軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第295話 白金の月14日・スパーダ西南街道(1)

「ふぁーっはっはっは!」

今日も今日とて、元気にスパーダの第二王子の高笑いが響く。

陽の光が降り注ぐ屋外で叫んでくれれば良いのだが、現在、彼がいる場所は多くの生徒達がほとんどすし詰め状態になっている竜車の中である。

無論、行き先は野外演習の舞台となるランク3ダンジョン『イスキア丘陵』、今はそこへ向かう途上にあるということだ。

学生にしてすでに騎馬を持つ者はそれに乗っているが、多くの生徒は所有していない。故に、大人数での移動に最も適した竜車が利用されているのである。

この大型の温厚な草食竜ランドドラゴンによって引かれる車体は、馬車と比べ何倍も大きな広さを誇っているが、流石に人一人が大声で高笑いすれば普通にうるさい。

それでも「やかましい!」と一喝できる者がいないのは、なんだかんだで彼が王子様であるからだろう。

「うるさいよウィル」

否、ここに一人、平然と自国の王子様に文句をつけられる人物がいた。

「おっと、すまぬなシモンよ。だが、この旧世界を火の海に沈めたという『 撃ち滅ぼす黒鉄(バスターライフル) 』が、再び滅びの炎を世界へもたらさんとするのだ。くくっ、如何にこの我といえども、暗き愉悦を抑えられんのだ、くくくっ、ふはははは――」

また勝手な脳内設定を語り始める友人の様子に、どこまでも呆れたジト目でシモンが言う。

「銃はそんなに威力ないんだから、撃つモンスターはよく選ばなきゃダメだよ」

「ふっ、我が獲物に定められるとは、まこと呪われし運命に生まれたものよ」

はぁ、と呆れたと言わんばかりに小さく溜息をつくのは、小柄な女子――ではなく、れっきとした男子生徒であるシモン。

この口の減らない王子様と友誼を結んでより未だ日は浅いが、それでも彼の残念な性格を理解するには十分すぎる時間はあった。

故に、何故こんな無駄に高いテンションになっているのかも、シモンにはおおよそ察しがついた。

うっかり地味とか口を滑らせてしまったウィルハルトではあるが、なんだかんだで、新しい武器を実戦で使用するのが楽しみなのである。

同じ男として気持ちはわからないでもないので、馬鹿にしたりはしないが。

「というか、ウィルは大将なんだから、調子に乗って前に出ちゃダメだよ」

野外演習とはすなわち集団における軍事行動の練習が目的である以上、一つの軍団として明確な指揮系統が定められている。

そのトップは、例え戦闘の実力が伴わなくともスパーダの王子であるウィルハルトに決まった。

対抗馬のアヴァロンの第一王子ネロが辞退したので、即決だった。

そんなウィルハルト将軍閣下は、腹心の配下たるべきシモンの進言に猛然と反発した。

「なにおう! スパーダの将はみな最前線で部下を率いる勇猛果敢な――」

「それはお兄さんとかリア姉とかレオンハルト国王陛下とか、強い人の場合でしょ。ウィルは僕と同じように腕っ節はからきしなんだから、無茶しないでよね、わかった? 銃に頼りすぎると死ぬよ、弾切れで死ぬよ」

「う、うぬぅ……」

銃の開発者直々に致命的な正論を叩き付けられて、ウィルハルトはようやく静かになった。

だが、またしばらく時間が経つと、その肩に担ぐ試作型ライフルをカチャカチャと弄り始めるのだから困ったものである。

それでも、完成から短い期間だがウィルハルトにはしっかりライフルの扱い方を叩き込む、もとい、優しくレクチャーしてあるので、変に弄って壊れてしまうことはないだろう。

すでにバラバラに分解清掃、そして組み立てまでを一人で完璧にこなすのだから。

「……ふわぁ」

規則的な揺れが昼下がりの眠気をより一層に刺激し、シモンが思わず小さなあくびを零した時だった。

「ウィル様、来ます」

ウィルを挟んでシモンとは反対側の席で影のように控えていた、護衛メイドのセリアが口を開いた。

「なにっ、敵襲か――などと、この我が慌てるとでも思ったかセリア? くっくっく、甘いな、まるでシャルロットが飲む砂糖が飽和水溶液状態の紅茶のように甘いぞ。この我を欺く、小粋で洒落たスパーダジョークをかますのならばもう少し現実的なチョイスをオススメする。こんな街道で、しかも武装した神学生の大集団を相手に、如何に知能の足らないモンスターといえども、白昼堂々襲撃をしかけることなどあるま――」

