軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第276話 お友達(2)

「今日はプライベートだから、堅苦しい敬語なんて使わなくてもいいですよクロノさん。というか、私がそうしたいんだけど、いいかしらクロノ君?」

なんて、普段ギルドで見るよりも親しみの篭った笑顔で言われて、無碍に断れる男はどれだけいるだろうか。

少なくとも俺は二つ返事で快諾してしまった。

「ところで、エリナさんは――」

「エリナ、でいいわよ」

少女リリィのように、パーフェクトにキマったウインク付きで訂正される。

「エリナはどうして 神学校(ここ) に?」

「私は文官コースの卒業生なのよ。今日はちょっと、後輩に会いにね」

前に神学校の卒業生なのか、なんて考えたこともあったが、どうやら的中だったようだ。

「良かったら、クロノ君も来ない?」

「いや、これから約束があるから遠慮するよ」

なんとも魅力的なお誘いではあるが、今日もネルさんから魔法を教えてもらう予定である。

「あら、先約があるなんて残念だわ」

「すみません」

「気にしないで、また誘うから」

マジですか――いや、まぁ社交辞令というヤツだろう。

それに最近、ちょっと忘れがちになるが、俺は決して今の時間を遊んで過ごしていてはいけないのだ。

ネルさんと過ごす時間は楽しくはあるものの、ちゃんと魔法は教わって、自分の力の糧としている。

まぁそんなワケで、純粋に遊び目的でエリナに付き合うにはちょっと抵抗がある。

今この瞬間も、リリィとフィオナが頑張っているのだと思えば尚更。

二人が帰ってきた時に、俺もしっかりパワーアップしたところを見せてやりたい。

出来れば、炎の加護を利用した爆発する攻撃魔法などで「派手ですね」と言わせたい。

「だから、ちゃんとギルドの方にも顔を出してよね。それに最近来てないし、寂しいじゃない」

寂しい、だなんて何とも男心を勘違いさせそうなことを言うお人だ。

そこはあまり気にせず置いといて、最近ギルドに行ってないのは事実である。

最後に行ったのは賊討伐からスパーダに帰ってきた時だから、もう二週間は行ってないことになるか。

現状では『エレメントマスター』は三人バラバラではあるが、別にパーティでなくともソロでクエストを受けてもいいわけだ。

うん、そうだな、折角だし覚えた黒魔法を試すのと、ちょっとした資金稼ぎに一人で適当なクエストを受けてみるのもいいかもしれない。

「ごめん、じゃあ明日には行くからオススメのクエストをよろしく」

「うふふ、クロノ君が満足するようなキツいヤツを特別に選んでおいてあげる」

「今一人だから、あんまりヤバいのはちょっと……」

もしかして殺人鬼ジョートから助けたことで、俺に過剰な期待を寄せているのかもしれない。

いや、ここは冗談だと思っておこう。

「一人? もしかしてパーティ解散でもした?」

「そんな恐ろしいこと言わないでくれ。今はちょっと別行動なだけで――」

それから、お互いの事を話しながら歩き続ける。

パーティメンバーが修行の為にスパーダを離れていること、特定のランク5モンスターを探していること、などなど、特に話しても問題ない範囲で俺の事情を語った。

また同時に、エリナの事も色々と聞いた。

彼氏募集中だとか、いざという時に助けてくれる逞しい男性が好みだとか、随分とプライベートな内容が明らかになってしまった。

全く、そんな話をして、年齢だけは現役高校生男子な俺を惑わそうとでも言うのか。げに恐ろしき看板受付嬢である。

だが俺は騙されたりはしない、気にしたら負け、というヤツだ。

そんなこんなで、エリナとは適当なところで別れ、俺は本来の予定通りネルさんがやって来るだろう寮への道を急いだ。

「クロノさん、ちょっと真面目な相談があるんですけど、聞いていただけませんか」

え、もしかして俺の作った料理、そんなに不味かった? という心当たりは無い。

寮まで帰って来ると、どうやら俺の方が一足遅かったようで、ネルさんがすでに玄関前で待っていた。

どちらが先に寮に着くかというのは誤差の範囲なので、そう気にするべきところではないのだが、ここで問題なのは、思い悩んでいるかのような神妙な顔つきでその台詞が放たれたことである。

