軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第294話 白金の月13日・アヴァロン郊外

都市国家群の中で最も古い歴史を誇るアヴァロン、その郊外に一軒の屋敷が立っている。

国の政治に関わる、あるいは広大な領地や莫大な財を蓄えた大貴族の邸宅が立ち並ぶのはスパーダと同じく王城周辺、都市の中心区画であるので、屋敷が郊外という立地しているというだけでその持ち主のおおよその素性も知れるというものだ。

そして特に例外ということもなく、実際にこの屋敷に住むのはアヴァロンでそこそこ成功している商人であった。

もうあと数年で壮年と呼べる年齢の夫婦、種族はエルフ、真っ当な恋愛結婚の末に結ばれた幸せな二人である。

去年まで深く頭を悩ませていた子供ができないという問題も、妻の大きく膨らんだお腹を見れば、すでに解決したとわかるだろう。念願の第一子誕生は今月中にも叶うに違いない。

そんな更なる幸せの只中にある二人の元を尋ねる人物がいた。

「白光教会の者です、貧しい子供たちのために、どうか寄付をお願いします」

アヴァロンに限らず、大きな都市ではよくある手合いである。

今の時代では国も弱者救済の政策を打ち出すし、古来より続く黒き神々を祭る神殿も様々な慈善活動を行っている。

だからといって、全ての人が救われる、より端的にいって、金銭的に恵まれるわけではない。

故に、ワケの分からない怪しい新興宗教などが勝手に名乗りを上げて、寄付を募るという行動が見られるのは古くから続く人の悪習でもあった。

「白光教会か、確か貧民街で孤児院を営んでいるようだが……あまり良い噂も聞かない、お引取り願おうか」

相手が伝統と格式のアヴァロン神殿からやって来た者であれば、まともに取り合い、ある程度の寄付も考えられたが、所詮は十把一絡げの胡散臭い宗教団体である。

エルフの商人は、雇っている警備の者にお断りの旨を伝えるよう命じた。

その時、白光教会を名乗る者は素直に帰っていった。

「白光教会の者です、貧しい子供たちのために、どうか寄付をお願いします」

しばらくすると、再び現れた。

商人は今度も断った、当然の判断である。

「白光教会の者です、貧しい子供たちのために、どうか寄付をお願いします」

そして三度目の訪れ。

時刻は零時を過ぎ、白金の月12日から13日へと日付も変わる真夜中に。

商人は、今度こそ断れなかった――いいや、断れる状況ではなくなったのだ。

「な、なんなんだお前たちは……こんなことをして、冗談では済まされないぞ!」

エルフの商人は、屋敷のリビングにて縄で拘束されていた。隣には身重の妻も同様に床へ転がされている。

他でもない、この突如として屋敷に乗り込んできた『白光教会の者』たちの手によって。

「白き光の導きに叛く魔族、許しがたいね」

二人に向かって、抑揚はないが確かな侮蔑の意味が篭った言葉を投げかけるのは、一人の白い少年であった。

銀糸の如く煌き流れる繊細な銀髪に、輝かんばかりの白い肌。

その小柄で華奢な身にまとうのは、金色の十字をあしらった装飾が随所に施された純白の法衣。

一見しただけでは、少年であるのか少女であるのか分からない、だが、ただその容貌が美しいことだけは瞬間的に理解させる、紅顔の美少年である。

だが、彼の青い瞳にはそこにあって然るべき少年らしい輝きはなく、ただひたすらに無感動に淀んでいた。

「よーするにさぁ、ケチって金ださないアンタたちが悪いってコト!」

少年の隣でキンキンと響く甲高い声をあげる少女は、炎の原色魔力を色濃く反映する赤い髪と瞳に、その十代半ばといった年齢相応にチャーミングな容姿。

彼女が身にまとう黒字に金の縁取りがあしらわれたブレザーは、かの有名なアヴァロン帝国学院の制服である。

しかし、限界ギリギリまで丈が短くなったスカートに、ピアスの穿たれた臍まで見えるほど過激に着崩した姿は、とても厳格な学院生には見えない。

大きく開いた胸元からは、白い翼のタトゥーが覗き、若い娼婦に制服だけ着せたといった方が納得できるだろう。

「それじゃ、天罰ってことで、ここにあるのぜーんぶ貰っちゃうから、キャハハ!」

