軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第235話 リリィと理事長

「あのねー、リリィも用事があるのー!」

と、実に可愛らしく言い放ったリリィであったが、

「失礼、パーシファル理事長に言伝をお願いできるかしら?

妖精の森(フェアリーガーデン) のリリィという名に覚えがあれば、是非お会いしたい、と」

本校舎一階に構える窓口にて、そう口にしたリリィは姿こそ幼いままであったが、その語り口は完全に大人のものであった。

円らなエメラルドの瞳にも、理知的な、いや、どこか怜悧な輝きが宿っているように見える。

「少々、お待ちいただけますか」

その返答を受けてより、一分ほど経過した後、

「理事長がお会いになるそうです、最上階の理事長室までご案内いたします」

それまで見た目通りの幼子を見る温かい目つきだった若い女性の事務員は、今となってはどこか緊張の面持ちでリリィの案内を始める。

(流石は長命なダークエルフ、三十年近くも前のことなのに、よく覚えているものだわ)

リリィはこの王立スパーダ神学校の理事長であるソフィア・シリウス・パーシファル、彼女との出会いを僅かに思い返した。

二十八年前。

真夜中の 妖精の森(フェアリーガーデン) にて、血に塗れたダークエルフの少女が一人、木の根元に蹲って倒れこんでいた。

彼女の細い首から下げられているのは、ランク3冒険者を示すシルバープレートのギルドカード。

そこには、ソフィアという家名の無い名前、魔術士というクラス名、と最低限の情報量だけが刻まれていた。

「くっ……これは、少しばかり、拙いな……」

苦し紛れにそんなことを呟いたソフィアの姿は弱々しい。

銀糸の如き繊細な長髪は乱れ、艶やかな褐色の肌には血と黒ずんだ汚れがこびりつき、身に纏った純白のローブも裂け、焦げ、解れ、すでに防具としての体を成していない。

どこか儚げな雰囲気の漂う華奢な少女は、こうして血と泥に沈んでいる所為で輝かんばかりの美しさは損なわれてしまっている。

そんな汚れた彼女の姿だけを見れば、森の中でモンスターか盗賊にでも襲われた、無力で哀れな美少女だと思えることだろう。

だが、ソフィアは無力でもなければ哀れでもない、それはランク3の冒険者であるということを知らずとも、少しばかり視線を逸らして、周囲を見渡してみれば即座に彼女の秘める力の一端を理解できる。

ソフィアの周りには何十もの氷像が立ち並んでいた。

それは人間であったり獣人であったり、種族は実に様々だが、彼らはみな一様に武装しており、まるで冒険者の集団のように見える、いや、事実として、彼らは冒険者であった。

(一人で戦うべきではなかったな)

並び立つ氷像を虫の息で眺めながら、そんな後悔を抱いていた。

だが往々にして後悔する時点において、物事はすでに取り返しがつくものではなくなっている。

ソフィアは今しがた、フェアリーガーデンの最奥にある光の泉と呼ばれる妖精の聖域、そこに有るという 大魔法具(アーティファクト) を狙って徒党を組んだ冒険者集団を、単独で全滅させたところであった。

光の泉は立ち入り禁止である、というのはこのダイダロス西部では公然のルールであり、各村の冒険者ギルドでもそのように呼びかけている。

だが、彼女は決して命を賭して盗賊まがいの違法行為を働こうとした同業者を止めるという正義感に基づいて行動したわけではない。

(気に食わない、って理由だけで突っかかるには、相手が悪すぎたか)

ソフィアとここで凍れる死体に成り果てている冒険者達は、昨晩にイルズという最寄の村の冒険者ギルド、その食堂で一度鉢合わせただけ。

そして、その一度の接触は、このグループがソフィアの、ひいてはダークエルフという種族そのものに対する侮蔑の言葉を一方的に投げつけるというものであった。

冒険者ギルドの中ということで、ソフィアは平静を装って相手をせずその場は引いたのだが、

(それでも、一発喰らわせてやらねば気がすまなかったのも事実だな)

その結果が、メンバー皆殺しというものである。

血の気の多い冒険者同士の諍いの決着としては、間々ある事であった。

(ふん、無様だな、色男)

霞み始めるボヤけた視界の中で、敵の中で最も強いランク4であり、最も恨みを抱いていたエルフの青年、その死体を眺めながら、ソフィアは暗い笑いを漏らした。

生前はエルフらしく整った容貌だったであろう顔は、頭部を凍らせて粉砕した所為で二度と見られぬものとなっている。

(ああ、拙い、凄まじい眠気だ、これは、もう意識を失ったら二度と目覚めないだろうな)

