軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第776話 枕は返して

曙光の月7日。早朝に俺達はカーラマーラを出発した。砂漠船ではなく、転移魔法陣を利用して。

地上に出るまでの一週間の内に、どこまで転移で飛べるようになるかを調べ、そして、転移開通の許可を求めて各国にお伺いも立てた。

こういう時に、確保したオリジナルモノリスのある各地に、リリィの 人造人間(ホムンクルス) 達を派遣したのが生きてくる。

ファーレンの旧都モリガン、アダマントリアの首都ダマスク、ヴァルナ森海のメテオフォール。オリジナルモノリスがある三か所には、監視と、こういう時の交渉のために、複数人のホムンクルスを滞在させているのだ。

転移はダメでも通信だけでも可能となれば、現地にいる彼らにすぐ動いてもらうことができる。

幸いというべきか、モリガンには巫女のブリギット、ダマスクでは第一王子ブレダ、メテオフォールは大牙の氏族のライオネル、とそれぞれに俺達は知己を得ることができている。ひとまず話くらいは聞いてもらえる立場ができていた。

「転移が使えると、挨拶回りも楽だよな」

これまでの長い旅路が嘘だったかのような時間短縮である。

転移は思った以上の復旧率で、早くも三か国のオリジナルモノリスを飛べるようになっていた。

お陰で、カーラマーラから近い方から順番に、挨拶回りをしていった。

どうも、お元気ですか。その節はお世話になりました。これからは転移を利用してカーラマーラとの直接交易などできればよいなと考えております……みたいな内容のことを、伝えた。

俺一人では信憑性も怪しいところだったので、カーラマーラ議会の承認印を押された正式な外交文書と、それを携えた外交官も早々にリリィに用意してもらった。

文書も外交官も、7日の内に俺の元へとやって来た。どうやったのかは知らないが、リリィは一日もかけずに議会を掌握したようである。

こういうの、もっと根回しとか利害関係で交渉が難航するものかと思ったが……どういう魔法を使ったかは、あえては追及するまい。たとえリリィがどんな手を使ったとしても、それは鍵を託した俺の責任でもある。後からケチをつけるような真似はしない。

ともかく、それぞれの国に、それぞれ恩を売ってきた甲斐もあって、ひとまず悪いようには扱われなかった。本格的な外交交渉はこれから始まることになるが、そっちの方もリリィに丸投げとなる。

そうして、挨拶回りも終えた曙光の月11日。

ファーレンのモリガンから、スパーダへ向けての帰路へと俺達はついた。

「リリィさんは許したかもしれませんが、私は許してはいませんので」

「俺だってそんな気はないから……」

深い森を貫く街道を、フィオナと馬を並べて走る。

空は快晴で、爽やかな朝の空気が気持ちいいが、フィオナは若干ご機嫌斜め。

「クロノさんは押しに弱そうなので、見ていてちょっと不安になります」

真実すぎて何も言い返せない。

こんなことになっているのは、ブリギットと再会した昨日、それはもう熱烈な歓迎をされたからである。

ダークエルフの美女にここまで熱を上げられることに、男としては悪い気どころではないのだが、すでに決まった相手がいる以上、心苦しいことこの上ない。

流石にあの時みたいな直接的な迫られ方はしなかったものの、鈍感のそしりを欲しいままにする俺でも分かるほどの、あからさまな誘惑とアプローチの数々に、大いに精神力が削られたものだ。

「フィオナだって、ドワーフの王子様がご執心だったじゃないか」

ダマスクで炎龍を操りフレイムオーク軍を返り討ちにした戦果は、フィオナ一人の独占だ。アダマントリアではフィオナはちょっとした英雄である。

王宮にて、第一王子ブレダが堂々たる告白をしたことと、真正面から断って見せたフィオナの姿は記憶に新しい。

一昨日に訪れた時は、流石にあからさまなアプローチはなかったものの、王子がまだまだ憧れの眼差しを向けることには、気づかずにはいられなかった。

「妬きましたか?」

「少しな」

「それなら、いいです」

そんな甘酸っぱいやり取りを楽しみながら、俺達はのんびりドライブ気分で、スパーダへ続く道を駆け抜けていった。

曙光の月17日。一週間ほどかけて、俺達はついにスパーダへと帰りついた。

ああ、懐かしき我が家。

でも、この貴族街の隅に買った呪われた事故物件のお屋敷に、実際に住んだ時間よりも、カーラマーラへ旅立ってからの方が長いのだが。

それでも、ここが今の俺達の家なのだ。堂々と胸を張って帰還を果たす。

「おかえりなさいませ、ご 主人様(マイロード) 」

「お、おう」

門を開いて入れば、ズラズラと立ち並ぶホムンクルスの執事&メイドの集団。

おかしいな、ウチの執事とメイドはセバスティアーノとロッテンマイヤーの二人だけだったはずなのだが、なんでこんな何十人も増えてるんだ。

「彼らはリリィ様の命により、スパーダで活動しているホムンクルス達。外で活動を許された最精鋭で、マスターの帰還に合わせて集結したと思われる」

「なるほどな」

ホムンクルス達の活動も、リリィに任せている。というか、元々リリィが作り出した者達であり、俺は全く関与してはいないし、人手が必要なこともなかったので、これまでノータッチだ。それこそ、執事とメイドが一人ずつ屋敷にいてくれればそれで充分だったわけで。