少女の笑い声に応えたのは、背後に控える同年代の少年達だった。

「よっしゃー早いもん勝ちだぜぇーっ!」

「聖母の恵みにマジ感謝ぁー!」

彼らは二人と違い、如何にもスラムのチンピラといった格好をした者ばかり。

だが、今はただひたすらに‘有る’ところから奪うだけの押し入り強盗という、法で罰せられるべき不良以下の存在であった。

豪商、と呼べるほどのたたずまいではないが、アヴァロンの一般家庭よりもよほど上等なリビングは幼い略奪者の手によって瞬く間に荒らされていく。

求める物は金銀財貨、あるいは、一目で価値が分かる美しい輝きを放つ宝石、貴金属。

物の価値もセンスも理解できない無知無教養な彼らは、屋敷内に飾られている絵画や彫刻の美術的価値を省みる事なく、ただ壊して遊べるくらいの認識しか持ち得ない。

破壊の手は当然、リビングだけに留まらない、そもそも、お目当てである金目の物は寝室など別な部屋にある公算が高い。

略奪の嵐は、この屋敷を端から端まで、地下の一室まで残さず吹き荒れるまで止まることはないだろう。

苦心して築き上げた己の城を蹂躙される様子を見せ付けられた商人は、その蛮行を止めるよう請うしかなかった。

「た、頼む、これ以上はやめてくれ、寄付でもなんでもする!」

「魔族の言葉に貸す耳はないよ」

いつの間にか、どっかりとソファに腰を降ろしている麗しい少年神官は、商人の懇願を一蹴。

「って言うかぁ、そーゆうのマジで意味ないから、アタシらもう外にいたヒトみんな殺っちゃったし」

ケタケタと笑いながら、制服の少女は少年の隣へ飛び込むような勢いでソファに乗る。

細い足を組みながら、少年へと未成熟の体を寄せるその仕草は妙に慣れたものだった。

「くうっ……」

少女の言葉に、エルフの商人は「やはり」といったように顔を歪ませる。

隣に転がされる彼の妻などは、今初めて殺人が行われたという事実を突きつけられ、顔を真っ青にして身を震わせた。

「あはは、ランク3とか言ってたケドぉ、ウチと 守護戦士(ガーディアン) がいれば超楽勝だったし!」

少女の手に炎の魔法を行使する為だろう赤色の 短杖(ワンド) が握られていることから、彼女が炎魔術士のクラスであることは、戦いに疎い商人でも察することができる。

果たして彼女の実力が本物の学院生に匹敵するかはわからないが、実際に相対すればその見た目から即座に脅威を覚えることはないだろう。

商人が彼女の言葉が嘘偽りない事実であると信じられるのは、実際にこうして屋敷に踏み入られたこと、そして『 守護戦士(ガーディアン) 』と彼らに呼ばれる存在が、その名に恥じぬ威圧感を持って目の前に立っているからに他ならない。

そう、この場にいるのは歳若い少年少女だけではない、まるで彼らの保護者であるかのように、身の丈2メートルに届かんばかりの巨大な人物がいるのだ。

所々に黒ずんだ染みのある汚れた白いサーコートを着た姿は、遺跡系ダンジョンに出没するという歩兵装備のアンデッドを思わせる。

登場から終始無言であること、そして、少年神官が行動を指示する以外は身じろぎ一つしないことから、本当にアンデッドなのかもしれない。

その頭は僧兵らしい頭巾で覆われ、顔には何故か鉄のマスクを被っているので、一見しただけで種族の判別はできない。

そんな不気味な姿と様子の巨漢が二人、正しく少年神官の守護者であるように佇んでいる。

恐怖で身がすくむ思いの商人でも、この少年達がこんな暴挙に及んだのは、他でもない、この 守護戦士(ガーディアン) という謎の人物を従えているからだろうと察することができた。

もっとも、そんな事を予想できたところで事態が解決するはずもなければ、なにより、彼に襲い掛かる本当の恐怖は、これから始まるのだ。

「魔族の子、原罪を負った新たな罪人の誕生に、聖母アリアは祝福を与えない」

「な、なにを……」

少年神官がふいに呟いた言葉の意味を正確に理解することはできなかったが、その目が愛する妻、そして、それ以上の愛をこれから注ぐべき子供が眠る腹部へ向けられたことで、どうしようもなく最悪の解釈をしてしまう。