落ちかけてくる瞼はどうしようも無く重い。

生存本能に従って、必死に意識を保とうとするが、それも自分の状態を鑑みれば儚い抵抗でしか無いことは明らか。

(所詮、私もここまでだったということか……くだらない死に様だが、冒険者らしくはある)

そんな前向きにネガティブな思考をはじめ、安らかな死を受け入れようとした、その時。

「だいじょうぶ?」

光り輝く子供のように小さな人型が、目の前に立っているように感じられた。

(なんだ、これが死者を迎えに来る神の使いというものか? まさか実在するとは)

さて、それは果たしてどんな顔をしているのか、せめて一目だけでも見ようと最後の力を振り絞って、閉じかけた瞼をどうにか押し上げた。

そこには、プラチナブロンドの長髪にエメラルドグリーンの瞳をした、文字通り輝く容姿を誇る、美しくも愛らしい、幼い女の子の顔があった。

そして、それから二十八年後の現在、二人は王立スパーダ神学校の理事長室にて再会していた。

つい先ほどに行われた学校説明の際に配布された資料の中に、リリィが理事長の名前が書かれた一ページに目を留めることが無ければ、この再会はありえなかっただろう。

「あの一件から、少しは自重するようになってね、お陰で今もこうして生きていられる」

「自重? 『 吹雪の戦女神(ヴァルキリーブリザード) 』なんて呼ばれるランク5冒険者の武勇伝は、ダイダロスの片田舎に引篭もっていても聞こえてきたわよ」

「よしてくれ、現役の頃は良かったが、引退後に二つ名など聞くのは恥かしくてたまらない」

そう言って優雅に微笑むダークエルフの美女、かつて無茶をして死に掛けた少女の面影はほとんど残っていないはずだが、それでも一目見てリリィは彼女こそはるか昔に命を助けた冒険者であると分かった。

「それにしても、君はあの頃と変わらないね、流石は妖精と言ったところかな」

リリィは腰掛ける黒い革張りのソファーにほとんど沈まない軽く小さな自分の体と、女性としてこれ以上無いほど成熟した肉体となったソフィアを見比べて、時の流れと種族の差というものをどうしようもなく意識してしまった。

人間と比べればかなり老化の遅いエルフといえども、老化という概念そのものが存在しない魔法生命である妖精には若さにおいて敵わない、それが半人半魔のリリィであっても、埋めることのできない隔たりがあるようだ。

だが、それが良いか悪いかはまた別の話、胸元に目を向けてみれば、リリィは地平線を見渡すが如き大平原、対するソフィアは天を衝かんばかりの大山脈である。

もしクロノが巨乳好きなどという情報を正誤に関わらずリリィが聞いていれば、目の前に広がる艶やかな褐色の柔肌が成す深い谷間を、地獄でも見るかのような目つきで睨んだことだろう。

