軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第236話 大図書館案内

「あーめんどくせぇ」

そんな気だるい台詞を口にしながら、アヴァロンの第一王子にしてランク5パーティ『ウイングロード』のリーダー、ネロ・ユリウス・エルロードは学校の敷地内を歩いていた。

向かう先は王立スパーダ神学校が誇る、いや、スパーダという国が誇るといっても過言では無い、長い歴史と諸国でも指折りの蔵書量を持つ図書館である。

一学校の図書館という位置づけではあるものの、皆は敬意を払って大図書館と呼ぶ。

「くっそぉ、サフィのヤツ、資料探しくらい一人でやれっての……」

そんな由緒正しき大図書館にネロが愚痴をこぼしつつイヤイヤ向かっている理由は、パーティメンバーの一人であるサフィール・マーヤ・ハイドラに手伝いを頼まれたからである。

こういう地味な仕事は生真面目な妹向きなのだが、ネルはシャルロットと一緒に授業へ出席している為、この時間は自由に動けない。

勿論、剣を振るしか脳のないカイは戦力外。

結果的に頼めるのは、面倒くさがりという点を除けば頭脳明晰なネロにお鉢が回ってくるのは当然のことであった。

「なにが、どうせアンタ暇でしょ、だ、こっちはこっちで自由な時間を満喫してるんだっつーの」

人はソレを暇と呼ぶのだが、そのことを理解するにはネロはまだ若すぎたようだ。

ともあれ、文句を言いつつもサフィの手伝いに向かうネロは、きっと心の底では退屈を持て余していると感じていたのだろう。

平穏な日常を望んでいるはずなのだが、心のどこかで退屈を忌避する二律背反の感情は、たまに思い出すように小さな悩みとなって彼を苛む。

もっとも、今はそんな感傷的な気持ちでは無いようだが。

「はぁ、この馬鹿でかいトコから、どこにあるとも知れない本を発掘する作業、か」

鬱になるね、なんて呟きながら、ネロは目の前に立ちはだかる巨大な大図書館をぼんやりと眺めた。

伝統的なスパーダの建築技法で造られた大図書館の外観は、さながら神殿のようである。

真っ白いエンタシスの円柱が並ぶ回廊を越え、大きな両開きの扉が構える正面玄関に辿り着いた、その時、

「ん、あの娘は……」

どこか見覚えのある人影をネロの赤い両目が捉えた。

自分と反対側の方向から、この正面玄関に向かってくるのは一人の少女。

女子の制服を身に纏った姿はこの神学校では当たり前の格好だが、風になびく淡い水色のショートヘアと、今も天に輝く太陽のような黄金の双眸は、どこか神秘的な魅力に包まれている。

