達もスパーダに戻れば忙しくなるからな」

すでに、スパーダへ戻った後に俺がするべきことは決まっている。

「傭兵団を結成とは、思い切りましたね」

「ああ、これからは戦力の拡大をしていくからな」

個人戦力に過ぎない、冒険者パーティはもう終わりだ。

これからは、何十、何百、あるいは何千もの兵を率いる、傭兵団を作り上げる。

「次のガラハド戦争が起こるまでに、何としてでも形にするぞ」