「あら、子供の私しか貴女は知らないはずだったけれど、今の私に驚かないのね」

リリィが意識だけでも元の状態に戻せるようになったのは、ごく最近になってからのことである。

これまでのリリィを知るものならば、彼女は見た目通りの幼い言動で、妖精らしく衣服を纏うことも無かった。

流暢に言葉を喋り神学校の制服に身を包むその姿は、明確な変化と呼べる。

「懐にある赤い宝玉、とても綺麗だ」

リリィの『 紅水晶球(クイーンベリル) 』は普段、目に見えないよう隠し持っている、それは今も同じ。

だが、どうやらソフィアの切れ長の青い瞳には、この膨大な魔力を秘めた 大魔法具(アーティフクト) の姿がはっきりと映っているようだ。

「流石はランク5冒険者、敵わないわね」

もしかすれば、この 大魔法具(アーティフクト) を‘何処から持ってきたのか’まで、彼女はお見通しかもしれない。

「元冒険者、さ、今は知っての通りこの神学校の理事長を務めている、あまり真面目にやっているワケでは無いのだがね。

しかし、命の恩人である君には、こと学校内に関しては色々としてあげられる事は多いと思うよ」

だが、彼女にはそれを追求するつもりはないようだった。

野暮な事を言えば殺し合いに発展する可能性もゼロではないと考えたリリィだったが、かつて命を助けた人物が賢明な判断のできる者であると知り、一安心した。

「さて、何をお望みかな」

「礼はあの時すでに頂いたけれど、ふふ、ダークエルフは義理堅いわね、ありがとう。

でも、今日は本当に挨拶をしにきただけよ」

リリィは、彼女とは良い関係を築けそうだ、と手ごたえを感じた。

何と言っても、以前のリリィを知っておきながら、子供と全く侮らずに接するその態度は、賢明でありながら用心深くもある。

「ふむ、そうか、学生生活で何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ。

欲しければ寮でも研究室でも一つくらいは手配できるよ、ああ、学生食堂の年間フリーパス、なんていうのもある」

半ば冗談めかしたその言葉に、

「学食のフリーパスは止めた方がいいわよ、貴女の学校側に損が大きすぎる」

リリィはマジレスした。

「君はそんなに食べるのかい?」

「パーティメンバーにとんでもない大喰らいがいるの、ちゃんと料金をとらないと何時までも食べ続けるわ」

リリィの大真面目な回答にソフィアはくつくつと笑い声を挙げた、どうやら気の利いた妖精ジョークであると受け取ったようだ。

もしも王立スパーダ神学校の学食が前代未聞の大赤字を出すことになっても、リリィは知らぬ存ぜぬを通そうと思った。

「あ、でも、寮を融通してもらうのはありがたいわね、そろそろ宿を止めてどこか部屋を借りようかと思っていたところなの」

事実であった。

冒険者は宿に滞在する時間よりも、クエストに出向いている時間の方が長い、それも流れの冒険者であれば、長期間での契約で部屋を借りるよりも、宿を利用するのは当然である。

だが、神学校に通う以上は相対的にクエストへ行く時間は減り、卒業か自主退学するまではスパーダに定住することは確定。

それならば宿よりも部屋を借りる方が長期的に見て経済的だ。

「そうか、希望があれば遠慮せずに申し出てくれ、それと、研究室の方は良いのかな?」

「学生が研究室を持つことの意味は知っているわ、だからこれはお世話になるわけにはいかない」

恩に甘える、というよりも、余計な借りを作りたくないというのが本音である。

「殊勝な心がけだ、無能な貴族の子息どもに聞かせてやりたい台詞だよ」

「そんなに大したものじゃないわよ、妖精の霊薬のレシピを提出すれば、研究室の一つや二つ、簡単に手に入るでしょう」

「それは、今すぐ提出してくれるワケにはいかないのかな? 研究室だけなどとケチなことは言わない、お望みの報酬を支払おう」

「うふふ、今はまだそのつもりは無いの」

リリィはすでに、いや、最初からと言うべきか、自身が生成する妖精の霊薬の真価がどれほどのものであるかを知っている。

そして、ソフィアはその薬の高い効果は、二十八年も前に身を持って知り及んでいる。

「そうか、残念だよ、その気になったら何時でも言ってくれ。

それで、寮の話だったね」

ソフィアはあえて追求するよりも、あっさりと話題を変えることを選択した。

「ええ、すでに希望があるのだけれど、いいかしら?」

「幹部候補生専用の寮以外なら、どこも問題はないね」

「シモン・フリードリヒ・バルディエル、彼が一人で使用しているボロ屋、あそこに入れてもらいたいのだけれど」

無論、リリィの希望ではない、クロノが喜ぶだろうと思ってのことだった。

以前、フェアリーテイルという店で情報を買ったことで、シモンと彼の家であるバルディエル一族に関しては、すでにリリィの与り知るところなっている。

当主のお情けで迎えられた養子にして末っ子のシモンといえども、彼がスパーダ四大貴族と謳われる名門に名を連ねている事実に変わりは無い。

要するに、親しくなれば強力なコネも期待できそうだということだ。

オマケ程度の理由として、異世界の技術を知るクロノと、それを実現できる才能を持つシモンが一つところにいたほうが、研究と開発もより捗るだろうというものもある。

「いや、それは止めておいた方がいいだろう、あそこは――」

「あら、伝説的な冒険者である貴女が動揺するなんて、珍しいこともあるのね」

ソフィアが口にしたもっともらしい否定の言葉をリリィが遮った瞬間、俄かに張り詰めた空気が室内を支配した。

「妖精はテレパシーの 固有魔法(エクストラ) を持っているのは知っていたが、まさか、これほどまでとはね」

「私は特別なの、でも、ある程度の事情を把握していなかったら、確信は持てなかったわ」

凍れるクリスタルブルーの瞳と、煌くエメラルドグリーンの瞳が交差する。

無力な一般人がこの睨み合いを目撃すれば、何とも言えぬ圧力に膝を屈したかもしれない、あるいは、騎士であれば今にも始まる戦いの気配に、無意識に剣の柄に手をかけただろう。

