軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第266話 白金の月11日12時の出会い(3)

「誠に申し訳ない」

スパーダの女将軍、エメリア・フリードリヒ・バルディエルは、その地位も身分も省みず、ただ己の非を認めて一人の女子学生に頭を下げていた。

「いえ、誤解が解けたようでなによりです」

対する女子生徒であるフィオナは、無表情ながらも言葉どおりに胸を撫で下ろしているように見える。

もしも本当にエメリアが剣を抜けば、抑えられる自信はフィオナにはなかった。

彼女が一軍を率いる将軍の地位にいるのは、その家柄でも美貌でもなく、ただひたすらに己の実力、『 嵐の戦女神(ヴァルキリーストーム) 』の異名をとる武力を誇っているからだというのは、スパーダに来て間もないフィオナの耳にも入るくらいには有名な話である。

そして実際に相対してみれば、その話が尾ひれのついた誇張表現ではないことを実感した。

互いに無用な血を流さずに済んだ事に安堵したのは、偽りなくフィオナの本心である。

「こちらこそ、何だか余計なことを言ってしまいましたね。あれではシモンさんに悪い虫がついたと思われても仕方ありません」

一応の事情説明として、自分達『エレメントマスター』は理事長の計らいでここへ住むことになったという経緯と、

「同じ種族の若い男女が同じパーティにいる、その意味が分かりますよね?」

という、シモンに対する恋愛感情の一切を否定するセリフによって、エメリアの理解を得るに至ったのである。

「言い訳するわけではないのだが、確かにそれが冷静さを失った要因ではある。済まないな、身内の事となると少しばかり熱くなってしまう」

「身内、ですか?」

その言い回しに、フィオナは引っかかるところがあった。

そもそも、フィオナが「シモンさんに悪い虫がついたと思われても仕方ありません」と、自身の発言の問題点を正確に認識できているのは、自分もまたその感情が即座に理解できるからである。