その言葉を額面どおりに受け取るならば、俺に相談があるそうなのだが、はて、一国のお姫様を悩ませる問題とは一体何なのであろうか。高度に政治的なものだったら答えようがない。

とりあえず、聞くだけ聞かねば話は進まない。すでにネル先生専用教室と化している俺の自室に招きいれる。

俺は学習机とセットの椅子に、ネルさんはベッドに腰掛ける。雑談する時の定位置である。

この配置のせいで俺のベッドには白い羽根が紛れ込んでいたりするのだが、今は置いておこう。

「それで、相談とは?」

「あっ、はい……あの、クロノさんは……」

何だかやけに言いにくそうである、これは相当にヘビーな相談内容なのかもしれない、覚悟せねば。

「クロノさんは、私のこと……どう思ってるんですか」

散々に言い渋った末に、彼女の口から出てきたのは、何とも抽象的な言葉であった。

俺がネルさんのことをどう思っているか、とは、さて、どういう意図があっての発言――って、待てよ、これって男女の恋愛感情の有無を確認する台詞みたいじゃないか?

いや、待て待て、それは想像の飛躍ってもんだろう。

そうさ、これは本日二度目の男心勘違いワードに過ぎない。

なので、ここは早まった事は言わず、慎重に――

「クロノさんは私のこと、どう思ってるんですかっ!」

待ってよネルさん、今考え中だから畳み掛けるように二回言わないで。

「あーえっと、どう、とは?」

考えがまとまらなかった所為で、そんな曖昧な返ししか出てこなかった。

「どうって……あの、クロノさんは私のこと、お友達だと思ってくれているのかな、なんて……」

染み一つ無い白い頬を仄かに朱に染める様子は、恥らう女の子の魅力を完璧に体現しているのだが、台詞の内容は色っぽいものでは無く友達かどうか、である。

うむ、期待して、というか意識して損したと言うべきか。

「俺はネルさんのこと、普通に友達だと思ってますけど」

彼女とは出会ってまだ日も浅いし、まともに話したのもここ一週間ほどのことではあるが、魔法と料理の協力関係でそこそこ仲良くなれたのでは無いかと思っている。

ただ、身分の差は問題になるかもしれない。なんと言ってもお姫様と冒険者である、釣り合いが取れているとはとても言えない。

しかしながら、友情は必ずしも身分で定義されるものでもないだろう。少なくとも俺はそう思っている、でないとウィルにタメ口なんて利けないだろう。

俺がネルさんに対する思いというのは、例えるならば、高校生がクラスメイトの女子と最近急に話すようになった、みたいな状況で抱く感情だろうか。

堂々と友人と呼べるかどうかは微妙なラインかもしれないが、俺は友人を名乗っても良いと思っている。

「けど、すみません。ネルさんがそう思ってなければ、俺、ちょっと馴れ馴れしすぎましたね」

「いえっ、そんなことないです! 私もクロノさんのこと、大切なお友達だと思ってますから!」

ブルルン、と俺の目の前でブラウスに包まれた大きな二つの山が揺れる。

対面に座ったネルさんが、こちらへ身を乗り出したせいだ。

ここまでオーバーリアクションで友達宣言されるとは驚きである。

「そ、そうですか、ありがとうございます」

俺の若干引き気味な雰囲気を感じ取ったのだろうか、ネルさんは慌てるように着席しなおす。

背中の羽が忙しなくパタパタしているのは、恥かしさを誤魔化すためだろうか。こうしてまたベッドに羽が、いや、今は気にするまい。

まぁ、俺としてはここ最近の付き合いで、ネルさんはかなり感情表現が豊かだと分かっているので、多少のリアクション芸を見せられても微笑ましさしか感じられない。

というか、可愛いので大体の事は許せるだろう、悲しいかな男の性と言うヤツだ。

「それで、俺と友達かどうかっていうのが相談事ですか?」

「あっ、はい、半分くらいはそうです」

「もう半分は?」

「えっと、その……私、あんまりお友達が出来た経験が無くて……」

恥かしそうな素振りで、本当に恥かしい台詞が飛び出した。

いや、まぁ俺もそれを笑えるほど友人関係が豊かではない。スパーダに限って言えば、友人と呼べる間柄になれたのはネルさんを除けばウィルただ一人だけである。

「それは、その、今詳しく聞いても良い話ですか?」

「はい、クロノさんには聞いてほしいです」

なるほど、相談内容としてはここからが本番と言ったところか。

「クロノさんもご存知の通り、私はアヴァロンの第一王女です。このスパーダへの留学も大々的に公表されているので、神学校で知らない人はいないと思います」

よほど情報封鎖されなければ、王族の通学は話題にならないはずがない。

俺もウィルやネルさんと知り合わなかったとしても、通っていれば噂で耳にした事だろう。

噂と言えば、俺も多少は神学校でのネルさんの評判は聞いている。

「ネルさんは神学校のアイドル、とか言われるくらいですから、友達なんていくらでもいると思ったんですけど」

ランク5パーティ『ウイングロード』は置いといて、アヴァロンのネル姫様単独での噂を抽出してみても、そこにはどれも良い印象の内容ばかりである。

その天使の如き美貌だけでなく、彼女の心優しい性格、それこそ、俺なんかにもわざわざ声をかけて助けてくれたようにだ、そういう実際の善行が積み重なって形成されたイメージであろう。