そんな、一触即発の不穏な気配に至ってしまった理由は、完全にリリィの所為であると言える。

フェアリーテイルから仕入れた情報の中には、ソフィアとシモンの関わりを示すものも含まれていた、例えば、休学して学費を稼ぐために冒険者になると進めたこと、などである。

どれも決定的な情報では無かったが、それをきっかけにしてリリィは半ば直感的に一つの予測を立てた。

そしてそれは、今この瞬間に確定した。

氷に閉ざされた永久凍土の如き強固な 精神防壁(マインド・プロテクト) がかかるソフィアの心、だが、その上辺からでも観測できるほどの情動が僅かだが確かに起こったのだ。

リリィが捉えた、雪原に一輪の花が咲いているかのような異質な感情は『嫉妬』。

「命の恩人であるとはいえ、彼を、シモンを譲るわけにはいかない」

故に、ソフィアは心を読める妖精たるリリィに対して、一切隠す事無く本心をぶつける。

恐らく彼女は知っている、リリィがシモンと同じくダイダロスから奇跡の生還を果たした冒険者の一人であると。

そして、一瞬の内に想像してしまったことだろう、過酷な緊急クエストを共に潜り抜けた男女の仲、というものを。

「彼は渡さないよ、絶対にだ」

ここまで、全く揺らぐことの無い氷山のように平静なソフィアの心中は、今や燃え盛る煉獄の如き激情が迸っている。

その干渉した者の精神を焼き尽くさんばかりの熱い感情をリリィは感じつつ、優雅に微笑んで答えた。

「うふふ、安心してちょうだい、私の好きな人は他にいるの、妖精の恋は一途なのよ、二心なんかないわ」

「……本当か?」

「妖精は嘘をつかない」

それはすでに嘘だろうとソフィアは知っているだろうが、とりあえず、リリィがシモンに対して恋愛感情を抱いていない、という紛れも無い事実は信じてくれたようだった。

「恥かしい勘違いをしてしまったようだ、済まない」

「いいのよ、恋する乙女はそうでなくちゃ」

果たして、実年齢32歳のリリィと、それを間違いなく上回る年齢のソフィアの二人をして、乙女と呼べるかどうかは疑問である。

だが、それを指摘する者はこの場にいないし、指摘しようと思えば、万軍と戦う覚悟のある者だけであろう。

「でも、正直言って驚いているの、そこまで本気だったなんて」

「やはり、おかしいだろうか……歳は二十以上も離れているし、種族も異なる」

今でこそ表立って争うことはないが、特定の種族同士には因縁めいた嫌悪の感情が少なからずつきまとう。

エルフとダークエルフの両者はその典型例の一つ、一般論でいえば、あまり歓迎されるカップルではない。

年齢などは言わずもがな、程度の差こそあれ、全種族で共通の問題になりうる。

「いいえ、おかしなことなど何もないわ! 年齢? 種族? くだらない、そんなもの愛を阻む理由になりはしない」

だが、リリィは断言する、そこに一切の迷いは無かった。

完璧なフォローをしたリリィは自分の言葉に嘘偽りなどないが、その一方で、

(本当に驚きだわ、まさかここまで初心だったとは……)

その外見と経歴と年齢からいって、さぞや男性経験豊富だろうと思ったのだが、ソフィアの表層意識に初恋を覚えた少女の如き拙い愛情の色が浮かんでいることに、驚愕を覚える。

「そ、そうか、ふふふ、何もおかしくなどない、私とシモンはお似合いのカップルなのだな」

いや、そこまでは言って無い、と喉元まででかけた台詞を飲み込む。

クールな美貌には仄かに朱がさし、妖艶な色香を感じさせる口元もだらしなく歪んでいる。

いくら秘めた恋心を隠す必要は無いとはいえ、そのあまりに分かり易い反応はどうなのだろうと、自分の事は棚に上げて思うリリィ。

だが、そんな純情可憐な恋心だからこそ、俄然、妖精の本能が刺激される。

あの軟弱で貧相なシモンがどうやって『 吹雪の戦女神(ヴァルキリーブリザード) 』と称されるソフィアのハートを射止めたのか、実に気になるところである。

「その調子だと、今まで話せる人、いなかったのでしょう。

私で良かったら、恋愛相談、乗るわよ?」