「て、敵襲っ!!」

長セリフを遮ったのは、外から聞こえた絶叫――否、モンスターの襲来を告げる、伝令の声だった。

「な、な、なんだとぉ!?」

「ウィル、落ち着いて」

「落ち着いてくださいウィル様」

両サイドから同じ内容の言葉が届く。

「う、うむ、そうだな、まずは冷静に深呼吸をして、スゥーハァー! よし、落ち着いたぞ、それで、次に何をすれば良いのだ?」

「……もう一回深呼吸してみたら?」

ちょっと冷ややかな視線と回答をよこすシモンを前に、ウィルハルトはもう一度、落ち着いて深呼吸をするより他はなかった。

大きく息を吸って、吐く。

その単純な動作の二度目を終えたウィルハルトは、静かに口を開いた。

「すまん、取り乱してしまったようだな。まずは竜車を停止させ、それから迎撃準備だ」

今度こそ冷静さを取り戻したウィルハルトは、事前に学習しておいた、街道で進軍中にモンスターの襲来があったパターンの対処を、教科書通りに指示を出した。

最初の命令である竜車の停止は即座に実行され、揺りかごのように続く断続的な振動が止まる。

次に自分の配下である幹部候補生と騎士候補生の混ざった数十名の生徒たちを降車させる。

大将とはいえ不人気ぶりで有名な第二王子、その直属部隊には神学生の中でも‘余り者’と呼べる生徒たちばかりで、種族も所属コースもバラバラのメンバー構成となっている。

その中にはつい最近、盗賊に襲われ仲間を失いパーティを維持できなくなったワケアリな生徒も含まれる。

しかしながら、流石は世に名高い王立スパーダ神学校の生徒、彼らは訓練通り迅速に、かつ、車外の安全をしっかりと確認してから外へ展開していく。

幹部候補生はエリートの証たる赤マントが特徴的な制服姿のままだが、兵たる騎士候補生はみなそれぞれのクラスに見合った装備をしている。

金属鎧をまとった者が慌しく動くガチャガチャという音が狭い車内に殊更に大きく響き渡った。

そうして、最後に竜車を降りるのは大将であるウィルハルト。

座席から立ち上がると同時に、自分と同じ試作型ライフルを担ぎ先行しようとするシモンへ声をかける。

「シモンよ、存外に肝が据わっておるのだな」

制服の上に羽織った濃紺のコートをなびかせて、小さな頭が振り返る。

「忘れたの? これでも僕、戦争経験者だよ」

少しだけ寂しげな表情で言い残し、シモンは車内後部にある乗車口から飛び出していった。

「我が魂の盟友に、これ以上恥ずかしいところは見せられんな……」

そうして、ウィルハルトも友人たる小さな背中に続いた。

「おいおい、初日から戦闘とかツイてねぇぜ……」

頭の角から尻尾の毛先まで見事な純白に染まった美しいユニコーンの上で、ネロ・ユリウス・エルロードは酷くげんなりした様子でそう零した。

今、神学生の集団の最前列にいるネロの赤い瞳には、遥か前方より土煙を上げてモンスターの集団が真っ直ぐこちらへ突撃してくる姿が映る。

対する 神学生(こちら) 側は速やかに進軍を停止し、迎撃体勢に移行中――すなわち、武器を担いだ生徒たちが慌しく行き交っている。

「よっしゃあ! いきなり出番とは、幸先いいじゃねぇか!」

ネロの右隣には、今にも背負う大剣を引き抜き、そのまま跨る 二角獣(バイコーン) に鞭打って全速前進していきそうなカイ・エスト・ガルブレイズが叫ぶ。

彼もまた、前方より迫り来る敵の姿が見えていた。

一般的な人間の成人男性よりも一回り大きな体格は、分厚い筋肉の鎧に覆われており、その暗褐色の肌色がより一層の重厚感を漂わせている。

醜く歪んだ凶悪な相貌、大きく開いた口からは黄ばんだ乱杭歯が覗き、両目は完全に血走っている。

おまけに丸太のように太い逞しい腕には、大きな骨の棍棒やら錆付いたハンマーやら刃こぼれした剣といった凶器が握られ、それを高らかに掲げて振り回しているのだ。

その姿と行動を見れば、どうやらモンスターの集団は武装したオークであると即座に判断できる。

恐らくはランク4ダンジョン『ラティフンディア大森林』から流れてきたものだろう。

この街道の周囲には木々もまばらな林が広がっているが、少しばかり奥へと進めばそのままラティの森へと繋がっているのだ、誰でも簡単に予想がつく。

しかしながら、この一団がモンスター同士の過酷な縄張り争いに敗れたのか、それとも他に理由があって出てきたのかは不明である。

もっとも、そんなことを気にする者は誰一人いないので、瑣末な問題に過ぎない。

「別にあれくらいの敵ならネロは休んでてもいいわよ。それにほら、一応、部下もいるわけだし指示する人は必要でしょ?」

珍しい真紅の毛並みの馬に乗るのは、その毛色と同じカラーを持つ、シャルロット・トリスタン・スパーダ。

彼女の耳にも、オークの集団から一切の知性を感じさせない雄叫びが届いている。

彼らの様子からいって、万が一にでも野生のモンスターのような格好をした、スパーダ国民のオークであるという可能性はない。

背後に控える神学生達も、日ごろの鍛錬の成果を発揮して心置きなく攻撃できるだろう。

「私も先に行かせもらうわね、新しい 僕(シモベ) をテストしたいから」

ネロの真後ろから呟くような台詞を届かせたのは、希少な八本脚の馬スレイプニール――に似せて『 屍霊術(ネクロマンシー) 』で作った馬のアンデッドに跨る、サフィール・マーヤ・ハイドラ。

目前に迫るオーク軍団は、どう多く見積もっても百には届かないことが確認できる。

「サフィまでヤル気とは珍しいな。それじゃお前らに任せた、俺が後ろのヤツらにちゃんと指示しといてやる。危ねぇから近づくな、ってよ」

不敵な笑みを浮かべるネロに、頼れるメンバーが応える。

「そんじゃあいっちょ、ひと暴れしてくるぜっ!」

「このシャルロット様に任せなさいよ、一発で吹き飛ばしてやるんだからっ!」

「雑魚の素材はいらないけど」

三者三様に異なる、だが、そこに篭められた絶対の自信は同じ台詞を残し、騎馬の尻へ鞭を入れた。

高らかないななきが三つ重なると同時、力強く地を蹴って疾風のように駆けだしていく。

「片付くまでに十分ってとこか、一息つく暇もねぇな」