おまけに、ネルさんの美しさと優しさに頭と心をヤラれてしまって、親衛隊を名乗るネル王女殿下ファンクラブも存在するとかしないとか。

「はい、確かに神学校の皆さんは、私にとても優しくしてくれますけど……」

「お姫様としか、扱ってくれない?」

「そう、そうなんですぅ!」

まさか的中するとは。よくあるパターンじゃないかと思ったが、まさか現実でも当てはまるとは……

「皆が優しくしてくれるのは、私がお姫様だからなんです」

「でも、それだけが理由じゃないと思いますよ? 本当に良いイメージを持たれていなかったら、王族と言っても良い噂は流れませんし」

だからウィル、お前の噂を俺は聞かなかったことにしている。

俺はお前が本当は良いヤツだってこと、ちゃんと知っているからな。

「はい、そうですね。私もテレパシー能力はありますし、皆が打算だけで私に良くしてくれているわけじゃない、というのはわかっています。

けど、それでもやっぱり、お姫様のイメージが最初に来てしまっているんですよ」

なるほど、善意はあっても、どうしても色眼鏡で見てしまうということか。

だが、それも人の心理を思えば当然だろう、俺だってネルさんの事をお姫様扱いに――

「でも、クロノさんだけは、違いました」

「え?」

思わず素で疑問の声が出てしまった。

だが、ネルさんには聞こえていなかったのか、それとも気にならなかっただけなのか、そのまま言葉を続けた。

「クロノさんはいつも、私に遠慮せずに何でも言ってくれますよね。うふふ、お料理が美味しくないって言われた時はショックでしたけど」

なんということだ、やっぱり俺はとんでもない無礼を働いていたようだ。

あの時はあまりの不味さに錯乱していたに違いない。相手がネルさんだから良かったものの、場合によっては本当に不敬罪に処される可能性があったのか。

どうやら俺はかなり幸運な王族との出会いだったのだろう。あの時に食堂でネロが言っていた、

「お前な、コイツらが誰か分かっててやってんのか? 軽々しく触れていい相手じゃねぇぞ」

というのは、傲慢な物言いでもなんでもなく、この世界の常識であったようだ。

「いえ、そんなこと無いですよ。俺だってネルさんがお姫様だってこと気にしてますし」

ここで必死にお姫様に敬意払ってますよアピールをするが、

「ふふ、良いんですよ、私、ちゃんと分かっていますから。

クロノさんは、私のことをアヴァロンのお姫様であるということを知っているだけで、全く意識していないですよね。

まるで、王族の事なんて知らない、ずっと遠くの国からやってきた人みたいです」

うわ、妙なところで鋭いぞネルさん……

「すみません、全くその通りです。どうも俺は王族とか貴族とか、身分の差っていうのが実感できなくて」

これ以上の誤魔化しは不可能。ならばもう、大人しく非を認めて謝るより他は無い。

「いえ、謝らないで下さい。私はそういうクロノさんだから、本当のお友達になれたんだと思うんです」

「そう言ってもらえると、助かります」

心情的にも、現実的にも、である。

ネルさんにとって俺の言動は奇跡的にも不興を買う事無く、かえって好印象に働いたようだ。

そうでなければ、いくら心優しいネル姫様でも毎日付き合ってくれたりしないだろう。

「だからクロノさん、私にもっと遠慮せずに、仲良くしてくれませんか?」