でもこれからは、そういうワケにもいかないな。

「崇高なる使命を果たされたこと、お慶び申し上げます。ご帰還をお待ちしておりました」

「大袈裟だな。リリィから何か仕事を頼まれているなら、戻ってもいいぞ、 一号(アイン) 」

「……名前だけでなく、顔まで覚えていただけるとは、光栄の極み」

本当に感動したように、恭しく頭を下げられるが……実は顔を覚えたワケではなく、その腰の『ダイアモンドの騎士剣』で見分けつけてるだけ、とは言いにくかった。

でも最初の九人の一号機、長男にあたるアインは分かりやすいポジションではある。感情表現も普通の人間並み。サリエルをとっくに超えている。

彼は執事服ではなく、騎士のようにカッチリした衣装を着こんでいるので、ウチにはただの家事手伝いで来たわけではないのだろう。確か、俺が聞いた限りでは、シャングリラにある武装を試す実験部隊をやっているはずだ。

「すでに新たな命は賜っております。ですが、その話は後ほど。長旅、お疲れでしょう。まずはごゆっくり、お休みいただければと」

「ファーレンからのんびり帰って来ただけだから、大して疲れてもいないけど、お言葉に甘えるよ」

もう夕方だし、あとはもう飯食って風呂入って寝るだけで、みたいな時間帯だ。

俺がアインと言葉を交わしている僅かな間に、騎馬のメリーとマリー、それからサリエルのペガサスであるシロは、それぞれメイドに手綱を引かれて厩舎へと向かっている。

しばらくご無沙汰になってしまった、俺の相棒の 不死馬(ナイトメア) のメリーだが、スパーダへの帰路でずっと乗り回したことで、ようやくご機嫌も戻ったといった感じだった。

「私は工房にいますので、ご飯の用意ができたら呼んでください」

「着替えが済み次第、メイド業務に復帰します」

「さーて、メイド長ヒツギのご帰還ですよ! サリーちゃん、ミったん、張り切っていきましょう!」

玄関を潜ると、各自解散となった。

フィオナは真っ直ぐ地下室の工房へ向かい、サリエルは今すぐメイドの仕事を始める気満々だし、影からは勝手にヒツギがミリアを乗り回して出ていくし。

これが我が家の日常だったな。

「俺は部屋に戻って、アイテムでも整理するかな……」

珍しく一人でゆっくりできる時間でもある。

黙って付き添う執事とメイドに断りを入れて、俺は一人で二階の自室へと向かった。ずっと傍で見られているのは落ち着かない。

そうして、自分の部屋なので当然ノックもなく、いきなりガチャリと扉を開けば、

「……!?」

部屋の真ん中で、小さいメイドが立っていた。

何故か、俺の枕を抱きしめて。

「あー、悪い、掃除中だったか?」

主不在の部屋にメイドがいるなら、それ以外に特に理由はないだろう。

しかし、クローン人間のように似たような顔と体格のホムンクルス達にあって、この子は明らかに容姿が異なっている。

レキやウルスラと同じくらいの歳ごろに、小柄な体格。だが、その白髪と青い目に、人形のように整った容姿は、ホムンクルスであることには間違いない。

子供型なんてのもあるのか……いや、それにしてはやけに胸が膨らんでいるような……やめよう、あんまりジロジロ見ると犯罪的だ。

「今、帰ったところなんだ。もう掃除はいいから、行っていいぞ」

「……」

なんだろう、この子、無表情ながらも目だけ見開いて、俺のことを見つめたままピクリとも動かない。

まるで蛇に睨まれたカエル。え、なに、まさか本当に恐ろしさのあまり硬直してるとかじゃないよね? ホムンクルスだから俺の顔が怖いとか思わないはずだよね??

「君、大丈夫か? 体調でも悪いんじゃ————」

「……イエス、マイロード」

ようやく再起動したように、メイド少女はやけに固い動きで、俺の言った通り扉へ向かい、退室していった。

俺の枕を抱えたまま。

「今から洗濯でもするのか?」

うーん、ちょっと横になりたい気分もしたから、枕は返して欲しかったが……まぁいいや。

それより影空間の中を大掃除しなくては。使うもの、使わないもの、ゴミ、それから、シモンやウィルに買ってきたお土産も分けておかないと。

私の名前はF-0081。

通常兵器の実験部隊『シルフィード』の隊員として抜擢され、スパーダで活動を始めてから早くも半年近くが過ぎようとしています。

活動拠点として使用が許可された、ご 主人様(ロード) のお屋敷に住むのも、ようやく慣れてきました。当初は神域も同然のこのお屋敷には、立ち入るだけで卒倒しそうなほどの緊張感でしたが、ここにいる間はメイドとしての職務も果たさなければなりません。

私はホムンクルスとして、そしてクロノ様という神の僕として、使命感を燃やして仕事に取り組みます。ここでの掃除洗濯は、 機甲鎧(パワーアーマー) を着込んでモンスターと戦うよりも集中力を要する重大任務。