人形のように整った白皙の美貌をもつその少女に、ネロは明らかに見覚えがあった。

「ようアンタ、ここの生徒だったんだな」

自分の横をそのまま素通りして扉へ手をかける少女に向かって、ネロは声をかけた。

「……誰ですか?」

少女の口から飛び出たのは誰何を問う台詞、だが、こちらを向いた彼女の顔を改めて直視したネロは、やはり人違いでは無かったと確信する。

ちょうど一週間ほど前、広場の前で幹部候補生のナンパ二人組みに声をかけられ、危ういところを助けた少女であったと。

「そういや、あの時は名乗らなかったな、知ってるもんだと思ったが――」

スパーダで自分の名を知らない者がいるのも驚きだが、もっと驚きなのは、タイミング良くピンチを救ったにも関わらず顔を覚えられなかったということだ。

ネロはこれまで幾度と無くああいう女性の窮地を助けてきたが、その後は熱烈なアプローチをかけられ辟易した記憶しか無い。

名乗ってもいないのに、素性を突き止められてアヴァロン王城にまで押しかけられたことさえある。

「もしかして、ホントに覚えてねぇのか?」

「はい」

そう言い切った少女の目つきは素敵な男性に声をかけられて喜ぶものではなく、不審者に言い寄られて警戒しているような雰囲気である。

下手をすれば、あのナンパ貴族のように彼女の 短杖(ワンド) で殴られかねないな、と思いネロは少し慎重に言葉を選ぶことにした。

「一週間前に、広場でウチの学生二人組みにナンパされてたよな?」

このイベントそのものが忘却の彼方にあるのだとしたら、如何にネロといえども引き下がらざるをえない。

だが、

「あ」

脈あり、どうやらパンドラの黒き神々はネロに微笑んだようである。

「思い出したか?」

「あの時ナンパしてきた片割れですか」

「いや、そっちじゃねぇよ!」

微笑んだかと思ったら、神々の悪戯だったようだ。

少女の返答は予想の斜め上をいくものだった、まさかナンパ野郎と一緒にされるとは実に心外である。

「ちゃんと思い出せよ、アンタが杖で殴って野郎共と揉めてるところに俺が助けに入っただろ?」

「ええ、そういえば三人目のナンパ男が――」

「いやだから、俺はナンパじゃなくて助けに入ったんだって言ってるだろ、俺が間に割って入ったからあの二人はあっさり引き下がったんだよ、OK?」

「はぁ」

イマイチ納得のいっていない顔の少女、ネロは内心で大きく溜息をついた。

覚えているにしたって、まさかここまで適当に覚えられているとは全く予想できない。

「けど、やっぱ面白いよお前、名前は?」

「名乗るほどの者ではありません」

ますます面白い、とネロはとぼけた反応を返す少女に思わず笑みが漏れる。

思えば、年頃の異性と会話してこれほど素っ気無い態度をとられるのは初めての経験だ。

ネロの地位、容姿、実力、どれをとっても他人が放っておくことなど出来ない高いステイタスを誇る、良くも悪くも彼を無視できる人間はいない、少なくとも、今この時までは。

だからこそ、この心底無関心という態度な少女に、ネロは少しばかりの興味が湧いた。

「悪い、名乗る時は自分からってのが礼儀だよな、俺はネロ、ネロ・ユリウス・エルロードだ」

「……フィオナ・ソレイユです」

そう少女は名乗った。

どうやら、無関心ではあっても礼儀知らずでは無いようだ、その対応にネロははっきりと好感を覚える。

ついでに、わざわざ家名まで名乗った、つまりはっきりとアヴァロンの王族であることを示したにも関わらず、やはり少女は顔色一つ変えない無表情を貫いているのも益々好ましく思える。