「勿論ですよ、俺ももっと、ネルさんと仲良くなりたいです」

俺は心からの笑顔を浮かべて、そう答える。スパーダで記念すべき二人目の友人である、その交友を深めることに否やは無い。

いや、それ以上に、今この時になってただの協力関係じゃない、純粋な友人関係が結べたんじゃないかと思う。

「ありがとうございますっ! それで、その、クロノさんにお願いがあるんですけど……いいですか?」

またモジモジとして言いにくそうなネルさん。どうやら彼女は人のお願いを聞くのは得意だが、自分からお願いするのは苦手なのだろう。

人によってはこの可愛らしく顔を赤くする姿に嗜虐心がくすぐられるのだろうが、そんな歪んだ性癖は持ち合わせていないので、ここは快諾するより他は無い。

「なんですか? ネルさんも俺に遠慮せず、なんでも言ってくださいよ」

俺にできることなら何でもするぜ、というニュアンスは伝わってくれたのだろう。ネルさんはついに覚悟が決まったのか、恥かしそうに、でも少しだけ嬉しそうに、お願いの内容を口にした。

「あの……クロノくん、って呼んでもいいですか?」

夕陽が差し込む放課後の教室で、気になるあの娘に告白された、みたいな感覚と言えばいいだろうか。

勿論、俺にはそんな素敵な経験は一度たりともないのだが、それはさておいて、ネルさんがありったけの勇気を振り絞って言いました、みたいな恥じらい顔で聞かせてくれた言葉には、それくらいのインパクトがあった。

落ち着け俺、そう自分に言い聞かせるのは今日で何度目になるだろうか。

つまるところ、冷静になることを意識しなければいけないほど俺は動揺しているのだ。

どんな無茶ぶりでも聞いてやる気概だったのだが、まさか、こんな可愛らしいお願いをされるとは思わなかった。

いくら友情の念からといっても、男相手にそんな言い方したら確実に誤解されますよネルさん。

フィオナとは違った方向に天然で困りものである――いや、困るのは俺が男子高校生的な不純さを少なからず持っているからだろう。

ともかく、このお願い自体は受け入れよう、文句のつけようなどありはしないのだから。

「いいですよ」

未だ動揺が尾を引いているせいか、ちょっとそっけない物言いになってしまい、余計に恥かしい。

視線もちょっと逸らしてしまったし。

「それと――」

まだ何かあるんですか。

ネルさんは顔を赤くしつつも、もうお願いを口にする勢いは止まらないようである。

「私のことはネル、って呼んで欲しいです。本当はクロノさ――クロノくん、敬語で話したりしないですよね?」

いちいち俺の呼び方を言い直すあたりが、なんともいじらしい。

いや、そんなことに感動してないで、

「あーえっと、本当にいいんですか? お姫様とタメ口きいているところなんて、他の生徒に見られたら――」

「他の人なんて関係ありません! お願いしますっ!!」

再びベッドから身を乗り出すネルさん、どこまでも全力投球なお人だ。

まぁ、すでにウィルとは平気でタメ口なワケだし、今更な言い訳ではあったが。

なんにせよ、俺にはもうこの勢い押し切られてしまっている、拒絶は無理だ。

「はい、わかりましたネルさん」

「クロノくん?」

「ああ、わかったよ、ネル」

そう正しい解答へ訂正すると、アヴァロンのお姫様は大層嬉しそうな笑顔を俺に見せてくれた。

何かもう、今日は魔法の勉強どころでは無い気がする……