軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第265話 白金の月11日12時の出会い(2)

夜は酒場、昼は喫茶、そして昼夜問わず情報屋として営業している『フェアリーテイル』に、リリィは定期的に通っていた。

店長である妖精のカレンが情報屋としてそれなりに信頼できると判断したリリィはそのまま贔屓にしている。

ここで出されるお茶とお菓子の味も気に入っているというのもあるが。

前に来店した時は、ファーレンの盗賊の黒幕である奴隷商人について聞いたりしたものだ。

勿論、それについては噂どおりウイングロードに潰され、スパーダの 憲兵(ローガーディアン) に検挙されたので、完全に一件落着しているとの確認がとれたくらいのものであった。

そして今回訪れたのは、フィオナとの‘二人旅’をするにあたって諸国の情勢などの情報収集という目的があるのだが、実は一番の目的は別にあったりする。

「――例の計画を実行するには、もう少し時間がかかりそうだ」

と、神妙な顔つきで言うのはソフィア・シリウス・パーシファル、王立スパーダ神学校の理事長を務める、美貌のダークエルフ。

妖艶な美しさを誇るソフィアの対面には、優雅にティーカップを口にする愛らしい妖精リリィがいる。

「そう、やっぱり理事長ともなると色々大変なのかしら?」

「どちらかというと、パーシファルの家の方だな、これでも一応スパーダ四大貴族だからか、何かとしがらみが多くてね」

ふぅ、と悩ましげに溜息を吐くソフィアを見れば、如何にも高貴な家柄に相応しい奥様といった風に思える。

だが、彼女は未だ伴侶のいない自由な身であると同時に、

「普段は当主様と崇められていても、こういう時は不便なものさ、全く、イヤになる」

パーシファル家の現当主でもあるということを、リリィはすでに知っている。

知っていながら、リリィはこの四大貴族の当主という絶大な身分をもつ人物を、下層区画の表向き普通の喫茶店に呼び出し、昼食を共にしているのだ。

「でもいいじゃない、お堅い貴族の両親に反対される、なんて面倒な境遇じゃなくて」

「ふふ、それはそれで燃えるというものだろう?」

しかしながら、こうして二人が和やかに談笑を楽しんでいるところを見れば、すでに身分の差を越えた友情を結んでいるのだと分かるだろう。

そして、それは半ば以上の事実となりかけている。

リリィは恋する乙女(?)であるところのソフィアを応援しているし、ソフィアもまたこの恋心を打ち明けられる唯一の人物としてリリィに信頼を寄せている。

「そうそう、例の計画で使う 魔法具(マジック・アイテム) はもう揃っているのかしら?」

「昔の戦利品の中に使えそうなのが幾つかあった、まぁ、どれも倉庫の奥で埃を被っていたのだがね」

かつてランク5冒険者として勇名を轟かせたソフィア、彼女がそのクエストで得た財産の中にお目当てのアイテムがあるのは流石といったところか。

「実はソレが私も必要になって、良かったら融通してもらえないかしら? 高価なモノなら相応の対価を支払ってもいいわ」

「金のことは気にしなくてもいい、君が欲しいというのなら、いくらでも持って行けば良いさ」

あっさりと了承するソフィアは、それだけリリィを信用しているのか、それとも羽振りの良い貴族らしく太っ腹なだけなのか。

どちらにせよ、リリィはにこやかな笑みを浮かべて感謝の言葉を述べる。

「ありがとう、そう長く借りるつもりはないから、そっちの準備が整う頃には返せると思うわ」

「そうかい、助かるよ」

微笑を浮かべながら、ソフィアは自分のティーカップに手をかけた。

お茶を一口飲む姿にもどこか気品のようなものが感じられるのは、彼女の美貌と大貴族の出自の両方があるからだろう。

ここはど偉い貴族様が飲食するようなお高い店ではないのだが、冒険者の経験があるだけあって、高級嗜好や我侭は無く、純粋にこの一杯を味わっているのが窺える。

「さて、私は先に戻らせてもらうとするよ」

昼休みの時間を利用してここへ来ていたソフィアは、午後の執務が始まる前に神学校へ戻らなければならなかった。

学生であるリリィもそれは同じかもしれないが、どうやら今日は授業に出るつもりはないようだ。

「ええ、それじゃあねソフィア」

別れの言葉と、彼女の分は支払っておく旨をリリィは告げる。

お言葉に甘えたソフィアは、そのまま長い白銀の髪を翻して店を出て行った。

歩く彼女に店内で食事をする男の目が幾つも注がれていたが、お忍び用の地味なローブ姿だったので彼女の正体に気づく者はいなかっただろう。

「『 吹雪の戦乙女(ヴァルキリーブリザード) 』とご一緒するとは、リリィ様は素晴らしい御友人をお持ちのようですね」

ただ一人、この店の主であるカレンを除いて。

「ちょっと古い縁があってね」

ソフィアと入れ替わるように現れたカレンは、やはりウェイトレス姿。

来店した二人をこの‘奥の席’へ案内したのも彼女であったので、未だ仕事着であるのは当然と言えば当然だ。

そして、ここにリリィが座っているということは、これから情報屋としてのカレンに用があるということでもある。

「そういえばリリィ様、少しばかり気になる噂を耳にしたのですが、お聞きになりませんか?」

カレンが妖精の羽を瞬かせて、テーブルの上に降り立つと、先にそんな事を口にした。

「ええ、是非とも聞かせてもらおうかしら」

リリィは懐から取り出した一万クラン金貨をそっとテーブルの上に置いた。

「十字軍がスパーダへ攻め込む準備を進めている、というものなのですが――」

さらにリリィは、黙って金貨を三枚追加した。

「――アルザス村に大規模な要塞を建造中とのことです」

思わず、リリィの小さな口から溜息が漏れた。

「これは、思ってたより時間の余裕がないかもしれないわね……」

リリィは「友人との約束がある」と外出していったので、寮にはフィオナだけが残っていた。

そろそろ正午の鐘が鳴ろうかという時間帯、それはこの王立スパーダ神学校においては単純に時刻を示す為の音ではなく、昼食という名の熾烈な争奪戦の始まりを告げるゴングでもあるのだ。