「それでフィオナ、この大図書館に何の用だ? 探しモノがあるなら手伝うぜ?」

同じ手伝いにしても、サフィにこき使われるよりかは、この出会ったばかりのフィオナの力になってあげる方がよほど働き甲斐がある。

もっとも、彼女のそっけない反応からいって素直に申し出るとは思えないが、そこはダメ元で聞いてみたのだ。

「一つ、聞きたいことがあります」

だが、思いがけずフィオナの方から積極的な言葉が出てきた。

「なんだ?」

アヴァロンの国家機密以外なら何でも解答してやるという気概で、ネロはフィオナの両目を真っ直ぐ見つめた。

見つめ返す金色の瞳にはやはり感情の揺らぎは見られない、むしろ、こちら側を見透かしているような気さえする。

「この図書館に禁書が封印されている区画があるはずです。どこにあるか、分かりますか?」

とんでもない質問が飛び出したもんだ、とネロは表情にこそ表さなかったが、内心驚愕であった。

しかしながら、このどこまでも無表情な少女は、平気な顔して何かとんでもないことを言い出すんじゃないかと言う確信めいた予感があったりもした。

本来ならば禁書、閲覧する事を禁じられたあらゆる意味で危険な書物が封印されている場所に学生は用など無いし、また、そこへ立ち入る事は公に禁止されている。

そもそも、禁書の封印区画など大図書館の深部に関する情報は一介の学生に持ちえるはずが無い。

フィオナの様子、といっても感情の読めない無表情のままだが、そうであっても、この質問に答えが返ってくると期待していないように思える。

そのくせ、質問の内容自体はただの興味本位ではないようであった。

ここは「分からない」と答えるのが正解であり、例え知っていたとしても教えるべきではないだろう。

だが、ネロは幹部候補生の証である赤いマントを翻らせて大図書館の扉へ手をかけ、堂々と言い放った。

「いいぜ、案内してやるよ、ついてきな」

正午の鐘が響き渡る頃には、ネロの‘裏’大図書館案内は恙無く終了し、二人はエントランスへ戻ってきた。

「――ま、大体こんなもんだ、満足したかいお嬢様?」

「ええ、参考になりました、ありがとうございます」

ネロは巧みな気配察知を駆使して人目を避けながら、学生の立ち入りが禁止されている大図書館の深部をぐるりと回ってきた。

封印区画の中まで入ることはしなかったが、扉の前までは案内した、フィオナの質問は場所を教えて欲しいというものだったので、十分役目は果たしたと言えるだろう。

もっとも、中にまで踏み込むのなら、流石にネロもそれなりに準備を整えなければいけない。

伊達に禁書指定で封印されているワケではないのだ、侵入者を探知、あるいは阻む類の結界が十重二十重と張り巡らされている。

幸いと言うべきか、警備員の巡回はそれほどではないので、誰にも気づかれずに侵入するのは不可能ではない。

ただ、それをするためには解除用の 魔法具(マジック・アイテム) にそれを使う自身にも相当の魔法の実力が求められる。

それが学生で出来る者は、ネロを含め神学校の実力者数名に限られるだろう、少なくとも、初心者用の 短杖(ワンド) を愛用するレベルのフィオナにはどう転んでも侵入は不可能だ。

「一応言っとくけど、あそこに侵入しようなんて思うなよ、捕まるだけならまだいいが、ヤバいタイプの結界にかかったら痛いじゃ済まねぇからな」

だが、釘は刺しておいた方が良さそうだと思った。

「え? はい、そうですね、入ろうだなんて思っていませんよ」

忠告は無駄に終わるかもしれないな、と薄々感じるが、今はそれ以上言えることは無かった。

まぁ、問題が起こったらその時はその時で、自分が何とかしてやればいいかと前向きに投げやりな結論を下す。

「ところで、もう昼だが学食でも行くか? 奢るぜ?」

「いえ、結構です」

フィオナからは即答で拒否られた、思えば食事のお誘いを断られたのもネロにとって初めてであった。

ショックというよりも軽い驚き、それから、やはりこのフィオナという少女は他の女子生徒と違って自分に媚びるようなところが全く無いのだと改めて実感し、むしろ喜ばしく感じられる。

「そうかい、そいつは残念だ」

「では、私はこれで」

そうして、フィオナは全く名残惜しさを感じさせない堂々たる歩みで、さっさと大図書館を後にしていった。

徹頭徹尾クールな態度を崩さなかった、どこまでも素っ気無いフィオナの背中を、ネロは苦笑をかすかに浮かべて見送った。

「見事にフラれたわね」

と、背後から唐突に声がかけられた。

「サフィか」

振り返り見れば、そこには本来の約束相手であったサフィールが眼鏡を光らせて立っている。

「アンタが女に袖にされるところなんて初めて見たわ」

「そうかもな」

事実を指摘され、ネロは思わず苦笑い。

「でも、イイ女だったろ?」

「知らないわよ」

興味なさ気にそっぽを向くサフィの反応に、そりゃそうか、と続けた。

「それで、私との約束を破って他の女と遊び歩いていたことについて、何か釈明があれば聞くけれど?」

「……あ」

今更気づいたようなネロの反応、忘れていたのはサフィの手伝いよりも、彼女を不機嫌にさせたらどんな恐ろしいことが起こるのかということだ。

「それはほら、アレだ」

「なによ?」

「フィオナといた方が面白そうだったし」

特に上手い言い訳も思いつかなかったので、とりあえず正直に告白してみた。

「そう、アンタの言い分はよく分かったわ――」

そうして微笑むサフィは、ゆっくりと眼鏡に手をかける。

不気味に輝く紫の瞳に宿った‘力’を封じる役目を果たす、眼鏡を、

「『魔眼』解放」

外した。

「すみませんでしたぁー!!」

次はもうちょっと上手く誤魔化そう、と後悔しながら、ネロはサフィへ謝罪の言葉を絶叫した。