二人の立場に置き換えてみると、一人暮らしを始めたクロノの元に知らない女が当然のように住み着いていた、といったところだ。

そんな状況に自分が立ったとするならば、『 黄金太陽(オールソレイユ) 』の詠唱を止められる自信がフィオナには無かった。

そういう意味で、速攻で剣を抜かなかったエメリアの自制心の高さには尊敬の念を抱けるほどである。

ともかく、エメリアにとってのシモンは、自分にとってのクロノと同じような存在であると考えた。

で、あるならば、

「身内では無く、弟であるシモンさんただ一人に対して、ではないのですか?」

バルディエルの姓をもつ人物全てではなく、シモンという名の男だけが、唯一気にかける存在であるはずだ。

「……何のことだか、わからないな。私はただ家族を大切に思っていると言っているだけのことだ」

「嘘ですよね」

当たり障りのない、ごく自然なエメリアの返しを、フィオナは嘘であると確信を持って言い切った、いや、言わざるを得なかったともいうべきか。

なぜならフィオナは今、かつてないほど他人の心が分かるのだ。

天然だの空気が読めないだの散々な言われようをされ、また、その通りであった彼女だが、それでも彼女の心は分かるのだ。

そう、一人の男に思いを寄せる、女の気持ちを。

「一応、私もシモンさんと一つ所に住んでいるので、色々と話を耳にすることがありますよ。例えば、世話焼きなお姉さんの話とか」

「そうか……何と言っていた?」

「二度と顔を合わせたくないと」

瞬間、エメリアの青い瞳が僅かに揺れたのを、フィオナは確かに見た。

明確な拒絶の言葉をシモンが口にしたワケではないが、いつだったかクロノに姉のことを愚痴るように語っていた話を要約すれば、丸っきり嘘というものではない。

そしてその反応を見れば、彼女自身もまたシモンがそう思っていることを薄々感づいているのだと察するに余りある。

「酷いですよね、シモンさん。弟のことを一心に思ってくれるお姉さんの気持ちに全く気づかないなんて」

「そんなことは無い、シモンも本当は私の気持ちを……」

「分かっていたら、会いたくないとは思いませんよ。会ったところで、心を開くこともないでしょう、でも――」

言葉を重ねるたびに、さらに動揺するエメリアの瞳を真っ直ぐ見つめながら、フィオナはさらに続ける。

「――クロノさんにだけは、心を開いています。

シモンさんが復学するまでの間、お姉さんの屋敷にいたと聞きました、その時、クロノという名前の冒険者の活躍を、シモンさんが語ってはいませんでしたか? もし聞いていれば、私の言っていること、分かりますよね」

「……ああ、確かに、シモンはクロノという男の話をよくしていた」

「その話をするシモンさんは笑顔を浮かべて楽しそうにしてはいませんでしたか。お姉さんである、貴女には決して見せない笑顔を」

まるで見てきたかのように語るフィオナ。

勿論、エメリアの屋敷を監視していたはずもない。だが、フィオナにはシモンが嬉々としてクロノの活躍を語る姿が鮮明に思い描ける。

この寮に住んでいれば、シモンがどういう様子でクロノと接しているのかが分からないはずが無いからだ。

「これまでずっと面倒を見てきたお姉さんを嫌い、何故、最近知り合っただけのクロノさんにはあれほど懐いているのか、分かりますか?」

フィオナはエメリアの回答を待たずとも、彼女がこの質問に答えられないと確信していた。

会ってまだ一時間も経っていない、その人となりについては盗み聞きしたシモンの話から知り及んでいる情報のみ。そんな人物を相手に、何故これほどまでに彼女の心が手に取るようにわかるのか。

それは、ただ一人の男に対して強い思いを抱いているというだけではない。

それ以上に、このエメリアという女性は、

(シモンさんの事が好きで好きで堪らないんですよね。でも、その感情に自分で気がついていない、気がつこうとしない)

そう、つまり、クロノへの思いを自覚する前の自分と全く同じなのだ。

「……何故だ?」

そうして、フィオナの予想通りの答えがエメリアの口から吐き出される。

「分かりませんか? 簡単なことですよ。そして、それに気づけば、きっとシモンさんが貴女に接する態度も変わってきますよ」

「一体なんだというのだ、もったいぶらずに教えてくれないか」

「それは――」

ゴギュルルルルルルゥ

という、ドラゴンの咆哮じみた轟音が響き、フィオナの台詞を掻き消した。

どうやらその音は、凶暴なモンスターの口ではなく、フィオナの腹から聞こえたようである。

「すみません、お腹が空いたのでこれ以上の会話はちょっと無理そうです」

しれっとそんなことを言い放つフィオナを前に、クールな無表情を貫いていたエメリアも驚愕に目を見開いた。

「そ、そんなバカな話があるか!?」

「そう言われても、私はお腹が空いたら行動不能です。一刻も早く食事を摂らなければ命に関わります」

真顔で言うフィオナの台詞を、大げさととるか事実ととるか、ほぼ初対面のエメリアに分かるはずも無い。

別に何かしらの病やら特異体質を持っているわけではない、ぶっちゃけこのまま放っておいてもお腹が空いたフィオナが悲しいだけで、命に関わる事は全く無い。

「分かった、購買で何か買って――いや、この時間ではもう残っていないか」

「おや、よくご存知ですね」

「私はここの卒業生だからな。勿論、今から学食に行っても席が無いことも知っている」

そもそも軍学校的な色合いの強い王立スパーダ神学校、エメリアの出自も合わせて考えれば、彼女がここの幹部候補生であったというのは最も自然である。

「仕方無い、適当な店で奢ってやろう。だからちゃんと続きを話すのだぞ」

「はい、できれば美味しいお店でお願いします」

「……いいだろう」

エメリアは思わず苦笑を浮かべる。

そしてきっと、これから向かう飲食店に入ってからも苦笑を浮かべるだろうことは想像に難くなかった。