「断罪しなきゃ」

そう言って懐から取り出したのは、純白に輝く宝玉だった。

大きさは少年の手のひらに納まるほど、だが、それが一個の 宝石(ダイアモンド) だと思えば規格外のサイズである。

商人としてそこそこの鑑定眼を持つ彼は、それが決して見せ掛けだけの 偽物(イミテーション) ではなく、本物の宝玉、しかも、魔力を秘めた 魔法具(マジック・アイテム) であることを一目で見抜いた。

その本物以上の品質しか持ち得ない見事な白い輝きに、商人は思わず現状を忘れて見入ってしまうほどだ。

「我が意を成せ、『 至天宝玉(ダイアモンド・ヘヴン) 』」

その言葉に反応し、白い宝玉が眩い光を一度だけ瞬かせる。

フラッシュを受けて、商人は 魅了(チャーム) の魔法から覚めたように我を取り戻す。

そして、いよいよ自分が命に関わる窮地に陥っていることを自覚する、つまり、 守護戦士(ガーディアン) の一体が、大振りのナイフを手に迫ってきたのだ。

「う、うわぁ!」

咄嗟の命乞いの台詞すら出ないまま、ただ悲鳴をあげることしかできない商人は、次の瞬間に襲い掛かるだろう激痛を思い体が硬直するだけの反応しかできなかった。

「あ……あ?」

数秒後に、商人は己の状態をようやく正確に認識した。

どうやら自分はナイフで刺されたわけではなく、体を縛っていた縄が切られただけだと判明した。

一体どういう意図で拘束をわざわざ解いたのか、その理由は理解できずとも、直後に明らかになった。

「え、あなた、何を――」

自由の身となった商人は、その場で立ち上がると同時、未だ足元に伏せっている身重の妻へ向かって片足を振り上げた。

「なっ――」

自分が何をしているのか理解できない困惑の台詞を商人が漏らしたが、それは絹を裂くような妻の悲鳴によって掻き消された。

彼の足は、庭先に湧いた害虫でも踏み潰すような渾身の勢いで、愛する妻の腹部へめり込んでいるのだ。

その衝撃は普通のエルフ女性である彼女の臓腑を駆け抜け、そして、膨らんだ腹部に宿す赤子にも間違いなく伝わっただろう。

一生涯この夫から振るわれるはずがなかった暴力を受けたショック、愛する子供の安否、どうしようもなく全身を苛む激痛――そんな感情が渾然一体となった苦痛の表情を浮かべる妻に向かって、追撃は即座に行われる。

「う、うわぁああ、なんだこれはっ、やめろ! 止まれ、止まれぇええ!!」

三度、四度、と延々と繰り返される暴力の嵐、それが自分の意思とは全く無関係、正しく体が勝手に動くという状態なのだと、彼はこの時ようやく理解する。

だが、それが分かったところで、愛する者を踏みにじる足が止まる事はなく、例え今から止まったとしても、すでに取り返しのつかない状態にあることは、血の泡を口から吹き出し白目を向いて気絶する妻の姿を見れば、一目瞭然であった。

「あっはっは、もう、やること鬼畜すぎー!」

「魔族の原罪は、死をもってしか贖われないからね」

そんな地獄を見ている夫婦を、柔らかなソファに身を横たえながら、二人の少年少女は高みの見物。

少女は指を指して笑い、少年は自分が行った事に対し何の感情も抱かない、変わらぬ濁った瞳を向けるのみ。

「ところでアレ、いつ止まるの?」

「止まるようにしていない」

「そっか、じゃあアタシが 屋敷(ココ) を燃やすまでそのままなんだ、ウケるー」

エルフの商人が死という名の解放を得られるのは、少年達がこの屋敷にある財を奪いつくすまで待たねばならない。

そして、それがまだしばらくの時間がかかるということを、ソファの上で体を重ねる体勢の二人はこれまでの経験上すでに知っていた。

「ねぇ、ここでシちゃおっか?」

「好きにすればいいよ」

「えへへっ、愛してるっ!」

そうして幼い二人は、暇つぶしに本当の意味で体を重ねる。

真実に愛を誓い合って結ばれた夫婦には苦しみに溢れる死が与えられ、歪んだ性愛で体だけ結ばれる少年少女は欲望のままに快楽を貪る――ここは正に、地獄であった。