フィオナは今日も購買を征するべく、満を持して出陣しようかと思い立ったその時である。

「……おや?」

寮の廊下をギシギシと鳴らして誰かが歩みを進める音が自室の扉越しに聞こえてきた。

確かな重量がボロい床板にかかることで響く音は、リリィとシモンの軽量級の人物ではならない。

ならばクロノが戻ってきたのか、とも思うが、どうにも気配からいって違うようである。

基本的に交友関係の狭いエレメントマスターのメンバーとシモンが住むこの寮へ、わざわざ訪れる者はそうそういない。

精々が物好きなスパーダの王子様くらいなものである、が、それ以外にも全く皆無ということはないのだろう。

誰が来たのかは知らないが、少なくとも自分を訪ねる者は確実に存在しないと思ったフィオナは、この来客にお目当ての人物が他三人の誰であれ今は不在であることを伝えるべきかどうか少しばかり悩んだ。

そもそも積極的に他人へ声をかけようと言う性格でもなければ、誰とも知れ無い人物となれば、全く接触しない方がかえって良い場合もある。

「シモン、いるか?」

とりあえず自室の扉の内側に篭ったまま様子見に徹していたフィオナは、その凛々しい女性の声を聞いて、来客の招待を凡そ察することが出来た。

(シモンさんのお姉さん、でしたっけ)

シモンの義理の姉にあたるエメリア・フリードリヒ・バルディエルという人物は、会話を交わしてはいないが、その顔ははっきり覚えていた。

初火の月6日、スパーダへ続く街道で彼女が部隊を率いて現れたのはまだ記憶に新しい。

とりあえず身元が確かな人物であることを確認したフィオナは、シモンが不在であることくらいは伝えるべきかと判断した。

それに、あまり時間をかけすぎると購買にしろ学食にしろ、食べ損ねる危険性が大いにあった、それだけは絶対に避けねばならない、一人の食いしん坊として。

そんなこんなでフィオナは扉を開き、返事の無いシモンの部屋の前でエメリアが立っているだろう廊下へと出た。

「シモンさんはいませんよ」

廊下には、予想通りの人物が立っている。

肩口で切りそろえられた濃い色の金髪に、切れ長の青い瞳が印象的なクールな美貌。

そして、クロノを越えるほどの高い身長は、紛れも無くあの日見たスパーダ軍第二隊『テンペスト』を率いた女将軍だ。

だが、今はあの漆黒の 全身鎧(フルプレートメイル) ではなく、仕立ての良いブラウスに竜革のパンツ姿の私服であった。

取り立てて女の肉体を強調するようなセクシーな衣装ではないにも関わらず、魅惑的なボディラインが露わになっている。

特にその大きく膨らんだ胸元などは、己のバストサイズは並み以上ではあると自覚しているフィオナをしても到底及ばない圧倒的な差があると一目で判別できた。

その分、ウエストはフィオナの方が二周りは細いはずなのだが、そもそも彼女の体のサイズが規格外な所為で、数値に反して普通にくびれているように見える。

勿論、そこから繋がるヒップも、胸と同じようにフィオナと大差をつけるスーパーサイズ。

やはりそこから伸びる肉付きの良い足は長く、彼女のスタイルを完璧なものに仕上げていた。

「ん、なんだ、何故ここに女子生徒がいる?」

フィオナの声に振り向いたエメリアは、まずその疑問を口にした。

外出するにあたって制服に着替えたフィオナを見れば、誰でも神学校の生徒であると判別はつく。

「何故、と言われても、ここに住んでいるからとしかお答えできませんが」

何を当たり前のことを聞いているのだろうと思うフィオナであったが、どうやらその解答はエメリアにとっては当然と思えるものではなかったようだ。

「なんだと……貴様、それがどういうことか分かっているのか?」

「え、何か問題でも?」

フィオナは素で心当たりが無かった。

故にこの女性が途端に剣呑な雰囲気を発し始めたことについても、皆目検討がつかなかった。

「学生の身分で男女が一つ屋根の下で暮らすことなど、許されるものではないだろう!」

「いえ、大丈夫ですよ、ここの家賃は免除されているので私たちが住んでても大丈――」

「そういう事を言っているのではない! 貴様、私を愚弄しているのか?」

自分の発言が人を怒らせることなど、灰色の学生時代を通して分かりきっていたことだったのだが、ここ最近はクロノに甘えていた所為ですっかり注意を怠っていた、とフィオナはさらにヤバい雰囲気をかもし出すスパーダの女将軍を前にちょっとだけ反省した。

とりあえず、彼女が腰から下げている 細剣(レイピア) に手をかけたりしないよう、慎重に言葉を選ばなくてはならないと覚悟を決める。

「えーと、シモンさんとは仲良くやっているので、お姉さんが心配することは何も無いですよ」

「よし分かった、貴様、今すぐ表へ出ろ」

エメリアの手は、ついに腰の 細剣(レイピア) へとかけられたのだった。