いつか働きぶりが評価されれば、クロノ様のお部屋を掃除したり、お召し物を洗濯する機会も巡ってくるかもしれません。

「————F-0081、ロードの寝室の清掃を命じる」

ついに、その時が来た。

現在、お屋敷を預かるメイド長たる 名付き(ネームド) ホムンクルスのロッテンマイヤーより、待望の指令が下される。

「今日はロードがご帰還する到着予定日である。速やかに実行されたし」

「任務了解」

高鳴る鼓動を胸に、私は単独で寝室へ……神域の中の神域へと踏み込む。

「すぅー」

入った瞬間、無意識に深呼吸。

主が不在の間も、特に入念に清掃が行き届いた寝室には、何の残り香も感じることは出来ない。

それでも、ここが神の寝所であると思えば、得も言われぬ喜びの感情が胸いっぱいに満たされてゆく。

ああ、もっと、もっとこれを感じたい。感じていたい————

「……はっ」

危ない。今、意識を失いそうになってしまった。

入って早々、倒れるなどという無様を晒すわけにはまいりません。まずは使命を果たさなくては。

ここの清掃は至福の一言に尽きる。

神聖なるこの場所に、自分が直接奉仕できることの喜び。いつもよりも、神様へと近づけたという実感。

酔う、という感覚はこういうことをいうのでしょうか。フワフワと微睡む様な心持ちでありながらも、シャングリラで散々叩き込まれた清掃術は正確に実行される。

「……完了」

しかし、元より掃除の行き届いたこの部屋には、さほどの時間もかからない。

あっという間に夢から覚めてしまったような気分で、未練がましく寝室を一望する————と、私は気づいてしまった。

「枕がずれている」

ベッドメイキングは、また別な者の担当となっている。

同じ寝室とはいえ、その上を歩くだけの床と、御身を横たえるベッドとでは、重要性の次元が違う。

私程度の立場では、触れることも許されない神聖領域、ですが……次の瞬間には、マイロードがご帰還されるかもしれない。

そして、ここでの安らかなる休息をお望みとあれば、

「このままではいけない」

こんな規定位置から2センチもズレた枕をお見せするわけにはいきません。

ベッドメイクの不備は、担当者だけでなく、我々ホムンクルス全ての忠誠と働きを大いに揺るがしかねない一大事。

「緊急事態と認定。F-0081の対応を自己判断」

私がやるしかない。越権行為は重大な違反であるが、主の心の安寧を守るためならば、是非もなし。

私は、そう、私はただ純粋にホムンクルスとしての使命感をもって、枕へと手を伸ばし、

「すぅー、はぁー」

気が付けば、私は枕を抱きしめ、顔を埋めていた。

な、なにが起こったのか、自分でも理解ができない……これは動作不良だとか、不明なエラーだとか、そんなチャチなものでは断じて……

「すんすん」

匂いなどしない。綺麗に洗濯のされた、一点の汚れもない真っ白で柔らかな枕。もしかすれば、これはまだ一度も使用されたことのない新品なのかもしれません。

ああ、それでも、どうしてこんなにも気持ちは抑えられないのか。

感情だけではない。燃えるように体が熱くなってくる。

大きな胸はバクバクと爆発しそうな鼓動を上げては、腹の奥底に炎と雷が同時に迸ったかのような強烈な衝動が湧き上がる。

自分で自分が制御できない————これは、まさか、セクサロイドの 本能(プライオリティコード) が暴走————

「あー、悪い、掃除中だったか?」

「!?」

ガチャリ、と扉が開かれた音と共に、私の耳が声を捉える。

かつて、一度だけディスティニーランドでそのお姿を目撃し、僅かながらもお声を聴いた。忘れるはずもなく、何よりも強く記憶回路に刻み付けた。

誕生の直後に廃棄が決まった出来損ないの私に、生きることを許された、いと慈悲深き主。

私の神が、そこにいた。

完全に思考が停止し、頭の中も、目の前も、真っ白になっていく。

主が、私を見ている。主が、私にお声をかけてくれた。

そして何より……見られた。こんな、こんな姿を……

「今、帰ったところなんだ。もう掃除はいいから、行っていいぞ」

それでも、主人の道具たるホムンクルスの本能が、明確な命令の言葉に忠実に従ってくれた。

ギギギ、と錆付いた機甲鎧よりも固い動きで、私は再起動する。

「君、大丈夫か? 体調でも悪いんじゃ————」

「……イエス、マイロード」

速やかに命令実行。

ただそれだけに集中し、体に染みついた礼をとり、それから扉を開き、外へと出る。

扉を閉め終わった時、まだ、自分が枕を抱えていることに気が付いた。

「……きゅう」

変な声が勝手に口から洩れながら、私は倒れた。

過剰な負荷が脳へとかかっている。現実を正しく認識できない、混乱状態。

もう、意識を強制的にシャットダウンするしかない。

「衛生兵」

薄れゆく意識の中、ロッテンマイヤーが助けを呼んでくれたらしいことだけは、聞こえました。

ごめんなさい、任務、失敗です……